
発売日:1975年9月
ジャンル:クラウトロック、実験ロック、アート・ロック、プログレッシブ・ロック、エレクトロニック・ロック
概要
Canの『Landed』は、バンドのキャリアにおいて転換点に位置するアルバムである。1960年代末から1970年代前半にかけて、Canはドイツのクラウトロックを代表する存在として、ロック、即興、現代音楽、ファンク、ミニマリズム、民族音楽、電子音響を横断する独自の音楽を作り上げた。『Monster Movie』『Tago Mago』『Ege Bamyasi』『Future Days』といった作品群は、ロック・バンドの形式を根本から揺さぶり、後のポストパンク、ニューウェイヴ、インダストリアル、エレクトロニック・ミュージック、オルタナティヴ・ロックに大きな影響を与えた。
その流れの中で、1975年の『Landed』は、Canがよりロック・バンドらしい輪郭を持ったサウンドへ接近した作品として位置づけられる。前作『Soon Over Babaluma』では、Damo Suzuki脱退後の4人体制で、より流動的でジャズ的、電子的な音像を展開した。一方『Landed』では、曲の構造が比較的明確になり、ギターやドラムの存在感もより直接的に前へ出ている。これはCanが実験性を失ったというより、スタジオでの編集や即興の手法を保ちながら、ロックとしての即効性や外向きのエネルギーを取り込んだ作品といえる。
本作は、Canが自らのInner Space Studioで録音し、より近代的なマルチトラック録音を活用した時期の作品でもある。そのため、初期作品の生々しく混沌としたテープ編集感とは異なり、音はややクリアで、楽器の分離も明確である。Jaki Liebezeitの正確で機械的なドラム、Holger Czukayのベースと音響的な編集感覚、Michael Karoliの鋭いギター、Irmin Schmidtの鍵盤と電子音が、より整理された形で響く。Can特有の反復と即興は残っているが、その表面は以前よりも明るく、時にファンクやグラム・ロック、ハードロックに近い質感すら見せる。
アルバムタイトルの『Landed』は、「着陸した」「地に足が着いた」という意味を連想させる。これは、宇宙的で浮遊感の強かった『Future Days』や、幻覚的な広がりを持つ『Tago Mago』と比べると象徴的である。本作のCanは、抽象的な音響の海を漂うというより、より具体的なビート、リフ、曲構成へ降り立っている。とはいえ、それは単純な商業化ではない。Canは地上へ降りた後も、通常のロック・バンドとは異なる時間感覚と構造感を保ち続けている。
歌詞面では、Canらしく言葉は明快な物語を語るというより、音響やリズムの一部として機能する。Damo Suzuki時代の即興的で多言語的なボーカル表現とは異なり、本作ではMichael KaroliやIrmin Schmidtらがボーカルを担い、より曲ごとのキャラクターに沿った歌が配置される。しかし、歌詞は依然として断片的であり、意味よりも発声、語感、リズムとの関係が重視されている。
歴史的に見ると、『Landed』はCanの最高傑作として最初に挙げられる作品ではない。多くの場合、『Tago Mago』『Ege Bamyasi』『Future Days』の実験性がより高く評価される。しかし『Landed』には、Canが1970年代半ばのロック環境の中で、自らの方法論をどう変形させたかが刻まれている。クラウトロックのアンダーグラウンドな先鋭性から、より明快なロックやエレクトロニックな質感へ向かう過程を示す作品として、非常に重要である。
日本のリスナーにとって本作は、Can入門としてはやや評価が分かれるかもしれない。初期の神秘的な反復やDamo Suzukiの呪術的な声を期待すると、やや明るく、ロック寄りに感じられる可能性がある。しかし、Canの音楽を「変化するバンドの記録」として聴くなら、『Landed』は非常に興味深い。実験性とポップ性、即興と構成、浮遊感と地上感がせめぎ合う、1970年代半ばのCanならではのアルバムである。
全曲レビュー
1. Full Moon on the Highway
