アルバムレビュー:Locust Abortion Technician by Butthole Surfers

Spotifyジャケット画像

発売日: 1987年3月
ジャンル: ノイズロック、エクスペリメンタル・ロック、サイケデリック、スラッジ、ハードコア


バグの叫びと赤ん坊の幻聴——“破壊すること”を祝う実験ロックの狂宴

1987年にリリースされた『Locust Abortion Technician』は、
Butthole Surfers(バットホール・サーファーズ)の中でも最も異常で、最も名盤的評価を受けている狂気の作品である。

このアルバムでは、前作『Rembrandt Pussyhorse』で芽生えた実験性と構築的狂気が、
スラッジ的な重さ、サイケデリックな浮遊、突発的なジョーク、身体感覚に訴えるノイズへと進化し、
アメリカ・アンダーグラウンドの深層を突き抜けた“音の悪夢”として結実している。

本作の特徴は、「すべてを録音し、編集で狂わせる」DIY美学にある。
テキサス州オースティンのガレージで録音されたというこのアルバムは、
“音楽”というフォーマットそのものを分解し、笑い、恐れ、性、死といった感情を、コラージュと反復で再構成する

破壊することが創造であり、
不快こそが芸術——そんなサーファーズ流のマニフェストが、ここにある。


全曲レビュー

1. Sweat Loaf

Black Sabbath「Sweet Leaf」のパロディにして冒涜的リフの塊。
“It’s better to regret something you did than something you didn’t do.”
という伝説的セリフで始まる、儀式的スローサイケ・メタルの怪作
重く、遅く、汚い。だが中毒性は抜群。

2. Graveyard

幽霊のうめき声のようなギターと、狂気的エフェクトに包まれたドラム。
墓場の底から聴こえてくるようなノイズ・ミニマルの極致

3. Pittsburgh to Lebanon

サンプルの洪水、ドラムマシン、無意味な繰り返し。
ラジオ放送と地政学的地名を使ったカットアップ・コラージュであり、
メディアと暴力の距離を浮き彫りにするサウンド・パロディ。

4. Weber

ドイツの作曲家と関係あるかは不明。
意味のないヴォーカルとぶつ切りのサウンド、脳のシナプスを逆撫でするような“無調の冗談”

5. Hay

カントリーブルースのようでいて、気が狂ったようなハーモニカとドラムがすべてを崩壊させる
「干し草」という無害な言葉がカルト的儀式のように聴こえてくる不思議

6. Human Cannonball

比較的“曲っぽい”構成とメロディがあるロックトラック。
とはいえボーカルは歪み、サーファーズ流ポップソングの“崩壊寸前バージョン”という趣。

7. U.S.S.A.

ハードコア/スラッジ寄りの攻撃的トラック。
短いが、アメリカ批判と軍事的皮肉が凝縮された破壊の粒

8. The O-Men

“オーメン”という言葉通り、不吉さと儀式性を音で構築したアブストラクト・トラック
悪魔的な声と歪んだエフェクトが、聴覚の儀式空間を作り出す

9. Kuntz

タイの伝統歌謡をサンプリングし、逆再生し、ループするという問題作。
エスニック音楽をカットアップで「異物化」し、聴き手の倫理と快楽を試すトラック
アジア文化への敬意ではなく、純粋な音響実験と破壊衝動として聴かれるべき。

10. Graveyard (Second Version)

2曲目の再構成版。
より歪み、より壊れ、“同じ墓場が二度開く”というホラー的メタ構造が生まれる。

11. 22 Going on 23

ラジオの実録セラピー音声(性的虐待の被害者の声)をバックに、
アンビエント的なカウサウンドやギターが絡む問題作にして異形の傑作
バンドの中でも最も物議を醸す一曲。
トラウマと記憶、性と精神を、音響で“暴露”するという意味で極めて現代的なサウンドアート


総評

Locust Abortion Technician』は、Butthole Surfersの“音楽的狂気”がもっとも濃密に結晶化された作品であり、
アメリカ・アンダーグラウンドの歴史における破壊的実験の極北である。

このアルバムは、聴く者に不快、混乱、笑い、恐怖、快感を同時に突きつける。
それは音楽であると同時に、80年代末期アメリカ社会への音響的応答でもあり、
さらには“表現すること”の根源を問い直すラディカルな芸術行為でもある。

決して万人向けではない。
だが、一度この音の底に触れてしまえば、もう元には戻れない“覚醒体験”がここにある


おすすめアルバム

  • Melvins – Gluey Porch Treatments
    スラッジの始祖。重く不穏なグルーヴが共鳴する。
  • Ministry – The Land of Rape and Honey
    ノイズと政治と音響破壊。インダストリアルとの接点。
  • Einstürzende Neubauten – Halber Mensch
    鉄と声で都市を解体するサウンド彫刻。音の暴力性において共振。
  • Mr. Bungle – Disco Volante
    ジャンル混成と破壊美学の鬼才的アルバム。バットホールの遺伝子を引き継ぐ。
  • Death Grips – The Money Store
    ポスト・サーファーズ的なノイズ×政治×ヒステリアの現代版。

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