
発売日:2018年3月9日
ジャンル:インディー・ポップ/サイケデリック・ポップ/シンセポップ/ダンス・ポップ/アート・ポップ/エレクトロ・ファンク
概要
of MontrealのWhite Is Relic/Irrealis Moodは、Kevin Barnes率いるプロジェクトが、2010年代後半における自己変容、性的アイデンティティ、身体感覚、幻想、ダンス・ミュージックの記憶を結びつけたアルバムである。of Montrealは1990年代後半、Elephant 6周辺のサイケデリック・ポップ/インディー・ポップの文脈から登場したが、2000年代中盤以降は、グラム・ロック、ファンク、エレクトロ、ディスコ、R&B、アート・ポップ、演劇的なキャラクター表現を取り込みながら、非常に多面的な作品群を作ってきた。
特に2007年のHissing Fauna, Are You the Destroyer?は、Kevin Barnesの精神的崩壊、自己分裂、グラム・ファンク的なサウンドが結びついた決定的作品であり、of Montrealのキャリアにおける大きな転換点だった。その後の作品では、より過剰なファンク、サイケデリア、ジェンダー表現、性的な言語、内面の混乱が入り混じるようになった。White Is Relic/Irrealis Moodは、その延長線上にありながら、サウンド面では1980年代後半から1990年代初頭のダンス・ミュージック、ハウス、シンセポップ、ニュー・ウェイヴ的な質感を強く取り入れている。
本作の特徴は、収録曲が6曲と少ない一方で、それぞれが長めの構成を持ち、複数のタイトルをスラッシュで連結したような形になっている点である。これは単なる曲名の奇抜さではなく、楽曲内で複数の感情や人格、場面が並走するof Montrealらしい構造を反映している。ひとつの曲が、ひとつの安定した感情を表すのではなく、欲望、記憶、不安、身体、幻想、哲学的な思考が次々に姿を変えながら進む。アルバム全体は、ダンスフロアで身体を揺らしているようでありながら、同時に頭の中では過剰な自己分析が続いているような作品である。
タイトルのWhite Is Relic/Irrealis Moodも象徴的である。「White Is Relic」は、白さ、制度、過去の支配的価値観、あるいは固定されたアイデンティティが遺物化していく感覚を示しているように読める。一方の「Irrealis Mood」は、文法用語としては現実ではないこと、仮定、願望、可能性、非現実の気分を示す。つまり本作は、現実に固定された自己や社会的な枠組みから離れ、仮定法的な存在、別の身体、別の欲望、別の現実へ向かうアルバムである。
音楽的には、過去のof Montreal作品に比べてビートが滑らかで、ダンス・ミュージックとしての機能が強い。シンセサイザー、エレクトロ・ファンク的なベース、人工的なドラム、煌びやかな音色が前面に出ており、ギター・ロック的な質感は控えめである。しかし、ただ踊りやすい作品ではない。リズムは快楽的だが、歌詞はしばしば不安定で、身体への違和感、偏執的な思考、自己像の崩壊、他者との関係の失敗を扱う。明るく鳴るシンセの裏側に、神経症的な自己認識が貼りついている。
Kevin Barnesの歌詞は、非常に文学的で、哲学的で、同時に露骨である。美術、精神分析、ジェンダー、セクシュアリティ、身体、政治、自己嫌悪が、ポップ・ソングの中へ圧縮される。本作でも、タイトルからして「Sophie Calle」「Body Dysmorphia」「Orgone」「Irrealis」など、芸術・身体・心理・思想に関わる語彙が多く登場する。of Montrealの音楽では、ポップなメロディは単なる親しみやすさのためではなく、複雑で時に不穏な内面を運ぶための器である。
日本のリスナーにとって、本作はof Montrealの中でも比較的ダンサブルで入りやすい一方、歌詞や曲名の密度はかなり高い作品である。MGMT、Prince、Talking Heads、Pet Shop Boys、David Bowie、LCD Soundsystem、Scissor Sisters、あるいは80年代のシンセ・ファンクに親しんでいるリスナーには、サウンド面での接点が見つかりやすい。ただし、of Montreal特有の過剰な自己演出と神経症的な言葉の洪水により、単なるレトロ・ダンス・ポップにはならない。快楽と不安、人工性と身体性、ポップと知性が複雑に絡み合うアルバムである。
