Expecting to Fly by Buffalo Springfield(1967)楽曲解説

Spotifyジャケット画像

1. 歌詞の概要

「Expecting to Fly」は、Buffalo Springfield(バッファロー・スプリングフィールド)が1967年に発表したセカンド・アルバム『Buffalo Springfield Again』に収録された、ニール・ヤングによる極めて内省的かつ幻想的なバラードである。

タイトルの“Expecting to Fly(飛ぶことを期待して)”という言葉が象徴しているのは、希望と失望、可能性と崩壊のあいだにある儚い瞬間だ。
この楽曲は、恋愛の終わりを題材にしながらも、単なる失恋ソングにとどまらない。むしろそれは、個人のアイデンティティの解体と再構築、夢見た未来が叶わなかったと気づいた瞬間の静かな絶望を、美しいオーケストレーションのなかに封じ込めた一篇の詩のような作品である。

曲の語り手は、かつて誰かと共有していた夢や感覚が、いつの間にか失われていたことに気づく。その喪失の実感は激しいものではなく、むしろ穏やかな記憶のなかでふと感じる“空虚”として描かれている。その静けさこそが、聴き手の心に強く迫ってくる。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Expecting to Fly」は、表向きはBuffalo Springfieldの楽曲としてクレジットされているが、実際のレコーディングにはバンドの他メンバーは参加しておらず、ニール・ヤングと外部のアレンジャー、ジャック・ニッチェ(Jack Nitzsche)とのコラボレーションによって制作された。

ジャック・ニッチェは、かつてフィル・スペクターのもとで「ウォール・オブ・サウンド」を構築してきた名アレンジャーであり、この楽曲では彼の手による重厚なストリングス・アレンジ、ハープ、木管、控えめなピアノなどが繊細にレイヤーされ、サイケデリックというよりむしろ“クラシカルな夢幻性”を演出している。

また、この曲が書かれた当時、ニール・ヤングは個人的にも精神的な不調やバンド内での対立を抱えており、バッファロー・スプリングフィールドからの距離感と、ソロアーティストとしての未来への微かな展望が反映されているともいえる。実際、「Expecting to Fly」はヤングのソロ・デビュー作への美学的“序章”とも捉えられている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

英語原文:
“There you stood on the edge of your feather
Expecting to fly
While I laughed, I wondered whether
I could wave goodbye”

日本語訳:
「君は羽根の端に立っていた
飛ぶことを信じながら
僕は笑っていたけれど、心の中では
さよならが言えるかどうかを考えていた」

引用元:Genius – Expecting to Fly Lyrics

ここでは、別れの決定的瞬間が、静かで詩的なイメージによって表現されている。“羽根の端”という非現実的な比喩は、夢や希望の象徴であると同時に、それが今にも壊れてしまう儚さも孕んでいる。そして語り手は、その希望を前にして笑いながらも、内心では別れを覚悟している——自己欺瞞と内的対話が交錯する詩的空間が展開されている。

4. 歌詞の考察

「Expecting to Fly」は、“失うこと”についての歌である。
だがそれは恋人を失うことではなく、かつて信じていた未来、かつて持っていた自分自身の一部を失うという、より深い喪失感に根ざしている。
歌詞は極めて個人的でありながら、普遍的な感情を喚起する。
それは誰もが経験する、「気づけばすべてが変わっていた」という瞬間の静かな絶望である。

また、“笑っている”という描写が象徴的で、語り手は状況を受け入れようとしているが、その笑いの裏には複雑な感情が沈殿している
決してドラマチックではないが、それがかえってリアルであり、聴く者の胸を締め付ける。

音楽的には、終始漂うようなテンポ、浮遊するコード進行、淡くゆらめくストリングスが、現実と夢の境界が曖昧になったような感覚を生み出しており、歌詞の世界観と見事に呼応している。

「Expecting to Fly」は、語られる言葉以上に、語られない“間”が雄弁に語っている楽曲なのだ。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “The Last Time I Saw Richard” by Joni Mitchell
    愛と理想のすれ違いを、詩的で叙情的な言葉で描いた傑作バラード。
  • “Because” by The Beatles
    宇宙的な広がりと内面性が交差する、音楽と哲学のあいだにある作品。
  • “Five Years” by David Bowie
    世界の終焉と日常を詩的に描いた、感情の蓄積と放出の構築が共鳴する一曲。
  • Bird on the Wire” by Leonard Cohen
    自由と不自由のはざまで揺れる心情を、静かに告白するように歌った名作。
  • “Helpless” by Crosby, Stills, Nash & Young
    ニール・ヤングの作による、故郷の喪失と記憶の歌。心の風景と共鳴する。

6. 静かな絶望と夢の名残を封じ込めた音楽

「Expecting to Fly」は、ニール・ヤングがバンドの一員としてではなく、ひとりの詩人として最も純粋に心の声を結晶化させた瞬間である。
そこにあるのは、大声で叫ぶような痛みではなく、
時間の経過とともにひっそりと形を変えながら、気づけば自分の中に沈殿していた哀しみだ。

夢は壊れた。だが、その夢を信じていた自分の姿は、確かにあった。
そしてそのことを思い出すために、ニール・ヤングはこの曲を書いたのかもしれない。

「Expecting to Fly」は、誰かと別れるすべての人のための、優しいレクイエムである。
飛ぶことを期待しながら、地上に残された私たちの胸に、
今なお静かに降り積もる、永遠の羽根なのだ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました