
発売日:2010年9月14日
ジャンル:サイケデリック・ポップ、インディー・ポップ、ファンク、グラム・ロック、エレクトロ・ポップ、ネオ・ソウル
概要
of Montrealの10作目にあたる『False Priest』は、Kevin Barnesを中心とするプロジェクトが、サイケデリック・ポップ、グラム・ロック、ファンク、R&B、エレクトロ・ポップを大胆に混ぜ合わせた、2010年代初頭のインディー・ポップを象徴する作品のひとつである。of Montrealは、1990年代後半から米国ジョージア州アセンズのElephant 6 Collective周辺で活動し、初期にはThe Beatles、The Kinks、The Beach Boys、Syd Barrett的な60年代ポップへの愛着を感じさせるローファイで奇想的な作品を発表していた。しかし、2000年代半ば以降、特に『Hissing Fauna, Are You the Destroyer?』(2007年)を境に、Barnesの音楽はよりエレクトロニックで、身体的で、演劇的な方向へ急速に変化していく。
『False Priest』は、その変化の先にあるアルバムである。前作『Skeletal Lamping』(2008年)が、断片的で過剰な構成、性の流動性、人格の分裂、グラム的な自己演出を極端な形で提示したのに対し、本作はそのカオスを保ちながらも、よりファンク/R&B寄りのグルーヴと、比較的明瞭なポップ・ソングの輪郭を持っている。つまり『False Priest』は、of Montrealの実験性とポップ性が、非常に派手で、濃密で、かつ聴きやすい形で交差した作品である。
タイトルの“False Priest”は、「偽りの司祭」「偽聖職者」と訳せる。ここには、宗教的権威への不信だけでなく、愛、性、自己像、芸術、快楽、アイデンティティをめぐる“信仰”そのものへの皮肉が含まれている。Kevin Barnesの歌詞では、恋愛や欲望はしばしば救済のように語られるが、同時に裏切り、自己欺瞞、ナルシシズム、権力関係の場でもある。『False Priest』という題名は、そうした愛と信仰の混同、欲望の神聖化、そしてそれが崩れていく瞬間を象徴している。
本作の音楽的な大きな特徴は、ファンクとR&Bの色彩が強いことである。Prince、Parliament-Funkadelic、David Bowie、Sly and the Family Stone、Stevie Wonder、さらにOutKast以降のアトランタ周辺のポップ感覚までを思わせるリズムと音色が、of Montreal特有のサイケデリックなアレンジと結びついている。ベースはよく動き、ドラムはダンサブルで、シンセサイザーは極彩色に広がる。ギターもロック的な推進力というより、ファンクのカッティングやグラム的な装飾として機能することが多い。
また本作では、Janelle MonáeとSolange Knowlesの参加が重要である。Janelle Monáeは「Enemy Gene」に、Solangeは「Sex Karma」に登場し、それぞれアルバムに異なる声と文脈をもたらしている。特にJanelle Monáeは、当時すでにアフロフューチャリズム、R&B、ファンク、SF的コンセプトを結びつけるアーティストとして注目されており、Kevin Barnesのサイケデリックな世界観と自然に響き合う。Solangeの参加も、of Montrealのインディー・ポップを、よりR&B的で官能的な場所へ接続する役割を果たしている。
歌詞の面では、恋愛の破綻、性的欲望、身体、嫉妬、支配、自己嫌悪、神への疑念、精神的混乱が、非常に饒舌で装飾的な言葉によって描かれる。Kevin Barnesの歌詞は、日記的な率直さというより、過剰な比喩、毒のあるユーモア、演劇的なキャラクター性、精神分析的な自己観察によって成り立っている。彼は自分を被害者としてだけ描かず、時に加害的で、滑稽で、自己中心的で、欲望に振り回される存在としても提示する。その複雑さが、of Montrealの作品に独特の不安定な魅力を与えている。
『False Priest』は、2010年代初頭のインディー・シーンにおいて、ギター・ロックの素朴さやローファイな親密さから離れ、よりブラック・ミュージック、エレクトロニック・ポップ、グラム、ディスコの語法を取り込む流れとも接続している。インディー・ポップが白人的なギター・バンドの枠から広がり、身体性、ダンス、R&B、セクシュアリティをより自由に扱うようになった時期の作品として、本作は重要な意味を持つ。
