
発売日:1970年11月27日 ジャンル:Rock / Pop Rock / Folk Rock
概要
Lola Versus Powerman and the Moneygoround, Part Oneは、The Kinksが1970年に発表した8作目のスタジオ・アルバムである。1960年代半ばの荒いギター・ロックから、Ray Daviesの観察眼を生かした英国的な物語歌へ発展してきたバンドが、ここでは自分たちのいる音楽業界そのものを題材にした。出版社、レコード会社、マネージャー、メディア、ヒット・チャートなどをめぐる曲が並び、成功によって自由になるどころか、作品と金をめぐる仕組みに取り囲まれていくミュージシャンの姿を皮肉とユーモアを交えて描いている。
ただし、最初から最後まで一つの筋書きが続く厳密なコンセプト・アルバムではない。「Lola」のような人物を中心にした物語、「This Time Tomorrow」の旅の歌、Dave Daviesが歌う「Strangers」など、業界批判から離れて成立する曲も多い。それでも、仕事として音楽を続けること、成功によって生活が変わること、どこにも落ち着けないことへの意識が各曲を緩やかにつないでいる。
サウンドも一種類には絞られない。アコースティック・ギターを軸にしたフォーク調の曲、ピアノ主体のミュージックホール風ポップ、歪んだギターを使うロック、コーラスを生かしたバラードが並ぶ。John Goslingがキーボード奏者として加わったことでピアノやオルガンの役割も広がり、Ray Daviesの曲が持つ演劇的な性格を強めた。鋭い批評を難しい音楽で包むのではなく、非常に覚えやすい歌へ変えていることが本作の大きな強みである。
全曲レビュー
1. 「The Contenders」
短いアコースティックな導入から、突然エレクトリック・ギターと力強いリズムが飛び込んでくる。語り手は自分がスターや成功者になりたいわけではないと口にしながら、現在の立場から抜け出したいという欲求を隠せない。その矛盾が、音楽業界を批判しながらその内部で成功も求める本作全体の出発点になる。穏やかなフォークと荒いロックを一曲の中で切り替える構成も、アルバムの振れ幅を早々に示している。
2. 「Strangers」
Dave Davies作のバラードで、ピアノとアコースティック・ギターを中心にゆっくり進む。二人の人間が今は他人同士でも、同じ道を歩き、いつか同じ場所へ行くという感覚が歌われ、業界風刺が中心の作品に人間的な温度を加える。Daveの声はRayほど演技的ではなく、少し粗さを残したまま真っすぐ旋律を追うため、言葉が素朴に届く。後半で重なるコーラスも派手な盛り上げではなく、個人の歌を共同体的な響きへ静かに広げている。
3. 「Denmark Street」
ロンドンの音楽出版社が集まっていたDenmark Streetを舞台に、ヒット曲を売り込もうとする作曲家と業界の仕組みをコミカルに描く。軽快なピアノと弾むリズムには古いミュージックホールのような楽しさがあり、内容の辛辣さとの落差が大きい。作品を商品として評価する側と、認められたい作り手の関係を短い寸劇のようにまとめており、Ray Daviesの人物描写が生きる。批判を怒鳴るのではなく、笑えるポップ・ソングへ変えるところが巧い。
4. 「Get Back in Line」
アコースティック・ギターと控えめなリズムを背景に、仕事を求めて列に並ぶ労働者の不安を描く。組合や雇用をめぐる状況が一人の生活者の視点から語られ、制度そのものを解説するのではなく、「今日働けるのか」という切実な問題へ落とし込まれている。Rayの歌唱も皮肉を抑え、家族や生活を守りたい人物への共感を前へ出す。音楽産業を扱う本作の中で、より広い労働と経済の問題へ視線を移す曲である。
5. 「Lola」
アコースティック・ギターの印象的なコードから始まり、ピアノ、ベース、ドラム、エレクトリック・ギターを少しずつ加えて大きなロック・ソングへ成長する。歌詞ではクラブでLolaと出会った経験が、語り手の性別や欲望についての思い込みを揺さぶっていく。Lolaを単なる意外性のための存在にせず、混乱しながらも相手へ惹かれていく語り手自身の認識を中心にしたところが重要だ。大合唱できるサビと曖昧さを残した物語が共存し、本作の枠を越えてThe Kinksを代表する曲となった。
