1. 歌詞の概要
「Kennedy」は、ザ・ウェディング・プレゼント(The Wedding Present)が1989年にリリースしたシングルで、UKインディー・チャートで大きな成功を収め、彼らの代表曲のひとつとして記憶されている。
バンドの2作目となるアルバム『Bizarro』(1989)に収録されたこの曲は、失恋、嫉妬、苛立ち、そして抑えきれない情動が渦巻く、激情のインディー・ロック・ナンバーである。
一見するとタイトルの「Kennedy」は具体的な人物名のようだが、歌詞全体の中では“象徴的”に使われており、語り手の怒りや困惑を投影する“第三者”のイメージとして登場する。
曲の語り手は、恋人を別の男性(“Kennedy”)に奪われたか、もしくは彼女の関心がそちらに向いているのではないかと疑っている。物理的な浮気の描写こそないものの、心がすでに遠くへ行ってしまったという痛ましい直感が、曲全体を通して剥き出しの感情で綴られている。
その感情は、抑制された悲しみではなく、むしろ爆発寸前の憤りであり、「君が彼の話をするだけで、俺の胸は焼き尽くされるんだ」というような心の叫びが、加速するギターとともに噴き出す。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Kennedy」は、ソングライターであるデイヴィッド・ゲッジ(David Gedge)が得意とする、リアルな感情のディテールを極限まで引き出したラブソングである。ただし、それは従来の意味での“甘い愛の歌”ではなく、愛が壊れかけた瞬間の、言葉にならない怒りと不安をそのまま詩にしたような楽曲だ。
本作がリリースされた1989年は、UKのインディー・ロック・シーンが一気にメインストリーム化し始めた時代。ザ・スミス解散後の空白を埋めるように、エモーショナルで知的なギターバンドが次々と登場したなかで、ウェディング・プレゼントは「日常の感情をすべて音にする」誠実さで多くの共感を得た。
「Kennedy」においては、バンドの持つ特徴――疾走するギター・リフ、単調なのに緊迫感のあるコード進行、語りかけるようなヴォーカル――がすべて凝縮されており、まさに彼らの“インディー・ロックの真骨頂”とも呼べる完成度を誇っている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Kennedy」の印象的な一節を紹介する。引用元:Genius
You said, “He’s better looking than me”
“I said, ‘It doesn’t matter to me’”
君は言った、「彼のほうが私よりかっこいいんでしょ?」
僕は答えた、「そんなの関係ないよ」ってYou said, “He’s better in bed than me”
“I said, ‘At least he’s got a bed’”
君は言った、「彼のほうがベッドでも上手なんでしょ?」
僕は答えた、「少なくとも彼にはベッドがあるしね」
ここには、情けなさと皮肉、そして自己防衛的なユーモアが入り混じった複雑な感情が溢れている。
Kennedy’s friends
Kennedy’s friends
ケネディの友だちたち
あの人の取り巻き
このリフレインは、不在の“ケネディ”という人物への苛立ちと、その名前を出す恋人に対する不信が、繰り返されることで蓄積されていく。
4. 歌詞の考察
「Kennedy」は、典型的な“嫉妬の歌”である。しかし、その描き方は尋常ではないほど鋭く、しかも生々しい。
デイヴィッド・ゲッジの詞の特徴は、恋愛という個人的でありふれたテーマを、あくまでも“誰にでも起こりうる感情の暴発”として描ききるリアリズムにある。
「彼の話をもうしないでくれ」とは言わない。だが、内心では彼の名前が出てくるたびに、自己評価が削られていくような感覚がある。
“嫉妬”とは、相手への怒りではなく、自分が相手にとって“選ばれない側”であるかもしれないという感覚の中で育まれるものだ。
この曲は、その感覚を言葉にしてしまうことの、恥ずかしさと解放感を同時に伴っている。
“ケネディ”という名前は、たとえ実在の誰かであったとしても、ここでは「恋人にとっての新しい対象」「自分が勝てない誰か」の象徴である。
その“名前”がリフレインとして繰り返されることで、語り手の心が徐々に崩れていく様子が、まるでサイコドラマのように描き出されていく。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Reel Around the Fountain by The Smiths
傷つくことを知りながら、それでも愛を求める少年の詩的独白。 - Left and Leaving by The Weakerthans
去っていった恋人への未練を、都市の風景と交差させながら描いた叙情詩。 - Cut Your Hair by Pavement
怒りとも嘲笑ともつかない感情で、他者との距離を測るインディー・アンセム。 - Mis-Shapes by Pulp
劣等感と自己正当化をポップに炸裂させる、90年代イギリスのアウトサイダー賛歌。 -
Sorry by Galaxie 500
無力感と依存の狭間にある感情を、ドリーミーな音像のなかに閉じ込めた作品。
6. その名前を聞くだけで、胸が痛む――“Kennedy”という呪文
「Kennedy」は、あまりにも人間的な嫉妬と不安を、正面から描いた異色のラブソングである。
その名前を口に出されるたびに、胸の奥に針が刺さる。けれど、その痛みすらも“自分の感情”であることを認めざるを得ない。だからこそこの曲は、ただの失恋の歌ではなく、“愛が崩れゆく瞬間”のリアルな記録なのだ。
ジャングリーなギター、疾走感のあるビート、繰り返される名前――
それらはすべて、心のざわめきをそのまま音に変えた証拠である。
そして“ケネディ”は、誰の中にも存在する。
過去の記憶に潜む名前、今も耳に残って離れない誰かの影。
この曲は、その“影”と向き合ったときの痛みを、
そのまま音楽に変えた、極めて私的で普遍的なラブソングなのである。
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