- イントロダクション:甘い声で、奇妙な孤独を歌った男
- アーティストの背景と歴史:銀行員から、スタジオの魔術師へ
- 音楽スタイルと影響:完璧なポップ職人であり、破壊者でもある
- 代表曲の楽曲解説
- アルバムごとの進化
- Pandemonium Shadow Show(1967)
- Aerial Ballet(1968)
- Harry(1969)
- Nilsson Sings Newman(1970)
- The Point!(1971)
- Nilsson Schmilsson(1971)
- Son of Schmilsson(1972)
- A Little Touch of Schmilsson in the Night(1973)
- Pussy Cats(1974)
- Duit on Mon Dei(1975)、Sandman(1976)、…That’s the Way It Is(1976)
- Knnillssonn(1977)
- 影響を受けた音楽:Beatles、Tin Pan Alley、スタンダード、カリプソ
- 影響を与えたアーティストと再評価:カルト的存在から、ポップの異端聖人へ
- 同時代アーティストとの比較:Randy Newman、Van Dyke Parks、Paul McCartneyとの違い
- The BeatlesとHarry Nilsson:憧れ、友情、そして危うい親密さ
- 映画・アニメ・関連作品:映像と結びつくNilssonの物語性
- ライヴをしなかったスター:スタジオに住むシンガーソングライター
- 批評的評価と再評価:才能と自己破壊のあいだで
- Harry Nilssonの歌詞世界:孤独、子ども心、悪ふざけ、自己嫌悪
- Harry Nilssonという声:美しさが壊れていく記録
- まとめ:Harry Nilssonが残した、完璧で不完全なポップ
イントロダクション:甘い声で、奇妙な孤独を歌った男
Harry Nilsson(ハリー・ニルソン)は、1960年代後半から1970年代にかけて、アメリカのポップ・ミュージックに独自の光を放ったシンガーソングライターである。甘く伸びやかな声、洒落たコード感、童話のような想像力、そして時に自分自身を壊してしまうような過激なユーモア。彼の音楽には、完璧なポップソングの美しさと、レコード会社やショービジネスの期待を軽々と裏切る奇抜さが同居している。
Nilssonは、いわゆる典型的なロックスターではなかった。大規模なツアーをほとんど行わず、ステージよりもスタジオを自分の遊び場にした。彼は作曲家であり、歌手であり、声の魔術師であり、音楽的な悪戯者でもあった。その姿勢は、同時代のシンガーソングライターたちの中でもかなり異質である。
代表曲としてまず挙げられるのは、Fred Neilのカバー「Everybody’s Talkin’」と、Badfingerのカバー「Without You」である。前者は映画『Midnight Cowboy』を通じて広く知られ、後者はNilsson最大のヒット曲となった。彼は自作曲だけでなく、他人の曲を自分の声と解釈で完全に自分のものにする能力にも長けていた。
一方で、「One」、「Coconut」、「Me and My Arrow」、「Jump into the Fire」のような楽曲には、Nilssonの作曲家としての個性が濃く出ている。シンプルな言葉遊び、奇妙な物語、ユーモラスな反復、そして突然の狂気。彼の音楽は、まるで美しいオルゴールの中に、少し壊れた人形が住んでいるようだ。
The BeatlesのJohn LennonとPaul McCartneyがNilssonを高く評価していたことも、彼の神話を強めた。Britannicaも、NilssonがJohn LennonとPaul McCartneyからお気に入りのアーティストとして挙げられた存在であることを紹介している。(britannica.com) だが、Nilssonはその評価に安住しなかった。むしろ、商業的成功の中心へ行ける才能を持ちながら、常にそこから少し外れた場所へ歩いていった。そこに彼の孤高さがある。
アーティストの背景と歴史:銀行員から、スタジオの魔術師へ
Harry Edward Nilsson IIIは、1941年6月15日、ニューヨーク・ブルックリンに生まれた。後にロサンゼルスへ移り、若い頃には銀行で働きながら音楽活動を始めた。正式な音楽教育を受けたタイプではなく、独学で作曲や歌を身につけた人物である。Britannicaも、彼が銀行員から国際的スターへと上り詰めた独学の音楽家であったことを紹介している。(britannica.com)