6. 「Top of the Pops」
ヒット・チャートで成功したバンドを主人公に、順位が上がるほど周囲の態度や生活が変わっていく様子を高速のロックンロールで描く。ギターとドラムは忙しく前進し、成功に浮かされている人物の興奮をそのまま演奏へ変えている。一方、歌詞は名声を手放しで祝わず、人間の価値までチャート順位で決まるような状況を誇張して笑う。「Lola」の巨大なフックの直後に置くことで、ヒットを出した後に始まる別の問題を描いているようにも聞こえる。
7. 「The Moneygoround」
ピアノを中心にした短いミュージックホール風の曲で、音楽から生まれた金がマネージャーや出版社などの間を回り、作り手には十分届かないという不満をユーモラスに歌う。「Moneygoround」という造語自体が、金がメリーゴーラウンドのようにぐるぐる回る構造を端的に表している。演奏を大げさにせず、Rayが次々に言葉を並べることで業界の複雑さを喜劇へ変換する。アルバム・タイトルの核心を最も直接的に説明する小品である。
8. 「This Time Tomorrow」
アコースティック・ギターの反復と穏やかなリズムに乗せて、飛行機で各地を移動する生活を描く。明日の今ごろ自分がどこにいるのかという問いには、ツアー生活の自由と、どこにも根を下ろせない孤独の両方が含まれる。上空から世界を見るイメージも、成功したミュージシャンの華やかな移動を自慢するより、自分の位置を見失う感覚につながっている。大きな展開を使わない分、循環するギターが終わりのない旅そのもののように響く。
9. 「A Long Way from Home」
ピアノを中心にした静かな曲で、成功や自信によって変わってしまった相手へ語りかけるように進む。タイトルの「家から遠く離れた」という距離は地理だけでなく、かつての自分から離れてしまった状態としても読める。Rayは相手を強く責めるより、少し悲しげにその変化を見つめ、演奏も声を押し上げるような大げさなクライマックスを避ける。「This Time Tomorrow」の移動を、より内面的な距離へ置き換えたような配置が効果的である。
10. 「Rats」
Dave Davies作・歌唱による激しいロック・ナンバーで、前2曲の静けさを一気に破る。歪んだギターと荒いボーカルが前へ出て、周囲へ群がる人々への嫌悪や疑念を吐き出す。Rayの業界風刺が人物や制度を細かく観察して笑いへ変えるのに対し、Daveは不快感を直接的な音へ変換するため、同じアルバムでも感情の出し方が大きく違う。終盤に必要な荒々しさを持ち込み、作品が穏やかなフォーク・ロックへ傾きすぎるのを防いでいる。
11. 「Apeman」
カリプソを思わせる軽いリズムに乗せて、都市文明から逃れ、単純な生活へ戻りたいという願望をコミカルに歌う。汚染、交通、政治など現代社会への不満を並べながら、「猿人になりたい」という極端な結論へ飛ぶことで深刻な説教を避けている。ただし、自然へ戻ればすべて解決するという現実的な提案ではなく、複雑すぎる社会に疲れた人物の空想として聞くのが自然だ。音楽業界という狭い世界から始まった不満を、文明そのものへの倦怠へ拡大している。
12. 「Powerman」
重いギター・リフを中心に、富と権力を握る人物への怒りを正面からぶつける。Rayは「Powerman」を特定の一人に限定せず、金を持つことで他人を支配できる存在として描き、アルバムで積み重ねてきた業界への不満を一つの人物像へ集約する。Daveのギターもここでは鋭く、言葉の攻撃性をそのまま音へ変えている。「The Moneygoround」の喜劇的な批判とは対照的に、笑いを減らして力関係そのものを問題にする終盤の山場である。
13. 「Got to Be Free」
最後はアコースティックな響きを基礎に、自由でありたいという単純な願いへ戻る。アルバムでは成功、金、契約、移動、文明とさまざまな仕組みが人間を縛ってきたが、この曲はそれらへの具体的な解決策を提示しない。ただ、自分の時間や選択を取り戻したいという感情を、肩の力が抜けた演奏で繰り返す。壮大な勝利として終わらないからこそ、自由を求めても現実の仕組みから完全には抜け出せないという本作の苦味が残る。
