発売日: 1997年4月14日
ジャンル: ブリットポップ、ロック
概要
『Mother Nature Calls』は、Castが1997年に発表したセカンド・アルバムであり、ブリットポップの熱狂がやや落ち着きを見せ始めた時期に登場した作品である。
前作『All Change』の大成功を受けて制作された本作は、より成熟したサウンドと深みのあるメッセージ性を打ち出しており、ジョン・パワーのソングライティングも進化の兆しを見せている。アルバムタイトルが示すように、自然回帰や内省的なテーマが全体を貫いており、単なる続編にとどまらない意欲作に仕上がっている。
プロデュースは前作に引き続きジョン・レッキーが担当。だが、今回はよりオーガニックで落ち着いたアプローチが採られており、全体としてグルーヴ感を大切にした演奏と、空間のあるミックスが特徴となっている。
イギリスでは依然としてOasisやBlurがシーンを席巻していたが、Castはそれらとはやや距離を取り、60年代的な音楽的素養を軸に「ルーツ・オリエンテッドなバンド」としての立ち位置を確立していった。UKチャートでは初登場3位を記録し、前作に続くヒットを達成。シングル曲もスマッシュヒットを連発し、バンドの人気を確固たるものにした。
全曲レビュー
1. Free Me
アルバムの幕開けを飾る力強いロックナンバー。
「自由にしてくれ」という反抗心と開放感が交錯するリフレインが印象的で、ジョン・パワーのボーカルにもより深みが感じられる。重めのリズムとファズの効いたギターが、前作との音の違いを明確に示している。
2. On the Run
旅と逃避をテーマにしたミッドテンポの楽曲。
スライドギターやブルース的フレーズが挿入され、アメリカーナ的要素も感じさせる構成となっている。内面的な焦燥と外へ向かう衝動が混ざり合うような感覚が残る。
3. Live the Dream
アルバムの中核をなすバラード的ナンバーで、「夢を生きる」というメッセージは、ブリットポップの終焉を前にしたバンドの自問自答にも映る。
ギターのアルペジオとストリングスの柔らかな重なりが、幻想的なムードを生み出している。
4. Soul Tied
サイケデリックなギターエフェクトが耳を引く、霧の中を彷徨うような一曲。
「魂が結ばれている」というタイトル通り、スピリチュアルな愛や運命を主題とした歌詞が展開される。
5. She Falls
女性像を中心に据えたリリックで、失われた愛やその余韻を静かに描いている。
アコースティックを主体にしたアレンジが印象的で、ジョン・パワーの繊細な一面が表現されている。
6. Dreamer
ブリットポップ的な能天気さから一歩踏み込み、「夢想家とは何か」という哲学的な問いを含んだナンバー。
ソフトなメロディの中に、憂いを帯びたハーモニーが潜む構成が絶妙である。
7. Magic Hour
アルバム中最もサイケデリックな一曲で、夕暮れ時の幻覚的な時間を音で描いているようなアレンジ。
リバーブを多用したギターとドラムのループ感が心地よく、聴く者をトランス状態に誘う。
8. Company Man
現代社会における規律と抑圧を皮肉った風刺的楽曲。
ファンキーなベースラインと無機質なビートが、管理された世界の空気を的確に表現している。
9. Never Gonna Tell You What to Do (Revolution)
副題にあるように「革命」を匂わせるテーマを内包した、反骨精神に満ちたロックチューン。
繰り返されるタイトルフレーズが自己決定の尊さを訴えている。
10. Dance of the Stars
ストリングスとピアノが中心となった、美しいインストゥルメンタル風の終曲。
宇宙的なイメージとともに、アルバムを壮大な余韻で締めくくる役割を果たしている。
総評
『Mother Nature Calls』は、ブリットポップの中心で華々しくデビューしたCastが、音楽的に「大人」になったことを示す重要作である。
本作において彼らは、デビュー作にあった若さと衝動性を保ちながらも、より深いテーマや音楽性に挑戦している。特にジョン・パワーの歌詞は、自己探求や社会への視線、愛の複雑さなど、多様な側面を含みながら、常に人間味に満ちているのが特徴だ。
サウンド面でも、ジョン・レッキーの手腕が光る。ブリットポップ的なギター・アンセムの枠を越え、ソウル、サイケデリック、フォーク、ブルースといった幅広いスタイルを内包しつつ、アルバムとしての統一感を保っている点は特筆に値する。
結果として本作は、当時のUKロックの枠を超えて、より普遍的なテーマと音楽を追求した作品として記憶されるべきであろう。派手さは控えめだが、聴き込むごとに深みが増す——まさに「自然の呼び声」に応えるようなアルバムである。
おすすめアルバム（5枚）
- Cast / All Change
デビュー作としての勢いとメロディの完成度を持つ本作の前身。 - Paul Weller / Heavy Soul
ルーツ指向かつ内省的なロックという点で、方向性が重なる佳作。 - The Verve / Urban Hymns
ブリットポップ終焉期の成熟した表現力とサイケ要素が共通している。 - Ocean Colour Scene / Marchin’ Already
同時代のイギリスらしい泥臭いグルーヴを感じさせる作品。 - Embrace / The Good Will Out
ポップ性と精神的な重みを併せ持つ点で、本作と同じ温度感を共有するアルバム。
歌詞の深読みと文化的背景
『Mother Nature Calls』というタイトルは一見自然賛美のように見えるが、「自然が呼んでいる」という言葉には、文明や都市生活からの逸脱、あるいは精神的な再生といった象徴的意味も重ねられている。
例えば「Free Me」や「Never Gonna Tell You What to Do」などの曲には、制度や常識からの脱却を求める自由意志のメッセージが込められており、これは90年代後半、商業主義化する音楽業界に対する反発とも読める。
また「Live the Dream」や「Dreamer」には、夢や希望に関する肯定的な意識だけでなく、それを追い続けることの苦悩や疑念も描かれている。これはポスト・ブリットポップ期の「現実との折り合い」という社会的テーマにも接続する。
アルバム全体を通じて、Castは自然や宇宙、内面といったキーワードを通して「癒し」や「再生」といった価値観を提示している。過渡期のイギリス社会と向き合いながら、音楽を通じて「より良い生き方」を模索しているようにも思えるのだ。
コメント