1. 歌詞の概要
「I Can’t Sleep(眠れない)」は、The La’s(ザ・ラーズ)が1990年に発表した唯一のアルバム『The La’s』に収録された楽曲のひとつで、アルバム中盤に配置された比較的短いながらも濃密なロックナンバーである。
そのタイトルが示す通り、楽曲の主題は“眠れない夜”――しかしこの“眠れなさ”は、単なる不眠ではない。
それは、心の中に渦巻く不安、後悔、孤独、そして言葉にできない焦燥感が原因となっており、夜の静けさの中で、むしろ“自分自身の声がうるさくて眠れない”という深い内省に通じている。
シンプルなロックンロールのフォーマットで進行するこの曲は、どこか60年代の英国バンドの影響を思わせる懐かしい質感を持ちながら、歌詞と歌唱には明確に“今ここにいる若者の苦悩”が宿っている。
リー・メイヴァースのソングライティングの妙味が、疾走感のあるリズムとともに、鋭くも親しみやすい形で表出されている楽曲である。
2. 歌詞のバックグラウンド
「I Can’t Sleep」は、The La’sのフロントマンであるリー・メイヴァース(Lee Mavers)が手がけた楽曲で、彼の作詞作曲の特徴である“削ぎ落とされた言葉の美学”と“感情の素朴さ”が強く反映されている。
アルバム『The La’s』はその制作過程で多くのプロデューサーが交代し、メイヴァース自身が理想のサウンドに至らなかったと語っていることで知られているが、本曲においてはむしろその“未完成性”がリアリティを与えている。
特筆すべきは、曲の構成と録音のざらついた質感が、歌詞の“眠れなさ”と完全に一致している点である。
完璧に整った音ではなく、むしろ「この不安をそのまま録音した」ような音像――そこに、The La’sというバンドの本質が垣間見えるのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「I Can’t Sleep」の印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を併記する。
“I can’t sleep tonight / I’m thinking about you”
「今夜も眠れないんだ / 君のことばかり考えてしまう」
“I’ve been here before / And I’ll be here again”
「この場所には以前もいた / そしてきっとまた戻ってくるだろう」
“No peace of mind / No rest, no end”
「心の平穏もなく / 休息も終わりも見えない」
“And the morning comes / But it don’t feel new”
「朝は来るけど / それは新しい始まりなんかじゃない」
歌詞全文はこちらで確認可能:
The La’s – I Can’t Sleep Lyrics | Genius
4. 歌詞の考察
「I Can’t Sleep」は、非常に個人的な歌でありながら、その“眠れなさ”の感覚は誰にとっても身近なものだ。
恋愛の悩みかもしれない。人生の不確かさかもしれない。
いずれにしても、この曲で語られる夜は、“誰にも届かない心の声”が反響して止まらない時間である。
「I’ve been here before / And I’ll be here again」というラインは、その夜が一度きりの出来事ではなく、“繰り返される状態”であることを示している。
つまりこの眠れなさは、一過性のものではなく、習慣のように繰り返される心の在り方なのだ。
その閉塞感こそが、「I Can’t Sleep」の根源的な哀しみである。
また、「朝が来ても新しく感じられない」という歌詞は、日々が変化しないことへの疲弊と、前に進めていないという自覚をはらんでいる。
それは大きなドラマではない。けれど、誰の心にも積もっていく“生活の重み”を描いた、誠実なラブソングなのだ。
音楽的には、短い尺の中に勢いのあるギターリフと、タイトなリズムセクションを詰め込み、まさに“考えすぎて眠れない夜”の脳内のざわめきを具現化しているような仕上がりとなっている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- I Don’t Know What to Do with Myself by Dusty Springfield / The White Stripes(カバー)
目的のなさ、不安の中での無力感を切なく歌う名曲。 - How Soon Is Now? by The Smiths
孤独と不眠、社会への違和感が共鳴するモリッシーの代表的な詞世界。 - The Universal by Blur
明るさの中にある深い孤独を描いた、90年代UKロックの名曲。 - Fade Into You by Mazzy Star
眠れない夜に、静かに感情が溶けていくような美しいバラード。 - Waterfall by The Stone Roses
時間が止まったようなサウンドにのせて、静かな解放を描くマッドチェスターの名曲。
6. “眠れぬ夜の中で、自分と向き合う”
「I Can’t Sleep」は、何かを解決しようとする歌ではない。
むしろ、解決できない感情と、どう向き合えばいいか分からないまま過ごす夜を、ただ記録したような音楽である。
その正直さ、曖昧さ、不器用さは、The La’sというバンドの美学そのものでもある。
「I Can’t Sleep」は、目を閉じても消えない想いとともに夜を越えようとする、静かで誠実な“夜の歌”である。
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