
発売日:2005年9月27日
ジャンル:パワー・ポップ、オルタナティヴ・ロック、インディー・ロック、ロックンロール、ポップ・ロック、ルーツ・ロック
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. Dony
- 2. Lady Sweet
- 3. Best Chance
- 4. Turn My Back on the Sun
- 5. Love Revolution
- 6. February’s Quiet
- 7. Mine Exclusively
- 8. A Whole New Thing
- 9. Aria, Largo
- 10. Hung Up with Summer
- 11. Do You Wanna Make It
- 12. Makeover
- 音楽的特徴
- 歌詞テーマの考察
- 総評
- おすすめアルバム
- 1. #1 Record / Big Star
- 2. Radio City / Big Star
- 3. Third/Sister Lovers / Big Star
- 4. Dear 23 / The Posies
- 5. Bandwagonesque / Teenage Fanclub
概要
Big StarのIn Spaceは、2005年に発表された通算4作目のスタジオ・アルバムであり、1970年代の伝説的な3作品から長い空白を経て制作された、バンドの再始動後唯一のスタジオ・アルバムである。Big Starは、1972年の#1 Record、1974年のRadio City、1978年に公式リリースされたThird/Sister Loversによって、商業的成功には恵まれなかったものの、後のパワー・ポップ、オルタナティヴ・ロック、インディー・ロックに決定的な影響を与えたバンドとして知られる。
オリジナル期のBig Starは、Alex Chilton、Chris Bell、Jody Stephens、Andy Hummelを中心に、The Beatles、The Byrds、The Kinks、The Who、Memphis soul、アメリカ南部のポップ感覚を結びつけた独自のギター・ポップを作り上げた。特に#1 RecordとRadio Cityにおける、きらめくギター、切ないメロディ、青春の高揚と挫折を同時に抱えた歌詞は、後のR.E.M.、The Replacements、Teenage Fanclub、The Posies、Matthew Sweet、Wilco、Yo La Tengoなどへ深い影響を与えた。Big Starという名前は、商業的な「ビッグ・スター」ではなく、むしろ失われた名声と後世の再評価を象徴するものになった。
In Spaceは、そのBig Starが約30年ぶりに新作として発表したアルバムである。ただし、1970年代のオリジナル・ラインナップがそのまま戻ったわけではない。Chris Bellは1978年に亡くなり、Andy Hummelもバンド活動から離れていたため、本作のBig Starは、Alex ChiltonとJody Stephensに、The PosiesのJon AuerとKen Stringfellowを加えた再編成ラインナップによる作品である。この編成は1990年代以降のライブ活動でも中心となり、Big Starの楽曲を新しい世代へ届ける役割を果たした。
本作の評価を考える上で重要なのは、In Spaceが1970年代Big Starの単純な続編ではないという点である。#1 Recordの若々しい透明感、Radio Cityの鋭いギター・ポップ、Third/Sister Loversの崩壊寸前の不安定な美しさをそのまま期待すると、本作は大きく異なる印象を与える。ここには、成熟したミュージシャンたちが、Big Starという名前の重みに向き合いながら、ロックンロール、ソウル、パワー・ポップ、ユーモア、実験的な小品を混ぜ合わせた、リラックスした作品としての性格がある。
アルバム・タイトルのIn Spaceは、直訳すれば「宇宙で」という意味になるが、本作の音楽はSF的なスペース・ロックではない。むしろ、時間と空間の隔たりを示すタイトルとして読むことができる。1970年代のメンフィスから2005年の再編成Big Starへ、若さから成熟へ、失敗した同時代的評価から後世の神話化へ。Big Starは、長い時間の空白、つまり「space」の中に存在していたバンドだった。本作は、その空白を埋めるというより、その空白を抱えたまま鳴らされたアルバムである。
