アルバムレビュー：Everything’s Alright Forever by The Boo Radleys

発売日: 1992年3月16日
ジャンル: シューゲイザー、インディー・ロック、ドリームポップ

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
制作の裏側（Behind the Scenes）

概要

『Everything’s Alright Forever』は、The Boo Radleysが1992年にリリースしたセカンド・アルバムであり、ノイズとメロディ、実験性と叙情性が拮抗する、彼らのシューゲイザー期を代表する傑作である。

デビュー作『Ichabod and I』（1990年）のDIY的な荒々しさを経て、Creation Recordsに移籍後初となった本作では、音の密度と構成力が格段に向上。
轟音ギターのレイヤーのなかに、繊細でメランコリックなメロディが埋め込まれ、聴く者を深く引き込む“夢見るノイズ”の世界が構築されている。

当時のUKではMy Bloody ValentineやRide、Slowdiveといったバンドがシューゲイザーの先頭を走っていたが、The Boo Radleysはそこに60年代ポップやジャズ的なコード進行、さらにはプログレ的な展開美を加えることで、より多面的で予測不能なサウンドを生み出していた。

後年、ブリットポップ期にメロディ重視のポップバンドとして再評価される彼らだが、本作においてはまだ「ポップの中にノイズがある」のではなく、「ノイズの中にポップが潜んでいる」段階にある。

全曲レビュー

1. Spaniard

アルバムのオープニングを飾るにふさわしい、ノイズとメロディの美しい衝突。
レイヤーの奥にあるサビのメロディはまるで幻のようで、リスナーを一気に夢の中へ引きずり込む。

2. Towards the Light

ややテンポを落としたミディアム・ナンバー。
タイトルの通り、混濁した音のなかに差し込む一筋の“光”が印象的。

3. Losing It (Song for Abigail)

ポップな旋律が際立つ小品。
サイケデリックでありながらどこかユーモラスな、The Boo Radleysのメロディ感覚が冴える。

4. Memory Babe

ノスタルジアとエフェクトの海が交錯する珠玉のナンバー。
“記憶のなかの恋人”というタイトルが象徴するように、抽象的で感傷的な音像が広がる。

5. Skyscraper

ギター・サウンドが垂直に伸び上がるような、タイトル通りの構造的な楽曲。
後半の展開では音の塊が空に向かって崩れていくような感覚を味わえる。

6. I Feel Nothing

曲名に反して、内面の波動が激しく揺れているような構成。
リバーブとディレイが強調されたヴォーカルが、意図的な“感情の空洞”を演出している。

7. Room at the Top

非常にメロディアスで、アルバムの中でも比較的聴きやすい1曲。
60年代のポップスやバロック・ポップの影響を感じさせるアレンジも印象的。

8. Does This Hurt?

ノイジーなギターと切なげなヴォーカルが溶け合うミッドテンポの佳曲。
内省的な歌詞と厚みのある音像が、自己と他者の境界を揺さぶるようだ。

9. Sparrow

短く抽象的なインタールード的トラック。
小鳥のようにか細く、空間の“間”を感じさせる浮遊曲。

10. Smile Fades Fast

タイトルのとおり、希望と崩壊が交錯するエモーショナルなトラック。
繰り返されるギター・リフが不穏さを助長し、夢の終わりを告げるようなムードを醸し出す。

11. Firesky

ノイズとメロディの最良のバランスを示す名曲。
ギターの多重録音と美しいコード進行が一体となり、空に燃え広がるようなサウンドスケープを描く。

12. Song for the Morning to Sing

後半に現れる、繊細でミニマルな美しさを持つバラード。
朝の静けさと再生を感じさせるような、詩的な余韻が印象的。

13. Lazy Day

淡々と進むリズムと柔らかなコード進行が、タイトル通りの気怠い午後を想起させる。
アルバムのなかでも最もドリーミーな1曲。

14. Paradise

約6分の大作で、終盤に向かって徐々に盛り上がる構成が圧巻。
混濁と高揚が交錯するエンディングは、アルバム全体の総括として機能する。

総評

『Everything’s Alright Forever』は、The Boo Radleysというバンドのサウンド探求が本格的に始まった作品であり、彼らがただのシューゲイザー・フォロワーではないことを証明したアルバムである。

My Bloody Valentineの影響を受けつつも、彼らが真に目指していたのは“ポップとノイズの等価性”であり、その感覚は本作において明確なかたちで提示されている。

夢と現実、甘さと苦さ、静寂と爆音。
そのすべてがひとつのサウンドスケープの中で揺れ動くこのアルバムは、まさに“すべてが大丈夫なふりをした混沌”であり、そのタイトルには皮肉と優しさが同居している。

この作品を聴き終えたあとに残るのは、耳の奥で鳴り続ける残響と、心のなかで膨らむ静かな感情の余波だろう。

制作の裏側（Behind the Scenes）

『Everything’s Alright Forever』の制作は、ギタリストのマーティン・キャリルとフロントマン、サイモン・ロウの音楽的探求が主導した。
レコーディングでは複数のギターを重ねて作り込むスタイルが採られ、ボーカルはあえてミックスの奥に配置されることで、“声も楽器の一部”として扱われた。

また、Creation Recordsへの移籍によって制作環境が改善され、ノイズ・ポップにクラシックなポップセンスを融合させる自由度が増したことも、本作の音楽的飛躍を支えている。

後の『Giant Steps』（1993年）でさらなる変貌を遂げる前夜、この作品は“まだ混沌のなかに夢を見ている”Boo Radleysの決定的な瞬間をとらえている。