全曲レビュー
1. Soft Music/Juno Portraits of the Jovian Sky
「Soft Music/Juno Portraits of the Jovian Sky」は、アルバムの冒頭を飾る長尺曲であり、本作の方向性を明確に示す楽曲である。タイトルは二部構成のように見え、「Soft Music」は柔らかな音楽、親密な音、あるいは感情を和らげる音楽を連想させる。一方の「Juno Portraits of the Jovian Sky」は、木星探査機Junoや木星の空を思わせる宇宙的なイメージを含んでいる。身近な柔らかさと巨大な宇宙的視野が同居するタイトルである。
音楽的には、シンセサイザーを中心とした滑らかなダンス・ポップとして始まり、1980年代的なエレクトロ・ファンクやシンセポップの感触が強い。ビートは軽快で、ベースラインは身体を動かす力を持っている。しかし、曲は単純なクラブ・トラックとして反復するだけではなく、細かな展開や音色の変化によって、of Montrealらしいサイケデリックな浮遊感を作る。
歌詞のテーマは、愛、幻想、自己演出、そして現実から少しずれた感覚である。Kevin Barnesの歌詞では、恋愛や欲望は決して安定した親密さとして描かれない。相手を求めることは、自分自身を別のキャラクターへ変えることでもあり、関係の中で自己像が分裂していくことでもある。この曲でも、柔らかな音楽の表面の下に、自己の輪郭が曖昧になっていく感覚が流れている。
JunoやJovian Skyという宇宙的なイメージは、個人の感情を巨大なスケールへ拡張する役割を果たしている。of Montrealの音楽では、非常に私的な心理状態が、突然宇宙、神話、アート、政治の言葉へ飛躍することがある。この曲もその典型であり、ダンス・ポップの快楽の中に、自己と世界の関係を大げさなほど拡張する想像力がある。
アルバム冒頭曲として、この楽曲は非常に効果的である。聴き手はすぐに本作の踊れる質感に引き込まれるが、同時に曲名や歌詞の過剰さによって、単純な快楽だけでは済まないことを知らされる。White Is Relic/Irrealis Moodは、身体を動かすアルバムでありながら、頭の中では絶えず意味が増殖していく作品である。
2. Paranoiac Intervals/Body Dysmorphia
「Paranoiac Intervals/Body Dysmorphia」は、本作の中でも特にテーマの鋭さが際立つ楽曲である。タイトル前半の「Paranoiac Intervals」は、偏執的な間隔、あるいは妄想的な時間の切れ目を意味するように読める。後半の「Body Dysmorphia」は、身体醜形障害や身体への強い違和感を想起させる言葉である。of Montrealが長年扱ってきた身体、自己像、ジェンダー、欲望の問題が、非常に直接的にタイトルへ表れている。
音楽的には、グルーヴは明るく、シンセとビートはダンサブルである。しかし、歌詞の内容は身体への不信、自己像の歪み、他者の視線への過敏さに満ちている。この明るい音と苦しいテーマの対比が、楽曲の核心である。踊れる音楽であるにもかかわらず、その身体は自分にとって安定したものではない。むしろ、踊る身体そのものが不安の場所になる。
Kevin Barnesの表現において、身体はしばしば変形し、演じられ、観察され、嫌悪され、欲望される。身体は自己の器であると同時に、他者から見られる対象であり、社会的な規範によって評価されるものでもある。「Body Dysmorphia」という言葉が示すように、ここでは自分の身体を自分のものとして自然に受け入れられない感覚が中心にある。
一方で、曲はその不安を沈痛なバラードとしてではなく、華やかなエレクトロ・ポップとして処理する。これは非常にof Montrealらしい手法である。痛みを暗い音楽に閉じ込めるのではなく、あえて派手で人工的なサウンドへ変換することで、自己の不安定さを演劇的に拡張する。悲しみを踊らせ、不安を光らせるのである。
この曲は、アルバムの中心的なテーマを示している。White Is Relic/Irrealis Moodにおける「非現実の気分」は、単なる幻想ではない。自分の身体や自己像が現実として固定されず、常に別のものへずれていく感覚である。「Paranoiac Intervals/Body Dysmorphia」は、その心理的な不安をダンス・ミュージックとして表現した重要曲である。
