
発売日:1980年9月12日
ジャンル:ポストパンク/ニューウェイヴ/アート・ロック/クラウトロック影響下のロック/エレクトロニック・ロック
概要
Simple Mindsの3作目のスタジオ・アルバム『Empires and Dance』は、後に『New Gold Dream (81–82–83–84)』や『Sparkle in the Rain』で大きな成功を収める彼らが、まだ冷たく実験的なポストパンク/ニューウェイヴの鋭さを保っていた時期の重要作である。1980年に発表された本作は、バンドが初期のパンク以後のエネルギーから、ヨーロッパ的な電子音楽、クラウトロック、ファンク、ダブ、アート・ロックを取り込み、独自の都市的で不穏なサウンドを構築していく過程を記録している。
前作『Real to Real Cacophony』では、Simple MindsはDavid Bowieのベルリン期、Roxy Music、Magazine、Kraftwerk、Canなどからの影響を吸収しながら、断片的で実験的な音楽を展開していた。『Empires and Dance』では、その実験性がより明確な方向性を持ち始める。曲は依然としてポップ・ソングとしては不安定で、のちの代表曲に見られる大きなサビやアンセム的な構造はまだない。しかし、ベースとドラムによる反復的なグルーヴ、冷たいシンセサイザー、鋭く切り込むギター、Jim Kerrの抽象的なヴォーカルが一体となり、非常に強い統一感を持つアルバムとなっている。
タイトルの『Empires and Dance』は、本作の世界観を端的に示している。「帝国」と「ダンス」という二つの言葉は、一見すると離れているようでいて、1980年前後のヨーロッパ的な不安を象徴している。帝国は政治、歴史、支配、戦争、国境、権力を連想させる。一方、ダンスは身体、クラブ、リズム、解放、享楽を連想させる。本作では、この二つが分離していない。冷戦下のヨーロッパ、都市の夜、政治的緊張、身体を動かすビートが同じ音響空間の中に置かれている。つまり、踊ることは単なる娯楽ではなく、巨大な歴史や権力構造の中で身体を保つための行為として響く。
音楽的には、クラウトロックの影響が非常に大きい。CanやNeu!に見られる反復的なリズム、機械的でありながら身体的なグルーヴ、展開よりも持続を重視する構成が、本作の基盤になっている。さらに、ファンクやダブの低音感覚も取り入れられている。Derek Forbesのベースは特に重要で、単なる伴奏ではなく、曲全体を動かす中心的な役割を担っている。彼のベース・ラインは硬く、冷たく、反復的でありながら、強い身体性を持っている。
Michael MacNeilのキーボードとシンセサイザーは、後の『New Gold Dream』で見せるような黄金色の輝きとは異なり、本作ではより冷たく、都市的で、不穏である。音は装飾ではなく、空間を作る要素として機能している。Charlie Burchillのギターは、伝統的なロック・ギターのようにリフやソロで主役になるのではなく、断片的な鋭い音、金属的なテクスチャー、リズムのアクセントとして配置される。Brian McGeeのドラムは、パンク的な勢いよりも、硬質な反復と緊張感を重視している。
Jim Kerrのヴォーカルも、本作では後年の大きく開かれた歌唱とはかなり異なる。彼はまだアリーナ・ロック的なフロントマンではなく、都市の中を移動する観察者、断片的な言葉を発する語り手のように響く。歌詞は明確なストーリーを語るより、ヨーロッパの都市名、政治的イメージ、身体、移動、権力、光景の断片を並べる。これにより、アルバム全体は一種の冷たい旅行記、またはポストパンク的な地政学の記録のような印象を与える。
『Empires and Dance』は、発売当時に大きな商業的成功を収めた作品ではない。しかし、Simple Mindsのキャリアを理解するうえでは非常に重要である。本作があったからこそ、次作以降の『Sons and Fascination/Sister Feelings Call』や『New Gold Dream』で、彼らはより洗練された形でポストパンク、ダンス、シンセポップ、アート・ロックを統合することができた。後年の大ヒット期のSimple Mindsから遡って聴くと、本作は驚くほど冷たく、実験的で、ヨーロッパ的である。そこにこそ、本作の価値がある。
