アルバムレビュー:Local Gentry by Bobbie Gentry

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発売日: 1968年8月26日
ジャンル: カントリーポップ、バロックポップ、フォーク、サイケデリック・ポップ


幻惑と微笑の交差点——“地元”という名の万華鏡

Local Gentry』は、Bobbie Gentryが1968年に発表した3作目のスタジオ・アルバムであり、
前作『The Delta Sweete』のコンセプチュアルで南部回帰的な叙事詩から一転、よりポップで多面的、都会的かつ風刺的な作品となっている。
タイトルの“Local Gentry”は彼女の姓「Gentry」と“地元の名士”をかけた言葉遊びであり、
このアルバムでは彼女自身が語り手として“地元の奇妙な人々”の物語を自在に描いていく

全体的にはオリジナルとカバーが混在し、アレンジにはストリングスやサイケデリックな音響効果、バロックポップの要素が施され、
サウンド面でも実験精神が光る。
当時の社会風刺、ポップカルチャー、内面的感傷が交錯するアルバムであり、
Gentryのアーティストとしての柔軟さと、語りと演出の魔術師ぶりが強く感じられる作品である。


全曲レビュー

1. Sweete Peony

自作のオープニング・トラック。
華やかなアレンジのなかに、ほのかな皮肉と土の匂いが漂う。
“スウィート・ピオニー”という名前の女性像を通して、土地と欲望、名誉をめぐる物語が展開される。

2. Casket Vignette

タイトル通り“棺桶の一幕”。
死を題材にした曲だが、トーンはむしろ風刺的で軽やか。
広告業界の空虚さを皮肉るような視点が特徴で、シュールで映像的な語りが光る。

3. Come Away, Melinda

Tim RoseとFred Hellermanによる反戦フォークのカバー。
原曲の哀しみを丁寧にすくいあげつつ、母と娘の対話形式がより痛切に響くアレンジとなっている。

4. The Fool on the Hill

ビートルズのカバー。
ストリングスとサイケデリックな装飾を加え、Gentry流の“孤独者賛歌”へと昇華している。
彼女の静かで滑らかな歌声が、ポール・マッカートニーの旋律に新たな陰影を与える。

5. Sittin’ Pretty

都会的な女主人公を描いたアップテンポのナンバー。
社会的階層や虚栄をテーマに、バロックポップのリズムに乗せてユーモアを込めた批評的視点が貫かれている。

6. Eleanor Rigby

もうひとつのビートルズカバー。
Gentryの手にかかると、この楽曲はよりフォーク/ブルース寄りの質感を得て、
孤独と死に向き合う静かな祈りのような表情を帯びる。

7. Peaceful

Billy Sherrill作の楽曲。
“平和”という言葉が静かに反復されるスロウバラード。
感情を過剰に込めすぎないGentryの表現が、むしろその静けさを引き立てる

8. Here, There and Everywhere

ビートルズの珠玉のラブソングを、淡く丁寧に再構成。
Gentryの解釈はどこまでも静かで、感情が水面に映るようにゆっくりと広がっていく。

9. Papa’s Medicine Show

本作の中で最も際立つトラックのひとつ。
ノリのいいビートと奇天烈なイメージが入り混じる、サイケ・カントリー風の一曲。
“薬売りの巡業”というテーマから、欲望と詐術、信仰の交差点を描き出す。

10. Ace Insurance Man

皮肉の効いたリリックとシンプルなメロディ。
“保険屋”という題材で、現代社会の不安商法を茶化すようなブラックユーモアが際立つ。

11. Recollection

アルバムの終幕にふさわしい、記憶と時間の感傷を扱った内省的バラード。
旋律の儚さとストリングスの重なりが、静かな余韻を残す。


総評

Local Gentry』は、Bobbie Gentryの語り手としての多面性とプロデューサー的視座が最大限に発揮されたアルバムである。
フォーク、ブルース、カントリーポップ、バロックポップ、サイケといったジャンルを軽やかに行き来しながら、
その根底には常に“観察する女性の眼差し”が息づいている。

『The Delta Sweete』が南部の夢と影を描いた叙事詩であったなら、
本作は風刺と寓話が交錯する、万華鏡のようなモザイク作品である。
奇妙な地元の人々、皮肉と優しさ、社会批評と個人的な回想。
それらがコンパクトに詰め込まれたこのアルバムは、Gentryの“ポップ・アーティストとしての顔”を垣間見せる重要な作品だ。


おすすめアルバム

  • Harry Nilsson – Pandemonium Shadow Show
    語りと風刺が入り混じる、サイケ・ポップの金字塔。
  • Lee Hazlewood – Love and Other Crimes
    カントリーと風刺、語りの融合。Gentryとの親和性が高い。
  • Judee Sill – Judee Sill
    宗教的モチーフと優雅な旋律が交差する、女性SSWによる珠玉の語り。
  • Randy Newman – 12 Songs
    風刺と人間観察の名手。Gentry的観察眼との共通点多数。
  • The Free Design – Heaven / Earth
    バロックポップの精緻な世界。『Sittin’ Pretty』の空気感と通じる。

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