
1. 歌詞の概要
「Sarri Sarri(サリ・サリ)」は、バスク出身のミュージシャン Fermin Muguruza(フェルミン・ムグルサ) が1985年に率いていたバンド Kortatu(コルタトゥ) によってリリースされた代表曲であり、後年のソロ活動でも繰り返し演奏されてきた、バスク音楽史における最重要プロテスト・ソングのひとつである。
タイトルの「Sarri」は、バスクの詩人・作家であり、ETA(バスク祖国と自由)関連で収監されていた Joseba Sarrionandia(ホセバ・サリオナンディア) の愛称であり、1985年に音楽家 Iñaki Pikabea とともに脱獄した事件に触発されて制作された。
つまりこの曲は、政治犯の脱獄を称え、国家に対する反骨と自由への希求を祝祭的に歌った、極めて政治的・象徴的な楽曲である。
リリックはバスク語とスペイン語が入り混じりながら、抑圧された者が壁を破る瞬間の高揚と解放感をラテンとスカのビートに乗せて響かせている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Sarri Sarri」が生まれた1985年は、スペインにおいてバスク独立運動が高まりつつある一方で、国家による強硬な弾圧も続いていた時代である。
その中でKortatuは、UKのスカパンクやジャマイカのレゲエ文化をバスクの反体制精神と融合させた、スペイン語圏初の“レベル・サウンド”の旗手として登場した。
この曲は、実際にビルバオの刑務所で音楽コンサートを開いたバンド Iñaki Salvadorのグループが、スピーカーの中にサリオナンディアらを隠して脱出させたという事件を祝うものであり、ラテン的ユーモアと怒りが同時に噴き出すプロテスト・アンセムとして、当時大きな話題を呼んだ。
フェルミン・ムグルサ自身はこの曲について、「自由を奪われた者が、自らの手で扉をこじ開けることの美しさを描きたかった」と語っている。
3. 歌詞の抜粋と和訳(意訳)
“Sarri Sarri, libre dago!”
「サリ・サリ、自由になった!」“Hesi guztiak salto egin”
「すべての障壁を飛び越えて」“Kartzelatik ihes egin du!”
「彼は牢屋から逃げ出した!」“Beldurra galdu dugu kaleetan!”
「俺たちは恐れを捨てた、路上にて!」
これらのフレーズは、抑圧からの解放、国家権力への痛烈な皮肉、そして大衆の団結と祝祭を象徴している。
言語の跳躍とリズムの爆発が相まって、政治的主張が“踊れる抵抗”へと変換されているのがこの曲の最大の魅力である。
4. 歌詞の考察
「Sarri Sarri」は、プロテストソングでありながらも“祝祭”のフォルムを取った点で画期的な作品である。
それまでの左派・民族運動における音楽は、比較的重く、説教的で、行進的であることが多かった。
しかしKortatuは、UKスカの軽快なリズムと、ラテンパンクの熱量を借りることで、“楽しさと反抗”を同時に響かせる新たな表現のスタイルを提示した。
その中心にあるのが、「Sarri Sarri」だ。
この曲に登場する“サリ”は、もちろん実在の人物だが、それ以上に、自由を希求する者たちのメタファーとして、永遠に響き続ける存在でもある。
“逃亡”というテーマは、単なる法的違反としてではなく、“国家による不正義に対して、人間の尊厳を取り戻す行為”として称揚されている。
また、後年フェルミンが再演するたびに、この曲はさまざまな文脈で意味を更新し続けてきた。
バスク問題に限らず、難民、収容、検閲、文化的抑圧の象徴として、「Sarri Sarri」は**“声なき者の逃走の歌”**として機能し続けているのである。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Police on My Back” by The Clash
逃亡者の視点から権力との緊張関係を描いたパンククラシック。 - “Guns of Brixton” by The Clash
国家暴力と階級抵抗を描いたレゲエ調パンクの金字塔。 - “Resistiré” by Barón Rojo
スペイン語圏における生き抜く者たちの抵抗歌。 - “Txus” by Negu Gorriak
フェルミンの次のバンドでの名曲。司法と報道をめぐる強烈な告発。 - “Get Up Stand Up” by Bob Marley & The Wailers
抑圧に対して立ち上がれと鼓舞する世界的プロテストアンセム。
6. “逃げる者”が“未来を開く者”になるとき——抵抗の祝祭としてのサウンド
「Sarri Sarri」は、抑圧された者が“逃げる”という行為を、反抗でも敗走でもなく、“新たな希望の表現”として描いた傑作である。
それは、壁を壊す音であり、
鉄格子の隙間からこぼれる笑い声であり、
国家が決して支配できない、“心の自由”の歌だ。
そしてその自由は、銃や法では奪えない。
なぜならそれは、言葉と音とリズムの中で、何度でも再生されるから。
フェルミン・ムグルサの音楽は、その“再生”の現場であり続けている。
「Sarri Sarri」は、今日もどこかで、
追われる者たちの足音と共に鳴り響いているのだ。
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