発売日: 2023年5月5日
ジャンル: バロックポップ、ソフトロック、サイケデリックポップ、フォークロック
美しさのなかにひび割れを抱えて——The Lemon Twigs、ポップの古典に託した“調和”という名の不安
『Everything Harmony』は、ニューヨークの兄弟デュオThe Lemon Twigs(ブライアン&マイケル・ダダリオ)が2023年に発表した4作目のスタジオ・アルバムであり、60〜70年代ポップスへの深い愛情と、現代に生きる若者たちの不安定な感情が、見事に調和したコンセプト作である。
タイトルにある「すべては調和している」という言葉は、まるで世界にかかる呪文のように響くが、実際にはその“調和”の裏に潜む崩壊や孤独を、甘美な旋律で覆い隠すような逆説的な構造を持っている。
サウンド面では、The Beach Boysの『Pet Sounds』やSimon & Garfunkelの繊細なハーモニー、Big StarやEmitt Rhodesのメロディ志向、さらには日本のはっぴいえんどや細野晴臣的な湿度までが感じられる“レトロ・フューチャー”な音世界。
全編を通して聴き手の情緒にやさしく触れながらも、どこか心が落ち着かない、現代の不安定さが染み込んだアルバムである。
全曲レビュー
1. When Winter Comes Around
アコースティック・ギターとメランコリックなハーモニーで始まる、静かで美しい“序章”。 季節の移ろいと心の空洞をリンクさせた叙情詩。
2. In My Head
内面の混乱を甘美なメロディで包み込む、The ZombiesやLeft Bankeを思わせるバロックポップの逸品。
3. Corner of My Eye
愛と未練が交差する、スティーヴィー・ワンダーばりのコード進行とブライアン・ウィルソン的哀愁。 一見明るく、実は切ない。
4. Any Time of Day
「いつだって君のそばにいるよ」と繰り返しながら、実際には届かない想いがにじむ。 メロトロンが哀しげな残響を添える。
5. What You Were Doing
The Byrds的な12弦ギターが印象的な一曲。フォークロック的でありながら、現代的メンタルの告白でもある。
6. I Don’t Belong to Me
“自己否定”と“存在の希薄さ”をメロディで昇華した、アルバム屈指の名曲。「自分に属していない」感覚を、ハーモニーで優しく抱きしめる。
7. Every Day Is the Worst Day of My Life
ブラックユーモアに満ちたタイトルだが、歌詞とメロディはむしろ甘く、哀しく、美しい。 “悲しみの歌”でありながら、救いがある。
8. What Happens to a Heart
ドゥーワップ風の展開とリバーブの効いたコーラスが幻想的。壊れていく心と、それを見つめる視線の温度差が描かれる。
9. Still It’s Not Enough
愛を求めても満たされない——ラヴソングの古典的主題を、21世紀の神経質さとともに描いた1曲。
10. Born to Be Lonely
タイトル通りの孤独讃歌。ハーモニーは美しくも、聴き手に深い静寂を残す。
11. Ghost Run Free
幽霊のように自由であることは、同時にどこにも属さないことでもある。 軽やかなサウンドに哲学的な問いが忍ばせてある。
12. Everything Harmony
表題曲にして、アルバムの“本音”を語る場所。“すべては調和している”という言葉のもろさと、そこに込められた願いの切実さ。
総評
『Everything Harmony』は、ポップスの歴史に敬意を払いつつも、現代的な不安や内面の空白を見事に織り込んだ、非常に繊細で知的なアルバムである。
The Lemon Twigsの兄弟は、単なるノスタルジーを超えて、“過去の美しさ”というフィルターを通して“今”の心のあり方を描く術を身につけている。
それは、耳にやさしいが決して軽くはない。
胸に沁みるが、簡単に理解できるものではない。
“すべてが調和している”というフレーズが、果たして希望なのか、それとも皮肉なのか——聴く者の心によって意味を変える、そんな静かな力を持った作品なのだ。
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