日本のリスナーにとって『Empires and Dance』は、『Don’t You (Forget About Me)』以降の大衆的なSimple Mindsのイメージを大きく変えるアルバムである。ここにあるのは、壮大なコーラスやロマンティックなシンセポップではなく、冷戦下の都市を歩くような緊張感、クラブの床を低く震わせるベース、そして国境を越える不安な視線である。Joy Division、Magazine、Ultravox、Japan、Talking Heads、Can、初期U2、Bowieのベルリン期に関心のあるリスナーには、本作の硬質な魅力が伝わりやすい。
全曲レビュー
1. I Travel
アルバム冒頭を飾る「I Travel」は、『Empires and Dance』のコンセプトを最も明確に示す楽曲である。タイトルが示すように、この曲の中心には移動がある。しかし、それは観光的な旅ではない。ヨーロッパの都市を鉄道や飛行機で移動しながら、政治的緊張、国境、監視、歴史の残骸を目撃するような、冷たく不安な旅である。
音楽的には、反復するベースと硬質なドラムが曲を駆動する。ここでのリズムはロックンロール的な躍動というより、機械的で、都市交通のような規則性を持つ。Derek Forbesのベースは非常に鋭く、曲の主役と言ってよい。ギターは断片的に差し込まれ、シンセサイザーは冷たい空気を作る。Simple Mindsがこの時期にいかにクラウトロックやポストパンクの反復美学を吸収していたかがよく分かる。
歌詞には、移動、ヨーロッパ、政治的な空気、都市のイメージが含まれる。Jim Kerrは、旅の楽しさではなく、移動する主体の不安定さを歌う。自分がどこに属しているのか、目の前の都市が何を意味しているのか、国境の向こうに何があるのか。そうした問いが、断片的な言葉として提示される。
「I Travel」は、後年のSimple Mindsのアンセム的な楽曲とは異なり、非常に冷たく、緊張感がある。しかし、そのグルーヴは強く、身体を動かす力を持っている。政治的な不安とダンスの身体性が同時に存在するという本作の特徴が、冒頭からはっきり示されている。
2. Today I Died Again
「Today I Died Again」は、タイトルからして不穏で、自己の消失や精神的な死を連想させる楽曲である。前曲「I Travel」が外部世界への移動を描いたのに対し、この曲ではより内面的な崩壊や分裂が前面に出る。Simple Mindsの初期作品に見られる、都市的な冷たさと心理的な不安が濃く表れている。
音楽的には、暗く沈んだベースと、抑制されたドラムが曲を支えている。ギターは空間の中で鋭く鳴り、シンセサイザーは冷たい膜のように広がる。曲全体には、派手な展開ではなく、じわじわと圧迫してくるような緊張感がある。ポストパンクの特徴である、感情を直接叫ぶのではなく、音の構造によって不安を作る方法が取られている。
歌詞では、今日また死んだ、という表現が象徴的に使われる。これは物理的な死ではなく、日々の中で自己が削られ、感情が麻痺し、過去の自分が失われていく感覚として解釈できる。都市生活、政治的圧力、個人の孤立が、精神的な死の反復として描かれているように響く。
Jim Kerrのヴォーカルは、ここでは感情を爆発させるのではなく、やや距離を置いた語りのように響く。そのため、歌詞の不穏さがかえって強調される。「Today I Died Again」は、本作の中でも内向的な暗さを担う楽曲であり、Simple Mindsのポップ化以前の鋭い感覚を示している。
3. Celebrate
「Celebrate」は、タイトルだけを見ると祝祭的な楽曲を想像させる。しかし、『Empires and Dance』における祝祭は単純に明るいものではない。この曲の「祝う」という行為は、冷たい都市、政治的緊張、反復するビートの中で、身体を通じて何かを確認するような意味を持っている。楽曲はダンサブルでありながら、どこか硬く、陰影を帯びている。
音楽的には、ファンクの影響を受けたベース・ラインが目立つ。Derek Forbesのベースは、曲に跳ねるような動きを与えながらも、軽くなりすぎない。ドラムはタイトで、ギターとシンセサイザーは短いフレーズを重ねる。ここには、Talking HeadsやA Certain Ratioにも通じる、ポストパンクがファンクやダンス・ミュージックを吸収していく時代の感覚がある。