音楽的には、本作にはBig Starらしいパワー・ポップの要素が確かに存在する。「Dony」「Lady Sweet」「Best Chance」などには、明るいギター、甘いコーラス、コンパクトなメロディがあり、1970年代のBig Starを思わせる瞬間がある。一方で、「Love Revolution」のようなソウル/ファンク的な遊び、「A Whole New Thing」のようなストレートなロックンロール、「February’s Quiet」のような穏やかなポップ、「Aria, Largo」のような実験的・クラシカルな小品も含まれており、アルバムは意外に多彩である。
ただし、本作の多彩さは、1970年代Big Starの緊張感とは異なる。オリジナル期のBig Starには、若さゆえの切迫感、商業的失敗への焦燥、内面的な不安、壊れそうな美しさがあった。In Spaceにはその鋭さは少ない。代わりに、長い時間を経たバンドが、自分たちの過去を重く受け止めすぎず、仲間同士の演奏を楽しみながら作ったような軽やかさがある。この軽やかさは、本作の長所であると同時に、聴き手によっては物足りなさとしても受け取られる。
日本のリスナーにとって、In SpaceはBig Star入門盤というより、Big Starの物語を理解した後に聴くべき作品である。最初に聴くなら#1 RecordやRadio Cityの方がバンドの核心は分かりやすい。しかし、Big Starが後世のバンドにどれほど愛され、再評価され、その伝説がどのように2000年代まで続いたのかを考える上で、In Spaceは無視できない。これは若き天才たちの奇跡ではなく、長い時間を経た後の余白と再会の記録である。
全曲レビュー
1. Dony
アルバム冒頭を飾る「Dony」は、In Spaceの中でも比較的Big Starらしいパワー・ポップ感覚が強く出た楽曲である。明るく弾むギター、軽快なリズム、コーラスの重なりが、再編成Big Starの出発点として機能している。1970年代の代表曲ほどの切迫感はないが、バンドが再びポップ・ソングを鳴らそうとしていることを示すオープニングである。
音楽的には、The PosiesのJon AuerとKen Stringfellowが参加していることの意味が大きい。彼らはBig Starから強い影響を受けた世代のミュージシャンであり、そのコーラス感覚やギター・ポップの作法は、Big Starの遺産を理解した上で自然にアルバムへ持ち込まれている。「Dony」には、オリジナルBig Starの完全な再現ではなく、Big Starに影響を受けた世代がBig Starの中で演奏するという、入れ子状の歴史がある。
歌詞は、人物名をタイトルにした親しみやすいポップ・ソングの形式を取っている。Big Starの初期曲にも、特定の相手への呼びかけや、青春の断片を切り取るような歌が多かった。「Dony」はその伝統を引き継ぎながらも、よりリラックスした表情を持つ。
この曲の役割は、アルバムに過剰な重さを持ち込まず、Big Starが再び鳴っていることを自然に提示する点にある。伝説の復活というより、バンドがスタジオでポップ・ソングを演奏している。その素朴さが、本作全体の性格をよく表している。
2. Lady Sweet
「Lady Sweet」は、In Spaceの中でもメロディアスで甘い印象を持つ楽曲である。タイトルからも分かるように、親しみやすいラヴ・ソング的な響きがあり、Big Starのパワー・ポップ的な側面が比較的分かりやすく現れている。
音楽的には、ギターの明るい響きとコーラスが曲の中心にある。Big Starの魅力のひとつは、甘いメロディの中に少しだけ陰りを混ぜることだったが、この曲にもその残響がある。ただし、1970年代のChiltonやBellが持っていた不安定な青さとは異なり、ここではより大人びた、安定したポップとして鳴っている。
歌詞では、女性への親しみや憧れが描かれているように聞こえる。過剰に深刻な表現ではなく、クラシックなポップ・ソングの語法に近い。Big Starの初期作品では、恋愛や青春がしばしば切実な痛みと結びついていたが、本作ではそうした感情が少し軽く、温かく処理されている。