初期のNilssonは、ソングライターとして業界内で注目を集めた。1967年のアルバムPandemonium Shadow Showでは、Beatles的なポップ感覚、ヴォーカルの多重録音、洒落たアレンジを駆使し、すでに彼独自の世界を作っていた。彼の声は非常に美しく、柔らかい。しかし、その美しさの中には、どこかひねくれた視点がある。真っすぐなラブソングを書いているようで、少しずつ角度がずれていく。
1968年のAerial Balletでは、さらにポップ職人としての才能が明確になる。このアルバムには、後にThree Dog Nightがヒットさせた「One」や、Nilsson自身の代表的カバーとなる「Everybody’s Talkin’」が含まれている。
転機となったのは、1969年の映画『Midnight Cowboy』で「Everybody’s Talkin’」が使用されたことだ。この曲はNilssonの名を広く知らしめ、1999年にはGrammy Hall of Fame入りしている。(en.wikipedia.org)
1971年には、Richard PerryのプロデュースによるNilsson Schmilssonを発表する。ここでNilssonは、ポップ、ロック、バラード、ノベルティ・ソングを自在に行き来し、最大の商業的成功を収めた。「Without You」、「Coconut」、「Jump into the Fire」を収録したこのアルバムは、Nilssonの才能の幅を最も分かりやすく示した作品である。
しかし、その成功の後に彼が向かったのは、安定したヒット路線ではなかった。1972年のSon of Schmilssonでは、より下品で、過激で、奇妙で、自嘲的な音楽へ向かう。Ringo StarrやGeorge Harrisonらも参加したこのアルバムは、商業的成功の期待を裏切りながら、Nilssonの反骨精神を露わにした作品だった。(en.wikipedia.org)
1974年にはJohn LennonプロデュースのPussy Catsを発表するが、この頃には飲酒や夜遊び、声帯へのダメージも重なり、Nilssonのキャリアは徐々に不安定になっていく。それでも彼の作品には、最後まで奇妙な輝きが残り続けた。
音楽スタイルと影響:完璧なポップ職人であり、破壊者でもある
Harry Nilssonの音楽スタイルは、一言では語りにくい。ポップ、ロック、ミュージックホール、カリプソ、ジャズ、童謡、映画音楽、スタンダード、バロック・ポップ、ノベルティ・ソング。そのすべてを彼は自分の声と想像力でつなげてしまう。
まず特筆すべきは、声である。Nilssonの声は、透明で、甘く、柔軟だ。高音へ自然に伸び、ハーモニーを重ねると、まるで一人の合唱団のように響く。「Without You」では、その声がドラマティックな悲しみを背負い、「Everybody’s Talkin’」では都会の孤独を軽やかに漂わせる。一方、「Coconut」では声色を変え、登場人物を演じ分けるように歌う。
彼のソングライティングには、鋭いポップセンスがある。「One」のように、たった一つの数字から孤独の歌を作る。「Me and My Arrow」のように、子ども向けの寓話を大人にも響く物語へ変える。Nilssonは、複雑なことを複雑に見せるのではなく、単純な言葉の中に深い感情を仕込むのがうまかった。
同時に、彼はポップの美しさを自分で壊す人でもあった。きれいなバラードを書けるのに、下品な冗談を入れる。完璧な歌唱ができるのに、わざとふざける。成功できるのに、成功の型を拒む。この自己破壊的なユーモアが、Nilssonを単なる名ソングライターではなく、孤高の存在にしている。
Pitchforkは、NilssonをRandy NewmanやVan Dyke Parksと並べ、商業的成功と実験性の間を行き来したロサンゼルスの異端的な音楽家として位置づけている。(pitchfork.com) この視点は非常に的確である。Nilssonは王道ポップの才能を持ちながら、常にその王道から少しはみ出していた。
代表曲の楽曲解説
「Everybody’s Talkin’」
「Everybody’s Talkin’」は、Harry Nilssonの名を世界に広めた代表曲である。Fred Neilが書いた曲だが、Nilssonのヴァージョンは映画『Midnight Cowboy』で使用され、彼の声と切り離せない楽曲になった。
この曲の魅力は、軽やかな逃避感にある。都会の喧騒、人々の声、理解されない孤独。そのすべてから離れ、どこか遠くへ行きたいという感情が、柔らかなギターとNilssonの透き通った声で歌われる。
Nilssonの歌唱は、決して大げさではない。むしろ、風のように軽い。しかし、その軽さの中に深い孤独がある。誰もが話しかけてくるのに、何も聞こえない。人に囲まれているのに、ひとりである。この感覚が、1960年代末の都市的な疎外感と見事に重なった。
「Everybody’s Talkin’」は、Nilssonが他人の曲を自分の物語に変えてしまう力を示した名演である。
