
1. 歌詞の概要
Hit the Back は、アメリカのシンガーソングライター、King PrincessことMikaela Strausが2019年に発表した楽曲である。
デビューアルバム Cheap Queen に収録されており、Dorkの楽曲ページでは同作の12曲目、Columbia Records / Zelig Recordsからのリリース曲として掲載されている。作詞はKing Princess、プロデュースはKing PrincessとMike Malchicoffによるものとされている。(Dork)
この曲の中心にあるのは、身体的な欲望を、恥じることなく、しかしどこか甘く切ないムードの中で肯定する感覚である。
タイトルの Hit the Back は、直接的な性的ニュアンスを持つ言葉として響く。
この曲は、恋愛を抽象的なロマンスとして描くより、触れること、近づくこと、身体が反応することを前面に出している。
歌詞の語り手は、相手に身体を探られたい。
服の上からでも、触れられたい。
テーブルの下の密かな接触に、強い快感を感じている。
その欲望は隠されない。
けれど、この曲はただ露骨なだけではない。
King Princessの声には、余裕と照れ、挑発と寂しさが同時にある。
欲望を堂々と歌っているのに、どこか柔らかい。
夜のクラブの奥で、笑いながら本音をこぼしているような温度がある。
Hit the Back は、クィアな欲望を「説明」する曲ではない。
ただそこにあるものとして鳴らす曲だ。
King Princessは、2018年の 1950 や Talia で、クィアな愛や失恋をポップの中心に置くアーティストとして注目された。Pitchforkの Make My Bed EP レビューでも、彼女の楽曲は若いクィアのリスナーが求めてきたようなラブソングを提示していると評されている。(Pitchfork)
その流れの中で、Hit the Back はさらに身体的で、ダンスフロア寄りの曲である。
悲しい失恋の歌ではない。
叶わない片思いの歌でもない。
もっと近い。
もっと暑い。
もっと肌に触れている。
サウンドは、しなやかなポップR&Bとダンスミュージックの質感を持っている。
ベースはうねり、ビートは軽やかに弾み、声は少し低く、艶を帯びている。
一見するとクールだが、内側には熱がある。
この曲の魅力は、その「熱を隠さないクールさ」にある。
欲望は燃えている。
でも、語り手はそれに振り回されているだけではない。
自分が何を欲しているかを分かっている。
欲しいときに、欲しいと言う。
Hit the Back は、King Princessのデビューアルバム Cheap Queen の中でも、特に官能的で、ステージ映えする一曲だ。
2019年11月、彼女はSaturday Night Liveで 1950 と Hit the Back を披露しており、この曲がアルバム期の重要なパフォーマンス曲だったことも分かる。(Pitchfork)
この曲は、ポップの中でクィアな欲望が遠慮なく踊る瞬間である。
甘く、挑発的で、少し汗ばんでいる。
King Princessが持つ、ロック的なざらつきとR&B的な滑らかさが、身体の言葉として立ち上がる。
2. 歌詞のバックグラウンド
Hit the Back が収録された Cheap Queen は、King Princessのデビューアルバムである。
同作は2019年10月にリリースされ、Themの記事では、Make My Bed EP に続くファーストアルバムとして紹介されている。記事では、Amandla Stenberg、Romy Croft、Father John Misty、Tobias Jesso Jr.、Justin Tranterらが関わった作品であることにも触れられている。(Them)
Cheap Queen は、King Princessにとって、初期の話題性を一枚のアルバムへまとめる作品だった。
1950 で彼女は、クィアな愛の歴史的な隠され方を意識しながら、女性への愛を堂々と歌った。
Talia では、失った恋人の記憶とアルコールが混ざるような痛みを歌った。
Pussy Is God では、性的な喜びと神聖さを大胆に結びつけた。
Pitchforkは Pussy Is God について、King Princessがポップの中にクィアな性を開かれたものとして持ち込んでいる楽曲として評している。(Pitchfork)
Hit the Back は、その延長線上にある。
つまり、この曲は突然変異ではない。
King Princessが初期から作ってきた「クィアな愛と欲望を、特別扱いせず、堂々とポップにする」流れの中にある。
ただし、Hit the Back は 1950 のような歴史的・ロマンティックな重みとは違う。
Talia のような喪失の痛みとも違う。
もっと身体に近い。