「Lady Sweet」は、In Spaceの中で比較的安心して聴ける曲である。Big Starの名を冠する以上、聴き手はどうしても過去の名曲と比較してしまうが、この曲は過去の神話に挑むというより、伝統的なポップ・ソングを丁寧に鳴らしている。その控えめな魅力がある。
3. Best Chance
「Best Chance」は、本作の中でもアルバムの中心的なポップ・ソングとして機能する楽曲である。タイトルは「最良の機会」「最高のチャンス」を意味し、再編成Big Starの姿勢とも重ねて読むことができる。長い空白の後に与えられたもう一度の機会。その感覚が、曲の明るさとわずかな切なさの中に響いている。
音楽的には、パワー・ポップの王道に近い構成である。軽快なギター、しっかりしたメロディ、コーラスの厚みがあり、Big Starの遺産を最も分かりやすく引き継いだ曲のひとつと言える。The Posiesの参加によって、90年代以降のパワー・ポップ・リバイバルの質感も自然に加わっている。
歌詞は、可能性や関係の修復、あるいは再出発を思わせる内容として受け取れる。Big Starというバンドの歴史を考えると、「Best Chance」というタイトルは単なる恋愛の言葉以上に響く。商業的には失敗しながら、後世に大きな影響を与え、ついに再びアルバムを作る機会を得たバンド。その背景が曲に特別な意味を与えている。
この曲の魅力は、大げさな感動に頼らない点にある。再結成バンドが過去の栄光を強調するのではなく、自然なポップ・ソングとして「もう一度のチャンス」を鳴らす。そこに、In Spaceらしい控えめな誠実さがある。
4. Turn My Back on the Sun
「Turn My Back on the Sun」は、タイトルからして非常にBig Star的な陰りを感じさせる楽曲である。「太陽に背を向ける」という言葉には、明るさや希望を拒む感覚、あるいは外の世界から距離を取る感覚がある。Big Starの音楽において、光と影の関係は常に重要であり、この曲もその系譜にある。
音楽的には、比較的穏やかなテンポで進み、メロディには哀愁がある。明るいギター・ポップの形を取りながら、曲の中心にはどこか沈んだ感情がある。この二重性は、Big Starの魅力の核に近い。陽気なロックンロールではなく、光の中に孤独を持ち込むポップである。
歌詞では、外部の明るさから身を引く感覚が読み取れる。太陽は通常、生命、希望、開放を象徴する。しかし、それに背を向けるという行為は、自分を守るための拒絶でもあり、疲れや諦めの表現でもある。1970年代のBig Starにも、青春の光がそのまま幸福にはならないという感覚があった。この曲には、その成熟した形がある。
「Turn My Back on the Sun」は、In Spaceの中でも比較的内省的な曲である。アルバム全体のリラックスした雰囲気の中で、Big Starが本来持っていた陰影を思い出させる役割を果たしている。
5. Love Revolution
「Love Revolution」は、アルバムの中でも特に遊び心が強く、ソウル/ファンク的な要素が前面に出た楽曲である。タイトルは「愛の革命」を意味し、1960年代末から70年代的な理想主義や、ポップ・ソウルのスローガン的な響きを持つ。
音楽的には、Big Starの典型的なギター・ポップというより、よりリズム寄りで、ファンキーな感触がある。Alex ChiltonはBig Star以前からメンフィスの音楽環境に深く関わっており、The Box Tops時代のブルー・アイド・ソウル的な経験もあった。この曲には、Chiltonの中にあったソウル/R&Bへの愛着が、軽いユーモアを伴って表れている。
歌詞は、愛による変革という大きな言葉を掲げているが、曲の雰囲気は過度に真剣ではない。むしろ、少し肩の力を抜いた、楽しげなパロディやオマージュのようにも聞こえる。Big Starの再編成アルバムにおいて、このような曲が入っていることは興味深い。彼らは自分たちのパワー・ポップ神話だけに閉じこもるのではなく、より広いルーツ音楽への関心を示している。
「Love Revolution」は、アルバムの統一感をやや崩す曲でもあるが、その崩し方が本作の特徴である。In Spaceは過去のBig Star像を厳格に再現する作品ではなく、メンバーが自由にロックンロールの語法で遊ぶ作品でもある。この曲はその側面をよく表している。