オープニング曲「Full Moon on the Highway」は、『Landed』がこれまでのCan作品とは異なる外向きのエネルギーを持っていることを即座に示す楽曲である。タイトルは「高速道路の満月」という強いイメージを持ち、夜の移動、速度、光、そしてやや不気味な昂揚感を連想させる。Canの音楽において移動や反復は重要な要素だが、この曲ではそれが非常にロックンロール的な形で表れている。
サウンドは、Canとしてはかなりストレートなロックに近い。Michael Karoliのギターは鋭く、リフは前へ押し出され、Jaki Liebezeitのドラムはいつものように正確でありながら、ここではよりドライヴ感を強調している。Holger Czukayのベースも、楽曲の推進力を明確に支えている。Can特有の横へ広がる反復というより、前方へ走る力が強い。
歌詞やボーカルは、言葉の意味を深く読み込むというより、夜の高速道路を疾走する感覚を音として表現している。満月は幻想性や狂気を象徴し、高速道路は現代的な速度と移動を象徴する。この二つが組み合わされることで、自然の神秘と機械的な移動が重なる。Canらしい主題でありながら、表現は非常に直接的である。
この曲は、従来のCanを知るリスナーには意外に感じられるかもしれない。『Tago Mago』のような混沌や、『Future Days』のような水面のような浮遊感ではなく、ここにはギター・ロックとしての強い輪郭がある。しかし、そのドライヴの下には、Jaki Liebezeitの反復的なビートと、バンド全体の独特なタイム感があり、通常のロックンロールとは明らかに異なる質感を残している。
2. Half Past One
「Half Past One」は、アルバム序盤においてCanの軽やかで奇妙なポップ感覚を示す楽曲である。タイトルは「1時半」を意味し、非常に日常的な言葉でありながら、Canの手にかかるとどこか不確かな時間感覚を帯びる。時間を示す具体的な言葉が、曲の中ではむしろ現実感を揺らす装置になっている。
サウンドは比較的明るく、前曲のロック的な推進力から少し角度を変え、軽いリズムと遊び心のあるアレンジが中心になる。Canはしばしば、実験的で難解なバンドとして語られるが、同時に非常にユーモラスでポップな側面も持っている。「Half Past One」は、その側面が分かりやすく現れた曲である。
Jaki Liebezeitのドラムは、ここでも極めて安定しているが、硬すぎず、軽快な跳ねを持つ。Irmin Schmidtの鍵盤や電子音は、楽曲に奇妙な色彩を加え、Michael Karoliのギターは過度に前に出ることなく、曲の輪郭を柔らかく支える。全体として、通常のポップ・ソングに近い構造を持ちながら、細部にはCanらしいズレがある。
歌詞の面では、時間、日常、意識のゆらぎが主題として感じられる。1時半という具体的な時刻は、昼なのか夜なのかによって意味が変わる。昼ならば日常の途中であり、夜ならば眠りと覚醒の境界に近い。曲の曖昧な明るさは、そのどちらにも読める時間の不確かさと結びついている。
「Half Past One」は、『Landed』が重厚な実験だけでなく、軽やかな変化球を含むアルバムであることを示している。Canのポップ性は決して普通のポップではないが、反復、語感、音色の配置によって、独自の親しみやすさを生み出している。
3. Hunters and Collectors
「Hunters and Collectors」は、タイトルから人類学的、原始的なイメージを喚起する楽曲である。「狩猟採集民」という言葉は、文明以前の生活様式を示すが、Canの文脈では、現代社会の中に残る本能や反復行動を示す比喩として響く。Canはドイツの高度に知的な実験ロック・バンドでありながら、音楽の根底には非常に身体的で原始的なリズム感覚を持っている。この曲はその二面性をよく表している。
サウンドは、リズムの反復を中心に構築されている。Jaki Liebezeitのドラムは、機械のような正確さと、部族的な身体性を同時に持つ。これはCanの最大の特徴のひとつであり、後のポストパンクやダンス・ミュージックに大きな影響を与えた要素である。ベースとギターは、そのビートの周囲で細かく動き、曲全体に緊張感を与える。
タイトルが示すように、曲には追うこと、集めること、繰り返すことへの関心がある。現代人もまた、物質、情報、快楽、記憶を狩り、集めている存在である。Canはこのテーマを言葉で説明するのではなく、反復するリズムと断片的なボーカルによって表現する。聴き手は意味を理解する前に、身体が曲の循環へ引き込まれる。