「One」
「One」は、Nilssonのソングライターとしての才能を象徴する楽曲である。Three Dog Nightのカバーで大ヒットしたことでも知られるが、原曲にはNilssonらしい静かな奇妙さがある。
「One is the loneliest number」という有名なフレーズに示されるように、この曲は数字の概念を孤独の感情へ変換している。発想は非常にシンプルだ。しかし、そのシンプルさが強い。ひとりでいること、愛が終わった後に残る空白、二人だったものが一人になる痛み。それらが、たった一つの数字に集約されている。
Nilssonのポップセンスは、こうした抽象化にある。大きな物語を語らず、ひとつの言葉、ひとつの音、ひとつのアイデアから曲を作る。その小ささが、逆に普遍的になる。
「Without You」
「Without You」は、Harry Nilsson最大のヒット曲であり、彼の歌唱力を世界に知らしめた名バラードである。もともとはBadfingerの楽曲だが、Nilssonのヴァージョンは1971年のNilsson Schmilssonに収録され、彼の代表曲となった。
この曲では、Nilssonの声が極限までドラマティックに使われている。静かな導入から、サビで一気に感情が爆発する。失った愛への絶望が、甘美なメロディと圧倒的なヴォーカルで表現される。
Nilssonは、もともと非常に繊細な歌い手である。しかし「Without You」では、その繊細さが巨大な悲劇へ拡張されている。彼は泣き叫ぶのではなく、声の伸びとコントロールによって痛みを表現する。だからこの曲は、単なる感傷的なバラードではなく、ポップ・ヴォーカルの一つの到達点として響く。
「Coconut」
「Coconut」は、Nilssonの奇抜さを最も親しみやすい形で示した楽曲である。1971年のNilsson Schmilssonに収録され、非常にシンプルなコード進行と反復によって作られている。
この曲の面白さは、ほとんど童謡のような構造にある。登場人物がいて、会話があり、奇妙な症状とさらに奇妙な解決策が提示される。Nilssonは声色を使い分け、ひとりで小さな寸劇を演じる。
音楽的には非常に単純だが、その単純さが中毒性を生む。「Coconut」は、ポップソングが必ずしも複雑である必要はないことを示している。むしろ、変なアイデアを最後までやり切ることが、強烈な個性になる。
この曲を聴くと、Nilssonが単なる美声のバラード歌手ではなかったことがよく分かる。彼はポップの道化師でもあった。
「Jump into the Fire」
「Jump into the Fire」は、Nilssonのロック的な側面を代表する楽曲である。Nilsson Schmilssonに収録されたこの曲は、重いベースライン、激しいリズム、荒々しいヴォーカルで、彼の作品の中でも異質な熱を放っている。
この曲では、Nilssonは甘い声のポップ・シンガーではなく、狂気を帯びたロック・ヴォーカリストになる。曲は長く、反復的で、どこか危険な陶酔がある。美しいメロディで包み込むのではなく、聴き手を火の中へ引きずり込むような曲だ。
「Jump into the Fire」は、Nilssonがジャンルの枠に収まらないアーティストだったことを示している。彼はバラードも歌えたし、童話的な曲も作れた。そして、必要ならばこうした荒々しいロックも鳴らせたのである。
「Me and My Arrow」
「Me and My Arrow」は、1971年のアニメーション作品/アルバムThe Point!を代表する楽曲である。主人公Oblioと犬のArrowの物語を通じて、社会から外れた者の孤独と価値が描かれる。
この曲は、子ども向けのように聴こえる。しかし、その奥にはNilssonらしい深いテーマがある。周囲と違うこと、形が合わないこと、理解されないこと。それでも自分には大切な友がいる。「Me and My Arrow」は、その小さな絆を温かく歌う。
Nilssonの童話的センスは、ここで最も美しく表れている。彼は子ども向けの単純な物語を、大人の孤独にも響く寓話へ変えることができた。
「Gotta Get Up」
「Gotta Get Up」は、Nilsson Schmilssonの冒頭を飾る楽曲である。軽快で、少しミュージックホール風の響きを持ち、朝の慌ただしさと人生の過ぎ去る感覚をコミカルに描く。
曲調は明るい。しかし、歌われている内容には時間への焦りがある。起きなければならない。行かなければならない。大人になってしまった。人生は進み、若さは戻らない。Nilssonはその感覚を、泣き言ではなく、軽やかなポップとして提示する。
この曲には、Nilssonの得意な「明るいのに悲しい」感覚がある。笑いながら時間の残酷さを歌う。そこに彼の深さがある。
「Spaceman」
