
発売日: 1984年10月2日
ジャンル: オルタナティヴロック、ポストパンク、パワーポップ、ガレージロック
概要
『Let It Be』は、The Replacementsが1984年に発表した3作目のスタジオ・アルバムであり、彼らのキャリアにおける決定的な転換点となった作品である。
それまでのラフで衝動的なパンク・スタイルに、初めてメロディ、詩情、構成美といった“ソングライティングの深み”が加わり、Replacementsが単なるパンク・バンドではないことを明確にした。
タイトルはビートルズの名作を意図的に引用したもので、そのアイロニーに満ちた言い回しの中に、バンドの自己否定と自意識、ロックンロール史に対する挑発的な愛情が込められている。
プロデュースはバンドとスティーヴ・フィスケットが共同で担当。
サウンドはガレージのラフさを保ちながら、ピアノ、アコースティックギター、ストリングス的アレンジも導入され、“不完全さの美学”を極めたオルタナティヴ・ロックの金字塔として語り継がれている。
全曲レビュー
1. I Will Dare
本作の象徴とも言えるオープニング・ナンバー。
リード・ギターにはR.E.M.のピーター・バックが参加。
軽やかなマンドリン調リフと、ウェスターバーグの“賭けてみるよ”という歌詞が、若さの希望と不安を絶妙に描く。
2. Favorite Thing
リフとビートが弾ける、純度の高いガレージ・ロック。
シンプルなコードの繰り返しの中に、“俺の一番好きなことは、君だ”という言葉がやけに刺さる。
3. We’re Comin’ Out
前半はハードコア調、後半はコーラスを交えたジャジーな展開に移行する、構成の妙が光る実験曲。
ジャンルを解体しながら遊んでいる姿勢が痛快。
4. Tommy Gets His Tonsils Out
ドラムのトミー・スティンソンを題材にした、実話ベースのユーモアソング。
親しみやすいメロディと、脱力感のある語り口がReplacementsらしさ全開。
5. Androgynous
本作の真のハイライトのひとつ。
ピアノと歌のみの構成で、性の多様性を優しく肯定する感動的バラード。
“彼はスカートを穿き、彼女はネクタイを締める”というリリックは、当時としては異例の社会的感度を示している。
6. Black Diamond
KISSの楽曲を、アコースティックからノイジーな展開へと変化させる異色カバー。
オリジナルのグラマラスさとは裏腹に、荒廃と諦念を帯びた“Replacements流のKISS愛”。
7. Unsatisfied
バンド史上でも屈指の名曲。
「満足できない、わかってくれるか?」という繰り返しのフレーズが、心の奥に響く。
シンプルだが、演奏と声の震えが痛烈な実感として迫ってくる。
8. Seen Your Video
インストゥルメンタル主体の異色曲。
後半に突然現れる「君のビデオを見たよ!」というシャウトは、MTV文化に対する冷笑と痛烈な風刺。
9. Gary’s Got a Boner
ユーモアと性欲とバカっぽさを詰め込んだ、Replacements節炸裂のパンキッシュなナンバー。
10代男子の馬鹿馬鹿しさをここまで愛情込めて表現できるのは彼らだけかもしれない。
10. Sixteen Blue
青春期の孤独、不安、自意識を描いた珠玉のスローバラード。
「16歳の肌は焼けるほど熱くて、内面はどこまでも冷たい」——そんな感覚が、美しいギターと共に響く。
11. Answering Machine
アコースティックギターと電話の電子音だけで構成された、本作のラストにして最大の内省曲。
届かない想いと孤独の象徴としての“留守番電話”が、ローファイな音像の中でリアルに描かれる。
総評
『Let It Be』は、The Replacementsが“音楽的成熟と破壊衝動の狭間”で生んだ奇跡のアルバムであり、1980年代アメリカのインディ・ロック史において最も重要な一枚のひとつとされる。
パンクの初期衝動を保持しながら、ポール・ウェスターバーグのリリックは人間の脆さ、優しさ、迷いを鋭くかつユーモラスに描き出しており、本作をもって“Replacementsはただのガレージバンドではない”ことを証明した。
カバー曲やふざけたナンバーの中に本気のバラードが差し込まれる構成は、ジャンルや文脈を超えた“感情のドキュメント”として聴く者の心を揺さぶる。
そして何よりも、本作には“完璧じゃないこと”の美しさが宿っている。
それこそが、オルタナティヴ・ロックという概念の核心であり、今なお本作が愛され続ける理由なのだ。
おすすめアルバム(5枚)
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R.E.M. – Reckoning (1984)
同年リリースのアメリカン・インディの象徴的作品。友情と精神性のつながりも深い。 -
The Lemonheads – It’s a Shame About Ray (1992)
ガレージ・ポップと感傷の融合。Replacementsの影響が色濃い。 -
Big Star – Radio City (1974)
メロディと不安定さの共存という意味で、Replacementsの精神的源流。 -
Dinosaur Jr. – You’re Living All Over Me (1987)
パンクとメロディ、轟音と叙情のバランスが共鳴するオルタナ名盤。 -
Elliott Smith – Either/Or (1997)
“Unsatisfied”や“Answering Machine”の孤独感を継承した孤高のSSWによる傑作。
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