歌詞では、祝うこと、集まること、身体を動かすことが示されるが、その背景にはどこか空虚さもある。祝祭は、心からの幸福だけではなく、不安な時代において一時的に自己を保つための行為でもある。Simple Mindsはここで、ポップなコーラスによる解放ではなく、反復するリズムによる身体的な解放を提示している。
「Celebrate」は、後のSimple Mindsが大きなアンセムを作る前段階として興味深い曲である。ここにはすでに共有感や高揚感への志向があるが、それはまだ冷たく、硬質で、ポストパンク的な緊張の中に閉じ込められている。
4. This Fear of Gods
「This Fear of Gods」は、本作の中でも特に重く、政治的・宗教的な不穏さを感じさせる楽曲である。タイトルは「神々への恐れ」と訳せるが、ここでの神々は必ずしも宗教的な存在だけではない。国家、権力、指導者、思想、歴史そのものが、神のように人間を支配するものとして響く。
音楽的には、低くうねるベースと、緊張感のあるリズムが中心である。曲は明快なポップ・ソングの形にはならず、反復と空間によって進む。ギターは鋭く断片的で、シンセサイザーは不気味な背景を作る。全体として、非常に冷たく、張り詰めた音像である。
歌詞には、恐れ、権力、神話的なイメージ、政治的な圧力が断片的に現れる。Jim Kerrは直接的な抗議歌を書くのではなく、象徴的な言葉によって時代の不安を表現する。この曲では、人間が自分より大きな力に囲まれ、それに怯えながら生きているような感覚がある。
「This Fear of Gods」は、『Empires and Dance』というタイトルの「Empires」の側面を最も強く担う楽曲である。帝国、神、権力、恐怖。そうした巨大な構造が、ダンス可能なリズムの背後に暗く広がっている。アルバムの中でも特に重要な、重厚で象徴的な曲である。
5. Capital City
「Capital City」は、タイトル通り首都をテーマにした楽曲であり、本作の都市的・政治的な世界観をさらに押し進める。首都は国家の中心であり、行政、権力、歴史、メディア、軍事、文化が集中する場所である。Simple Mindsはこの曲で、都市を単なる風景ではなく、権力の構造として捉えている。
音楽的には、硬質なリズムと冷たいシンセサイザーが印象的である。曲にはどこか行進のような規則性があり、都市の機能的な動きを連想させる。ベースは反復し、ドラムは乾いており、ギターは装飾を最小限に抑えながら曲に緊張を与える。
歌詞では、首都のイメージが断片的に描かれる。そこには華やかさよりも、監視、制度、無機質な建物、移動する人々の匿名性が感じられる。Simple Mindsの都市描写は、ロマンティックな夜景というより、政治的な空間としての都市に近い。
「Capital City」は、本作における地理的・政治的な視点を象徴する曲である。Simple Mindsは単に個人的な感情を歌うのではなく、個人が置かれた都市や国家の構造を音楽化しようとしている。この視点が、彼らを同時代の単なるニューウェイヴ・バンドとは異なる存在にしている。
6. Constantinople Line
「Constantinople Line」は、タイトルから歴史的・地理的な広がりを強く感じさせる楽曲である。コンスタンティノープルは、現在のイスタンブールにあたる都市であり、東西の境界、帝国の歴史、宗教的・文化的交差点を象徴する場所である。この曲は、『Empires and Dance』のヨーロッパ的・地政学的な想像力を最もよく示している。
音楽的には、やや不気味な反復と、異国的な緊張感がある。ベースとドラムは低く硬く、シンセサイザーは都市の夜のように冷たい。曲は大きなサビへ向かって開けるのではなく、一定の緊張を保ちながら進む。この持続感は、クラウトロック的な影響を強く感じさせる。
歌詞では、路線、移動、東西の境界、歴史の層が暗示される。コンスタンティノープルという地名は、単なる旅先ではなく、帝国の記憶を呼び起こす装置である。本作のタイトルにある「Empires」は、ここで非常に具体的な歴史的奥行きを持つ。
「Constantinople Line」は、Simple Mindsの初期作品に見られるヨーロッパ志向を象徴する楽曲である。英米ロックの伝統に閉じず、ヨーロッパ大陸、東欧、地中海、冷戦下の境界線へ視線を向ける姿勢が、本作を独特のものにしている。