全曲レビュー
1. I Feel Ya’ Strutter
オープニング曲「I Feel Ya’ Strutter」は、『False Priest』の派手でファンキーな世界へ聴き手を一気に引き込む楽曲である。タイトルからして、身体の動き、自己演出、グルーヴへの自信が感じられる。“Strutter”という言葉には、気取って歩く人物、自分を見せつけるように動く人物というニュアンスがあり、本作全体に漂うグラム的な自己演出と強く結びついている。
サウンドは、ファンクの跳ねるリズムとサイケデリック・ポップの色彩感が融合している。ベースラインはしなやかに動き、ドラムはダンス・ミュージック的な軽さを持つ。シンセサイザーとギターは、楽曲を過剰に装飾しながらも、グルーヴの中心を崩さない。Kevin Barnesのヴォーカルは高く、しなやかで、時に芝居がかった調子を帯びる。ここでは彼の声もまた、楽器であり、キャラクターであり、欲望の表面でもある。
歌詞の面では、相手の身体性や態度に惹きつけられる感覚、そして自分自身もまた見られる存在として振る舞う感覚が描かれる。of Montrealの音楽では、恋愛や性は単なる個人的な感情ではなく、パフォーマンスの場でもある。人は愛する相手を見ると同時に、自分がどのように見られているかを意識する。この曲は、その視線のやり取りをダンス可能なポップとして表現している。
アルバム冒頭として、「I Feel Ya’ Strutter」は非常に機能的である。ここには、ファンク、グラム、サイケ、R&B、自己演出、性的緊張がすでにそろっている。『False Priest』が内省的なアルバムでありながら、同時に非常に肉体的な作品でもあることを示す一曲である。
2. Our Riotous Defects
「Our Riotous Defects」は、タイトルが示す通り、欠点、混乱、関係性の破綻をめぐる楽曲である。“Riotous”には騒々しい、暴動のような、手に負えないという意味があり、“Defects”は欠陥や欠点を指す。つまりこの曲は、恋愛や人間関係の中で互いの欠点が暴れ出すような状態を描いている。
音楽的には、明るく弾むようなファンク・ポップの形を取りながら、歌詞にはかなり辛辣な感情が含まれている。この落差はof Montrealの重要な特徴である。サウンドはカラフルで踊れるが、その中で歌われているのは、嫉妬、不満、自己弁護、相手への批判、関係の崩壊である。ポップな音の表面と、歌詞の毒がぶつかることで、曲に独特の緊張が生まれている。
歌詞は、恋愛関係における相互の欠陥を扱っている。Kevin Barnesは、相手を責めるだけでなく、自分自身の歪みや未熟さも同時に露出させる。of Montrealの歌詞は、自己告白でありながら、完全な反省にはならない。むしろ、自己嫌悪とナルシシズムが同時に動いている。そのため、語り手は信用できる人物でありながら、同時に非常に疑わしい人物でもある。
「Our Riotous Defects」は、『False Priest』のテーマである愛の不安定さを分かりやすく示す曲である。人は相手を愛しているつもりでも、自分の欠陥を相手に投影し、相手の欠点を過剰に拡大してしまう。この曲は、その騒々しい心理劇を、明るいファンクの衣装で包んでいる。
3. Coquet Coquette
「Coquet Coquette」は、本作の中でも特にロック的な鋭さを持つ楽曲である。タイトルは、誘惑する人物、気まぐれに人を惹きつける人物を意味する“coquette”を重ねたような言葉であり、恋愛における魅惑と操作、欲望と危険が中心にある。of Montrealらしい言葉遊びと、性的・心理的な駆け引きが凝縮されたタイトルである。
音楽的には、ファンク色の強い曲が多い本作の中で、比較的ギター・ロックの推進力が際立つ。リフは鋭く、リズムはタイトで、曲全体に攻撃的なエネルギーがある。Kevin Barnesのヴォーカルも、ここではより挑発的で、相手に向けられた怒りや苛立ちを帯びている。グラム・ロック的な派手さと、インディー・ロックの硬さが結びついた楽曲といえる。
歌詞では、誘惑的で、同時に破壊的な人物への視線が描かれる。相手は魅力的だが、その魅力は安全なものではない。惹かれるほどに自分が傷つけられる、あるいは相手を支配したいという欲望が露出する。of Montrealの恋愛表現では、愛と支配、欲望と嫌悪がしばしば分離できないものとして描かれるが、この曲はその典型である。