6. February’s Quiet
「February’s Quiet」は、タイトルからして静けさと季節感を持つ楽曲である。2月という月は、冬の終わりに近いが春にはまだ届かない時期であり、寒さ、停滞、内省、かすかな変化の予感を含んでいる。この曲は、In Spaceの中でも穏やかで落ち着いた表情を持つ。
音楽的には、メロディが柔らかく、演奏も控えめである。Big Starの初期作品にあった、繊細なアコースティック感覚や、静かなポップ・ソングとしての魅力を思わせる部分がある。派手な展開ではなく、曲全体の空気を大切にしている。
歌詞では、時間の流れ、季節、静寂、感情の整理が感じられる。2月の静けさは、単なる寒さではなく、過去を振り返り、新しい季節を待つ間の空白として読むことができる。Big Starというバンドの再始動を考えると、この「静けさ」は長い空白期間とも重なる。
この曲の魅力は、過剰に感動的にしないところにある。長い時間を経たバンドが、失われた若さを無理に取り戻すのではなく、静かな現在を受け入れているように聞こえる。「February’s Quiet」は、In Spaceの中で成熟したポップの一面を示す重要曲である。
7. Mine Exclusively
「Mine Exclusively」は、The Olympicsの1960年代の楽曲を取り上げたカバーであり、本作におけるルーツ・ロック/ソウルへの接続を示す楽曲である。Big Starはしばしばパワー・ポップの文脈で語られるが、その背景にはアメリカ南部のR&B、ソウル、ロックンロールへの深い親和性がある。この曲は、そのルーツを明確に表す。
音楽的には、軽快なリズムと楽しいロックンロール感が前面に出る。オリジナルBig Starの若々しい痛みや透明感とは異なり、ここでは演奏することの楽しさが中心にある。再編成Big Starが、単に自分たちの過去を再現するのではなく、古いロックンロールやソウルの楽曲を自分たちの中に取り込んでいることが分かる。
歌詞は、恋愛における独占や所有を軽快に扱うポップ・ソング的な内容である。深刻な心理描写というより、60年代ポップ/ソウルのキャッチーな魅力が前面に出ている。Big Starのアルバムにこうしたカバーが入ることで、彼らがどのような音楽的伝統の上に立っていたかが見えやすくなる。
「Mine Exclusively」は、In Spaceの中ではやや肩の力が抜けた楽曲である。名盤の続編という重圧から離れ、音楽的な楽しさとルーツへの敬意を表現している。その意味で、本作のリラックスした性格をよく示している。
8. A Whole New Thing
「A Whole New Thing」は、タイトル通り「まったく新しいもの」を意味する楽曲であり、アルバム後半に勢いを与えるロックンロール寄りの曲である。Big Starという名前を背負いながら、新しい作品を作ることへの意識がタイトルに反映されているようにも読める。
音楽的には、ストレートなギター・ロックの感触が強い。複雑な構成や繊細なコーラスよりも、バンドが一体となって演奏する勢いが中心にある。1970年代Big Starの精密なパワー・ポップとは異なるが、Alex Chiltonが持っていたルーズでロックンロール的な側面が表れている。
歌詞は、新しい始まり、新しい状況への期待や戸惑いを示しているように聞こえる。再編成Big Starにとって、本作はまさに「whole new thing」であった。過去の神話を背負ったまま、新しいメンバーと新しい音を作る。その意味で、この曲はアルバムの自己言及的な側面を持つ。
この曲の魅力は、過去のBig Starらしさを厳密に追いかけるのではなく、今のバンドとして自然に鳴っている点にある。伝説的なバンドの再始動というより、ロック・バンドがスタジオで勢いよく曲を鳴らしている。その率直さがある。
9. Aria, Largo
「Aria, Largo」は、アルバムの中でも最も異色の小品である。タイトルからクラシック音楽の形式を思わせ、「aria」は歌唱的な独唱曲、「largo」はゆったりしたテンポを意味する。Big Starのパワー・ポップ的な文脈からは外れた、実験的でクラシカルな間奏のような楽曲である。