7. Twist/Run/Repulsion
「Twist/Run/Repulsion」は、タイトルからして身体の動きと拒絶反応を組み合わせた楽曲である。「Twist」は踊ることや身体をねじること、「Run」は走ること、逃げること、「Repulsion」は反発や嫌悪を意味する。つまり、この曲には身体の運動と心理的な拒絶が同時に存在している。
音楽的には、非常にリズミックで、断片的で、緊張感がある。曲は伝統的なロックの展開よりも、短いフレーズの反復と音の衝突によって構成される。ベースとドラムが曲を前へ押し、ギターとシンセが不安定な質感を加える。ポストパンクの実験性が強く出た楽曲である。
歌詞では、明確な物語よりも、身体の動き、逃走、反発の感覚が中心になる。タイトル自体がほとんど歌詞のコンセプトを説明している。ダンス、逃走、嫌悪。これらは『Empires and Dance』全体のテーマとも重なる。踊ることは快楽であると同時に、何かから逃げる行為でもあり、権力や都市への反発でもある。
「Twist/Run/Repulsion」は、本作の中でも最もポストパンク的な鋭さを持つ曲のひとつである。ポップな親しみやすさは少ないが、Simple Mindsがこの時期に持っていた実験性と身体感覚を理解するうえで重要である。
8. Thirty Frames a Second
「Thirty Frames a Second」は、映像、速度、知覚をテーマにしたような楽曲である。タイトルは映画や映像のフレーム数を連想させる。1秒間に30フレームという単位は、現実が映像として切り刻まれ、連続した動きとして認識される仕組みを示している。この曲には、視覚メディアの時代における知覚の断片化が感じられる。
音楽的には、反復するビートと緊張感のあるベースが中心で、曲全体が機械的に進む。ギターやシンセサイザーは、映像のカットのように断片的に現れる。Simple Mindsはここで、音楽を映画的な空間として扱っている。曲を聴くというより、都市の映像が高速で切り替わる感覚に近い。
歌詞では、映像、視線、速度、現代的な感覚の断片が暗示される。1980年前後は、音楽と映像の関係が大きく変わり始めた時期であり、MTVの本格化を目前にしていた。この曲は、そうした視覚文化の到来を予感させるようにも響く。
「Thirty Frames a Second」は、本作の中でも非常に知的で、メディア感覚の強い楽曲である。Simple Mindsが都市、政治、身体だけでなく、現代の知覚そのものを音楽のテーマにしていたことが分かる。
9. Kant-Kino
「Kant-Kino」は、タイトルから哲学者Immanuel Kantと映画を意味するドイツ語「Kino」を連想させる、非常にアート・ロック的な楽曲である。Kantは認識や理性の哲学を象徴し、Kinoは映像文化を象徴する。つまり、タイトル自体が、思考と映像、哲学とポップ・カルチャーの結合を示しているように見える。
本曲は、アルバムの中でも比較的インストゥルメンタルに近い性格を持ち、音響的な実験が前面に出ている。シンセサイザーとリズムが作る冷たい空間の中で、ギターやベースが断片的に動く。歌よりも雰囲気や構造が重要であり、Simple Mindsのアート志向がよく表れている。
音楽的には、クラウトロックやヨーロッパの電子音楽からの影響が強い。英米的なロックンロールの肉体性よりも、ドイツ的な反復や概念性に近い。タイトルの知的な響きと音楽の冷たい質感がよく合っている。
「Kant-Kino」は、派手な曲ではないが、『Empires and Dance』の思想的な側面を支える重要なトラックである。Simple Mindsがこの時期、単なるバンド・サウンドではなく、ヨーロッパ的な芸術思想や映像的感覚を音楽に取り込もうとしていたことが明確に表れている。
10. Room
アルバムの最後を飾る「Room」は、本作の中で比較的内向的な終曲である。タイトルは「部屋」を意味し、外部世界への移動や都市、帝国、首都、歴史的地名が多く登場したアルバムの最後に、個人的な閉じられた空間が置かれる点が印象的である。広大な地政学的イメージの旅が、最後に部屋という内面空間へ戻ってくる。
音楽的には、抑制されたサウンドで、反復と空間が重視されている。ベースとドラムは控えめながら緊張を保ち、シンセサイザーは冷たい余韻を作る。曲全体には、疲労や静けさ、閉塞感がある。派手なクライマックスで終わるのではなく、緊張を残したままアルバムが閉じられる。