「Coquet Coquette」は、本作の中で最も即効性のあるロック・ナンバーのひとつであり、アルバムに鋭い輪郭を与えている。ファンクとサイケの華やかさだけでなく、of Montrealが持つ毒のあるギター・ポップとしての側面を示す重要曲である。
4. Godly Intersex
「Godly Intersex」は、タイトルからして非常にof Montrealらしい、宗教性、身体性、ジェンダーの流動性が交差する楽曲である。“Godly”は神的な、神聖なという意味を持ち、“Intersex”は生物学的な性の二元性を揺さぶる言葉である。この組み合わせは、性と神聖さ、身体とアイデンティティ、欲望と宗教的象徴を結びつけている。
音楽的には、ファンクとサイケデリック・ポップが混ざり合い、非常にカラフルで変化に富んでいる。リズムはダンサブルだが、曲の展開には予測しにくい変化があり、単純なグルーヴだけには収まらない。シンセサイザーやコーラスの使い方には、PrinceやParliament-Funkadelic的な過剰さが感じられる一方、of Montreal特有の神経質なポップ感覚も強く残っている。
歌詞のテーマは、性の境界、神聖化された身体、自己の多重性であると考えられる。Kevin Barnesは、過去作でもGeorgie Fruitという別人格を通じて、性別、人格、欲望の境界を揺さぶってきた。「Godly Intersex」は、その延長線上にある曲であり、性を固定された属性としてではなく、変化し続けるパフォーマンスや神話として扱っている。
この曲では、宗教的な言葉が必ずしも信仰を意味しない。むしろ、欲望や身体を神聖なもののように扱う一方で、その神聖さが偽物である可能性も示される。『False Priest』というアルバム・タイトルと照らすと、この曲は、性と信仰をめぐる偽の聖性を華やかに暴き出す楽曲といえる。
5. Enemy Gene feat. Janelle Monáe
「Enemy Gene」は、Janelle Monáeをフィーチャーした、本作の中でも特に重要な楽曲である。タイトルは「敵の遺伝子」と訳せる。ここには、自己の内部にある敵対的な要素、自分を破壊する衝動、あるいは関係性の中で受け継がれる欠陥のようなイメージが含まれる。遺伝子という科学的な言葉を使うことで、心理的な葛藤が身体や生物学のレベルにまで拡張されている。
サウンドは、ファンク、R&B、エレクトロ・ポップが洗練された形で結びついている。Janelle Monáeの声は、Kevin Barnesのやや神経質で演劇的な声と対照的に、しなやかで力強く、曲に別の重心を与えている。MonáeはアフロフューチャリズムやSF的なコンセプトを自らの作品でも展開してきたアーティストであり、of Montrealのサイケデリックで身体的な世界と非常に相性がよい。
歌詞では、自己の内部に存在する破壊的な要素、あるいは相手との関係に持ち込まれる不穏な性質が描かれる。敵は外部にいるだけではなく、自分の中にもある。恋愛や信仰、自己表現の場で、人はしばしば自分自身の“敵の遺伝子”に振り回される。Janelle Monáeの参加によって、このテーマは単なる個人的な悩みではなく、より広い身体性や未来的な自己像へと広がっている。
「Enemy Gene」は、『False Priest』の中で最も完成度の高いコラボレーションのひとつである。of Montrealの過剰なポップ感覚とMonáeのR&B/ファンク的な強さが結びつき、アルバムのコンセプトである偽の聖性、自己内部の葛藤、欲望の遺伝子を鮮やかに表現している。
6. Hydra Fancies
「Hydra Fancies」は、神話的なイメージと欲望の多頭性を連想させる楽曲である。Hydraはギリシャ神話に登場する多頭の怪物で、ひとつの頭を切ると別の頭が生える存在として知られる。ここでの“Fancies”は空想、気まぐれな欲望、性的・感情的な興味を示す。つまりタイトルは、切っても切っても増殖する欲望や幻想を暗示している。
音楽的には、比較的軽やかでメロディアスなポップ性を持つが、アレンジには細かな装飾が多く、単純なポップ・ソングにはならない。ベースやシンセの動きはしなやかで、曲全体に浮遊感がある。of Montrealのサイケデリック・ポップ的な側面が強く出ており、ファンクのグルーヴと夢見がちな旋律が自然に混ざっている。