「Spaceman」は、1972年のSon of Schmilssonに収録された楽曲である。宇宙飛行士を題材にしながら、そこには現実逃避、孤独、名声への皮肉が混ざっている。
1970年代初頭は、宇宙開発の夢がまだ大きな文化的影響を持っていた時代である。しかしNilssonの「Spaceman」は、単純な宇宙賛歌ではない。宇宙へ行っても、結局人間の問題からは逃げられない。そんな皮肉が感じられる。
曲はポップで、メロディも明快だが、その奥には奇妙な寂しさがある。Nilssonは宇宙すらも、孤独の舞台にしてしまう。
「Remember (Christmas)」
「Remember (Christmas)」は、Son of Schmilssonの中でも特に美しいバラードである。タイトルにChristmasとあるが、単なるクリスマス・ソングではない。記憶、幼少期、喪失、過ぎ去った時間への祈りが込められている。
この曲のNilssonは非常に優しい。声は柔らかく、メロディは静かに広がる。ふざけた曲や過激な曲が目立つSon of Schmilssonの中で、この曲は彼の本質的な繊細さを示している。
Nilssonの音楽には、しばしば子ども時代へのまなざしがある。しかし、それは単なる懐古ではない。子どもの頃の純粋さが失われてしまったことを知る大人の歌である。
「You’re Breakin’ My Heart」
「You’re Breakin’ My Heart」は、Nilssonの過激なユーモアと自己破壊性を象徴する楽曲である。Son of Schmilssonに収録されたこの曲は、美しいメロディの中に露骨で攻撃的な言葉を投げ込むことで、聴き手を驚かせる。
この曲は、Nilssonの危うさをよく示している。彼は美しい曲を書ける。だが、その美しさをわざと汚す。感傷的な失恋ソングになりそうなところを、下品な怒りでひっくり返す。
これは単なる悪ふざけではない。ポップソングがきれいな感情だけを扱うべきだという期待への反抗でもある。Nilssonは、失恋には醜さもあることを知っていた。そして、その醜さを隠さず曲にしてしまった。
「Many Rivers to Cross」
「Many Rivers to Cross」は、Jimmy Cliffの名曲をNilssonがカバーしたものとして知られる。彼のヴァージョンには、深い疲労と祈りがある。
Nilssonはカバー曲を歌うとき、原曲の魂を尊重しながら、自分の孤独を重ねる。「Many Rivers to Cross」でも、彼の声には人生の重みがにじむ。まだ渡らなければならない川がいくつもある。進んでも進んでも終わらない。その感覚が、彼の歌唱に深く刻まれている。
アルバムごとの進化
Pandemonium Shadow Show(1967)
デビュー・アルバムPandemonium Shadow Showは、Harry Nilssonの才能がすでに完成に近い形で現れた作品である。Beatlesへの愛情、ヴォーカルの多重録音、ウィットに富んだアレンジ、ひねりのあるポップ感覚が詰まっている。
このアルバムでは、Nilssonはまだ大衆的スターではない。しかし、彼の世界はすでに濃い。美しい声、複雑なハーモニー、少し奇妙なユーモア。後のNilssonを形作る要素が、ここにすでにある。
特にBeatlesからの影響は重要である。ただし、Nilssonは単なる模倣者ではない。Beatles的なスタジオ・ポップの自由さを、自分自身のより個人的で孤独な世界へ引き寄せている。
Aerial Ballet(1968)
Aerial Balletは、Nilssonのポップ・ソングライターとしての才能がさらに明確になった作品である。「One」、「Everybody’s Talkin’」など、彼の代表的な楽曲が含まれている。
タイトルのAerial Balletは、空中バレエを意味する。まさにこのアルバムの音楽は、軽やかに宙を舞うようだ。しかし、その軽やかさの下には、孤独や不安が流れている。Nilssonは、重い感情を軽いメロディで歌うことができる稀有な作家だった。
この作品によって、彼は業界内外で高く評価される存在になっていく。特に「Everybody’s Talkin’」の成功は、Nilssonをより広いリスナーへ届けるきっかけとなった。
Harry(1969)
Harryは、Nilssonの人間味とソングライティングの成熟が感じられるアルバムである。自分自身の名前をタイトルにしたこの作品には、彼の親密な感情、家族への視線、そして少し古風なポップ感覚が表れている。
Nilssonは、同時代のロックの激しさとは少し違う場所にいた。彼は自分を大きく見せるより、小さな物語を丁寧に作ることに向いていた。Harryには、その資質がよく表れている。
Nilsson Sings Newman(1970)