音楽的には、短いながらもアルバムの流れに変化を与える。Big Starは一般的にはギター・ポップのバンドとして語られるが、Alex Chiltonはソロ期も含め、ロックンロール、ジャズ、スタンダード、奇妙な実験性を持つ表現に関心を示していた。この曲には、そのChiltonらしい横道の感覚がある。
「Aria, Largo」は、メロディアスなポップ・ソングを期待する聴き手には奇妙に感じられるかもしれない。しかし、In Spaceというアルバムが過去のBig Star像を単純に再現する作品ではないことを示す上では重要である。バンドはここで、ポップ・アルバムの中に小さな異物を挿入している。
この曲は、アルバムのタイトルにある「Space」、つまり空間や余白を作る役割も持つ。曲と曲の間に異なる空気を入れることで、アルバム全体が単なるパワー・ポップ集ではなく、少し奇妙で自由な作品として感じられる。
10. Hung Up with Summer
「Hung Up with Summer」は、夏への執着、あるいは夏に取り残された感覚をタイトルに持つ楽曲である。Big Starの音楽において、季節や青春の記憶は重要な要素であり、この曲もその系譜にある。夏は通常、開放、若さ、恋愛、自由を象徴するが、「hung up」という表現によって、そこには未練や停滞が加わる。
音楽的には、明るいギター・ポップとしての魅力があり、メロディも比較的親しみやすい。夏を題材にしたポップ・ソングらしい軽さがあるが、その中にはBig Starらしい切なさも残る。季節の輝きは、現在の幸福というより、過去に残された記憶として響く。
歌詞では、夏のイメージに対する執着や、そこから抜け出せない感覚が描かれているように読める。これはBig Starというバンドそのものにも重なる。1970年代の若々しい輝きに、多くのリスナーが今も囚われている。In SpaceのBig Starも、その夏の記憶から完全には自由ではない。
「Hung Up with Summer」は、本作の中で過去と現在の関係を考えさせる曲である。明るいポップでありながら、時間の経過と未練が滲む。Big Starの名を冠する作品として、この二重性は非常に重要である。
11. Do You Wanna Make It
「Do You Wanna Make It」は、アルバム終盤に置かれた、比較的軽快でロックンロール的な楽曲である。タイトルは「やってみたいか」「成功させたいか」といった意味に取れ、挑発的で前向きなニュアンスを持つ。
音楽的には、シンプルなロックのエネルギーが中心である。複雑なアレンジや深い陰影よりも、演奏の勢いと楽しさが前に出る。Big Starの伝説的な側面だけを期待すると軽く感じられるかもしれないが、アルバム全体のリラックスした空気の中では自然な位置を占めている。
歌詞は、相手への呼びかけとして機能している。恋愛の誘いとも、音楽的な挑戦とも、バンドとしての再始動への問いとも読める。Big Starが再びアルバムを作るという状況を考えると、「Do You Wanna Make It」という言葉は、バンド自身への問いにも聞こえる。
この曲は、In Spaceの中で深刻さを避け、ロックンロールの素朴な楽しさを示す楽曲である。Big Starは後世に神格化されたバンドだが、彼らの背景にはもともとシンプルなポップとロックンロールへの愛があった。この曲はその側面を思い出させる。
12. Makeover
アルバムを締めくくる「Makeover」は、タイトル通り「作り直し」「変身」「改造」を意味する楽曲であり、再編成Big Starのアルバムの終曲として象徴的な意味を持つ。過去のバンドをそのまま復元するのではなく、新しい形へ変えること。In Spaceという作品そのものが、ある種の「makeover」だったと言える。
音楽的には、やや奇妙で、ストレートなパワー・ポップというより、Chiltonらしいひねりを持つ楽曲である。アルバムの最後に、完全な感動的フィナーレではなく、少し風変わりな曲を置くところに、Big Starらしい反骨と脱力がある。彼らは自分たちの神話を美しく締めくくるより、少しずらした形で終える。
歌詞では、変化、外見や印象の作り替え、自己像の更新がテーマとして感じられる。Big Starというバンドは、1970年代には商業的に失敗したが、後世に神話化され、再評価された。その過程で、バンドのイメージも大きく作り替えられた。「Makeover」は、その神話化への皮肉とも読める。