3. Writing the Circles/Orgone Tropics
「Writing the Circles/Orgone Tropics」は、of Montrealらしい神秘的で知的な言葉の組み合わせを持つ楽曲である。「Writing the Circles」は、円を書くこと、円環を描くこと、あるいは同じ思考を反復することを示すように読める。「Orgone」は、Wilhelm Reichが提唱した生命エネルギー概念を連想させる語であり、「Tropics」は熱帯、湿度、身体的な熱、過剰な生命力を思わせる。タイトルだけで、反復、身体エネルギー、精神分析的な奇妙さ、異国的な熱気が立ち上がる。
音楽的には、リズムの滑らかさとシンセの色彩感が印象的である。曲はダンス・ポップとして機能しながらも、構成にはof Montreal特有の屈折がある。単純にヴァースとサビを往復するのではなく、音の配置やメロディの角度によって、聴き手を少し不安定な状態に置く。身体は踊れるが、頭はどこか迷路に入る。
歌詞のテーマは、欲望の反復、思考の循環、身体的エネルギー、精神と肉体の接点として読むことができる。円を書くという行為は、前進ではなく循環である。Kevin Barnesの歌詞世界では、自己分析はしばしば解決へ向かわず、同じ問いを別の言葉で何度もなぞる。恋愛、身体、ジェンダー、政治、芸術への思考は、直線的な結論ではなく、円を描くように戻ってくる。
「Orgone Tropics」という言葉は、身体の中のエネルギーや性的な力を、熱帯的な過剰さとして表すように響く。of Montrealの音楽では、性的な言葉や身体的なイメージがしばしばポップな装飾ではなく、自己変容の中心になる。この曲でも、欲望は単なる快楽ではなく、自己の境界を曖昧にする力として扱われている。
本曲は、アルバムの中でも特にサイケデリックな思考性を感じさせる。ダンス・ミュージックの表面を持ちながら、その内側では精神分析、身体論、神秘思想、恋愛の混乱が渦を巻いている。of Montrealが単なるインディー・ポップ・バンドではなく、ポップの形式を使って過剰な思想と身体感覚を表現するプロジェクトであることを示す楽曲である。
4. Plateau Phase/No Careerism No Corruption
「Plateau Phase/No Careerism No Corruption」は、アルバムの中でも社会的・倫理的な視点が強く感じられる楽曲である。「Plateau Phase」は、高原状態、停滞期、変化が一時的に止まる段階を意味するように読める。一方で「No Careerism No Corruption」は、キャリア主義も腐敗もない、という宣言的な言葉である。芸術、成功、制度、音楽業界への批評がタイトルから浮かび上がる。
音楽的には、エレクトロ・ファンク的なグルーヴとシンセポップの明るさがあり、聴きやすい。だが、歌詞やタイトルが示す内容は軽くない。of Montrealは長年、インディー・シーンとアート・ポップの境界で活動してきたが、そこには常に商業性、自己表現、キャリア形成、芸術的純粋性をめぐる緊張がある。この曲は、その緊張をかなり直接的に扱っている。
「No Careerism No Corruption」という言葉は、理想主義的な宣言であると同時に、皮肉にも聞こえる。音楽やアートの世界で、キャリア意識や腐敗から完全に自由でいることは難しい。成功を求めれば制度に関わらざるを得ず、制度に関われば何かが損なわれる可能性がある。Kevin Barnesは、その矛盾を完全に解決するのではなく、ポップ・ソングの中で露出させる。
「Plateau Phase」という言葉は、創作や人生における停滞を示しているようにも読める。一定の地点に到達した後、次の変化が起こらない状態。アーティストとしての停滞、関係の停滞、政治的な停滞、自己変革の停滞。of Montrealの音楽は常に変化を求めるが、その変化への強迫があるからこそ、停滞は強い不安として感じられる。
この曲は、本作のダンサブルなサウンドの背後にある批評性を示す重要な楽曲である。踊れる音楽を鳴らしながら、キャリア、腐敗、制度、停滞への不信を歌う。その矛盾は、of Montrealがインディー・ポップとアートの間で維持してきた緊張そのものである。
