発売日: 2020年8月21日
ジャンル: アート・ロック、スポークン・ワード、サイケデリック・ポップ、スピリチュアル・ロック
『Good Luck, Seeker』は、The Waterboysが2020年にリリースした通算14作目のスタジオ・アルバムであり、
詩人・マイク・スコットによる“探求者へのマニフェスト”として制作された、音と言葉によるスピリチュアル・ジャーニーである。
前作『Where the Action Is』のエネルギッシュなロックンロールから一転、
本作ではより実験的かつ内省的なアプローチが際立っており、
スポークン・ワード、アート・ポップ、電子音、ビート詩、ブルース、ソウル、ケルト神秘主義が融合した唯一無二の音世界が広がっている。
タイトルの“Good Luck, Seeker(幸運を、探求者よ)”は、
神、芸術、愛、真実、自己変容を求めるすべての“旅する魂”に向けられた祝福であり、
アルバム全体がひとつのスピリチュアル・メッセージとして構成されている。
全曲レビュー
1. The Soul Singer
ファンキーでソウルフルなロックンロール。
“魂の歌い手”としての自己像をユーモラスに歌い上げ、
アルバムの入り口として軽やかに機能する。
2. (You’ve Got to) Kiss a Frog or Two
童話的比喩を用いた恋愛観察ソング。
“カエルを何匹かキスしないと王子には出会えない”というテーマを、
軽快なポップ・ファンクに仕上げている。
3. Low Down in the Broom
スコットランド民謡をベースにした再解釈フォーク。
伝統と現代の境界線を曖昧にし、アルバムに多層的な感触を与える。
4. Dennis Hopper
アメリカの俳優デニス・ホッパーを題材にした、クールなジャジー・トラック。
60年代カウンターカルチャーと個の反逆精神を象徴的に描く。
5. Freak Street
カトマンズの“フリーク・ストリート”を舞台にした幻想的な旅の記録。
サイケデリックな音像が、精神世界の揺らぎと拡張を演出する。
6. Sticky Fingers
ローリング・ストーンズの名盤タイトルを引用しつつ、
ポップ・カルチャーと個人史をクロスオーバーさせるメタ視点の曲。
7. Why Should I Love You?
愛に対する反抗と諦念を描いた哀愁ポップ。
メロディは親しみやすいが、リリックは深くシニカル。
8. The Golden Work
アルバム後半の“霊的セクション”の入り口となるインストゥルメンタル。
神秘思想的な空気が漂う瞑想的トラック。
9. My Wanderings in the Weary Land
本作最大のハイライト。
ビート詩とロックが融合した10分に及ぶスポークン・ワード叙事詩であり、
マイク・スコットの“内なる放浪”をダイレクトに描いたマニフェスト。
語りと音が一体となり、“言葉の音楽”というコンセプトが極まる。
10. Postcard from the Celtic Dreamtime
ケルト神話と幻想文学を混ぜ合わせた詩的ナレーション。
タイトル通り、“夢の時間帯”からの手紙のような構成。
11. Good Luck, Seeker
アルバムのテーマを体現するタイトル・トラック。
探求者に向けての祝福と激励が込められた、語りとリズムによるスピリチュアル・スピーチ。
リスナーに直接語りかけるかのような親密さを持つ。
12. Beauty in Repetition
反復のなかに美を見出すという思想的ナンバー。
ミニマルなリズムの上に言葉が幾層にも重なり、
悟りのような感覚へとリスナーを導く終曲。
総評
『Good Luck, Seeker』は、The Waterboysというバンドが**“音楽そのものを詩と祈りの媒体として扱う”という実験を本格化させたアルバム**である。
過去作に見られたロックの高揚、ケルトの風、ブルースの泥、ソウルの光──
そのすべてがここでは、マイク・スコットの“声と言葉”という最小単位に還元されている。
この作品は、単なる“曲の集合体”ではない。
一冊の詩集であり、一晩の独白であり、心の内なる修道院で読まれる日記のようでもある。
スピリチュアルであるが宗教的ではなく、哲学的であるが難解ではない。
それは、すべての“探し続ける者”に向けた音の祝福なのだ。
おすすめアルバム
-
Nick Cave / Ghosteen
言葉と霊性が交差する現代的叙事詩。 -
Patti Smith / Trampin’
詩と祈りが一体となったスピリチュアル・ロックの結晶。 -
Laurie Anderson / Strange Angels
語りと音楽を融合させた芸術的ポップの代表作。 -
Van Morrison / Common One
ジャズ的構成と霊的探求が交錯する1980年の静寂の名作。 -
Kae Tempest / The Book of Traps and Lessons
現代英国のスポークン・ワードとポリティクスの革新者。
特筆すべき事項
- アルバムはデジタル・ビート、ストリングス、スポークン・ワード、サンプリングを大胆に融合させたThe Waterboys史上最も異色かつ詩的な作品である。
- 「My Wanderings in the Weary Land」は、2020年のパンデミック下にあって“内なる放浪”を象徴するアンセムとして、多くの共感を呼んだ。
- 本作以降、マイク・スコットは音楽制作を“詩の延長”として定義し直しており、The Waterboysの今後の方向性を決定づける節目の作品といえる。
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