歌詞では、欲望が単一の対象へ向かわず、複数に分裂し、増殖していく感覚が描かれる。愛や性は整理されたものではなく、しばしば矛盾した空想や衝動として現れる。Hydraという比喩は、その制御不能な性質をよく表している。ひとつの欲望を抑えても、また別の欲望が生まれる。Kevin Barnesの歌詞世界において、この増殖する欲望は創造力の源でもあり、自己破壊の原因でもある。
「Hydra Fancies」は、アルバムの中で比較的柔らかい印象を持ちながら、テーマとしては非常にof Montrealらしい複雑さを備えている。神話、性、空想、ポップなメロディが一体となった、サイケデリックな中盤曲である。
7. Like a Tourist
「Like a Tourist」は、タイトルが示す通り、観光客のように世界や人間関係を眺める感覚を扱った楽曲である。観光客とは、場所に一時的に滞在し、表面を観察し、完全にはそこに属さない存在である。この比喩は、of Montrealの歌詞における疎外感や自己演出の問題とよく結びつく。
サウンドは、ファンキーで軽快な要素を持ちながらも、どこか落ち着かない。リズムは身体を動かすが、歌詞の語り手は世界に深く入り込めず、観察者として漂っているように感じられる。このズレが曲の魅力である。踊れる音楽でありながら、その中心には居場所のなさがある。
歌詞では、自分の人生や恋愛、都市、他者の感情に対して、観光客のように距離を取ってしまう感覚が描かれる。これは現代的な疎外感である。多くの経験をしているようで、実際には何にも深く関わっていない。見ているだけ、通り過ぎるだけ、写真を撮るだけ。そうした表面的な関与への不安が、この曲の背景にある。
「Like a Tourist」は、『False Priest』の中で自己と世界の距離をテーマにした重要曲である。欲望や愛にまみれたアルバムでありながら、語り手はしばしば当事者であることから逃げ、観察者になろうとする。その矛盾が、of Montrealの作品に独特の神経質な魅力を与えている。
8. Sex Karma feat. Solange Knowles
「Sex Karma」は、Solange Knowlesをフィーチャーした楽曲であり、本作の中でも特に官能的でR&B色の強いトラックである。タイトルは、性と因果、欲望の結果、身体的な関係がもたらす心理的・倫理的な反作用を示している。of Montrealの作品において、性は快楽であると同時に、罪悪感、権力、自己認識の崩れを伴うものとして描かれる。
サウンドは滑らかで、ファンクとR&Bのグルーヴが前面に出る。Solangeの声は、Kevin Barnesの派手で不安定な歌唱に対して、よりしなやかでクールな質感をもたらしている。二人の声の組み合わせは、欲望の対話として機能しており、単なるゲスト参加以上の意味を持つ。
歌詞では、性的関係がもたらす引力と反動が描かれる。欲望は自由に見えるが、実際には相手との力関係や過去の行動、感情的な負債を伴う。つまり、性にも“カルマ”がある。身体的な快楽は、その場限りでは終わらず、記憶や罪悪感、執着として戻ってくる。このテーマは、『False Priest』全体の偽りの神聖さとも結びつく。性は救済のように見えるが、同時に新たな混乱を生む。
「Sex Karma」は、アルバム中のコラボレーション曲として非常に重要である。Solangeの参加によって、of Montrealのインディー・ポップはよりR&B的な官能性を獲得し、Kevin Barnesの過剰な世界が別の声によって引き締められている。
9. Girl Named Hello
「Girl Named Hello」は、タイトルからして奇妙で、日常的な挨拶が人物名のように扱われている。これはof Montrealらしい言葉遊びであり、出会い、関係の始まり、他者への呼びかけが、どこか人工的で演劇的なものとして提示されている。名前が“Hello”である少女とは、常に始まりの瞬間にいる存在であり、同時に実体をつかみにくい存在でもある。
音楽的には、明るくポップなメロディと、細かなアレンジが特徴である。曲には遊び心があり、アルバムの中でも比較的軽快に聴こえる。しかし、of Montrealの軽さは常に不安定であり、ポップな表面の下には、相手を対象化する視線や、関係の非現実性が潜んでいる。
歌詞では、魅力的だが実体の曖昧な人物への視線が描かれる。相手は本当に存在する人物というより、語り手の欲望や幻想が作り出したキャラクターのようにも感じられる。of Montrealのラヴ・ソングでは、相手はしばしば実在の個人であると同時に、語り手の内面を映すスクリーンでもある。この曲の“Hello”という名前は、その記号性を強調している。
