発売日: 2024年2月16日
ジャンル: インディー・ロック、ギター・ポップ
概要
『Love Is the Call』は、Castが2024年に発表した7作目のスタジオ・アルバムであり、デビューから約30年を迎えたバンドが“今”の感覚で鳴らす最新のサウンドである。
1990年代のブリットポップ黄金期を駆け抜け、2000年代の解散、2010年代の再結成を経て、ジョン・パワー率いるCastは本作で再びシーンに帰ってきた。
このアルバムは、もはや“懐古”ではなく、“現在進行形”としてのバンドの息吹を真っ直ぐに伝えている。
アルバムタイトル『Love Is the Call』＝「愛こそが呼びかけ」は、個人の関係性にとどまらず、社会的な断絶が深まる現代において、最も普遍的な価値を問い直すメッセージとも読み取れる。
音楽性も一層洗練され、円熟したポップ・センスと温もりのあるバンド・サウンドが共存。ブリットポップの残り香をほのかに漂わせながらも、明らかに現代の空気を吸い込んだ作品となっている。
ジョン・パワーの歌声はなおも若々しく、だが同時にどこか達観したような落ち着きも備えており、まさに“キャリアの円熟”を感じさせる表現力が光る。
全曲レビュー
1. Bluebird
青い鳥を象徴にしたオープニング・ナンバー。
幸せや希望はどこか遠くにあるのではなく、すぐそばにある——そんなメッセージが、爽快なギターとともに響き渡る。
60年代ポップを思わせるコード進行とホーンの装飾が、軽やかさと深みを両立している。
2. Love You Like I Do
ジョン・パワーの優しい歌声が際立つ、アルバムのリード・トラック。
恋愛だけでなく、“無条件の愛”をテーマにした歌詞が、多くのリスナーの共感を誘う。
ミドルテンポのリズムに乗るメロディは、シンプルながら非常に力強い。
3. Faraway
やや浮遊感のあるギター・アルペジオが特徴的な、ドリーミーな一曲。
「遠く離れていても、心はそばにある」という普遍的なテーマを、さりげない言葉で丁寧に綴っている。
4. Tomorrow Calls My Name
人生の次なるフェーズへ進もうとする意志を描いたアップテンポ・ナンバー。
ブリットポップ時代の高揚感を思わせるバンド・サウンドに乗せて、成熟した希望を歌い上げる。
5. I Have Been Waiting
静かなピアノから始まり、徐々にバンド全体が加わっていくドラマティックな構成。
長い年月を経た“待つことの意味”を描いた一曲であり、再始動したCast自身の物語とも重なる。
6. Rain That Falls
しとしとと降る雨のイメージとともに、喪失と癒しをテーマにしたバラード。
アコースティックな質感と、抑えたストリングスの響きが、心の濡れた部分にそっと寄り添う。
7. Turn the Lights Off
アルバム中もっともローファイな手触りの楽曲で、アナログ感あふれるサウンド・プロダクションが印象的。
夜の終わりと新しい朝の気配を予感させる、“光”と“闇”の境界を描く詩的なナンバー。
8. Look Around
穏やかなテンポで展開されるメロディと、観察者としての視点で描かれるリリックが印象的。
“今あるもの”の美しさに目を向けようという控えめなメッセージが、逆に力強い。
9. Love Is the Call
タイトル曲にしてアルバムのハートビート。
「愛こそが呼びかけだ」と繰り返されるフレーズには、分断の時代において“聴き合うこと”の大切さが込められている。
メロディも歌詞も、まるで祈りのように優しく、誠実である。
10. The Weight of the World
アルバムの締めくくりにふさわしい、内省的かつ開放的なナンバー。
肩に背負った“世界の重さ”を手放し、心を軽くしていこうというラスト・メッセージ。
エンディングに向けてのリフレインが、長い旅路の終わりと新たな始まりを感じさせる。
総評
『Love Is the Call』は、Castというバンドが30年近くにわたり音楽を鳴らし続けた理由を、あらためて静かに提示するアルバムである。
ここにあるのは、過去の栄光の焼き直しではない。
むしろ、あの頃のエネルギーを丁寧に再構築し、今の時代と響き合う形に再編成した音楽なのだ。ジョン・パワーのソングライティングは円熟を極め、どの楽曲にも人間味と誠実さがにじんでいる。
“愛”というテーマは一見ベタにも思えるが、それを嘘偽りなく表現できるだけの経験と深さが、このアルバムにはある。
バンド・アンサンブルも非常にタイトで、派手さは抑えられているものの、一音一音がきちんと心に届くような設計になっている。
『Love Is the Call』は、再結成からさらに一歩進み、Castが“今”という時代にどう存在するかを提示した、誠実かつ普遍的なロック・アルバムである。
このアルバムは、新しいリスナーにも、古くからのファンにも、穏やかに、しかし確実に届く——そんな作品である。
おすすめアルバム（5枚）
- Teenage Fanclub / Endless Arcade
ベテランならではのメロディ・センスと人間的温かみが通じ合う。 - Paul Weller / True Meanings
静かで内省的なアコースティック・ロック。円熟した表現力が魅力。 - The Coral / Coral Island
リヴァプール出身のバンドによるコンセプト・アルバム。叙情的な語り口が共通点。 - Ride / This Is Not a Safe Place
90年代の再評価を受けながら現代的なサウンドを追求した作品。 - Richard Hawley / Further
ロックとポップの交差点で成熟を極めたサウンド。ジョン・パワーの感性とも共鳴する。
歌詞の深読みと文化的背景
『Love Is the Call』の歌詞群には、明確な政治的主張はない。だが、どの曲にも共通して流れるのは、“分断を超えて人と人をつなぐ声”としての「愛」の存在である。
コロナ禍や戦争、AIの台頭といった激動の2020年代において、“愛”を語ることは決して安易ではない。だが、ジョン・パワーは、そうした時代のざわめきを受け止めながら、それでもなお“心と心のやりとり”に希望を託す。
「Bluebird」では幸福の象徴を、「The Weight of the World」では人が背負うものの重さを、「Love Is the Call」では愛そのものを、それぞれシンプルな言葉で包み込み、リスナーにそっと手渡してくる。
その語り口は、もはや若さゆえの情熱ではない。
時間と経験を経た者だけが持つ、静かな説得力と温もりに満ちている。
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