もっと今この瞬間の欲望に近い。
それが、この曲をアルバムの中で目立たせている。
Cheap Queen というアルバムは、タイトルからして少し矛盾を抱えている。
Cheap。
安っぽい。
軽い。
使い捨てのような質感。
Queen。
威厳。
美しさ。
支配。
クィアなドラッグ的な響きもある。
King Princessは、この矛盾の中で、自分の若さ、名声、恋愛、欲望、孤独を描いている。
Hit the Back は、その中でも「安っぽさ」を恐れない曲だと思う。
身体的で、直接的で、夜の匂いがある。
でも、その安っぽさは下品さだけではない。
むしろ、ポップソングとしての自由さになっている。
愛を高尚なものにしすぎない。
欲望を詩的に薄めすぎない。
相手に触れたいという感覚を、そのままメロディとビートにする。
ここに、King Princessの魅力がある。
また、彼女はZelig Records、つまりMark Ronsonが設立したレーベルから登場したアーティストでもある。Pitchforkの Make My Bed EP レビューでも、彼女がMark RonsonのZelig Recordingsと契約した若いアーティストとして紹介されている。(Pitchfork)
Ronson的なポップの洗練と、King Princess自身のざらついた声、ギター感覚、クィアな視点が交わることで、Hit the Back のような曲が生まれる。
クラブミュージックほど完全に踊りへ振り切らない。
R&Bほど滑らかすぎない。
インディーロックほど乾きすぎない。
その中間で、身体が少しずつ動き出す。
Hit the Back は、その中間の色気を持った曲である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の全文は著作権で保護されているため、ここでは短い範囲で抜粋する。
歌詞の確認には、DorkやSpotifyの楽曲ページを参照できる。Spotifyでは冒頭歌詞の一部が表示されている。(Dork, Spotify)
I need you to search my clothing
和訳:
私の服を探ってほしい
冒頭から、曲はかなり身体的である。
ここでは、遠くから見つめる恋ではない。
すでに距離は近い。
相手の手が服に触れる距離だ。
「search my clothing」という表現には、少し捜索のようなニュアンスがある。
ただ触れるのではなく、探る。
隠されているものを見つける。
境界を越える。
恋愛の言葉というより、身体をめぐるゲームのようにも聞こえる。
Pat me down and feel the molding
和訳:
私を触って、輪郭を感じて
この一節も、身体の輪郭を強く意識させる。
pat me down は、身体検査のような触り方を思わせる。
そこに「feel the molding」、つまり形や曲線を感じるという言葉が続く。
ここには、触られることへの欲望がある。
同時に、自分の身体を相手に認識させたいという欲望もある。
私を見て。
私に触れて。
私の形を知って。
これは、非常に能動的な受け身である。
Underneath this table feels so good to me
和訳:
このテーブルの下が、私にはすごく気持ちいい
このフレーズは、曲の空気を決定づける。
公の場にいるのかもしれない。
誰かに見られない場所で、密かな接触があるのかもしれない。
テーブルの下という空間は、隠れた親密さの場所である。
見えている世界と、見えない身体のやり取り。
その二重性が、この曲の官能性を作っている。
I need you to hit the back
和訳:
奥まで届かせてほしい
タイトルにもつながるこのフレーズは、かなり直接的な性的欲望として響く。
ただし、King Princessの歌い方は、それを単なる露骨な言葉で終わらせない。
声には余裕があり、少し笑っているようでもあり、同時に切実さもある。
欲望を歌っているのに、どこかメランコリーもある。
そこが彼女らしい。
引用元:Dork, Hit the Back Lyrics — King Princess / Spotify
収録作:Cheap Queen
リリース:2019年
作詞:King Princess
プロデュース:King Princess、Mike Malchicoff
歌詞著作権:各権利者に帰属
4. 歌詞の考察
Hit the Back の歌詞で最も重要なのは、欲望が受け身でありながら、語り手自身によって強くコントロールされているところである。
一見すると、語り手は相手に触れられたいと歌っている。
服を探ってほしい。
身体を触ってほしい。
奥まで届かせてほしい。
この言葉だけを見ると、相手に委ねているように思える。
しかし、実際には語り手が欲望の方向を決めている。
