
発売日:2022年7月29日
ジャンル:インディー・ポップ、サイケデリック・ポップ、エレクトロ・ポップ、アート・ロック、実験音楽
概要
『Freewave Lucifer F
本作は、そうしたof Montrealの長い実験の中でも、とりわけ断片性とデジタル的な混沌が強く出た作品である。『Hissing Fauna, Are You the Destroyer?』(2007)のような比較的明確な感情のドラマや、『Skeletal Lamping』(2008)のような過剰な人格変奏を経て、2020年代のof Montrealは、さらに楽曲構造を細分化し、ポップ・ソングの形式を内側から分解する方向へ進んでいる。本作のタイトル自体も、記号、伏せ字、挑発的な語感が混ざり、通常のアルバム名というより、インターネット時代の壊れたテキストのように機能している。
アルバム全体は、短い楽曲が多く、曲ごとの展開も予測しにくい。メロディが立ち上がったかと思えば突然崩れ、シンセの断片、歪んだビート、グラム的なヴォーカル、サイケデリックなコーラス、ノイズ的な音像が矢継ぎ早に現れる。これは単なる気まぐれではなく、現代の情報環境や自己認識の断片化を音楽化したものとして聴くことができる。
ケヴィン・バーンズの歌詞は、従来からジェンダー、欲望、自己嫌悪、精神的混乱、関係性の崩壊、社会的疎外を扱ってきた。本作でもその傾向は続いているが、語りはさらに断片化しており、明確な物語よりも、内面のノイズや言語の破片が前面に出る。ポップでありながら安定せず、カラフルでありながら不穏で、遊戯的でありながら痛みを含む。その矛盾が本作の核心である。
全曲レビュー
1. Marijuana’s a Working Woman
オープニング曲「Marijuana’s a Working Woman」は、本作の奇妙なユーモアと社会風刺的な感覚を端的に示す楽曲である。タイトルからして擬人化とアイロニーが混ざっており、日常的な語彙をズラして別の意味へ変換するof Montrealらしさがある。
音楽的には、軽快なシンセ・ポップの断片とサイケデリックな質感が交錯する。メロディは一見ポップだが、リズムや音色は安定せず、常に少しずつ歪んでいる。歌詞は、労働、快楽、逃避、自己管理といったテーマを、直接的な説明ではなく、奇妙な比喩の連鎖として提示する。冒頭から、リスナーを通常のポップ・アルバムの入口には置かず、言葉と音の迷路へ引き込む曲である。
2. Ofrenda-Flanger-Ego-à Gogo
「Ofrenda-Flanger-Ego-à Gogo」は、タイトルの時点で複数の文化的・音響的記号が衝突している。「Ofrenda」は供物や祭壇を連想させ、「Flanger」は音響エフェクト、「Ego-à Gogo」は自己意識の過剰なダンスのようにも読める。
曲は、まさにタイトル通り、自己、儀式、音響処理が混ざり合う実験的なポップである。フランジャー的な揺らぎを思わせる音像、急な転調、断片的なヴォーカルが、意識の流れのように配置される。歌詞は自我の分裂や演技性を示唆し、ケヴィン・バーンズが長年扱ってきた「自己を演じること」の問題が再び浮上する。
3. Blab Sabbath Lathe of Maiden
「Blab Sabbath Lathe of Maiden」は、ヘヴィ・メタルやオカルト的語感をもじったようなタイトルを持つ。Black SabbathやIron Maidenを連想させる言葉遊びが含まれつつ、実際の音楽は単純なロックの模倣ではなく、断片的なアート・ポップとして展開する。
この曲では、言語そのものが意味を伝えるよりも、音として機能している。of Montrealの後期作品では、タイトルや歌詞がしばしば意味の過剰によって意味を壊す。本曲もその典型で、聴き手は明確な物語を追うより、言葉の摩擦や音の変化を体験することになる。ロックの歴史的記号を遊びながら解体する姿勢が見える楽曲である。
4. Après Thee Dèclassè
「Après Thee Dèclassè」は、フランス語風の表記を含むタイトルが示すように、退廃的で演劇的なムードを持つ楽曲である。of Montrealの音楽には、グラム・ロック的な華やかさと、知的な皮肉が同時に存在するが、この曲ではその性質が強く表れている。
歌詞は、階級、洗練、没落、自己演出といったテーマをにじませる。音楽的には、軽い電子音と不安定なメロディが組み合わされ、優雅さと崩壊が同時に進むような感覚がある。美しいものがすでに壊れかけている、あるいは壊れたものを美しく見せているという、of Montrealらしい倒錯が感じられる。
5. Modern Art Bewilders
「Modern Art Bewilders」は、現代美術への戸惑いをタイトルにした楽曲であり、本作の自己言及的な側面をよく示している。現代アートはしばしば難解さや解釈の過剰と結びつくが、この曲自体もまた、理解しようとすると逃げていく構造を持っている。
音楽はポップの形式を借りながら、断続的な展開によって安定を拒む。歌詞では、芸術を理解すること、理解できないこと、その両方に対する皮肉が込められている。of Montreal自身の音楽も、ポップでありながら難解で、親しみやすさと拒絶感を同時に生む。この曲は、その矛盾を自覚的に扱っている。
6. Nightsift
「Nightsift」は、夜の時間帯における意識の変化を思わせる楽曲である。タイトルは「night shift」と「sift」を重ねたようにも読め、夜勤、夜の作業、記憶や感情をふるいにかける行為が連想される。
