発売日: 2023年10月13日
ジャンル: エレクトロロック、ドリームポップ、ダークウェイヴ、オルタナティヴ・ポップ
概要
『Goodnight, God Bless, I Love U, Delete.』は、Crosses(†††)が約9年ぶりに発表した2作目のスタジオ・アルバムであり、
チノ・モレノ(Deftones)とショーン・ロペス(Far)によるこのユニットが、
その耽美的で幽玄な音像をより洗練させ、同時に“人間の痛みと再生”を静かに描くモノクロームの祈りのような作品である。
タイトルに象徴されるように、「おやすみ」「神の祝福」「愛してる」「削除して」という4つの言葉は、
感情の断片、未完の別れ、自己抹消と残響を想起させる。
それはまるで、深夜のスマートフォンに残された最後のメッセージのようでもある。
前作同様、音楽性はドリームポップ、ウィッチハウス、ダウンテンポのエレクトロニカが軸だが、
今作ではよりポップに、よりメロウに、そして決定的に“優しい”方向に進化している。
しかしその優しさは、壊れやすいガラスのような脆さを内包しており、どこか儚い。
Crossesはここで、**破壊的な暗闇を抜けた先の“静かな希望”**を提示する。
それは決して力強いものではないが、傷を抱えた人間に寄り添うような、慈しみのある音楽なのだ。
全曲レビュー
1. Pleasure
メランコリックでスローなエレクトロ・サウンドに、チノの囁くような歌声が絡む。
快楽と哀しみの境界に揺れるようなこの曲は、アルバム全体の感情的トーンを定義する“静かな扉”。
2. Invisible Hand
跳ねるようなシンセが印象的なドリームポップ・ナンバー。
“見えない手”は、運命、愛、もしくは神の意志か。
Crosses流のポップ性が際立った1曲。
3. Light As a Feather
浮遊感のあるアレンジにのせて、痛みと解放が同時に歌われる。
まさに“羽のように軽い”サウンドと、魂の重さに耐える声が対照をなす。
4. Glitching
タイトル通り、ビートやメロディが微かに崩れる構成。
記憶のバグ、感情のノイズをそのまま音にしたようなトラックで、
クロスフェードのように過去と現在が交錯する。
5. Big Youth ft. El-P
唯一のゲスト曲であり、Run the JewelsのEl-Pが参加。
彼の詩的な語りと、チノの繊細なボーカルが交わることで、
希望と怒り、若さと衰退が一つのトーンで共存する不思議な空間が生まれている。
6. End Youth (Reprise)
“Big Youth”の余韻を引き継ぐ短いインストゥルメンタル。
失われた若さと再生の狭間で揺れる、心象風景的なトラック。
7. Runner
よりビート感の強い楽曲。
逃げ続ける存在=“Runner”に自分を重ねるような、自己逃避と加速する孤独が描かれる。
8. Last Rites
“終わりの祈り”という宗教的意味合いを持つタイトルにふさわしく、
荘厳で内省的なサウンドが展開される。
別れと許し、死と浄化を音楽として昇華したような静謐さ。
9. Ghost Ride
ゴシックなイメージを湛えたエレクトロ・チューン。
過去のトラウマが幽霊のように付きまとうイメージを想起させる、静かなる恐怖と共鳴。
10. Girls Float † Boys Cry
象徴的な†マークを挟んだこの楽曲では、ジェンダー的アイロニーと感情の性差を詩的に表現。
“Girls Float, Boys Cry”というフレーズに、表面的な軽さと深層の痛みが凝縮されている。
11. Goodnight, God Bless, I Love U, Delete.
アルバムの核となるタイトル曲。
まるで最期のメッセージを綴るような静かな語りと、終わりなき別れの美学。
この曲だけで、アルバムの世界観を総括しているともいえる。
総評
『Goodnight, God Bless, I Love U, Delete.』は、Crossesが前作で提示したダーク・ロマンスの儀式性を継承しながら、
それをより人間的でパーソナルな物語へと落とし込んだ作品である。
本作は、従来の“耽美的退廃”ではなく、壊れた感情を受け入れながらもどこか前を向こうとする試みに満ちている。
チノのボーカルは以前にも増して親密で、ウィスパーの中に癒しと喪失の余白を残している。
また、サウンド面ではドリームポップやウィッチハウスの要素に加え、
現代的ポップとゴシックな雰囲気の融合がより深まっており、音像も厚く豊かである。
Crossesはこのアルバムで、
現代における“別れ方”と“愛し方”を、祈るように、ささやくように鳴らしている。
それは時に傷口に塩を塗るような痛みであり、また時にその塩で癒されるような奇跡なのだ。
おすすめアルバム(5枚)
- Deftones – Ohms (2020)
チノの声と孤独の叙情性を継承した、静かな破壊と美の到達点。 - Bat for Lashes – The Haunted Man (2012)
神秘性と人間味の融合。ダークポップの女性的視点として対照的。 - How to Destroy Angels – An Omen EP (2012)
Trent ReznorとMariqueen Maandigによる幻想的エレクトロ。Crossesと音像が共鳴。 - Cigarettes After Sex – Cry (2019)
囁くような愛と別れ、官能と空虚。ボーカルの距離感に類似性あり。 - TR/ST – Joyland (2014)
ダークでダンサブルなエレクトロの逸品。Crossesの夜的感性と合致。
歌詞の深読みと文化的背景
『Goodnight, God Bless, I Love U, Delete.』というタイトルには、
祈りと愛と喪失、そしてデジタル時代の断絶という4つのテーマが込められている。
“Delete(削除)”という言葉がここまで詩的に響くのは、現代において別れが物理的よりも情報的であるからだ。
アルバム全体が、スマートフォン越しの感情、未送信メッセージ、削除された会話の記憶といった、
“現代的な喪失”のアーカイブとなっており、
宗教的語彙とポップな構造を組み合わせることで、モダンな祈りのかたちを提示している。
Crossesはこの作品で、
“壊れた関係性のその先に、まだ音楽ができることはあるか?”という問いに対して、
“ある”と、静かに、しかしはっきりと答えている。
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