楽曲概要
「Iron Lung」は、イギリス・ブライトン出身のデュオARXX（ハンニ・ピドックとクララ・タウンゼント）が、
2023年にリリースしたデビューアルバム『Ride Or Die』の収録曲である。
この楽曲は、押し寄せる感情の重圧とそこから抜け出したいという切なる願いをテーマにしており、
タイトなガレージロックサウンドとエモーショナルなボーカルが鮮烈に響き渡る。
タイトルの”アイアン・ラング（鉄の肺）”は、かつて呼吸困難患者を支えた巨大な人工呼吸器を指すが、
ここでは「自由を奪われた心の状態」を暗喩する象徴となっている。
音楽的特徴
イントロから重く唸るギターと、力強いドラムがリスナーを圧倒する。
ARXX特有のデュオ編成によるソリッドな演奏は、シンプルながら異様なまでの密度と緊張感を生み出している。
ボーカルは静かな囁きから次第に力強さを増し、サビではほとんど叫びにも似たエモーションを爆発させる。
曲の展開に伴い、リズムセクションも次第にタイトになり、リスナーを窒息寸前の感情の渦へと引き込んでいく。
音作りには歪んだギター、乾いたスネアドラム、控えめなベース音が効果的に使われ、
“逃げ場のない閉塞感”を聴覚的に体験させる仕掛けが施されている。
歌詞のテーマ・背景
「Iron Lung」の歌詞は、自己不信、精神的な閉塞、抑圧された感情の爆発といったテーマを扱っている。
特に印象的なのは、
“Breathing’s not the same when you’re trapped in your own brain”（自分の頭の中に閉じ込められると、呼吸さえまともにできない）
という一節である。
ここでは、内面世界がいかに生きづらさを生み出すかを、呼吸という身体的なメタファーを用いて表現している。
この楽曲に込められた感情は、ARXXがツアー生活や日常生活の中で感じた、
「どこにも安らげる場所がない」「誰にも本当の自分を見せられない」といったリアルな孤独感に根差している。
“アイアン・ラング”というモチーフは、
生き延びるために必要なはずのものが、同時に”生きづらさ”を生み出しているという、
矛盾した状況を象徴しているのである。
文化的背景
『Ride Or Die』期のARXXは、フェミニズム、自己受容、友情といったテーマを積極的に扱ってきた。
「Iron Lung」もまた、単なる個人的な苦悩を越え、
現代社会における精神的負担や孤立感を体現している。
特にポストパンデミック時代、”心の息苦しさ”というテーマはより普遍的な共感を呼ぶものとなった。
ARXXはそれを過剰にドラマティックに演出することなく、
シンプルな言葉と生々しい演奏によって、”息が詰まるような感情”をリアルに響かせているのだ。
まとめ
「Iron Lung」は、ARXXの音楽が持つ”怒り”と”優しさ”の両方を極めて鋭く、かつ誠実に表現した楽曲である。
息ができないほど苦しい感情に押し潰されそうになりながらも、
その中でなお、微かな光を求める。
その姿勢こそが、ARXXというバンドの核であり、
「Iron Lung」はその最も純粋な結晶のひとつといえるだろう。
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