何をしてほしいかを言葉にしている。
相手に行為を求めている。
つまり、受け身の姿勢を取りながら、主体は語り手自身にある。
ここが、この曲の強さである。
ポップミュージックの中で、女性やクィアな人の欲望は、長い間、見られる対象として描かれることが多かった。
しかし Hit the Back では、King Princessが自分の欲望を自分の言葉で指示する。
触ってほしい。
感じさせてほしい。
ここまで来てほしい。
これは、欲望の所有である。
また、この曲のクィア性は、特別な説明を必要としない。
King Princessの楽曲では、女性への愛や欲望が自然に歌われる。
それは、クィアであることを毎回テーマとして解説するのではなく、ポップソングの当然の中心に置くという態度だ。
Pitchforkの Make My Bed EP レビューでも、彼女が女性代名詞を使い、クィアな恋を自然に歌うことの意味が評価されている。(Pitchfork)
Hit the Back は、その姿勢の身体的な側面である。
クィアな愛は、切ないだけではない。
社会的に困難なだけでもない。
美しく待つだけでもない。
欲望がある。
セックスがある。
汗がある。
テーブルの下の秘密がある。
相手の手を求める声がある。
この曲は、それをポップの中へ堂々と入れている。
ただし、Hit the Back は単にセクシーな曲というだけではない。
サウンドには少し影がある。
ビートは踊れるが、完全に明るいわけではない。
King Princessの声も、官能的でありながら、どこか疲れたような響きを持つ。
そのため、この曲の欲望は、単純な快楽だけではなく、埋められない寂しさとも結びついているように聞こえる。
身体で満たされたい。
でも、それは心の空白とも関係している。
触れられることによって、自分の輪郭を確かめたい。
歌詞の「feel the molding」という言葉は、その意味でも重要だ。
相手に自分の身体の形を感じてほしい。
それは、相手の欲望の対象になることでもある。
同時に、自分がここにいることを確かめてもらうことでもある。
身体を通して、存在を確認する。
Hit the Back の官能性の奥には、そのような孤独があるようにも思える。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Pussy Is God by King Princess
King Princess初期の代表的な性的アンセムであり、Pitchforkでは、彼女がポップの中でクィアな性と喜びを大胆に歌っている曲として評されている。(Pitchfork)
Hit the Back の身体的な欲望が好きな人には、まずこの曲が合う。こちらはよりストレートに、快楽を神聖さへ接続するような曲である。
- 1950 by King Princess
King Princessのブレイクを決定づけた楽曲で、Make My Bed EP の中心曲でもある。Pitchforkのレビューでは、同曲がクィアな愛の歴史的な隠され方を背景にした、印象的なポップソングとして語られている。(Pitchfork)
Hit the Back が身体の欲望なら、1950 はもっとロマンティックで歴史的なクィアな愛の歌だ。King Princessの原点を知るには欠かせない。
- Talia by King Princess
失った恋人の記憶とアルコールが混ざる、切ない初期曲である。Hit the Back のような官能的な近さとは逆に、こちらは不在の相手を抱きしめるような曲だ。King Princessの「欲望」と「喪失」の両方を知るには重要である。
- Holy by King Princess
Make My Bed EP収録曲で、クィアな親密さと宗教的な言葉が絡む楽曲である。Hit the Back の身体性に対して、Holy はもっとロマンティックで神聖な響きを持つ。King Princessが欲望をただ肉体的なものにせず、精神的なニュアンスも持たせる作家であることが分かる。
- Silk Chiffon by MUNA featuring Phoebe Bridgers
クィアな恋の高揚を、明るく開かれたポップソングとして鳴らした楽曲である。Hit the Back の夜っぽい官能性とは違い、こちらは昼の光のような幸福感がある。クィアな愛を暗さだけでなく、楽しさや身体の軽さとして聴きたい人に合う。
6. 欲望を隠さず踊らせる、King Princessのクィア・ポップの一撃
Hit the Back の特筆すべき点は、欲望を比喩の奥に隠さず、ポップソングの中心でしなやかに踊らせているところにある。
この曲は、恥ずかしがらない。
触れてほしい。
身体を探ってほしい。
気持ちよくしてほしい。
奥まで来てほしい。
それらの言葉が、遠慮なく出てくる。
しかし、ただ露骨なだけの曲ではない。