終曲として、この曲はIn Spaceに完全な結論を与えるわけではない。むしろ、再編成Big Starの曖昧さ、過去との距離、ユーモア、自己意識を残して終わる。これは本作にふさわしい終わり方である。Big Starはここで伝説に回収されるのではなく、少し奇妙な現在形のバンドとして幕を閉じる。
音楽的特徴
In Spaceの音楽的特徴は、第一に、1970年代Big Starのパワー・ポップ的遺産を引き継ぎながらも、それを完全に再現しようとしていない点にある。ギターのきらめき、甘いコーラス、コンパクトなメロディは随所にあるが、全体の空気はよりリラックスし、成熟している。
第二に、The PosiesのJon AuerとKen Stringfellowの存在が大きい。彼らはBig Starから影響を受けた世代のミュージシャンであり、再編成Big Starにおいて、オリジナルの精神を理解しつつ新しい演奏力を加えている。そのため、本作は1970年代Big Starと90年代以降のパワー・ポップが交差する作品になっている。
第三に、Alex Chiltonの多面的な音楽趣味が反映されている。パワー・ポップだけでなく、ソウル、R&B、ロックンロール、クラシカルな小品、ユーモラスなアレンジが含まれている。これは、本作を単なるノスタルジックな復活作ではなく、Chiltonらしい自由さを持つ作品にしている。
第四に、オリジナル期の切迫感が薄れている点も特徴である。これは欠点としても語られるが、本作の本質でもある。若さ、失敗、孤独、崩壊寸前の美しさによって支えられていた1970年代Big Starとは異なり、In Spaceは長い時間を経た後のバンドの演奏である。そこには別種の余白がある。
第五に、アルバム全体に統一された名盤感よりも、曲ごとの気楽な多様性がある。シングル的なポップ、ロックンロール、カバー、実験的小品が並び、やや散漫にも感じられる。しかし、その散漫さは、Big Starの再始動が過去の再現ではなく、現在のメンバーによる自由な制作であったことを示している。
歌詞テーマの考察
In Spaceの歌詞テーマは、再出発、時間の経過、恋愛、季節、過去との距離、変化、自己更新である。1970年代Big Starの歌詞にあった青春の切実さ、孤独、壊れそうな内面は、本作ではより成熟した距離感の中で扱われる。
「Best Chance」にはもう一度の機会というテーマがあり、「Turn My Back on the Sun」には光から距離を取る内省がある。「February’s Quiet」や「Hung Up with Summer」では、季節が時間や記憶の象徴として使われる。「Makeover」では自己像の作り直しが示される。これらはすべて、再編成Big Starの状況と重なる。
本作の歌詞は、オリジナル期のような若い切迫感ではなく、過去を背負った後の軽さを持っている。これは、単に深みが減ったというより、語りの位置が変わったと見るべきである。若者が未来に向かって痛みを歌うのではなく、長い時間を経たミュージシャンが、過去を意識しながらも過剰に囚われずに歌っている。
また、アルバム全体にはユーモアとルーツ音楽への愛着もある。「Love Revolution」や「Mine Exclusively」などは、深刻な自己告白というより、古いポップやソウルの語法を楽しむ曲である。Big Starが後世にシリアスな伝説として語られる一方で、本作はその重さを少しずらし、音楽を楽しむ姿勢を見せている。
総じて、In Spaceの歌詞は、Big Starの神話を再確認するものではなく、神話の後に残った人間的な軽さと時間の感覚を描いている。そこに本作ならではの意味がある。
総評
In Spaceは、Big Starのディスコグラフィの中で非常に特殊な位置を占めるアルバムである。1970年代の3作品が、パワー・ポップ史、オルタナティヴ・ロック史、インディー・ロック史において神話的な意味を持つのに対し、本作はその神話の長い後日談として存在している。若きBig Starの奇跡ではなく、再編成Big Starによる成熟した、時に気楽で、時に奇妙なロック・アルバムである。
本作を評価する際には、#1 RecordやRadio Cityと同じ基準で聴くと難しい。オリジナル期のような切迫感、透明な痛み、崩壊寸前の美しさはここには少ない。Chris Bellの不在も大きく、Alex Chilton自身も1970年代の自分をそのまま再演することには関心がなかったように聞こえる。そのため、Big Starの伝説的な作品を期待するほど、本作は肩透かしに感じられる可能性がある。