Nilsson Sings Newmanは、Randy Newmanの楽曲だけをNilssonが歌った異色のカバー・アルバムである。ここでNilssonは、自分のソングライターとしての自我を一度脇に置き、他者の曲を徹底的に解釈する。
この作品の重要性は、Nilssonが「歌手」としてどれほど優れていたかを示す点にある。Randy Newmanの曲は、皮肉、人物描写、複雑な感情を含むものが多い。Nilssonはそれらを、美しい声と繊細な表現で立体化する。
Pitchforkは、Nilsson、Randy Newman、Van Dyke Parksを、商業性と奇抜さを併せ持つロサンゼルスの個性的な音楽家たちとして論じている。(pitchfork.com) Nilsson Sings Newmanは、その関係性を音で示す重要作である。
The Point!(1971)
The Point!は、Nilssonの童話的想像力が最も明確に形になった作品である。丸い頭を持つ人々の国で、ただ一人とがった頭を持たない少年Oblioが旅に出る物語。そこには、社会の規範から外れた者への優しい視線がある。
「Me and My Arrow」をはじめ、アルバム全体には子ども向け作品のような親しみやすさがある。しかし、テーマは深い。誰にでも「point=意味」や「目的」があるのか。違う形をした人間は、共同体の中でどう生きるのか。Nilssonはそれを説教ではなく、寓話として語る。
この作品は、Nilssonが単なるポップ歌手ではなく、物語を作るアーティストだったことを示している。
Nilsson Schmilsson(1971)
Nilsson Schmilssonは、Harry Nilssonの最高傑作として最も広く知られるアルバムである。Richard Perryのプロデュースにより、Nilssonの多面的な才能が非常に分かりやすい形でまとめられた。
「Gotta Get Up」のミュージックホール的な軽快さ、「Without You」の壮大なバラード、「Coconut」の奇妙な反復、「Jump into the Fire」のロック的狂気。このアルバムには、Nilssonの主要な顔がすべてある。
重要なのは、これほど多様でありながら、アルバムが散漫にならないことだ。すべてをつないでいるのは、Nilssonの声とユーモアである。彼はポップスターになれる才能を持っていた。そしてこのアルバムで、実際にその中心へ立った。
Son of Schmilsson(1972)
Son of Schmilssonは、成功の後にNilssonが選んだ奇妙な反撃である。レコード会社は前作のような成功作を期待したが、Nilssonはより過激で、自嘲的で、猥雑で、自由な作品を作った。Ringo Starr、George Harrison、Nicky Hopkins、Klaus Voormann、Bobby Keys、Peter Framptonらも参加している。(en.wikipedia.org)
このアルバムには、「Spaceman」のようなポップ曲、「Remember (Christmas)」のような美しいバラード、「You’re Breakin’ My Heart」のような破壊的な冗談が同居している。
Son of Schmilssonは、Nilssonの自己破壊的な魅力を象徴する作品である。彼は成功を繰り返すより、成功そのものをからかう道を選んだ。その態度は商業的には危ういが、アーティストとしては非常にNilssonらしい。
A Little Touch of Schmilsson in the Night(1973)
A Little Touch of Schmilsson in the Nightは、スタンダード曲を歌ったアルバムである。Nilssonはここで、現代ポップのシンガーソングライターから、古い時代のクルーナーのような存在へ変身する。
この作品では、彼の歌唱力が改めて際立つ。派手な奇抜さは抑えられ、声の美しさと解釈の力が前面に出る。Nilssonはふざけることもできたが、本気で歌えば、非常に上品なスタンダード歌手にもなれた。
ただし、この方向性は当時のロック・シーンの流行とは大きく異なっていた。そこにもNilssonの孤高さがある。彼は時代に合わせるより、自分の聴きたい音楽を作る人だった。
Pussy Cats(1974)
Pussy Catsは、John Lennonがプロデュースしたアルバムである。1970年代半ば、LennonとNilssonはロサンゼルスでいわゆる“Lost Weekend”期を過ごし、酒と混乱に満ちた時間を共有した。このアルバムには、その空気が強く刻まれている。
作品としては、Nilssonの声がすでに痛みを帯びている。美声の魔術師だった彼の声に、荒れや疲れが見える。しかし、その傷ついた声が、アルバムに独特のリアリティを与えている。
Pussy Catsは、完璧なポップ作品ではない。むしろ、崩れかけた友情と才能の記録である。だからこそ、聴いていて苦しく、忘れがたい。