King Princessの歌には、いつもどこか複雑な影がある。
欲望を歌っているのに、完全に軽くはならない。
楽しんでいるのに、どこか寂しい。
強気なのに、少しだけ脆い。
Hit the Back も、まさにそのバランスの曲である。
クールなビートの上で、身体は熱を持っている。
声は低く、近く、少し挑発的だ。
でも、その挑発の奥には、相手に自分を認識してほしいという欲求がある。
この曲の「触れられたい」は、単なる快楽だけではない。
自分の身体を知ってほしい。
自分の輪郭を感じてほしい。
自分がそこにいることを、相手の手によって確かめたい。
それは、とても肉体的であると同時に、かなり感情的でもある。
King Princessの強みは、こうした身体と感情の境界を曖昧にできるところだ。
恋愛は心だけではない。
身体もある。
欲望もある。
秘密の場所で触れられることもある。
その全部を含めて、愛や関係が作られる。
Hit the Back は、その当たり前のことを、クィアなポップソングとして鳴らしている。
そして、それが重要なのは、クィアな欲望がしばしば「語られる対象」や「象徴」として扱われてきたからである。
クィアな愛は、悲劇として描かれることが多かった。
あるいは、社会的な抑圧への抵抗として語られることが多かった。
もちろん、それらは重要だ。
でも、クィアな人々にも、ただ欲望する夜がある。
ただ誰かに触れられたい瞬間がある。
複雑な説明なしに、身体が先に反応することがある。
Hit the Back は、その自由を持っている。
この曲の良さは、クィアであることを特別に解説せず、欲望をそのままポップの快楽にしているところだ。
「私たちにも欲望がある」と声高に宣言するのではなく、最初からその欲望の中で歌う。
それが自然で、かっこいい。
また、Cheap Queen の中でこの曲が終盤に置かれていることも意味深い。
アルバム前半では、名声、関係の揺れ、自己認識、ロマンティックな痛みが描かれる。
そのあとに Hit the Back のような身体的な曲が来ることで、アルバムは頭の中から身体へ移動する。
考えるより、感じる。
思い悩むより、踊る。
でも、その踊りの中にもまだ感情が残っている。
この移動が、Cheap Queen の魅力のひとつである。
SNLで 1950 と Hit the Back を披露したことも象徴的だ。(Pitchfork)
1950 は彼女のクィアなロマンティシズムを代表する曲であり、Hit the Back はより身体的でパフォーマティブな側面を示す曲である。
その二曲を並べることで、King Princessというアーティストの幅がよく見える。
彼女は切ないラブソングだけの人ではない。
官能を歌える。
欲望を操れる。
ステージで身体の熱を伝えられる。
Hit the Back は、その証明のような曲だ。
さらに、サウンドの面でもこの曲はよくできている。
ベースは低く沈みすぎず、しなやかに動く。
ビートは身体を少しずつ揺らす。
声の重ね方は滑らかで、夜の空気に溶ける。
全体に、強い爆発ではなく、じわじわ温度が上がる感覚がある。
それが歌詞の「テーブルの下」の感覚とよく合っている。
表では平然としている。
でも、下では何かが起きている。
人に見えないところで、身体が反応している。
その隠された熱が、曲全体を動かしている。
Hit the Back は、そういう曲である。
見せすぎない。
でも隠しきらない。
欲望を言葉にしながら、ムードで包む。
その包み方が上手い。
King Princessの声には、少しロック的なざらつきがある。
完璧に磨かれたポップボーカルというより、少しだるく、少し低く、少し煙っている。
だからこそ、歌詞の性的な直接性が安っぽくなりすぎない。
きれいな声で歌い上げるのではなく、近い距離で言う。
それが、曲の説得力になっている。
Hit the Back は、クィアな欲望を肯定する曲でありながら、単純な祝祭ではない。
そこには夜の湿度があり、身体の重さがあり、少しの寂しさもある。
その複雑さが、ただのセクシーな曲以上の余韻を残す。
欲望は、いつも明るいとは限らない。
でも、暗いだけでもない。
楽しい。
気持ちいい。
でも、どこか心も動いている。
King Princessは、その全部を一曲の中に入れている。
Hit the Back は、身体の歌である。
同時に、自分の欲望を自分のものとして持つことの歌でもある。
相手に触れられたいと言いながら、主導権は自分の声にある。
そこが、最高にKing Princessらしい。
ポップは、愛を歌える。
失恋も歌える。
そして、こういう欲望も歌える。
Hit the Back は、そのことをさらりと、でもかなり大胆に示す一曲である。

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