発売日: 2023年1月20日
ジャンル: シンセポップ、ダンス・ロック、オルタナティヴ・ポップ、インディー・エレクトロ
概要
『Lobes』は、We Are Scientistsが2023年に発表した8作目のスタジオ・アルバムであり、
前作『Huffy』（2021年）と対を成すような、よりシンセ主導かつナイトライフ的感覚に振り切った“ダンサブルなWAS”の最前線である。
タイトルの「Lobes（脳葉）」は、“感情や記憶、衝動が宿る場所”としての象徴。
バンド自身も「“身体より先に脳が踊り出すような音楽”を目指した」と語っており、
今作ではギターロックの形態をさらに溶解させ、エレクトロ／ニューウェーブ的サウンドへと大胆に踏み出している。
その一方で、彼らの持ち味であるポップなメロディ、皮肉なリリック、脱力ユーモアは健在で、
“年齢を重ねたインディー・バンドがエレクトロをやるとこうなる”という、ジャンル横断的で快活な挑戦作となっている。
全曲レビュー
1. Operator Error
アルバム冒頭からアップテンポなシンセビートが炸裂。
“オペレーターのミス”とはすなわち自分の判断ミス——思考と感情の不一致を軽やかに笑い飛ばす、WAS流の開幕宣言。
キラキラした音像と反復フレーズが中毒性を生む。
2. Dispense With Sentiment
“感傷なんかいらない”という潔いタイトル通り、過剰な感情から一歩引いた目線がテーマ。
ビートはダンサブルだが、歌詞は哲学的。シンセの使い方が非常に洗練されており、The 1975以降の文脈とも響き合う。
3. Lucky Just to Be Here
“生きてるだけでラッキー”というある種の諦念と感謝をテーマに、
80年代的ドラムマシン＋現代ポップスの中庸を行くハートウォーミングな佳作。
コーラスの多幸感が秀逸。
4. Settled Accounts
不義理や未清算な感情を“精算する”というモチーフで描いたリレーションソング。
言葉選びはシニカルだが、サウンドは開放的でエレクトロポップとして完成度が高い。
5. Here Goes
メロディの躍動感が目立つ中盤のキラーチューン。
「やるしかない」的な感情を、明るく突き抜けるフックで包んだ前向きソング。
ライブでも盛り上がること必至の一曲。
6. Parachute
ややスロウで内省的なトラック。
“君は僕のパラシュートだった”という救済と依存のメタファーが美しい。
構成も緩急があり、アルバムの流れに心地よい起伏を与える。
7. Courage (For My Love)
直球バラード調ながら、決して重くなりすぎず、感情の機微と軽妙さが絶妙なバランスで表現されている。
リズム隊の安定感が、感情の揺れを優しく支える。
8. Turn It Up
タイトル通り、“音を上げろ！”というダンスフロア直送のナンバー。
シンセベースとボコーダー処理が施されたボーカルが、WAS史上最もクラブ寄りな仕上がり。
バンドの新境地とも言える一曲。
9. Ghouls（再構成）
2008年の『Brain Thrust Mastery』収録曲の再演ではなく、“亡霊”というテーマを別角度から扱った新曲。
過去の後悔や幻影と向き合う姿勢が描かれており、メロディは優しいのに歌詞はややホラー。
このギャップが秀逸。
10. Shadow of Doubt
ラストにふさわしい内省的クロージング。
「迷いの影」の中で揺れる心を、穏やかなリズムと淡いシンセに包んで着地する。
軽やかに終わるのではなく、“問いを残して終わる”余韻のあるラスト。
総評
『Lobes』は、We Are Scientistsがロックという形式にとらわれず、
“音楽でどう遊べるか”という問いに対して、誠実かつ快楽的な答えを提示した一枚である。
『Huffy』で見せたギターポップ路線から、今作ではより一層シンセに舵を切り、
80年代のフレーバーと現代的なプロダクションを両立させた“エレポップWAS”の完成形に近づいている。
しかし単なるジャンル転換ではなく、**“聴きやすいのにクセになる”“踊れるのに切ない”**という、
WASならではのバランス感覚が全曲に通底しており、
彼らの長いキャリアの中でも、最も自由で、最もクールな作品の一つと呼ぶにふさわしい。
おすすめアルバム
- Hot Chip『Why Make Sense?』
知的でダンサブル、かつポップな方向性が重なる。 - The 1975『Being Funny in a Foreign Language』
エレクトロ・ロックと感情の交錯点に立つ同時代的作品。 - Metronomy『Small World』
淡くて軽いのに深みがある、遊び心とメランコリーの共存。 - Passion Pit『Gossamer』
シンセの洪水と感情のカタルシス。派手なのに内省的。 -
Electric Guest『Plural』
耳なじみのよさとリズム感の融合。大人のエレポップ感が近い。
ファンや評論家の反応
『Lobes』は、ファンから“予想以上に踊れる”“WASがついに完全にクラブに寄った”と驚きをもって迎えられ、
その変化を楽しむ姿勢が広く評価された作品となった。
批評家からも、**“音楽的な自由とポップセンスが共存する成熟作”**として好意的に受け止められ、
長く活動してきたバンドが自己模倣に陥らず、新しい快楽を発明し続けていることに称賛が集まった。
『Lobes』は、脳を、心を、そして身体をも揺らす、
We Are Scientistsの“思考するダンス・ミュージック”の到達点である。
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