1. 歌詞の概要
「Nantucket Sleighride」は、1971年にリリースされたMountainのセカンド・アルバムのタイトル・トラックであり、バンドの創造力と音楽的野心を象徴する10分を超える壮大な叙事詩的ロック作品である。
タイトルの“Nantucket Sleighride(ナンタケットのそり滑り)”とは、19世紀の捕鯨用語で、鯨に銛を打ち込んだ後、逃げる鯨に船ごと引きずられるスリリングな航海のことを指す。これは単なる冒険の比喩ではなく、生死を懸けた緊張と自然との壮絶な格闘のメタファーであり、歌詞に込められたテーマとも深くリンクしている。
この曲は、1841年に実在した捕鯨船**“Ann Alexander”号の乗組員、オーウェン・コフィン**の運命を題材にしており、極限状態に置かれた人間の恐怖と道徳の境界を描いた、歴史的事実に基づいたダークなバラッドでもある。
2. 歌詞のバックグラウンド
Mountainの中心人物であるレスリー・ウェスト(ギター/ヴォーカル)とフェリックス・パパラルディ(ベース/ヴォーカル/プロデューサー)は、ブルースやハードロックにクラシカルな構築美を取り込んだ、アメリカ独自のヘヴィ・ロックスタイルを追求していた。
「Nantucket Sleighride」は、パパラルディの妻であり作詞も手がけていた**ゲイル・コリンズ(Gail Collins)**との共同作業によって生まれた作品であり、彼らの文学的関心と音楽的構築力が結晶した代表的な1曲である。
この曲の主題であるオーウェン・コフィンの悲劇は、『白鯨』にもインスピレーションを与えたエピソードの一つで、船の遭難後、生存者が籤で選ばれた一人を殺して食べるという、衝撃的な“人間の極限”を描いた事件である。Mountainはそれを、詩的かつ重厚な音楽に落とし込み、ロックにおける叙事詩の可能性を切り拓いた。
3. 歌詞の抜粋と和訳
※本楽曲は非常に長く、セクションが多いため、印象的な前半の一節を紹介する。
Goodbye little Robin-Marie
Don’t try following me
Don’t cry or lie behind me
It’s all over
さよなら、小さなロビン・マリー
もう僕のあとを追ってこようとしないで
泣かないで、ついてきてもだめだよ
すべては終わったんだ
引用元:Genius 歌詞ページ
この“Robin-Marie”は実在の人物ではないが、語り手が別れを告げることで、物語が個人の出発、決別、または死を迎えることを暗示している。非常に内省的な語り口で始まるこの曲は、後半にかけて音楽的にもドラマティックな展開を見せていく。
4. 歌詞の考察
「Nantucket Sleighride」は、単なるロック・バラードではなく、自然と人間、文明と野性、命と運命のはざまで揺れる存在の物語である。捕鯨という極端な状況に置かれた人間たちの決断は、古代から現代にいたるまで続く“生き延びるための倫理”という問いに直結している。
船に乗る男たちは、鯨を追うが、それは単なる生業ではない。そこには人間が自然に対して挑むという構図、あるいは“自然の怒り”に対する贖罪のような感情がある。そして鯨に引きずられながらの航海=“Nantucket Sleighride”は、運命に抗いながらも翻弄される人間の象徴的行為として響く。
また、終盤に挿入されるメロディックなインストゥルメンタル・パートは、海の静寂と荒れ狂う波のように交錯し、語られない物語を音だけで描いている。この音楽の劇的展開こそが、Mountainの表現力の真骨頂であり、「Mississippi Queen」で見せた“爆発力”とはまた異なる、抑制された叙情と緊張感がこの曲には息づいている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- 2112 by Rush
カナダ産プログレ・ハードロックによる叙事詩。構成美と文学的野心が共通。 - Achilles Last Stand by Led Zeppelin
古代神話的モチーフとハードロックの融合。長尺で雄大な展開が似ている。 - Echoes by Pink Floyd
自然と宇宙、時間をテーマにした音の旅。スピリチュアルな余韻が重なる。 - Whale and Wasp by Alice in Chains
鯨と沈黙をモチーフにしたインスト作品。海の深みに潜るような響き。 - The End by The Doors
別れと死をめぐる儀式的な叙情。語りの強度と音楽的崇高さが共鳴する。
6. 鯨に引かれる人間たちと、ロックが描いた“運命の海”
「Nantucket Sleighride」は、1970年代初頭のアメリカン・ロックが持っていた文学性、壮大さ、そして生の重さへの渇望をすべて封じ込めたような楽曲である。
これは単なる“ロック・バンドの大作”ではない。むしろそれは、人類の罪と選択、そして運命の海を漂う魂たちの鎮魂歌なのだ。Mountainは、ギターリフやシャウトだけでなく、言葉にならない“巨大な問い”をロックで描くことができることをこの一曲で証明した。
ギターは波しぶき、ドラムは銛を打ち込む音、そしてメロディは、生き残る者の祈りか、それとも沈んでいく者の夢なのか――。
“ナンタケットのそり滑り”は、音の中で今もなお続いている。
そしてそれに乗るリスナーは、いつしか自分自身の運命の海へと引きずられていくのだ。
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