1960年代末から70年代のイギリスにおいて、強烈なエネルギーとブルースベースのサウンドを融合したハードロックが大きな注目を集めていた。
その流れの中で、スモール・フェイセズのスティーヴ・マリオットを中心に結成され、熱量の高いライブパフォーマンスと骨太なロックサウンドでファンを魅了し続けたバンドがHumble Pieである。
バンドには若きピーター・フランプトンも在籍し、英国ロックにおけるソウルフルかつパワフルなスタイルを打ち立てた存在として、今もなお大きな影響力を誇っている。
アーティストの背景と歴史
Humble Pieは、1969年にイギリスで結成された。
中心となったのは、スモール・フェイセズで一世を風靡した**スティーヴ・マリオット(Steve Marriott)と、新進気鋭のギタリストとして注目されていたピーター・フランプトン(Peter Frampton)**である。
当時はクリームやレッド・ツェッペリンなど、ブルースを基盤にしながらハードかつ重厚なサウンドを追求するバンドが台頭していたが、Humble PieはブルースやR&Bの色合いを強めに残しつつ、よりストレートなロックに情熱を注いだ。
この姿勢は、のちにライブでの圧倒的熱気やゴスペル/ソウル風のアレンジを取り入れるなど、独自のスタイルを確立する原動力となる。
最初のアルバム『As Safe As Yesterday Is』(1969年)や『Town and Country』(同年)では、アコースティックギターを活かしたフォーク/カントリーの要素も見られ、まだバンドとしての方向性を試行錯誤している段階だった。
しかし続く1971年のライブアルバム『Performance Rockin’ the Fillmore』が大きな成功を収め、彼らの名は英国のみならずアメリカでも大きく広まる。
一方で、フランプトンはソロ活動に専念するため1971年に脱退し、その後マリオットを中心としたラインナップでよりハードロック色を強めたサウンドを展開していった。
1972年にはアルバム『Smokin’』をリリースし、これがHumble Pie最大の商業的成功を収める。
しかし、バンド内の意見対立やハードなツアースケジュールによる疲弊などにより、1970年代中盤にはメンバーの入れ替わりや解散、再結成を繰り返す苦難を経験。
マリオット亡き後も、残されたメンバーや新メンバーによる再編やトリビュートが行われ、バンド名は断続的に存続している。
音楽スタイルと特徴
ブルース&R&Bの衝動とハードロックの融合
Humble Pieのサウンドの核には、ブルース、R&B、ゴスペルといった黒人音楽の要素が据えられている。
そこへ英国流のハードロックのエネルギーを加えることで、単なるブルースロックにとどまらない多彩な表情が生まれる。
スティーヴ・マリオットの荒々しくもソウルフルなシャウト、そしてピーター・フランプトンのメロディアスで時に激しいギタープレイが絡み合うことで、聴き手の体を揺さぶる強烈なグルーヴを生み出すのだ。
ライブバンドとしての魅力
彼らはライブでこそ真価を発揮するバンドとして知られる。
マリオットのステージパフォーマンスは炎のごとく熱く、観客を巻き込む煽りやシャウトで会場を盛り上げる。
フランプトン在籍期には、ギターとボーカルの掛け合いが白熱する即興演奏が繰り広げられるなど、レコードの音源以上にパワフルでダイナミックな演奏が高く評価されていた。
バンドの“本質”がライブにあるからこそ、彼らのアルバムを語る上でライブ盤の存在が非常に重要となってくる。
代表曲の解説
「Natural Born Bugie」
1969年のデビューシングルとしてリリースされ、イギリスのシングルチャートで好成績を収めた初期の代表曲。
軽快なブギビートに乗せて、マリオットのボーカルがガッツあるシャウトを展開する。
まだバンドとしては手探り感も残るが、すでにブルージーなノリやソウルフルな要素が前面に出ており、Humble Pieの方向性がうかがえるナンバーだ。
「I Don’t Need No Doctor」
エイモス・ミルバーンやレイ・チャールズで知られるR&Bクラシックを、1971年のライブアルバム『Performance Rockin’ the Fillmore』でカバーしたことで大きな反響を呼んだ。
マリオットの熱唱にフランプトンの激しいギターソロ、そしてリズムセクションのタイトさが融合し、原曲とは全く異なる“ハードロック版R&B”へと進化させている。
Humble Pieのライブの迫力を体現する定番曲として、現在でも多くのロックファンにとって必聴の名演とされている。
「30 Days in the Hole」