「Girl Named Hello」は、アルバムの中でポップな遊び心を担う曲である。しかし、その奥には、他者を本当に理解することの難しさ、恋愛が記号やファンタジーに変わってしまう危うさがある。明るい曲調の中に、of Montreal特有の不気味さが潜む一曲である。
10. Famine Affair
「Famine Affair」は、本作の中でも特に印象的なタイトルを持つ楽曲である。“Famine”は飢饉、欠乏を意味し、“Affair”は恋愛関係や不倫、事件を意味する。つまりこのタイトルは、愛や欲望の関係が、満たされない飢えとして存在していることを示している。of Montrealの歌詞世界において、恋愛はしばしば栄養や救済のように求められるが、実際にはさらに空腹を深めるものでもある。
音楽的には、メロディアスで疾走感があり、アルバムの中でも比較的ポップな完成度が高い。シンセサイザーとギター、リズムの組み合わせが軽快で、サビには明快なフックがある。しかし、歌詞のテーマは明るくない。欠乏感、不均衡な関係、愛されたいという欲望が、ポップな形式の中で燃えている。
歌詞では、相手との関係が満たされないまま続いていく感覚が描かれる。愛情を求めるほど飢えが深まり、関係そのものが消耗の場になる。これはof Montrealが繰り返し扱ってきたテーマであり、快楽と苦痛、愛と自己破壊が分かちがたく結びついている。
「Famine Affair」は、『False Priest』の中でもシングル的な魅力を持つ楽曲でありながら、アルバムの核心にある欠乏感をよく表している。踊れるポップ・ソングとして機能しつつ、歌詞では愛の飢餓状態を描く。この二重性が、of Montrealの優れたポップ感覚を示している。
11. Casualty of You
「Casualty of You」は、タイトルからして、恋愛関係の被害者、相手によって傷つけられた存在を意味する楽曲である。“Casualty”は戦争や事故の犠牲者を指す言葉であり、恋愛を戦場のように捉える比喩が使われている。of Montrealの作品では、愛はしばしば甘美なものではなく、心理的な損傷をもたらす場として描かれる。
サウンドは、比較的抑制されたトーンを持ちながら、細かなアレンジによって感情の複雑さを表現している。アルバムの派手なファンク曲に比べると、ここではやや内省的な雰囲気が強い。Kevin Barnesのヴォーカルも、完全に感情を爆発させるのではなく、傷ついた自己を観察するように響く。
歌詞では、相手との関係によって自分が損なわれていく感覚が描かれる。ただし、語り手は単純な被害者としては描かれない。of Montrealの歌詞では、被害者意識の中にも自己演出やナルシシズムが混ざることが多い。この曲でも、「君の犠牲者である」という言葉は、痛みの表明であると同時に、相手との関係を劇的に意味づける行為でもある。
「Casualty of You」は、アルバム後半において、欲望の祝祭から関係の損傷へと視点を移す重要な曲である。『False Priest』のきらびやかな表面の奥にある、感情的な傷の存在をはっきりと示している。
12. Around the Way
「Around the Way」は、タイトルからして、近所、周辺、日常の移動、身近な人間関係を連想させる楽曲である。『False Priest』の中では、神話的・宗教的・性的・宇宙的な言葉が多く登場するが、この曲ではやや地上に戻ったような感覚がある。ただし、of Montrealにおける日常は、決して安定した場所ではない。
音楽的には、リズムが軽く、ファンク/ポップ的な親しみやすさがある。ベースとドラムはしなやかに動き、曲全体に開放感を与えている。アルバム後半に置かれることで、重くなりがちな感情を少し外へ開く役割も担っている。
歌詞では、身近な場所や関係の中で生じる欲望、記憶、すれ違いが描かれる。遠い神話や宗教の比喩ではなく、日常圏の中でも人間の感情は十分に複雑である。of Montrealは、身近な場所を単なる安心の場として描かず、むしろ欲望や不安が循環する場所として扱う。
「Around the Way」は、アルバムの中で比較的軽やかな曲だが、単なる気分転換ではない。神聖さや壮大な比喩から少し離れ、日常の中で繰り返される感情の混乱を描くことで、『False Priest』の世界をより現実的な場所へ接続している。
