発売日: 2018年3月30日
ジャンル: オルタナティブR&B、エレクトロニカ、ダークウェーブ
概要
『My Dear Melancholy,』は、The Weekndが2018年に突如リリースしたEP作品であり、失恋と自省をテーマにした私的で陰鬱な音楽日記である。
前作『Starboy』で見せたグラマラスなエレクトロポップから一転し、本作では再び初期三部作のようなダークR&Bの世界へと回帰している。
制作には、フランスのエレクトロユニットGesaffelsteinをはじめ、Frank Dukes、Nicolas Jaarなどが参加し、ミニマルかつ重苦しいプロダクションが全編を支配している。
歌詞の内容は、当時の元恋人であるSelena Gomezとの破局を暗示するような非常にパーソナルなもので構成され、The Weekndというアーティストが抱える「愛と喪失」「快楽と後悔」の二律背反が赤裸々に表現されている。
たった6曲という短さにもかかわらず、そこには深く沈殿した感情が濃縮されており、聴く者を静かに傷つけるような痛みを伴う作品となっている。
全曲レビュー
1. Call Out My Name
ピアノとスロウテンポのビートが支配する、EPを象徴するバラード。
かつての恋人に対する未練と、それでもなお手放すしかなかった現実を綴ったリリックが胸を打つ。
「I almost cut a piece of myself for your life」という一節は、Selena Gomezの腎臓移植を巡る噂とも結びつけられ、リスナーの解釈を大きく揺さぶった。
2. Try Me
ミニマルなエレクトロ・ビートの上に、柔らかいファルセットが漂うメロウな一曲。
他の誰かと付き合っている元恋人に向け、「試してみてくれ、また俺を選ぶかもしれない」と語りかける痛々しさが、未練と傲慢さの境界を描く。
3. Wasted Times
The Weekndと親交の深いプロデューサーFrank Dukesが手がけるトラック。
美しいメロディに反して、過去の恋愛に対する後悔と怒りが濃厚に表現される。
歌詞には、モデルのBella Hadidを連想させる描写も含まれており、感情の交錯がリアルタイムで記録されたような緊張感がある。
4. I Was Never There (with Gesaffelstein)
フランスのダーク・エレクトロの旗手Gesaffelsteinとの共作であり、音楽的にも最も重苦しい一曲。
不安と無力感に覆われたボーカルと、冷たく打ち込まれるビートが交錯し、内的崩壊の瞬間を映し出す。
リフレインされる「I was never there」は、存在の否定にも似た深い虚無感を孕んでいる。
5. Hurt You (with Gesaffelstein)
前曲に引き続きGesaffelsteinが参加し、シンセと歪んだベースが絡むインダストリアル調のトラックに仕上がっている。
恋人を傷つけることを予感しながらも、欲望の衝動から逃れられない主人公の姿が描かれており、「Don’t stop your love from me just yet」という一節には切実な矛盾が込められている。
6. Privilege
EPを締めくくる静かなアウトロ的楽曲。
シンセのざらついた質感と共に、痛みを酒と薬で麻痺させるような描写が続く。
「Enjoy your privileged life / ‘Cause I’m not gonna hold you through the night」は、皮肉と哀しみの入り混じる別れの言葉として響く。
総評
『My Dear Melancholy,』は、The Weekndが再び自らの内面に潜り込み、痛みと向き合った結果として生まれた“密室のエレジー”である。
華やかな成功を経た後でも、彼の中にある感情の根源は変わらず、むしろより鋭く、明確に表出しているのだと感じさせられる。
特筆すべきは、全体が一つの心情に収束していること。
それぞれの楽曲が一貫して“喪失”と“未練”というテーマを持ち、短い作品ながらも強い物語性を帯びている。
プロダクションにおいても、GesaffelsteinやFrank Dukesらによる重層的なサウンドデザインが、感情の深淵をそのまま音にしており、装飾のない誠実さが際立っている。
R&Bというジャンルを超えて、これは一種の心理劇、あるいは内的モノローグのような作品である。
The Weekndの本質を知るうえで欠かせない重要作であり、彼の繊細で矛盾に満ちた精神性が、最も赤裸々に表現された瞬間でもある。
おすすめアルバム(5枚)
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Echoes of Silence / The Weeknd
初期三部作の中でも最も内省的な作品であり、本作と地続きの陰鬱な空気を持つ。 -
Starboy / The Weeknd
本作とは対照的な、きらびやかなポップサウンドを展開。両者を対比することで、The Weekndの幅広い表現力が見えてくる。 -
Skin / Flume
Gesaffelsteinに通じるダークで実験的なエレクトロニカの代表作。情緒と破壊衝動が同居する感覚は近しい。 -
LP1 / FKA twigs
失恋と身体性をテーマにしたアートR&Bの傑作。ミニマルな構成と感情の振幅が共通する。 -
Blonde / Frank Ocean
孤独、記憶、喪失を静かに描いた詩的作品。The Weekndとは異なる角度から、同じ地平を見つめている。
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