1972年のアルバム『Smokin’』収録曲で、ブルースとハードロックを融合したHumble Pieの王道サウンドが炸裂する一曲。
ギターリフの切れ味と、マリオットのダイナミックなボーカルが心地よい疾走感を生み出し、バンドのライブの目玉として盛り上がりを見せたナンバーだ。
社会的なテーマを盛り込みつつも、あくまで“ロックで熱狂させる”という基本姿勢を崩さないHumble Pieらしさを象徴している。
アルバムごとの進化
『As Safe As Yesterday Is』
(1969)
バンドのデビュー作で、フォークやカントリーっぽい穏やかな曲調も見られ、まだ“ブギー&ハード”な方向性へ完全には振り切れていない印象。
それでも「Natural Born Bugie」のヒットで勢いを得て、イギリスのロックファンの間で注目度が急上昇する。
『Town and Country』
(1969)
2作目もアコースティック寄りの曲が目立つが、ブルース/R&Bの色合いが徐々に濃くなり始め、マリオットとフランプトンのコンビネーションも向上。
いずれハードロックへシフトしていく準備段階がうかがえる興味深い作品である。
『Performance Rockin’ the Fillmore』
(1971, ライブアルバム)
Humble Pieの真骨頂といわれるライブパフォーマンスを捉えた、バンドの代表的名盤。
「I Don’t Need No Doctor」を筆頭に、原曲の魅力を凌ぐ勢いのハードロック・アレンジが聴ける。
ライブ・バンドとしての凄まじさが評判となり、海外でも広く知られるきっかけとなった。
『Smokin’』
(1972)
ピーター・フランプトン脱退後、スティーヴ・マリオットを中心とした形で制作された作品。
タイトルが示すように、ハードなブギロックとソウルフルなボーカルが“煙を立てる”ような熱量を放つ。
アルバムは商業的にも大成功し、バンドの人気を決定づける。
『Eat It』
(1973)
2枚組アルバムとして発表され、スタジオ録音とライブ録音が混在する構成が特徴的。
ゴスペル色の強い女性コーラス隊を加えるなど、多彩な要素に挑戦しており、Humble Pieの音楽性が幅広いことを示している。
一方でバンドとしてはツアー疲れやメンバーの不和などが重なり、前作ほどのまとまりは感じられない部分もある。
影響を与えたアーティストと音楽
Humble Pieが提示したブルースとR&Bに根ざしたハードロック・スタイルは、同時代や後続のロックバンドたちに大きな影響を与えた。
特にスティーヴ・マリオットのソウルフルなボーカルは、のちにポール・ロジャース(Free、Bad Company)などが受け継ぐ英国ブルースロック的歌唱スタイルの系譜に位置づけられる。
また、ピーター・フランプトンはソロとして大成功を収めたが、その基盤にはHumble Pieで磨かれたライブ力やメロディアスなギタープレイがしっかり根付いていた。
演奏スタイルの面でも、Humble Pieのライブ音源やアルバムは、英国ロック・シーンにおける“ブルースロックの熱狂”を象徴するものとしてファンが研究対象とし、アメリカ南部のサザンロック勢などにも影響を波及させた。
R&Bやゴスペルのエッセンスを取り入れながら重厚かつノリのいいサウンドを展開する手法は、のちのハードロック/アリーナロックバンドにも少なからぬインスピレーションを与えたと言えるだろう。
まとめ
Humble Pieは、スティーヴ・マリオットやピーター・フランプトンという類稀なる才能が結集し、ブルースやR&Bを基盤にしたストレートなロックンロールを高い熱量で鳴らすバンドだった。
ライブ・パフォーマンスの盛り上がりは伝説的であり、アルバム『Performance Rockin’ the Fillmore』ではその“本領”が詰め込まれている。
また、スタジオ作品においてはブギやゴスペル要素を取り入れつつ、骨太のハードロックへと昇華し、特に『Smokin’』ではブルースロックの醍醐味を存分に味わうことができる。
バンドはメンバーチェンジや解散・再結成を繰り返す激動の道を歩み、最終的にはスティーヴ・マリオットの早過ぎる死によってその歩みを閉じた。
しかし、彼らが残した音楽は今も古びることなく、多くのロックファンを虜にしている。
もしHumble Pieを初めて聴くなら、まずは『Performance Rockin’ the Fillmore』や『Smokin’』に触れてみてほしい。
そこにはブルース・R&Bの魂を宿しながら轟音のハードロックを鳴らす、英国ロックの真髄とも言える“熱い衝動”が詰まっているのだ。
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