Duit on Mon Dei(1975)、Sandman(1976)、…That’s the Way It Is(1976)
1970年代中盤のNilsson作品は、商業的にも批評的にも不安定な時期に入る。かつてのような圧倒的な完成度は薄れ、作品ごとの焦点も揺らぐ。
しかし、この時期にもNilssonらしい瞬間はある。突然美しいメロディが現れたり、奇妙な冗談が飛び出したり、声の奥に深い疲労が見えたりする。彼のキャリア後半は、落日としてだけではなく、才能と自己破壊がせめぎ合う記録として聴くべきである。
Knnillssonn(1977)
Knnillssonnは、Nilsson後期の中でも再評価されるべき作品である。タイトルは自分の名前をひっくり返したような奇妙な言葉であり、内容にも晩年へ向かう前の静かな成熟がある。
このアルバムでは、過激な冗談よりも、メロディと歌の温かさが前に出る。Nilssonは、もう一度美しいポップを作ろうとしていたようにも聴こえる。だが、時代はすでに変わっていた。パンクやディスコ、ニューウェーブが台頭する中で、Nilssonの音楽は中心から遠ざかっていく。
それでもKnnillssonnには、彼の本質的な優しさがある。奇抜さの裏に隠れていた、孤独なメロディメイカーの姿が見える作品である。
影響を受けた音楽:Beatles、Tin Pan Alley、スタンダード、カリプソ
Harry Nilssonの音楽には、多様な影響が流れている。まず重要なのはThe Beatlesである。彼はBeatlesのスタジオ・ワーク、ハーモニー、メロディの自由さを深く吸収していた。ただし、NilssonはBeatlesを追いかけるだけではなく、彼らが切り開いたポップの可能性を、より個人的で風変わりな方向へ進めた。
また、Tin Pan Alleyやアメリカン・スタンダードの影響も大きい。Nilssonのメロディには、古いミュージカルやスタンダード曲に通じる優雅さがある。A Little Touch of Schmilsson in the Nightでは、その愛情が直接的に表れている。
さらに、カリプソやノベルティ・ソングへの関心も見逃せない。「Coconut」のような曲には、南国風の軽さと童謡的な反復がある。Nilssonは高尚なポップ職人であると同時に、くだらない冗談や遊び歌を愛する人でもあった。
この幅広さが、Nilssonの音楽を分類しにくくしている。彼はロック・シンガーでもあり、ポップ作家でもあり、スタンダード歌手でもあり、コメディアンでもある。そのすべてが同じ人物の中にあった。
影響を与えたアーティストと再評価:カルト的存在から、ポップの異端聖人へ
Harry Nilssonは、巨大なツアーで時代を制圧したスターではない。だが、彼の影響は非常に深い。
彼は、スタジオを創作の中心にするシンガーソングライターの一つのモデルを示した。ライヴよりも録音、バンドの一体感よりも声の多重録音、ロックの荒々しさよりもポップの構築。その姿勢は、後の宅録系アーティスト、インディー・ポップ、バロック・ポップ、奇妙なポップを作るアーティストたちに影響を与えた。
New Yorkerは、NilssonのRCA時代の14枚のアルバムが、彼の進化と多様性を示すものとして紹介している。(newyorker.com) これは、彼の代表曲だけでなく、アルバム全体のカタログが再評価の対象になっていることを示している。
2010年にはドキュメンタリー『Who Is Harry Nilsson (And Why Is Everybody Talkin’ About Him)?』が劇場公開され、彼の人生と音楽に再び光が当てられた。同作は2006年に映画祭で上映され、2010年に劇場公開とDVDリリースが行われた作品である。(en.wikipedia.org)
さらに2013年には、Sony MusicからThe RCA Albums Collectionが発売され、彼のRCA時代の作品群がまとめて再評価された。(en.wikipedia.org) Nilssonは、死後にますます「知る人ぞ知る天才」から「ポップ史の重要人物」へと位置づけ直されている。
同時代アーティストとの比較:Randy Newman、Van Dyke Parks、Paul McCartneyとの違い
Harry Nilssonを理解するには、同時代の個性的なポップ作家と比較すると分かりやすい。
Randy Newmanは、皮肉と人物描写の名手である。彼の曲は、しばしば語り手の視点がひねくれており、社会批評や人間観察が鋭い。Nilssonにもユーモアと皮肉はあるが、Newmanほど冷静な観察者ではない。もっと感情的で、もっと自分自身を巻き込んでしまう。
