発売日: 2000年9月12日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ポップロック、アコースティック・ロック
ユーモアの裏にある“赤い影”——笑いを抱えて歌う、切実なポップのかたち
2000年にリリースされたBarenaked Ladiesの5作目のスタジオ・アルバムMaroonは、商業的成功と芸術性のバランスを巧みに保ちながら、バンドとしての成熟を示した一作である。
前作Stuntで築いたポップスター的地位を引き継ぎつつも、本作ではよりリリックが内向的で、トーンもどこか落ち着いている。
タイトルの「Maroon(えび茶/取り残された者)」は、その音楽的・感情的ニュアンスを象徴するような二重性を含んでいる。
ポップで明るいサウンドに乗せて歌われるのは、不安、自己喪失、後悔といった“感情の影”であり、そこにこそBNLの真骨頂がある。
軽快で親しみやすい音楽を媒介として、リスナーに深い共感を届けるという、極めて高度なポップの技が詰まったアルバムなのだ。
全曲レビュー
1. Too Little Too Late
関係が壊れた後の“遅すぎた行動”を描いた、エッジの効いたポップロック。
軽快なリズムに反して、リリックには怒りと諦念が交錯する。
オープナーとしての牽引力も抜群。
2. Never Do Anything
やる気のなさと葛藤をユーモラスに描いた一曲。
BNLらしい皮肉と語り口で、「何もしたくない」という怠惰の中にある“本音”を浮かび上がらせる。
3. Pinch Me
本作を代表するヒット曲。
都会の単調な生活と疎外感を、“夢の中でつねってほしい”というメタファーで描く。
Ed Robertsonのラップ・パートとメロディックなコーラスの対比が心地よい。
4. Go Home
暴力的な関係や逃避をテーマにした、内向きなナンバー。
柔らかいギターと静かなアレンジに乗せて、抑えた感情がじわじわと染み込んでくる。
5. Falling for the First Time
恋の始まりの“高揚感”と“脆さ”を同時に描いた、軽やかで誠実なポップロック。
Pageのヴォーカルがのびやかに響く、アルバム中でもっともポジティブな印象の一曲。
6. Conventioneers
企業イベントでの出会いをテーマにした異色のラブソング。
上辺だけの社交と、その中に垣間見える本音を、ユーモラスかつ叙情的に描いている。
7. Sell Sell Sell
業界への風刺ともとれるタイトルの通り、“売ること”の虚しさや自己疑問をつぶやくように歌う。
しっとりとしたアコースティック・アレンジが、リリックの寂寞を引き立てる。
8. The Humour of the Situation
日常の些細な事件や違和感を、“笑えること”として受け入れようとするスタンスを描く。
ユーモアとは、悲しみの別名なのかもしれない——そんな示唆を含んだ曲。
9. Baby Seat
子供っぽさを引きずる大人を描いた曲で、BNLの“痛みを笑う”視点がよく表れている。
軽快なメロディの中に、アイロニーと共感が交錯する。
10. Off the Hook
一見ラブソングのようでいて、実は感情の麻痺と不誠実がテーマ。
Pageのヴォーカルが不安定な感情を巧みに表現している。
11. Helicopters
社会不安や暴力、支配のメタファーとして“ヘリコプター”が登場。
他者との断絶、目に見えない恐怖を描いた、BNLには珍しいシリアスな一曲。
12. Tonight Is the Night I Fell Asleep at the Wheel
アルバムのラストを飾る、死と再生をテーマにした物語的楽曲。
“車の中で眠ってしまった夜”という喩えが、人生の終焉や再解釈を静かに語る。
ピアノとストリングスのアレンジが哀切を極めている。
総評
Maroonは、Barenaked Ladiesが“ただのコミックバンド”ではないことを、改めて証明したアルバムである。
言葉遊びやポップな音像の裏側には、常に真摯で複雑な人間感情が横たわっており、聴き進めるごとにその深さが明らかになる。
どこか陰りを帯びた音楽と、自己を見つめ直すような視点。
それらを、あくまで「聴きやすいポップ」として成立させてしまう彼らの職人芸は、2000年代のポップロックにおけるひとつの到達点だといえる。
“笑いながら泣く”という感情体験を、音楽という形で与えてくれる数少ないバンド。
Maroonは、その真価がもっとも自然に、静かに浮かび上がったアルバムなのだ。
おすすめアルバム
- Death Cab for Cutie – Transatlanticism
内省とロマンスの間を揺れる叙情的ロック。BNLの静けさに共鳴する。 - R.E.M. – Reveal
ポップなサウンドと抽象的リリックの融合。90年代的憂鬱を丁寧に描く。 - Ben Folds – Rockin’ the Suburbs
笑いと切なさのバランスが絶妙なソロ作。BNLと感情のアプローチが似ている。 - Eels – Daisies of the Galaxy
陰のあるポップと語り口で描く“普通の人間”の物語。BNLの感性に近い。 - Counting Crows – This Desert Life
都市的で内向きなロック。物語性と憂鬱の美しさが共通している。
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