
1. 楽曲の概要
「Doledrum」は、リヴァプール出身のロック・バンド、The La’sの唯一のスタジオ・アルバム『The La’s』に収録された楽曲である。アルバムは1990年10月にGo! Discsから発表され、「There She Goes」「Timeless Melody」「Feelin’」などと並んで、バンドの短い公式ディスコグラフィを形づくる重要な曲のひとつである。
作詞・作曲は、バンドの中心人物であるLee Mavers。アルバム版の「Doledrum」では、Lee Maversがリード・ボーカルとギター、John Powerがベースとバッキング・ボーカル、Peter “Cammy” Camellがギター、Neil Maversがドラムを担当している。プロデュースはSteve Lillywhite、追加プロデュースとエンジニアはMark Wallisとされている。
The La’sは、活動期間に対して残した公式作品が非常に少ないバンドである。だが、その少なさとは対照的に、1990年のアルバム『The La’s』は後続の英国ギター・ロックに大きな影響を与えた作品として語られてきた。「Doledrum」はシングルとして広く知られた「There She Goes」ほどの知名度を持つ曲ではないが、The La’sの魅力である簡潔なメロディ、乾いたアコースティック感、リヴァプール的なビート感、そして逃避願望を含んだ歌詞が凝縮された楽曲である。
タイトルの「Doledrum」は、一般的な英単語の「doldrums」を連想させる。これは停滞、無風状態、憂鬱、低調さを意味する言葉である。一方で、The La’sの表記は「Dole」と「drum」をつなげたようにも見える。「Dole」は英国英語では失業手当を指す語でもあるため、曲名には単なる気分の落ち込みだけでなく、社会的な停滞や生活の閉塞感も重なっていると考えられる。
2. 歌詞の概要
歌詞の中心にあるのは、ある場所や状態としての「Doledrum」から逃れたいという感覚である。語り手は、自分の人生が「Doledrum」の中で過ぎていくと感じている。そこには、はっきりしたドラマや物語の展開があるわけではない。むしろ、日常の閉塞、将来の見通しのなさ、そこから抜け出したい気持ちが短いフレーズの反復によって示される。
歌詞には「海へ逃げたい」という発想が出てくる。これは英国ロックの伝統の中でもしばしば見られる、陸上の生活から離れるイメージである。ただし、「Doledrum」ではその逃避は大きなロマンとしては描かれない。語り手は走り出すというより、結局は上着を着て外に出る程度の現実的な動きに戻っていく。そこに、この曲の特徴がある。
つまり「Doledrum」は、完全な解放を歌う曲ではない。抜け出したいが、抜け出せない。現状に不満を持ちながらも、その不満を大げさな悲劇にはしない。The La’sの多くの楽曲と同様に、言葉は短く、直接的で、説明を重ねない。そのため、歌詞の意味は聴き手の経験に接続しやすい。
また、歌詞の中で「Doledrum」は具体的な地名のようにも、心理状態のようにも扱われている。「そこへ行くな」という警告と、「自分はそこにいる」という実感が同時に存在しているため、曲全体には内側からの不満と外側からの警告が混ざっている。これは、青春期の閉塞感を描いた曲としても、英国の労働者階級的な生活感を反映した曲としても読むことができる。
3. 制作背景・時代背景
The La’sは1980年代半ばのリヴァプールで活動を本格化させたバンドである。中心人物のLee Maversは、1960年代の英国ポップ、マージービート、スキッフル、フォーク・ロックなどの感覚を、自分たちの時代のギター・バンドとして再構成しようとした。The La’sの音楽は、当時の流行に直接乗ったものではなかった。
1990年前後の英国では、マンチェスター周辺のダンス・ロック、いわゆるマッドチェスターの動きが存在感を増していた。The Stone RosesやHappy Mondaysのようなバンドがクラブ・カルチャーとロックを結びつけていた時期である。また、シューゲイザーやグランジへ向かう流れも見え始めていた。その中でThe La’sの音は、より古いロックンロールやフォーク的な簡潔さを強く持っていた。