総評
Lola Versus Powerman and the Moneygoround, Part Oneの優れたところは、音楽産業への批判を専門的な内幕話にしなかったことである。出版社へ曲を売り込む、チャートを上がる、利益を分配される、ツアーで移動するという具体的な場面を描くことで、創作物が商品になった瞬間に作り手の手を離れていく感覚を誰にでも理解できる物語へ変えている。しかもRay Daviesは自分を純粋な被害者として置かず、成功を望みながら成功の仕組みを嫌うという矛盾まで歌の中に残している。
その批評性を支えるのが、驚くほど多彩で親しみやすい作曲である。「Denmark Street」「The Moneygoround」のミュージックホール、「This Time Tomorrow」のフォーク、「Powerman」のハードなロック、「Apeman」のカリプソ風リズムは表面的にはかなり離れている。それでもRayの旋律と、人物を一人ずつ舞台へ登場させるような作詞によって一枚にまとまる。John Goslingのピアノやオルガンも曲ごとの場面転換を助け、バンドの音色を以前より広げている。
また、「Strangers」や「Lola」があることで、アルバムは業界批判だけの作品にはならない。Dave Daviesの「Strangers」は人と人とのつながりを素朴に歌い、「Lola」は自分の常識が揺らぐ出会いを描く。こうした曲を挟むことで、制度への怒りの背後にある「他人とどう関わり、自分らしく生きるか」という問題が見えてくる。最終曲で求められる「自由」も、単にレコード会社から解放されることではなく、より広い個人の自由として響く。
1960年代後半のThe Kinksは英国の日常や過去の風景を細かく描く作品を重ねていたが、本作ではその観察眼を自分たちが働く産業へ向けた。同時に「Lola」という大きなヒットを含んだことで、商業的成功を批判するアルバム自身が商業的なポップ作品として強く機能するという面白い矛盾も生まれている。コンセプトの統一性だけならより厳密な作品はあるが、社会風刺、人物描写、Daveの荒いロック、Rayの繊細なバラードを同居させた幅の広さこそ本作の魅力である。The Kinksの1970年代への入口として、彼らのポップな作曲力と批評性が特に分かりやすく交差したアルバムだ。
おすすめアルバム
Arthur (Or the Decline and Fall of the British Empire) by The Kinks
1969年の前作。英国社会と家族史を一人の人物の人生へ重ねるコンセプト作で、本作より物語の枠組みが明確である。Ray Daviesが社会批評を具体的な登場人物とポップな旋律へ変える方法の発展を追える。
Muswell Hillbillies by The Kinks
1971年作では都市再開発、階級、近代生活への不安を、カントリーやミュージックホールの響きと結びつけた。本作の音楽業界批判から、より広い生活環境へRay Daviesの視線が移っていく流れが分かる。
The Village Green Preservation Society by The Kinks
1968年作。消えていく英国の風景や生活を、小さな人物描写と親しみやすいポップスで記録している。本作より穏やかだが、社会の変化を抽象論ではなく日常の場面から描くRay Daviesの作詞の核を確認できる。
The Who Sell Out by The Who
架空のラジオ放送という仕掛けを使い、広告や商品文化とロックを結びつけた1967年作。方法は異なるが、ポップ・ミュージック自身が属する商業世界を、ユーモアを使って作品の題材にする点で本作とよく響き合う。
This Year’s Model by Elvis Costello
鋭い言葉、短いポップ・ソング、怒りとユーモアを結びつけた1978年作。パンク以後の硬い演奏を持つ一方、人物の弱さや嫌な部分まで観察してキャッチーな歌へ変える作詞には、Ray Daviesから続く英国ロックの流れが感じられる。

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