1. 歌詞の概要
「Love-Lore 1 (By Kenji Saegusa)（ラブ・ロア・ワン）」は、Deerhoofが2020年に発表した実験的ライブ・アルバム『Love-Lore』のオープニングを飾る楽曲であり、日本の作曲家・佐枝穂（Kenji Saegusa）による作品を再構築した短い音響断章である。このアルバムは全体を通してカバー作品で構成されており、John Cage、Sun Ra、The Beach Boys、Voivod、Ennio Morriconeといった多様なアーティストの楽曲がDeerhoofの手で再構築されている。そうしたコンセプトの中で「Love-Lore 1」は、開幕の一撃として機能し、アルバム全体に知的で遊び心あふれるトーンを設定する。
この楽曲に明確な「歌詞」は存在せず、純粋にサウンドとノイズ、そして楽器による言語化不能なエネルギーの断片で構成されている。したがって、本作は“歌”というより“音による詩”、あるいは“感覚のカットアップ”として聴くべきものである。
2. 楽曲の背景と文化的文脈
『Love-Lore』というアルバム自体が、Deerhoofによる“文化的記憶のリミックス”という性格を持っている。タイトルの「Love-Lore（愛の伝承）」は、個人の愛着がこもったカルチャーの断片――記憶、音、思想――を、まるで民話のように伝えていくという意志が感じられるネーミングであり、まさに2020年というパンデミックの時代における“ホームメイド・アーカイブ”のような作品なのだ。
その幕開けを飾る「Love-Lore 1」は、日本の前衛作曲家・佐枝穂賢治による作品を原典としつつ、Deerhoofらしいノイズ的解釈、ポスト・パンクの破片、そして不協和の美学によって生まれ変わっている。
Kenji Saegusa（佐枝穂賢治）は、日本における現代音楽・電子音楽の先駆者の一人として知られ、実験的なサウンドコラージュやメディアアートとの接続でも評価されている。彼の音楽は構造を破壊しながらも秩序の痕跡を残しており、Deerhoofの“構造なき構造”という作曲スタイルと強く共鳴している。
3. 曲の構造と聴感覚
「Love-Lore 1」は約1分程度の短いトラックでありながら、ノイズ、電子音、細かいリズムの分断、反復、残響など、多くの音的素材が緻密に配置されている。感覚としては、音楽というよりも“音によるフラッシュバック”のようであり、過去の記憶やイメージの残像を断片的に呼び起こすような体験となっている。
聴いているうちに、音が言葉の代替になり、意味を超えて“存在の響き”として立ち現れる。そのような特性は、ジョン・ケージの思想――沈黙や偶然性、空間と音の関係性――にも通じており、「Love-Lore 1」は単なる導入ではなく、アルバム全体の美学を一撃で象徴するプロローグなのだ。
4. 解釈と思索
この楽曲に“歌詞”が存在しないことは、逆に想像力を拡張する余白を生んでいる。リスナーはこのトラックを通じて、音楽の外にある“記憶”や“愛着”に触れることになる。
「Love-Lore 1」において語られているのは、“言葉にならなかったものたち”の詩である。削ぎ落とされた音の断片、録音の歪み、ノイズの重なり――それらはすべて、ポップミュージックが排除してきた“非合理”や“偶然”を回復する行為でもある。
Deerhoofは、この楽曲で「音楽は何であってもよい」「伝承とはかたちではなく、響きである」というメッセージをささやかに、しかし明確に提示しているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの作品
- Fontana Mix by John Cage
偶然性とノイズ美学によって構成された20世紀前衛音楽の金字塔。 - Osorezan Suite by Ghost
日本のサイケデリックロックバンドによる、宗教的・儀式的音響の探求。 - Cottonwoodhill by Brainticket
幻覚的かつ破壊的な音の断片によって構成される、サイケの極北。 - Concrete PH by Iannis Xenakis
電子音と建築的構造の融合による、音響彫刻のような作曲。
6. “記憶と愛着の断片を、音で継ぐということ”
「Love-Lore 1 (By Kenji Saegusa)」は、Deerhoofにとって“ポップの外縁を描くための羅針盤”のような曲である。
そこでは、音楽は歌ではなく、楽器でもなく、ただの“音”として存在している。
その“音”が、誰かの記憶に引っかかり、誰かの感情を揺らし、
そしてまた別の誰かの“ラブ・ロア（愛の伝承）”となっていく――
これはそんな“断片の詩”である。
声なきもののためのプロローグであり、Deerhoofの“耳で紡ぐオマージュ”なのである。
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