音楽的には、初期Canの呪術的な反復をより整理された音像で提示した曲といえる。『Landed』全体はロック寄りの作品だが、「Hunters and Collectors」にはCanの本質である反復と身体性がはっきり残っている。文明的なスタジオ録音の中で、原始的なビートが鳴っている。この矛盾が曲の魅力である。
4. Vernal Equinox
「Vernal Equinox」は、本作の中でも特に重要なインストゥルメンタルに近い楽曲であり、Canの即興的、リズム的、音響的な魅力が凝縮されている。タイトルは「春分」を意味し、昼と夜の長さが均衡する時点を示す。この言葉は、光と闇、静と動、自然の循環、時間の節目を連想させる。Canの音楽における反復と変化の感覚に非常にふさわしいタイトルである。
サウンドは、アルバム中でもとりわけ緊張感が高い。Jaki Liebezeitのドラムは、強烈な推進力を持ちながら、ほとんど人間離れした正確さで反復する。ベースは低い位置で曲を支え、ギターや鍵盤はその上で鋭い音の断片を放つ。曲は明確な歌メロに依存せず、リズムと音響の変化によって展開する。
この曲で特に印象的なのは、Canが持つ「同じことを繰り返しながら、決して同じに聴こえない」力である。ビートは安定しているが、その周囲の音色や細部が絶えず変化するため、曲は静止せずに動き続ける。これはミニマリズムの影響とも関係するが、Canの場合、現代音楽的な厳密さだけでなく、ロック・バンドとしての肉体性が強く残っている。
タイトルの「春分」は、曲の構造にも反映されているように感じられる。明るさと暗さ、秩序と混乱、反復と即興が均衡している。Canはどちらか一方へ完全に傾くのではなく、その境界上で音楽を持続させる。この均衡感が、本曲の緊張を生んでいる。
「Vernal Equinox」は、『Landed』の中で最もCanらしい実験性を感じさせる曲のひとつである。アルバム前半のロック的な明快さに対して、この曲はより深いリズムの催眠性を提示する。後のポストパンクやダンス・ロックを予感させる意味でも重要なトラックである。
5. Red Hot Indians
「Red Hot Indians」は、タイトルからして問題含みの異国趣味や原始的イメージを呼び起こす楽曲である。1970年代のロックには、非西洋的な音楽や民族的イメージを自由に取り込む姿勢が多く見られたが、現代の視点からはその表現にステレオタイプや無自覚な文化的借用が含まれる場合もある。Canは民族音楽を単純な装飾として使うバンドではなく、リズムや反復の構造を深く吸収していたが、この曲のタイトルには時代特有の粗さも感じられる。
音楽的には、ファンキーで遊び心のある要素が前面に出ている。リズムは軽快で、サウンドにはラテン的、ジャズ的、エキゾチックなニュアンスが混じる。Canの音楽は、ロックの標準的な四拍子をただ強調するのではなく、ビートの中に細かな揺れやズレを作ることに長けている。この曲でも、リズムの柔軟さが聴きどころである。
Jaki Liebezeitのドラムは、相変わらず正確でありながら、硬直した機械性だけではない。軽い跳ねとグルーヴがあり、バンド全体がその上で自由に動く。ギターや鍵盤は装飾的に入り込み、曲にカラフルな印象を与える。『Landed』の中では比較的明るく、ユーモラスな側面を持つ曲である。
歌詞やボーカルは、明確な物語よりも、リズムと言葉の響きを優先している。Canにおいて声はしばしば楽器の一部であり、この曲でもその性格が強い。言葉の内容を追うよりも、語感がビートにどう乗るかが重要である。
「Red Hot Indians」は、Canの実験性が時に軽さや遊びとして現れることを示している。重厚な前衛性だけではなく、リズムと音色の組み合わせで奇妙なポップ感を作る力がある。ただし、タイトルの時代性も含め、1970年代のロックが持っていた自由さと問題点の両方を感じさせる曲でもある。
6. Unfinished