5. Sophie Calle Private Game/Every Person Is a Pussy, Every Pussy Is a Star!
「Sophie Calle Private Game/Every Person Is a Pussy, Every Pussy Is a Star!」は、本作の中でも最もタイトルのインパクトが強く、of Montrealらしいアート参照と性的な挑発が同居した楽曲である。Sophie Calleは、フランスのコンセプチュアル・アーティストであり、私生活、監視、他者との関係、記録、フィクションと現実の境界を扱う作品で知られる。Kevin Barnesが彼女の名前をタイトルに置くことは、本作の自己観察、私的領域、演技性のテーマと深く結びついている。
「Private Game」という言葉は、私的な遊戯、秘密のルール、他者には見えない関係性のゲームを示す。Sophie Calleの作品では、個人的な経験がアートとして提示され、私生活と作品の境界が曖昧になる。of Montrealの音楽もまた、Kevin Barnesの私的な欲望や精神状態を、ポップ・ソングという公共の形式へ変換してきた。ここには強い親和性がある。
後半の「Every Person Is a Pussy, Every Pussy Is a Star!」は、挑発的で性的な表現を用いながら、身体やジェンダーの価値を反転させるようなフレーズである。ここでの言葉は、露骨でありながら、単なる猥雑さではなく、身体性、脆さ、欲望、スター性を結びつけている。すべての人は柔らかく、傷つきやすく、性的で、同時に輝く存在であるという、奇妙な肯定にも聞こえる。
音楽的には、シンセとビートの煌びやかさが強く、アルバムの中でも特に華やかな瞬間を作る。だが、その華やかさは安定したポップの輝きではなく、過剰で、少し崩れた輝きである。Kevin Barnesのヴォーカルは演劇的で、複数の人格を行き来するように響く。
この曲は、本作におけるアート・ポップ性の核である。私生活をゲーム化し、身体をスター化し、性的な言葉を哲学的な肯定へ変換する。of Montrealの魅力である、知的な過剰さ、性的な言語、ポップな快楽、自己演出の混乱が一曲に凝縮されている。
6. If You Talk to Symbol/Hostility Voyeur
「If You Talk to Symbol/Hostility Voyeur」は、アルバムの最後を飾る楽曲であり、本作の抽象性と不穏さを締めくくる重要曲である。「If You Talk to Symbol」は、象徴に話しかけるなら、あるいは記号と対話するなら、というように読める。人間ではなく象徴と話すという発想は、of Montrealの歌詞世界における記号、仮面、自己演出の問題と深く関わる。「Hostility Voyeur」は、敵意を覗き見る者、あるいは敵意を見物する欲望を示すような言葉であり、非常に不穏である。
音楽的には、アルバムの終曲らしく、複数の感情が重なり合う。ダンス・ビートの推進力は残るが、どこか終末的で、少し冷えた空気もある。シンセの音色はきらびやかでありながら、曲の中に漂う感情は単純な解放ではない。アルバムを通じて踊り続けてきた身体が、最後に象徴と敵意の中へ迷い込むような感覚がある。
歌詞のテーマは、記号化された関係、他者の感情を観察すること、敵意や暴力性への視線として読める。現代のコミュニケーションでは、人はしばしば相手そのものではなく、相手を表す記号、イメージ、投稿、スタイル、政治的立場、身体の表象と関わる。of Montrealはその状況を、極端に演劇的な言葉で表現している。
「Hostility Voyeur」という言葉には、他者の敵意や争いを消費する現代的な視線も感じられる。人は他者の怒りや対立を見物し、そこから快楽を得ることがある。これはSNS時代の感情消費にも通じるが、of Montrealはそれを直接的な社会批評としてではなく、幻想的な歌詞の中に溶かし込む。
アルバムの終曲として、この楽曲は答えを与えない。むしろ、記号、身体、敵意、欲望、演技が入り混じったまま終わる。White Is Relic/Irrealis Moodは、現実へ帰ってくる作品ではなく、非現実の気分の中でさらに別の記号へ向かう作品である。この終わり方は、of Montrealらしく不安定であり、同時に非常に美しい。
総評
White Is Relic/Irrealis Moodは、of Montrealの2010年代後半における重要作であり、Kevin Barnesのダンス・ポップ志向、サイケデリックな言語感覚、身体とアイデンティティへの問いが高い密度で結びついたアルバムである。収録曲は6曲と少ないが、それぞれが長めで、複数のタイトルや場面を含み、短いポップ・ソングというよりも、変形する心理劇のように機能している。
音楽的には、1980年代から1990年代初頭のシンセポップ、ハウス、エレクトロ・ファンク、ニュー・ウェイヴ的な質感が強い。ビートは滑らかで、シンセは煌びやかで、全体にはダンス・ミュージックとしての快楽がある。しかし、その快楽は単純なものではない。歌詞には身体醜形、偏執、キャリア主義への不信、アート参照、性的な挑発、記号化された現代の関係性が詰め込まれている。身体は踊っているが、精神は絶えず自己分析と幻想の中で動き続けている。
