アルバムレビュー：Everything’s Alright Forever by The Boo Radleys

発売日: 1992年3月
ジャンル: シューゲイザー、ノイズ・ポップ、ドリーム・ポップ

概要

『Everything’s Alright Forever』は、The Boo Radleysが1992年に発表したセカンド・アルバムであり、彼らがシューゲイザー・シーンに本格参入したことを告げる野心的かつ繊細な作品である。

本作では、デビュー作『Ichabod and I』で見られたノイジーで粗削りな音像に、メロディアスな構成力とドリーミーな音響処理が加わり、彼ら独自の音楽的個性がはっきりと立ち上がってくる。

当時のイギリスでは、My Bloody Valentine、Ride、Slowdiveといったシューゲイザー・バンドが注目を浴びており、The Boo Radleysもその文脈の中で語られることが多かった。
だが、彼らのアプローチはよりポップであり、どこか実験的でもあった。

特に本作では、サイケデリックな音響処理、突如として現れるブラスセクション、意表を突くテンポチェンジなど、単なるシューゲイザーの枠には収まりきらない構成が随所に見られる。
ギタリストのマーティン・カーによる複雑なアレンジと、シズ・ロウの朴訥で内省的なボーカルが交差し、混沌とした美しさを放っている。

「永遠にすべてがうまくいく」などというタイトルは明らかに皮肉や逆説を孕んでおり、その不穏な明るさこそが、本作の最大の魅力なのだ。

全曲レビュー

1. Spaniard

印象的なオープニング・ナンバー。
リヴァーブが深くかかったギターが空間を漂い、ドリーミーなムードに包まれる。
リリックの断片は抽象的で、記憶の中をさまようような感覚を誘う。

2. Towards the Light

歪んだギターとリズムの躍動感が共存。
「光に向かって進む」というタイトルにふさわしく、浮遊感と希望が交差する。
シューゲイザーの典型を体現しながらも、ポップな骨格が見え隠れする点が秀逸。

3. Losing It (Song for Abigail)

アコースティックな始まりから、徐々に轟音が広がる構成が特徴的。
“Abigail”への捧げものとされるこの曲には、切実な感情と叙情が込められている。

4. Memory Babe

インストゥルメンタルに近い小曲。
曲名はアレン・ギンズバーグがジャック・ケルアックを形容した語からの引用で、文学的含意を感じさせる。

5. Skyscraper

文字通り“摩天楼”を思わせるスケール感を持つ。
天高く積み上がるようなギターのレイヤーが印象的で、音による建築物のような佇まい。

6. I Feel Nothing

逆説的なタイトルが示すように、感情の麻痺や喪失感を描く曲。
ノイズの波が押し寄せる中で、どこか冷たさを感じさせるボーカルが浮かび上がる。

7. Room at the Top

唐突なテンポチェンジが面白い構成。
「頂上の部屋」とは、到達点の虚しさや孤独を示しているようにも思える。

8. Does This Hurt?

ポップでリズミカルな1曲だが、歌詞は痛みや不確かさを描いている。
感覚的には、後年のブリットポップに繋がる軽やかさも感じられる。

9. Sparrow

短いながらも美しいインストゥルメンタル。
“スズメ”というタイトルにふさわしい、儚く柔らかい音像が印象的。

10. Smile Fades Fast

「笑顔はすぐに消えてしまう」——メランコリックなタイトルにふさわしく、哀しげなコード進行と切ないボーカルが胸に迫る。

11. Firesky

空を燃やすような、情熱と破壊のイメージが交錯する1曲。
サイケデリックな展開と緻密なギターの絡みが圧巻。

12. Song for Up!

突き抜けたテンションを持つ、ノイジーで荒々しい1曲。
アルバム全体の中でも特にカオティックな瞬間を提供する。

13. Lazy Day

アルバムの中盤のクライマックスとも言える、ドリーミーで躍動感ある楽曲。
“怠惰な日”というタイトルとは裏腹に、ギターの動きは非常にアクティブ。

14. Paradise

終盤にして、どこか救いを感じさせるナンバー。
タイトルどおりの“楽園”が、かすかな音の向こうに広がっている。

15. Boo! Faith

締めくくりにふさわしい、ノイズと静謐がせめぎ合う1曲。
「Boo! Faith」というフレーズには、信仰への懐疑と音楽への皮肉が込められているのかもしれない。

総評

『Everything’s Alright Forever』は、The Boo Radleysがノイズの壁の中からメロディを掘り起こす手つきを本格的に獲得した最初のアルバムであり、1990年代初頭のUKインディーにおける重要なステップを刻んだ作品である。

シューゲイザーとしての厚いギターのレイヤーと、そこに繊細に漂うポップネス、そして実験精神が高い次元で融合している。
ときにアブストラクトでありながら、決して難解にはならず、聴き手の情緒にダイレクトに訴えかけてくる柔らかさを持つ。

本作は、後年の『Giant Steps』や『Wake Up!』のようなポップな開花の“前夜”に位置するが、むしろThe Boo Radleysというバンドの根源的な魅力——すなわち、“美しい音”と“壊れた構造”の共存——をもっとも純粋な形で提示したアルバムとも言える。

聴くたびに違った景色が広がるような奥行きがあり、90年代UKシューゲイザーの名盤群の中でもひときわ異彩を放っている。

ビジュアルとアートワーク

本作のジャケットは、曖昧なパステルカラーと流動的なフォルムによって構成されており、夢の中の風景のような感触を持っている。

「Everything’s Alright Forever」という肯定的なタイトルに反し、どこか不安げで定まらないそのビジュアルは、アルバム全体に漂う“理想と不安のせめぎ合い”を象徴しているようでもある。

この曖昧さ、掴みどころのなさこそが、The Boo Radleysというバンドの美学の核心なのだ。