アルバムレビュー：George Best by The Wedding Present

アルバムレビュー

2025.05.10

発売日: 1987年10月12日
ジャンル: インディー・ロック、ジングル・ジャングル・ポップ、ポストパンク

『George Best』は、The Wedding Presentが1987年にリリースしたデビュー・アルバムであり、
ロマンスと苛立ちが交錯する“失恋文学ロック”の金字塔として、インディー・ロック史に鮮烈な足跡を残している。
その疾走感、言葉の饒舌さ、そして感情の爆発と抑制が共存する演奏スタイルは、
のちのC86系ギターバンド、エモ、ベッドルーム・ポップにまで影響を与えることとなった。

タイトルの「George Best」は、実在のサッカー選手（北アイルランド出身の伝説的プレイヤー）にちなんでいるが、
アルバムの内容自体はほぼすべてが**“恋愛”と“その痛み”に特化された私小説的ロックであり、
フロントマンのデヴィッド・ゲッジの語るようなヴォーカルと猛烈なギター・ストローク**が、
内面のざわめきをリアルタイムで記録したかのように生々しく響く。

全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
特筆すべき事項
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全曲レビュー

1. Everyone Thinks He Looks Daft
恋人を失ったあと、彼女と新しい相手の様子を友人から知らされる皮肉な心情が描かれる。
「誰もが彼をダサいと思ってるよ」という一節に込められた嫉妬と負け惜しみが、
甘酸っぱくも痛烈な開幕を告げる。

2. What Did Your Last Servant Die Of?
苛立ちと欲求不満がリズムと歌詞に炸裂する高速チューン。
“皮肉な質問”をぶつけながら、感情がコントロール不能に向かっていくさまを描いている。

3. Don’t Be So Hard
相手を責めながらも、その口ぶりにはどこか自罰的な繊細さが滲む。
切り刻むようなギターが、自己嫌悪を形にしているようでもある。

4. A Million Miles
タイトル通り、“気持ちの距離”をめぐる関係の疎遠化を描くナンバー。
中盤でテンポが落ちる構成が、感情の落ち込みを視覚化しているかのよう。

5. All This and More
付き合いが終わっても、相手に未練をぶつけてしまう未成熟な心理がテーマ。
“まだ君を傷つけることだってできる”というセリフが生々しい。

6. My Favourite Dress
本作中のハイライトであり、失恋の普遍性と個人的記憶の結晶ともいえる名曲。
彼女のワンピースにまつわる記憶が、過去の幸福と現在の痛みを交錯させる。
演奏の爆発力が、その感情の揺れをさらに増幅する。

7. Shatner
俳優ウィリアム・シャトナーのように“誇張された演技”をモチーフに、
感情をうまく演じられない自己を皮肉る異色の短編。

8. Something and Nothing
終始ハイテンポなギターとドラムが止まらない曲。
“すべてがあるようで、何もない”という関係性の空虚さがテーマ。

9. It’s What You Want That Matters
自分の気持ちよりも、相手の望むことに翻弄されてしまう。
ゲッジの情けなさと誠実さのあいだを揺れる歌詞が光る。

10. Give My Love to Kevin
新しい恋人ケヴィンへの皮肉を込めた、過剰な優しさ＝執着の裏返し。
ヴォーカルの棒読みっぽさが、逆に感情の冷えた諦念を伝えてくる。

11. Anyone Can Make a Mistake
“間違えるのは誰にでもある”と自分に言い聞かせながらも、
実際はもう戻れないことを悟っている。
自己弁護の裏に滲む絶望が胸を打つ。

総評

『George Best』は、The Wedding Presentにとっての原点であり到達点とも言えるアルバムである。
そこには大仰な哲学も、高尚なコンセプトもない。
あるのはただ、小さな失恋、大きな後悔、過剰な言い訳、未練がましさ、そして叫びたくなるほどの感情。
それをひたすら早いテンポで、鋭く、時にぎこちなく吐き出すことで、
この作品は80年代インディー・ロックにおける孤高の“等身大ロマンス”を体現した。

このアルバムを聴くことは、
誰かとの別れのあとに夜道を歩く自分をそっと見つめ直すような行為であり、
ポップでも、クールでもないが、痛いほどリアルな体験なのだ。

特筆すべき事項

アルバムのカバーに登場するジョージ・ベスト本人は、バンドの大ファンだったわけではないが、
　その名と肖像の使用を快諾したとされている。
The Wedding Presentは、本作の成功後も数々の名盤を発表するが、
　本作における“即興性と誠実さのバランス”は、以後の作品にも色濃く残ることとなる。
アルバムは、BBCラジオやNMEなどで“最もリアルな恋愛ロックアルバム”として称賛され、
　その後のUKインディー・バンドに決定的な影響を与えた。