本作のタイトルに含まれる「Irrealis Mood」という概念は、アルバム全体を理解する鍵である。ここで描かれる感情は、現実に固定されたものではない。仮定、願望、幻想、別の可能性、演じられた自己が入り混じっている。Kevin Barnesは、自分自身を一つの安定した主体として提示しない。むしろ、曲ごとに異なる人格、欲望、身体、声を試す。of Montrealの音楽は、自己表現であると同時に、自己を解体する作業でもある。
また、「White Is Relic」という言葉が示すように、本作には既存の権威や固定された価値観への距離感がある。白さ、純粋性、中心性、制度、キャリア、正統性といったものが、もはや遺物として扱われる。その代わりに、アルバムは流動的な身体、非現実の気分、性的な曖昧さ、アートとポップの境界、ダンスフロアの人工的な輝きを選ぶ。これは単なる逃避ではなく、固定された現実から別の可能性へ移動するための美学である。
歌詞の面では、非常に情報量が多く、即座に全体像をつかむことは難しい。of Montrealの歌詞は、しばしば一行の中に複数の参照や感情を含むため、聴き流すと奇妙な言葉の連続に聞こえる。しかし、身体への違和感、恋愛の演技性、自己像の不安定さ、社会的成功への皮肉という軸で聴くと、本作には明確な統一感がある。難解さは単なる装飾ではなく、現代的な自己の複雑さを表現するための形式である。
of Montrealのディスコグラフィーの中では、本作はHissing Fauna, Are You the Destroyer?のような強烈な精神的ドラマや、Skeletal Lampingのような過剰なグラム・ファンクの延長にありながら、よりダンス・ミュージック的に整理された作品だといえる。過去作に比べると曲数は少なく、サウンドは比較的統一されている。そのため、of Montrealの過剰さを保ちながらも、アルバムとしては聴きやすい部類に入る。
日本のリスナーにとっては、歌詞の参照や概念の密度が高いため、最初はサウンドの快楽から入るのが自然である。シンセの質感、ビートの軽快さ、Kevin Barnesの声の変化、曲中の展開を楽しむだけでも、本作の魅力は十分に伝わる。しかし、曲名や歌詞を読み込むと、アルバムの奥にある身体論、ジェンダー感覚、アートへの参照、自己像の不安定さが見えてくる。表面は踊れるが、内部は非常に複雑である。
White Is Relic/Irrealis Moodは、of Montrealがポップ・ミュージックを単なる娯楽ではなく、自己変容の装置として扱っていることを示すアルバムである。シンセの光、ダンス・ビート、過剰なタイトル、性的な言葉、身体への不安、アートへの参照が入り混じり、現実から少しずれた場所に聴き手を連れていく。白い遺物となった古い価値観の後で、非現実の気分の中に新しい自己を仮に立ち上げる。短いながらも、of Montrealの思想と快楽が凝縮された重要作である。
おすすめアルバム
1. of Montreal『Hissing Fauna, Are You the Destroyer?』
2007年発表の代表作。精神的崩壊、自己分裂、グラム・ファンク、エレクトロ・ポップが強烈に結びついたアルバムである。White Is Relic/Irrealis Moodにおける自己変容やダンス・ポップ志向の原点を理解するうえで最も重要な作品である。
2. of Montreal『Skeletal Lamping』
2008年発表の過剰なアート・ファンク作品。曲構成は断片的で、ジェンダー、性的表現、複数人格的なキャラクターが入り乱れる。White Is Relic/Irrealis Moodの複数タイトル構造や、自己を安定させない作風に近い要素をより混沌とした形で味わえる。
3. Prince『Sign o’ the Times』
1987年発表の大作。ファンク、ポップ、ロック、R&B、性的な言語、社会批評、スタジオ実験が高い水準で融合している。of Montrealのエレクトロ・ファンク的な側面や、身体性と知性を同時に扱う方法を理解するうえで重要な比較対象である。
4. Talking Heads『Speaking in Tongues』
1983年発表のアルバム。ニュー・ウェイヴ、ファンク、アート・ポップ、身体的なグルーヴ、神経症的な歌詞が結びついている。White Is Relic/Irrealis Moodの踊れるが落ち着かない感覚、知性と身体性の両立に近い魅力を持つ作品である。
5. MGMT『Congratulations』
2010年発表のサイケデリック・ポップ作品。ポップなメロディ、ひねった構成、アート・ロック的な展開、自己言及的な歌詞が特徴である。of Montrealほどファンク色は強くないが、インディー・ポップを幻想的かつ複雑に変形させる感覚において、本作と親和性が高い。

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