13. You Do Mutilate?
ラスト曲「You Do Mutilate?」は、アルバムを不穏で奇妙な余韻の中に閉じる楽曲である。タイトルは文法的にも少し不自然で、「君は傷つけるのか?」「君は切り刻むのか?」といった意味を持つ。“Mutilate”という言葉は非常に暴力的で、身体や自己像の損傷を連想させる。最後にこの言葉が置かれることで、アルバム全体の快楽と傷の関係が改めて浮かび上がる。
音楽的には、of Montrealらしく複数の展開を含み、単純な終曲にはならない。ポップな要素、ファンクの残響、サイケデリックな変化、演劇的なヴォーカルが入り混じる。アルバムの最後でありながら、きれいに整理された結論ではなく、むしろ混乱が続いているような印象を与える。
歌詞では、自己破壊、相手による損傷、愛によって変形させられる感覚が描かれる。mutilationは身体的な暴力を意味するが、ここでは心理的な変形や、関係性によって自己が切り刻まれる感覚としても読める。『False Priest』全体で描かれてきた愛、性、信仰、欠乏、カルマは、最終的に自己の損傷というテーマへたどり着く。
「You Do Mutilate?」は、アルバムの終曲として、救済ではなく不安定な問いを残す。偽の司祭が提示する救いは本物ではなく、愛や欲望も完全な治癒にはならない。むしろ、それらは人を変形させ、傷つけ、なおも踊らせ続ける。この不気味な結論が、『False Priest』らしい終わり方である。
総評
『False Priest』は、of Montrealのディスコグラフィの中でも、ファンク、R&B、サイケデリック・ポップ、グラム・ロックが最も華やかに結びついた作品のひとつである。初期のローファイな60年代ポップ趣味から出発したバンドが、ここではPrinceやParliament-Funkadelic、David Bowie、ネオ・ソウル、エレクトロ・ポップを取り込み、非常にカラフルで身体的なアルバムを作り上げている。
本作の魅力は、音楽の明るさと歌詞の暗さの落差にある。サウンドは踊れる。ベースはよく動き、リズムは軽快で、シンセサイザーは鮮やかに鳴る。しかし、歌詞では恋愛の破綻、性的な不安、自己嫌悪、嫉妬、欠乏、相手への依存、自己の損傷が繰り返し描かれる。of Montrealは、悲しみを暗い音で表現するのではなく、むしろ派手なファンクとポップの装飾によって、その悲しみをより奇妙で不安定なものにしている。
アルバム・タイトルの『False Priest』は、この作品全体を読み解く鍵である。ここでの“偽の司祭”とは、宗教的な権威だけではない。恋愛を救済のように語る自己、性を神聖化する欲望、芸術によって自分を癒せると信じるナルシシズム、ポップ・ミュージックそのものが持つ一時的な恍惚もまた、偽の司祭になり得る。本作は、そうした偽の救済を華やかに演じながら、その虚しさも同時に暴いている。
Kevin Barnesのソングライティングは、本作でも非常に過剰である。メロディは次々に変化し、言葉は詰め込まれ、比喩は神話、宗教、身体、科学、性へ飛び回る。しかし『Skeletal Lamping』ほど断片的に崩壊しているわけではなく、『False Priest』では比較的ポップ・ソングとしての輪郭が保たれている。そのため、本作はof Montrealの実験性と聴きやすさが、かなり高い水準で両立したアルバムといえる。
Janelle MonáeとSolange Knowlesの参加も、本作を特別なものにしている。彼女たちの声は、Kevin Barnesの閉じた演劇的世界に外部の空気を持ち込み、R&Bやファンクの文脈をより明確にする。特に「Enemy Gene」では、Monáeの存在によって、of Montrealのサイケデリックな自己分裂が、アフロフューチャリズム的な身体性と接続される。「Sex Karma」では、Solangeの声が曲に官能性と冷静さを加え、Barnesの過剰な表現を引き締めている。