アルバム『The La’s』は、完成までに複数の録音やプロデューサーを経たことで知られる。Lee Maversは録音された音に満足しなかったとされ、最終的にリリースされたアルバムについても、バンド側が完全には納得していなかったという文脈で語られることが多い。しかし、聴き手や後続のミュージシャンにとって、このアルバムは1990年代中盤のブリットポップに先行する重要作となった。
「Doledrum」は、その意味でThe La’sの本質をよく示す曲である。録音は過度に厚くない。ギター、ベース、ドラム、声が中心にあり、アレンジは簡潔である。曲そのものの骨格が前面に出ており、スタジオで音を飾るよりも、バンドの演奏として成立させることが重視されている。
また、この曲はアルバム以外にも『BBC In Session』などのセッション音源で聴くことができる。BBCセッション版では、アルバム版よりも生演奏の感触が強く、バンドのライブ的な推進力が分かりやすい。The La’sの評価において、スタジオ録音とセッション録音の比較は重要である。彼らの楽曲がどれほど演奏の質感に依存していたかを確認できるからである。
4. 歌詞の抜粋と和訳
All my life goes by in Doledrum
和訳:
僕の人生はずっとDoledrumの中で過ぎていく
この一行は、曲全体の中心を示している。「Doledrum」は単なる一時的な気分ではなく、人生がそこに閉じ込められているような状態として置かれている。語り手は、何か特定の事件に苦しんでいるというより、日常そのものが停滞していると感じている。
I think I’ll run away to sea
和訳:
海へ逃げてしまおうと思う
この部分では、閉塞した生活からの逃避願望が端的に表れる。ただし、歌詞はその後に大きな冒険を描かない。海は自由の象徴として提示されるが、語り手はすぐに現実の動作へ引き戻される。そのため、このフレーズは実際の逃亡計画というより、心の中の反射的な願望として機能している。
歌詞引用は批評・解説に必要な範囲に限定した。The La’sの歌詞は権利保護された著作物であり、全文ではなく短い抜粋のみを扱っている。
5. サウンドと歌詞の考察
「Doledrum」のサウンドは、The La’sらしいアコースティック寄りのギター・ロックである。曲の骨格はシンプルで、コード進行やメロディは過度に複雑ではない。だが、単純さの中にリズムの跳ねと歌の切迫感がある。ここがThe La’sを単なる1960年代回帰のバンドにしていない部分である。
リズムは軽快だが、歌詞の内容は明るい逃避ではない。この対比が曲の大きな特徴である。もし同じ歌詞が遅いテンポで歌われていれば、曲はより露骨な憂鬱を帯びただろう。しかし「Doledrum」は、停滞を歌いながらも演奏には前へ進む力がある。これは、語り手が不満を抱えながらも完全には沈み込んでいないことを示している。
ギターは、アルバム全体に共通する乾いた鳴りを持つ。歪みを大きくかけるのではなく、弦の響きやストロークの粒立ちを活かしている。The La’sの音楽には、ロックンロール以前のスキッフルやフォークの影響も感じられるが、「Doledrum」ではそれが短いポップ・ソングの形に収められている。
ベースは曲を重くするより、メロディとリズムの間をつなぐ役割を担う。John PowerのベースはThe La’sの楽曲において重要であり、単に低音を支えるだけではなく、曲の動きを作る。後にPowerがCastを結成し、より大きなブリットポップ的文脈に接続していくことを考えると、「Doledrum」のような曲にある明快な低音の運びは、その後の英国ギター・ポップにも通じる要素である。
Lee Maversのボーカルは、整った歌唱というよりも、言葉を前へ押し出す性質が強い。発音にはリヴァプールのニュアンスがあり、声の揺れや強調が曲の印象を作っている。歌詞の内容を過度に演劇的に表現するのではなく、短いフレーズを切るように歌うことで、閉塞感が説明ではなくリズムとして伝わる。
構成面では、反復が重要である。「Doledrum」という語が繰り返されることで、曲はひとつの場所に戻され続ける。これは歌詞の意味と一致している。逃げたいと考えても、言葉はまた「Doledrum」に戻ってくる。音楽的にも歌詞的にも、前進と停滞が同時に置かれている。