Van Dyke Parksは、緻密なアレンジとアメリカ音楽への博識を持つ作家である。Nilssonにも洒落たアレンジ感覚はあるが、Parksほど学究的ではない。Nilssonの音楽は、もっと直感的で、もっと声に依存している。
Paul McCartneyとの比較も興味深い。NilssonとMcCartneyは、どちらも驚異的なメロディメイカーであり、声の多重録音や古風なポップ感覚を愛した。しかしMcCartneyがより健康的で職人的なポップの明るさを持つのに対し、Nilssonにはもっと影がある。美しいメロディを書きながら、自分でそれを壊したくなるような衝動がある。
この違いがNilssonの孤高さだ。彼はポップの王道へ行ける才能を持っていた。しかし、王道に立ち続けることができなかった。あるいは、そうする気がなかった。その不安定さが、彼を忘れがたい存在にしている。
The BeatlesとHarry Nilsson:憧れ、友情、そして危うい親密さ
Harry NilssonとThe Beatlesの関係は、彼の物語において非常に重要である。John LennonとPaul McCartneyが彼を高く評価していたことはよく知られている。NilssonにとってBeatlesは影響源であり、同時に彼を認めてくれた存在でもあった。
特にJohn Lennonとの関係は有名だ。1970年代半ば、LennonがYoko Onoと一時的に離れていた“Lost Weekend”期に、Nilssonは彼と深く関わった。二人はロサンゼルスで夜を過ごし、酒を飲み、音楽を作り、混乱を共有した。その結果生まれたのがPussy Catsである。
この関係には、友情と破滅の両方がある。LennonとNilssonは互いに才能を認め合いながら、同時に互いの危うさを増幅してしまった面もある。Pussy Catsの荒れた声と混乱した空気は、その証拠のように聴こえる。
NilssonはBeatles的なポップの正統な継承者でありながら、Beatlesのようなバンドの共同体を持たなかった。彼は一人でスタジオに立ち、自分の声を重ね、自分の冗談に笑い、自分の孤独に沈んだ。そこが彼の美しさであり、悲しさでもある。
映画・アニメ・関連作品:映像と結びつくNilssonの物語性
Harry Nilssonの音楽は、映画や映像作品とも深く結びついている。最も有名なのは、やはり『Midnight Cowboy』における「Everybody’s Talkin’」である。この曲は映画の孤独な都市感覚と見事に重なり、Nilssonの声を広く知らしめた。
また、The Point!はアニメーション作品としても重要である。Nilssonの物語的想像力が、音楽だけでなく映像と一体化した作品だ。丸い頭の国と、とがっていない少年Oblioの話は、子ども向けの寓話でありながら、異質な者へのまなざしを持つ深い物語である。
さらに、彼の人生そのものも映像作品になった。ドキュメンタリー『Who Is Harry Nilsson (And Why Is Everybody Talkin’ About Him)?』は、Nilssonの音楽、創作過程、友人関係、そして個人的な苦悩を描いた作品として知られている。(imdb.com)
Nilssonの音楽が映像に合う理由は、彼の曲がいつも小さな物語を持っているからだ。登場人物がいて、場面があり、少し奇妙なオチがある。彼の楽曲は、短編映画のように聴こえる。
ライヴをしなかったスター:スタジオに住むシンガーソングライター
Harry Nilssonの特異性のひとつは、ほとんどライヴ活動を行わなかったことである。多くのロック/ポップ・アーティストがツアーによって人気を広げる中で、Nilssonはスタジオを主な表現の場にした。
これは弱点でもあり、個性でもある。彼の音楽は、ステージ上の熱狂よりも、録音された声の重なり、アレンジの工夫、編集や演出によって輝く。Nilssonにとって、スタジオは実験室であり、劇場であり、遊び場だった。
ライヴをしないことは、彼を神秘的な存在にもした。ファンは彼のレコードを通してしか、ほとんど彼に会えない。声は親密なのに、本人は遠い。この距離感が、Nilssonの孤独なイメージを強めている。
彼は大衆の前で何度も自分を再演するタイプのスターではなかった。むしろ、一度録音された声の中に自分を閉じ込めるタイプのアーティストだった。その声が今も残っていることが、彼の最大のライヴなのかもしれない。
批評的評価と再評価:才能と自己破壊のあいだで
Harry Nilssonは、生前から高く評価されていた。しかし、その評価は常に複雑だった。彼は圧倒的な才能を持っていた。美しい声、優れたメロディ、スタジオ感覚、ユーモア、物語性。だが同時に、成功を持続させるための自己管理や商業的戦略には向いていなかった。