音楽史的には、『False Priest』は2010年前後のインディー・ポップが、R&B、ファンク、ダンス・ミュージック、グラム的な演劇性を取り込みながら変化していく流れの中に位置づけられる。当時のインディー・シーンでは、ギター・ロックの素朴な autenticity だけでなく、身体性、セクシュアリティ、人工的な音色、ジャンル横断性が重要になりつつあった。of Montrealはその中でも、特に派手で毒のある形でこの変化を体現した存在である。
日本のリスナーにとって本作は、単なるインディー・ポップとして聴くよりも、Prince以降のファンク・ポップ、David Bowie的なグラムの自己演出、Talking Heads的な白人ファンクの神経質さ、Janelle Monáe周辺の未来的R&Bと並べて聴くと理解しやすい。メロディはキャッチーだが、歌詞はかなり屈折しており、音は明るいが、感情は不安定である。この複雑さを楽しめるかどうかが、本作への入り口になる。
『False Priest』は、of Montrealが快楽と破綻、ファンクと神経症、ポップと自己解体を同時に鳴らしたアルバムである。救いを求めながら、その救いが偽物であることを知っている。愛を神聖化しながら、その愛が自己を傷つけることも理解している。踊れる音楽でありながら、そのダンスは安らぎではなく、不安を振り払うための儀式に近い。そうした意味で、本作はof Montrealの中でも非常に濃密で、華やかで、危うい魅力を放つ作品である。
おすすめアルバム
1. of Montreal – Hissing Fauna, Are You the Destroyer?(2007年)
of Montrealの代表作であり、Kevin Barnesの私的な崩壊、エレクトロ・ポップ、サイケデリック・ファンク、別人格Georgie Fruitの登場が結びついた重要作。『False Priest』の華やかなファンク路線を理解するうえで、その心理的・音楽的な前段階として欠かせない一枚である。
2. of Montreal – Skeletal Lamping(2008年)
『False Priest』直前の作品で、より断片的で過剰な構成、性の流動性、人格の変化が前面に出ている。聴きやすさでは『False Priest』に譲るが、Kevin Barnesのグラム的な自己解体とサイケデリックな編集感覚を知るうえで重要なアルバムである。
3. Prince – Sign o’ the Times(1987年)
ファンク、ポップ、ロック、ソウル、性的な歌詞、社会的視点を自在に横断したPrinceの傑作。『False Priest』のファンク的な身体性、ハイトーン・ヴォーカル、欲望と精神性の混合を理解するうえで重要な関連作である。
4. Janelle Monáe – The ArchAndroid(2010年)
『False Priest』にも参加したJanelle Monáeの代表作。R&B、ファンク、ソウル、ロック、SF的コンセプト、アフロフューチャリズムが壮大に融合している。of Montrealのカラフルなサイケデリアと比較することで、2010年前後のジャンル横断的なポップの広がりを理解できる。
5. David Bowie – Diamond Dogs(1974年)
グラム・ロック、ディストピア的な物語、自己演出、セクシュアリティ、演劇性が結びついたBowieの重要作。Kevin Barnesのキャラクター性や、ポップ・スターを演じながら自己を解体していく姿勢と深く響き合う。『False Priest』のグラム的な側面を掘り下げるために有効な作品である。

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