アルバム『The La’s』の中で見ると、「Doledrum」は「Son of a Gun」や「I Can’t Sleep」と同じく、短く鋭いギター・ポップの系譜にある。一方で、「There She Goes」のような普遍的なメロディの明るさとは異なり、より内向きで、生活感のある主題を持つ。「Timeless Melody」が音楽そのものへの信念を感じさせる曲だとすれば、「Doledrum」はその信念の背後にある現実の重さを示す曲といえる。
The La’sの録音に対しては、しばしば「アルバム版よりBBCセッション版の方がバンドの実像に近い」という評価がある。「Doledrum」もその比較が有効な曲である。アルバム版は整った輪郭を持つが、セッション版ではより演奏の生々しさが前に出る。どちらが決定版かを断定するより、曲自体がシンプルな骨格を持っているため、録音の違いによって表情が変わりやすいと捉える方が適切である。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- There She Goes by The La’s
The La’sを代表する楽曲であり、「Doledrum」と同じく短い構成と強いメロディを持つ。ただし、こちらはより開かれたポップ・ソングとして機能しており、バンドのメロディセンスを最も分かりやすく確認できる。
- Timeless Melody by The La’s
タイトル通り、普遍的なメロディへの意識が前面に出た曲である。「Doledrum」の閉塞感とは異なり、音楽そのものに向かう視線が強い。The La’sのアルバム内での幅を知るうえで重要な一曲である。
- Way Out by The La’s
初期The La’sの勢いを感じられる楽曲である。ギターの刻み、短い曲尺、言葉の勢いが「Doledrum」と近い。バンドが持っていたロックンロール的な瞬発力を聴き取れる。
- Made of Stone by The Stone Roses
同時代の英国ギター・ロックとして比較しやすい曲である。The La’sよりもサイケデリックで広がりのある音作りだが、1960年代的なメロディ感覚を1980年代末の英国で更新した点に共通点がある。
- Alright by Cast
John PowerがThe La’s脱退後に結成したCastの代表曲である。「Doledrum」にある簡潔なメロディとギター・ポップの感覚が、より1990年代ブリットポップ的な形で展開されている。The La’sから後続シーンへの流れを理解しやすい。
7. まとめ
「Doledrum」は、The La’sの中でも派手な代表曲ではない。しかし、バンドの核にある要素をよく示す楽曲である。短い歌詞、簡潔なメロディ、乾いたギター、前へ進むリズム、そして生活の停滞を感じさせる言葉が、無駄の少ない形でまとまっている。
この曲の魅力は、閉塞感を重く演出しすぎない点にある。語り手は不満を抱え、逃げたいと考えるが、曲は沈み込まない。むしろ、軽快な演奏によって、停滞の中にもまだ動きが残っていることを示している。そこにThe La’s特有の強さがある。
アルバム『The La’s』は、リリース当時の大きな商業的成功以上に、後の英国ギター・ロックへ与えた影響によって評価されてきた。「Doledrum」はその中で、バンドの美点を凝縮した隠れた重要曲である。The La’sを「There She Goes」だけで捉えないためにも、この曲は聴く価値が高い。
参照元
- MusicBrainz – Release “The La’s” by The La’s
- MusicBrainz – The La’s Artist Page
- Pitchfork – BBC in Session Review
- Discogs – The La’s “The La’s” Releases
- Spotify – Doledrum by The La’s
- The Guardian – The madness of perfection

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