イントロダクション
スペイン北部、バスク地方の都市イルンから放たれた叫びは、やがてスカ、パンク、レゲエ、ダブを飲み込み、国境を軽々と越えた。
フェルミン・ムグルサは、政治的メッセージとダンスグルーヴを両立させる稀有なアーティストである。
ロック・ラディカル・バスクの旗手として八〇年代に頭角を現し、現在もなお多言語と多ジャンルを横断しながら、抑圧に抗うリズムを世界へ投射し続けている。
アーティストの背景と歴史
一九六三年、イルンに生まれたフェルミンは、フランコ独裁体制の残響が色濃い空気を吸って育った。
十代でパンクに出会い、一九八四年に兄イニゴらとスカ・パンクバンド Kortatu を結成。
バスク語、スペイン語、フランス語を自在に操りながら、警察暴力や民族抑圧を鋭く告発するそのサウンドは、地下シーンに瞬く間に拡散した。
Kortatu 解散後の一九九〇年、ムグルサは Negu Gorriak（バスク語で「氷の果実」の意）を結成。
ハードコアパンクにヒップホップやファンクを大胆に融合し、サンプリングと生音を行き来するミクスチャー・サウンドで国際的評価を集める。
一九九六年の Negu Gorriak 解散後はソロ名義へ移行し、ジャマイカや北アフリカのミュージシャンと共演しながら、反資本主義・反グローバリズムの姿勢をさらに強調してきた。
音楽スタイルと影響
ムグルサの楽曲は、スカの跳ねる裏打ち、パンクの攻撃性、レゲエ・ダブの深い残響を同時に抱える。
リディムは踊れるが、歌詞は鋭い。
サンプリングしたニュース音声やゲスト MC のバースを挿し込み、楽曲そのものをメディア空間と化す演出が特徴的だ。
影響源として彼がたびたび言及するのは、The Clash の政治的パンク魂、Bob Marley のレゲエ・スピリチュアリティ、Public Enemy のラディカルなサウンドコラージュ。
そこにバスクの民謡リズムやラテン音楽の打楽器を重ね、マイノリティの連帯を音で可視化する。
代表曲の解説
Sarri, Sarri
Kortatu 時代の代表曲で、バスク独立運動家を題材にしたスカ・パンクの名刺代わり。
ホーンセクションと高速ツーステップが高揚感を生み、一方で歌詞は囚人解放を訴える即時性に満ちている。
Gora Herria
Negu Gorriak の象徴曲。
ギターの重いリフとヒップホップ的スクラッチが衝突し、バスク語ラップが爆発する。
「民衆よ立ち上がれ」と叫ぶコーラスがライブでは大合唱となる。
FM (Euskal Herria Jolasten)
ソロ初期を代表するダブ・レゲエ路線の楽曲。
低音で揺れるベースに乗せ、メディアによる情報操作を痛烈に批判。
トースティングの応酬がダンスホールさながらの熱気を放つ。
Black is Beltza
同名アニメ映画のサウンドトラックより。
北アフリカの打楽器とブラスが絡み、アラビック・スケールのギターフレーズが亡命の哀愁を滲ませる。
国際連帯と反差別を掲げるムグルサの近年の視座を象徴する一曲である。
アルバムごとの進化
Kortatu（1985 〜 1988）
カセット録音のラフさとスカ・パンクの疾走感が同居。
若きムグルサの原点を刻む。
Negu Gorriak 期（1990 〜 1996）
ハードコア、ラップメタル、ファンクを雑食的に取り込み、サウンドとメッセージがともに拡張。
バスク語ロックを世界水準へ押し上げた。
Brigadistak Sound System（1999）
ソロ名義初作。
ダブエンジニア Mad Professor との共作で、低域を極限まで追求。
闘争と魂のレゲエを提示するターニングポイント。
Euskal Herria Jolasten (2000)
ヒップホップ色を強め、スペイン内外のラッパーを招集。
バスク問題をグローバルな抑圧構造へ拡大解釈し、批評家から高評価を得た。
Black is Beltza Soundtrack（2018）
自監督アニメ映画の伴奏として、北アフリカ、ラテン、ダブを横断。
映像と音を統合し、亡命者の視点を多声的に描き出す。
影響を受けたアーティストと文化
ムグルサはピストルズよりもクラッシュ派だと語る。
政治と踊りを同時に駆動させたジョー・ストラマーの精神は彼の内部で燃え続ける。
また、キング・タビーのダブ実験からサウンドの空間性を学び、バスク地方のベルチョラリ（即興詩）文化がリリックの語り口を支える。
影響を与えたシーンとアーティスト
スペイン語圏レゲエ・パンク勢（Che Sudaka、Los Chikos del Maíz など）はムグルサを先駆者として挙げる。
さらにラテンアメリカの反体制ラップ、アフリカ北部のデザート・ロックにも彼のダブ・メソッドが波及し、多様なマイノリティ音楽を結び付けるネットワークを形成した。
オリジナル要素
- ライブでの多言語 MC
バスク語、スペイン語、フランス語、英語を自在に切り替え、観客の出自を問わずメッセージを届ける。 - フィールドレコーディングの政治活用
抗議デモや街頭演説をサンプリングし、曲中でループさせることでリアルタイムの社会情勢を音に刻む。 - 文化交流拠点の設立
バルセロナにレーベル兼コミュニティスペース Talka Records & Films を設け、新人アーティストと社会運動家の交差点を運営。
まとめ
フェルミン・ムグルサは、音を武器に、リズムを結束の旗に、言葉を自由への航海図に変えてきた。
彼の楽曲に身を浸すとき、リスナーはバスクの山と海を越えて、世界中の抵抗と祝祭の現場へ招かれる。
耳と足を同時に動かすそのビートは、今日もなお境界を揺さぶり、新たな連帯の波を呼び寄せている。
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