発売日: 2010年9月14日
ジャンル: サイケデリック・ファンク、エレクトロ・ポップ、R&B、アート・ポップ
偽りの司祭がもたらす快楽と告白——of Montreal、ファンクとソウルで精神の奥底を鳴らす
『False Priest』は、of Montrealが2010年にリリースした10枚目のスタジオ・アルバムであり、グラム・ファンク期の集大成にして、よりブラック・ミュージックへの傾倒を深めた作品である。
前作『Skeletal Lamping』で極限まで自己を解体したケヴィン・バーンズは、本作においてより洗練された音像と、R&Bの語法を取り込んだリズム感覚で、性、精神、幻想、信仰といった主題を語り直している。
共同プロデューサーにはJon Brion(Fiona Apple、Kanye Westとの仕事で知られる)を迎え、アナログ機材と肉感的な演奏を重視した“生々しいサウンド”が際立っているのも本作の特徴である。
また、Janelle MonáeやSolangeといったゲスト・ヴォーカルの参加により、ファンクやソウルの系譜を意識した“対話的な音楽”が随所に展開される。欲望の告白を教会的イメージと融合させたような、奇妙で甘美な“偽りの説教”がここにある。
全曲レビュー
1. I Feel Ya’ Strutter
肉感的なベースラインとダンサブルなリズムが特徴のオープニング。自己陶酔とエロティシズムの交差点。
2. Our Riotous Defects
語りとメロディが交錯する、劇的で皮肉に満ちた“カップルの不一致”の歌。キャッチーでありながら毒気を孕む名曲。
3. Coquet Coquette
アルバム中最もロック的な一曲。歪んだギターとリフレインが、肉体性と破滅願望を高揚させる。
4. Godly Intersex
ジェンダーと神性という重層的テーマを扱った曲。宗教的モチーフとセクシュアリティの融合が印象的。
5. Enemy Gene (feat. Janelle Monáe)
Janelle Monáeとの官能的なデュエット。善悪と欲望をめぐる歌詞が、ソウルフルな掛け合いで昇華される。
6. Hydra Fancies
幻想と官能が渾然一体となったポップ・ソウル。メロディの流れが美しく、バロック風味すら漂う。
7. Like a Tourist
「観光客のように」見る人生。疎外感と好奇心が共存する、軽やかで皮肉なファンク・チューン。
8. Sex Karma (feat. Solange)
ソランジュとの妖艶なデュエット。性愛とカルマというテーマを、甘く毒のあるポップで表現する。
9. Girl Named Hello
名前と記号性をテーマにした実験的なトラック。甘美なメロディと不穏な言葉のギャップが印象に残る。
10. Famine Affair
破局と飢餓を重ねる比喩が強烈な一曲。エッジの効いたビートとヴォーカルの迫力が光る。
11. Casualty of You
アルバム中でもっとも内省的なバラード。失恋と自己崩壊の静かな描写が、逆に激しさを感じさせる。
12. Around the Way
ソウル風のバッキングと柔らかなヴォーカルが際立つ。街角の断片的な風景と感情を描いた中編小説のような一曲。
13. You Do Mutilate?
不穏なタイトルのとおり、痛みと快楽の境界をなぞる終曲。サウンドはグルーヴィーで美しく、精神の深層でこだまする祈りのようでもある。
総評
『False Priest』は、of Montrealが“肉体と精神、神と欲望”をポップに昇華した作品であり、単なるジャンル横断ではなく、人間の存在そのものをリズムで語ろうとするアルバムである。
本作におけるケヴィン・バーンズは、もはや物語やキャラクターの背後に隠れることなく、自身の分裂的で過剰なパーソナリティを前面に出している。
そこには、セクシャリティと信仰の対立、官能と倫理の衝突、ポップとアートの緊張があり、まさに“False Priest=偽りの司祭”として、聴き手に問いと快楽を突きつける。
深く複雑でありながら、耳に残るフックとグルーヴに満ちているこのアルバムは、of Montrealのキャリアの中でも稀有なバランス感覚を持った一枚といえる。
おすすめアルバム
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The ArchAndroid / Janelle Monáe
ゲスト参加もしたモナエの大作。SFとソウルを融合したコンセプト作。思想的にも通底する。 -
Black Messiah / D’Angelo and the Vanguard
ファンクと精神性、社会性を結びつけた傑作。グルーヴと内省の融合。 -
Planet Her / Doja Cat
性愛とファンタジーをテーマにした現代的ポップ。of Montreal的な感覚をポップに継承。 -
Congratulations / MGMT
同時期におけるサイケ・ポップの問題作。快楽と不安が共存する感覚が近い。 -
Lonerism / Tame Impala
現代的なサイケデリック・ポップの代表格。個人の内面と音の広がりがテーマ。
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