アルバム最後を飾る「Unfinished」は、13分を超える長尺曲であり、『Landed』の実験的側面を最も明確に示す作品である。タイトルは「未完成」を意味し、Canというバンドの方法論を象徴する言葉でもある。彼らの音楽は、完成された楽曲を演奏するというより、録音、即興、編集、反復の中で生成されていくものだった。したがって「Unfinished」というタイトルは、単なる未完成品という意味ではなく、完成を拒む音楽のあり方そのものを示している。
曲は、明確なポップ・ソングの構造から離れ、音響的な風景として展開する。序盤から不穏な音の層が広がり、リズムや楽器の断片が少しずつ現れる。Canの長尺曲には、しばしばジャム・セッション的な流れと、スタジオ編集による構築感が同居しているが、この曲でもその両方が感じられる。即興的に広がっているようでありながら、音の配置には明確な意図がある。
Jaki Liebezeitのドラムは、ここでは前半の曲ほど直線的なロック感を押し出さず、より音響全体の一部として機能する。Holger Czukayの編集的感覚も重要で、音の断片が浮かび上がり、消え、再び別の形で現れる。Irmin Schmidtの電子音や鍵盤は、曲に不穏な空間性を与え、Michael Karoliのギターは時に鋭く、時に影のように鳴る。
タイトルが示す通り、この曲には明確な結論がない。通常のロック・アルバムのクロージング曲のように、感情を大きくまとめ上げるのではなく、むしろ聴き手を宙吊りの状態に残す。これはCanらしい終わり方である。彼らの音楽は、完結した物語を提示するより、時間の流れの中に聴き手を置く。そのため曲が終わっても、音楽がどこかで続いているような感覚が残る。
「Unfinished」は、『Landed』における最も深い実験部分であり、アルバム前半の比較的明快なロック・サウンドとの対比を作っている。この曲があることで、『Landed』は単なるロック寄りのCan作品にとどまらず、バンドの根底にある未完成性、流動性、音響への探究心を最後に強く示すアルバムとなっている。
総評
『Landed』は、Canのディスコグラフィーの中で評価が分かれやすい作品である。『Tago Mago』の圧倒的な実験性、『Ege Bamyasi』の奇妙なポップ性、『Future Days』の浮遊するような完成度と比べると、本作はややロック寄りで、表面上は分かりやすい。しかし、その分かりやすさの中にCanの方法論がどのように変化したかが刻まれており、1970年代半ばのバンドの状態を理解するうえで非常に重要である。
本作の特徴は、地上感である。タイトルの『Landed』が示すように、Canはここでより具体的なリフ、ビート、曲構成へ降り立っている。前期の作品が、幻覚的、宇宙的、深海的なイメージを持っていたとすれば、本作は高速道路、時刻、狩猟、春分、熱、未完成といった、より具体的で身体的なイメージを持つ。抽象から具体へ、浮遊から走行へ。そうした変化がアルバム全体に表れている。
音楽的には、Canの中でもギター・ロック色が比較的強い作品である。「Full Moon on the Highway」や「Half Past One」では、これまでより明確なロックの輪郭があり、リスナーに対して外向きに開かれている。一方で、「Vernal Equinox」や「Unfinished」では、反復、即興、音響処理によるCanの本質がしっかり残っている。この二面性が『Landed』の最大の特徴である。
Jaki Liebezeitのドラムは、本作でも中心的な役割を果たしている。彼の演奏は、ロック・ドラマーという枠を超えて、リズム機械のような正確さと、人間の身体性を同時に備えている。後のポストパンク、ニューウェイヴ、ダンス・ロック、テクノに至るまで、Canのリズム感覚が大きな影響を与えた理由は、本作からも十分に理解できる。特に「Vernal Equinox」における持続的なビートは、クラウトロックの反復性がどれほど未来的だったかを示している。
Michael Karoliのギターも、本作では重要な存在感を持つ。初期Canではギターはしばしば全体の音響の一部として溶け込んでいたが、『Landed』ではよりロック的に前へ出る場面が増えている。これはアルバムに鋭さと外向性を与えている。一方で、Irmin Schmidtの鍵盤と電子音、Holger Czukayのベースおよび編集感覚が、単なるロック・アルバムへ傾くことを防いでいる。バンド全体のバランスは、変化しながらもCanらしさを保っている。