しかし、In Spaceには別の価値がある。それは、Big Starという名前がどのように後世へ受け継がれたかを記録している点である。Jody StephensとAlex Chiltonというオリジナルの核に、Big Starから影響を受けたThe PosiesのJon AuerとKen Stringfellowが加わることで、このアルバムは世代間の対話になっている。影響を与えた側と受けた側が同じバンドとして演奏している。その構造自体が、Big Starの歴史的意義を物語っている。
音楽的には、「Dony」「Lady Sweet」「Best Chance」「Turn My Back on the Sun」などに、Big Starらしいギター・ポップの魅力がある。一方で、「Love Revolution」「Mine Exclusively」「Aria, Largo」「Makeover」のような曲は、アルバムにChiltonらしい自由さと風変わりなユーモアを与えている。統一感よりも、多様な音楽的遊びが重視されている作品である。
日本のリスナーにとって、本作はBig Starの入門盤ではない。まずは#1 Record、Radio City、Third/Sister Loversを聴き、Big Starがなぜ後世のロック・バンドにこれほど愛されたのかを理解した上で、本作に触れる方が適している。その上で聴くと、In Spaceは過去の再現ではなく、時間を経た後の余白を持つ作品として見えてくる。
総合的に見て、In SpaceはBig Starの最高傑作ではない。しかし、Big Starの物語において重要なエピローグである。失敗した同時代的評価、後世の神話化、再結成、世代を越えた継承。そのすべてが、この少し不均一で、リラックスし、時に美しいアルバムに刻まれている。完璧な復活ではなく、長い空白の後に鳴らされた人間的な再会の記録である。
おすすめアルバム
1. #1 Record / Big Star
1972年発表のデビュー・アルバムであり、Big Starの美学を最も純粋な形で示す名盤である。The BeatlesやThe Byrdsからの影響を受けた美しいギター・ポップ、Chris BellとAlex Chiltonのソングライティング、青春の輝きと不安が共存している。In Spaceを理解する上で、まず聴くべき原点である。
2. Radio City / Big Star
1974年発表のセカンド・アルバムであり、Big Starのギター・ポップとしての鋭さとAlex Chiltonの個性が強く表れた作品である。「September Gurls」など、後のパワー・ポップに大きな影響を与えた楽曲を収録している。In Spaceのポップな側面と比較すると、オリジナル期の緊張感がよく分かる。
3. Third/Sister Lovers / Big Star
1978年に公式リリースされたサード・アルバムで、Big Starの崩壊寸前の美しさを記録した作品である。前2作のパワー・ポップから大きく離れ、不安定で、内省的で、時に実験的な音像が特徴である。In Spaceとは対照的に、Big Starの暗く壊れやすい側面を理解するために欠かせない。
4. Dear 23 / The Posies
1990年発表のThe Posiesのアルバムであり、Big Starの影響を受けた90年代パワー・ポップの重要作である。Jon AuerとKen Stringfellowは後に再編成Big Starへ参加するため、In Spaceのサウンド背景を理解する上で非常に関連性が高い。美しいメロディとギター・ポップの継承が聴ける。
5. Bandwagonesque / Teenage Fanclub
1991年発表のTeenage Fanclubの代表作で、Big Starからの影響を受けたオルタナティヴ・ロック/パワー・ポップの名盤である。甘いメロディ、ギターのきらめき、切ない青春感がBig Starの遺産を90年代に更新している。Big Starが後世に与えた影響を理解するために重要な作品である。

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