サウンドはやや暗く、電子的な音色が内省的な空間を作る。歌詞は、夜に浮かび上がる不安や欲望、眠れない意識の断片を描く。of Montrealの作品では、明るいポップ・サウンドの裏に精神的な不安定さが潜むことが多いが、この曲ではその不安がより直接的に音像へ反映されている。
7. Hmmm
「Hmmm」は、タイトル自体が言葉以前の反応である。確信ではなく、ためらい、考え込み、曖昧な同意や疑念を示す音声的な表現であり、本作の断片性とよく合っている。
曲もまた、明確な主張よりも感覚の揺れを中心に進む。短いフレーズや電子音が重なり、ひとつの完成された構造というより、思考の断片が浮かんでは消えるような印象を与える。of Montrealのポップ性はここでも存在するが、それは安定したメロディではなく、瞬間的に光るフックとして現れる。
8. The Sound of the Atom Splitting
「The Sound of the Atom Splitting」は、タイトル通り、微細なものが分裂する瞬間の音を想像させる楽曲である。原子の分裂という科学的イメージは、自己や言語、ポップ・ソングの構造が分解される本作全体のテーマとも重なる。
音楽的には、細かく切断された音の断片が重なり、曲がひとつの流れとして進むより、分裂しながら前進する。歌詞もまた、安定した語りを避け、破片化したイメージを配置する。これは現代の注意力の分散、デジタル空間における情報の過多、自己認識の分裂を象徴しているように聴こえる。
9. Yung Hearts Bleed Free
「Yung Hearts Bleed Free」は、若さ、傷、自由が同時に示されるタイトルを持つ。表記の「Yung」はインターネット的、ポップ文化的な軽さを帯びているが、「Bleed Free」という表現には痛みと解放が含まれる。
この曲では、若さが単なる希望ではなく、傷つきやすさと結びついている。サウンドは比較的ポップな輪郭を持ちながらも、過剰に明るくはならない。歌詞は、自由であることの痛み、自己表現の代償、感情が流出してしまう感覚を示す。of Montrealの長年のテーマである、解放と崩壊の同時性が表れた楽曲である。
10. Nightsift II
「Nightsift II」は、先に登場した「Nightsift」の続編的な位置にある。アルバム内で同じモチーフが再登場することで、夜の意識、反復する不安、終わらない内省が強調される。
前半の「Nightsift」が夜の入口だとすれば、こちらはさらに深い時間帯に入ったような感覚がある。音の質感はより抽象化され、歌詞も断片的で、現実と夢の境界が曖昧になる。アルバム全体の構成において、夜というモチーフが単なる情景ではなく、精神状態そのものとして機能していることが分かる。
総評
『Freewave Lucifer F
音楽的には、サイケデリック・ポップ、エレクトロ・ポップ、グラム・ロック、ノイズ、アート・ロックが細かく切断され、短い楽曲の中で急速に組み替えられている。曲はしばしば完成に向かう前に変形し、フックは現れてすぐに消える。この構造は、現代の情報環境や、自己の断片化を反映しているように聴こえる。
ケヴィン・バーンズの歌詞は、従来通り、自己意識、欲望、ジェンダー、社会的違和感、精神的な揺れを扱う。ただし本作では、それらが物語として整理されることは少なく、むしろ言葉の破片として提示される。タイトルの奇妙な表記も含め、言語そのものが不安定になっている点が重要である。
キャリア上では、本作はof Montrealが単なるインディー・ポップ・バンドではなく、ポップ形式の解体者であることを改めて示した作品である。『Hissing Fauna, Are You the Destroyer?』のような感情的な明快さは薄いが、その代わりに、後期of Montrealならではの過剰な編集感覚と、デジタル時代の神経質な音像が前面に出ている。
日本のリスナーにとっては、of Montreal入門としては難度が高い作品である。初めて聴くなら、よりメロディと構成が明確な作品の方が入りやすい。しかし、of Montrealの実験性、ケヴィン・バーンズの言語感覚、そして2020年代的なポップの壊れ方を理解するには、本作は非常に興味深いアルバムである。
『Freewave Lucifer F
おすすめアルバム
1. of Montreal – Hissing Fauna, Are You the Destroyer?(2007)
of Montrealの代表作。エレクトロ・ポップ、ファンク、グラム的演劇性、私的な崩壊感が高い完成度で結びついている。
2. of Montreal – Skeletal Lamping(2008)
人格の分裂、性的倒錯、急激な展開が全面に出た過剰な作品。本作の断片的構造の前段階として重要である。
3. of Montreal – UR FUN(2020)
1980年代風シンセ・ポップへの接近が目立つ作品。本作よりも聴きやすく、後期of Montrealのポップな側面を理解しやすい。
4. Animal Collective – Merriweather Post Pavilion(2009)
サイケデリック・ポップと電子音楽を融合させた重要作。ポップの構造を拡張する感覚においてof Montrealと比較しやすい。
5. Deerhoof – Friend Opportunity(2007)
実験性とポップなフックを短い楽曲の中で衝突させる作品。予測不能な展開と遊戯性が本作と共通する。

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