この矛盾が、彼のキャリアを魅力的にも悲劇的にもしている。Nilsson Schmilssonでポップスターとしての頂点に立った後、彼はそのイメージを裏切るようにSon of Schmilssonを作った。さらにPussy Catsでは、声そのものが傷ついていく過程を記録してしまった。
Pitchforkの再発レビューでも、Nilssonの初期70年代の輝きと、その後のキャリアの難しさが対比されている。(pitchfork.com) 彼は、才能がありすぎるがゆえに、自分の才能を信用しきれなかった人のようにも見える。
しかし、時間が経つほど、Nilssonの評価は単なるヒット曲の歌手から、ポップの異端的天才へと変わってきた。彼のカタログには、完璧な曲も、壊れた曲も、冗談のような曲も、涙が出るほど美しい曲もある。そのすべてを含めて、Harry Nilssonなのである。
Harry Nilssonの歌詞世界:孤独、子ども心、悪ふざけ、自己嫌悪
Nilssonの歌詞には、いくつかの特徴的なテーマがある。
まず、孤独である。「One」では孤独が数字として表され、「Everybody’s Talkin’」では都市の喧騒の中の孤立が歌われる。Nilssonの孤独は、暗く沈むだけではない。軽やかなメロディの中に、ふっと影が差すような孤独である。
次に、子ども心である。The Point!や「Me and My Arrow」には、童話的な想像力がある。彼は子どものように遊びながら、大人の世界の不条理を描いた。子ども向けに見えて、実は大人の孤立を扱っているところがNilssonらしい。
そして、悪ふざけである。「Coconut」や「You’re Breakin’ My Heart」には、ポップの品位をわざと壊すようなユーモアがある。彼は美しいものだけを信じていなかった。人間は滑稽で、下品で、弱い。そのことを彼は隠さない。
最後に、自己嫌悪である。Nilssonの作品には、自分の才能を誇るより、自分自身を茶化すような感覚がある。Son of Schmilssonというタイトル自体、成功作Nilsson Schmilssonを自分で茶化している。彼は自分を神格化させない。むしろ、自分で神話を壊す。その姿勢が、彼の音楽を人間的にしている。
Harry Nilssonという声:美しさが壊れていく記録
Harry Nilssonの声は、彼の最大の楽器だった。初期からNilsson Schmilsson期にかけての声は、本当に美しい。柔らかく、透明で、伸びやかで、ハーモニーを重ねるとまるで雲のように広がる。
「Without You」の高音は、ポップ・ヴォーカル史に残る名演である。「Everybody’s Talkin’」では軽やかに漂い、「Remember」では優しく包み込む。この時期のNilssonの声には、天性の美しさがある。
しかし、その声はキャリア後半に傷ついていく。飲酒や無理な歌唱、生活の乱れにより、かつての透明感は失われていった。Pussy Cats以降の声には、かすれ、疲労、痛みがある。
だが、その壊れた声にも別の魅力がある。完璧だった声が壊れていくことで、そこに人生の痕跡が刻まれる。Nilssonのカタログは、美声の記録であると同時に、美声が傷ついていく記録でもある。その残酷さが、彼の音楽をさらに深くしている。
まとめ:Harry Nilssonが残した、完璧で不完全なポップ
Harry Nilssonは、ポップセンスと奇抜さを内包した孤高のシンガーソングライターである。
Pandemonium Shadow ShowとAerial Balletで、彼はBeatles以後のスタジオ・ポップを個人的な世界へ変換した。「Everybody’s Talkin’」で都会の孤独を軽やかに歌い、「One」で孤独を数字へ変えた。The Point!では童話の形で異質な者の価値を描き、Nilsson Schmilssonでは「Without You」、「Coconut」、「Jump into the Fire」を通じて、バラード、冗談、ロックのすべてを飲み込んだ。そしてSon of Schmilsson以降、彼は成功の型を壊しながら、自分自身の矛盾を音楽に刻んでいった。
Nilssonの音楽は、完璧でありながら不完全である。メロディは美しい。声も美しい。だが、そこにはいつもひびが入っている。冗談、孤独、自己破壊、悪ふざけ、喪失。そのひびから光が漏れる。
彼はステージで大衆を支配するスターではなかった。むしろ、スタジオの中で声を重ね、奇妙な物語を作り、自分の才能を信じたり疑ったりしながら、ポップソングの可能性を広げた人物である。
Harry Nilssonの音楽を聴くと、ポップとはただ美しく整ったものではないと分かる。ポップは、孤独を笑いに変え、悲しみをメロディに変え、壊れた声さえも作品に変えることができる。Nilssonはそのことを、誰よりも甘く、誰よりも奇妙に示した。


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