歌詞やボーカルに関しては、Damo Suzuki時代の圧倒的な異物感や呪術性とは異なる。これは本作が一部のリスナーにとって物足りなく感じられる理由でもある。しかし、声がより楽曲のキャラクターに合わせて配置されることで、Canは別の形のポップ性を獲得している。『Landed』のボーカルは、意味を前面に出すというより、曲ごとの色彩やリズムを補強する役割を担っている。
本作は、クラウトロックの歴史の中でも、ジャンルが次の段階へ移行していく時期の作品として重要である。1970年代前半のドイツ実験ロックは、ロックの形式を解体し、反復、電子音、即興、スタジオ編集によって新しい音楽を作っていた。1975年頃になると、その実験性はポストパンク、ニューウェイヴ、アンビエント、エレクトロニック・ミュージックへ受け継がれていく。『Landed』は、Canがその移行期において、実験性を保ちながらより明快なロックの形へ接近した記録である。
後世への影響という点では、本作単独よりもCan全体の影響として語られることが多い。しかし、『Landed』に含まれるドライヴ感、ファンク的な反復、ロックの明快さと音響実験の共存は、後のTalking Heads、Public Image Ltd、The Fall、Sonic Youth、Stereolab、Radiohead、LCD Soundsystemなどにつながる感覚を持っている。Canの音楽は、ロックを「曲」ではなく「持続するグルーヴと編集可能な音響」として捉え直した点で、非常に現代的だった。
日本のリスナーにとって『Landed』は、Canの代表作を聴いた後に進むべき一枚として特に興味深い。最初に聴くなら『Ege Bamyasi』や『Future Days』のほうが入りやすい場合もあるが、『Landed』を聴くことで、Canが同じ場所に留まらなかったバンドであることが分かる。彼らは成功した方法を繰り返すのではなく、常に音楽の重心をずらしていた。本作はそのずれの記録である。
『Landed』は、Canの最高到達点というより、変化の瞬間を捉えたアルバムである。そこには、初期の深い実験性から離れた部分もあれば、新しいロック的明快さを獲得した部分もある。そして最後の「Unfinished」が示すように、Canの音楽は常に完成を拒み、次の形へ向かおうとする。本作は、その未完成性を含めて、Canというバンドの本質をよく表している。
おすすめアルバム
1. Can『Ege Bamyasi』
Canの実験性とポップ性が最も絶妙に交差した代表作。短めの曲が多く、ファンク、ロック、電子音、即興が奇妙に結びついている。『Landed』の比較的明快な側面に惹かれたリスナーには、Canの核心をより濃く味わえる作品として重要である。
2. Can『Future Days』
Damo Suzuki在籍期最後のアルバムで、Canの浮遊感と反復の美学が極めて高い完成度で表れた作品。『Landed』が地上へ降りた作品だとすれば、『Future Days』は水面や大気の中を漂うようなアルバムである。Canのよりアンビエント的な側面を理解するうえで欠かせない。
3. Can『Soon Over Babaluma』
Damo Suzuki脱退後、4人体制で制作された最初のアルバム。『Landed』の直前作にあたり、より流動的でジャズ的、電子的な要素が強い。『Landed』へ至る変化を理解するうえで重要な作品であり、ポストDamo期のCanを知るための鍵となる。
4. Neu!『Neu! 75』
Canと並ぶクラウトロックの重要バンドによる代表作。反復するモーターリック・ビート、ミニマルな構成、ロックと電子音の融合という点で、『Landed』と同時代のドイツ音楽の流れを理解するうえで重要である。Canよりも直線的で、より機械的な推進力を持つ。
5. Faust『Faust IV』
クラウトロックの実験性とロック的な構造が交差した作品。Canよりもコラージュ的で荒々しい部分があるが、スタジオを楽器として使う感覚や、ロックの形式を解体する姿勢に共通点がある。『Landed』の背後にある1970年代ドイツ実験ロックの広がりを知るうえで適したアルバムである。

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