歌詞では、部屋という空間が孤独や自己との対面を象徴している。外へ移動し、都市を見て、帝国の記憶に触れた後、最終的に残るのは自分自身のいる部屋である。この構成は、本作全体の旅の終着点として非常に意味深い。
「Room」は、『Empires and Dance』を余韻の中に閉じる楽曲である。外部世界の不安と内面の閉塞が最後に重なり、アルバムは明快な解決を与えない。Simple Mindsの初期作品らしい冷たさと不安が、最後まで保たれている。
総評
『Empires and Dance』は、Simple Mindsのディスコグラフィの中でも最も硬質で、ヨーロッパ的で、ポストパンク色の強い作品のひとつである。後年の『New Gold Dream』や『Sparkle in the Rain』に見られる華やかさ、スケール感、アンセム的な高揚はまだ十分には現れていない。しかし、その代わりに本作には、冷戦下のヨーロッパを移動するような緊張感、都市の無機質な光、政治的な不安、身体を駆動する反復的なビートが濃密に刻まれている。
本作の最大の魅力は、ダンス・ミュージックと政治的・地理的な想像力が結びついている点にある。タイトルの『Empires and Dance』が示すように、ここでは帝国と踊りが同じ平面にある。都市、首都、国境、歴史、権力、宗教的恐怖といった大きなテーマが、ベースとドラムの反復によって身体に接続される。踊ることは逃避であり、抵抗であり、監視された世界の中で身体を保つ行為でもある。
Derek Forbesのベースは、本作の決定的な要素である。彼のベース・ラインは、後のSimple Mindsにも重要な役割を果たすが、本作では特に前面に出ている。低音は曲を支えるだけでなく、メロディ、リズム、緊張感を同時に生み出す。クラウトロック、ファンク、ポストパンクの影響が、ベースを中心に結びついている。
Michael MacNeilのシンセサイザーも、本作の冷たい都市感覚を支えている。『New Gold Dream』での彼の音はより輝き、夢のような質感を持つが、『Empires and Dance』ではまだ冷たく、硬く、暗い。Charlie Burchillのギターは伝統的なロックの主役ではなく、金属的な線やノイズ的なアクセントとして機能している。Brian McGeeのドラムは、パンクの勢いを整理し、より機械的で反復的なビートを作っている。
Jim Kerrのヴォーカルと歌詞は、本作に独特の知的な緊張を与えている。彼はこの時期、まだ大きなメロディを歌い上げるフロントマンではなく、都市や歴史の中を移動する観察者に近い。歌詞は抽象的で、時に難解だが、そこには1980年前後のヨーロッパの不安が強く反映されている。旅、首都、コンスタンティノープル、神への恐れ、映像、部屋。これらのイメージが、アルバム全体を一種の冷たい地図のように形作っている。
歴史的に見ると、本作はポストパンクがロックの語法を解体し、ダンス、電子音楽、ファンク、政治的意識、アート性を取り込んでいた時代の重要な成果である。Joy Divisionが内面の暗さを、Talking Headsがファンクと都市的神経症を、Magazineがアート・ロック的な冷たさを、CanやKraftwerkが反復と電子音の方法論を提示していた中で、Simple Mindsはそれらをヨーロッパ的な地理感覚と結びつけた。
本作は、後のSimple Mindsの成功を知っているリスナーにとっては、驚くほど尖った作品に聞こえるかもしれない。『Don’t You (Forget About Me)』や『Alive and Kicking』のような明快なメロディ、開かれたコーラス、アメリカ市場向けのスケール感はここにはない。しかし、Simple Mindsが単なる80年代アリーナ・ロック・バンドではなく、もともと非常に知的で実験的なポストパンク・バンドだったことを理解するうえで、本作は欠かせない。
日本のリスナーにとって『Empires and Dance』は、ニューウェイヴをより深く聴くための作品である。明るいシンセポップやMTV的な80年代ポップとは異なり、本作は冷たく、暗く、時に取っつきにくい。しかし、低音の反復、都市的な音響、政治的なイメージの断片に耳を向けると、非常に豊かな緊張感があることが分かる。クラブ・ミュージックとロック、電子音楽とポストパンクの接点としても価値が高い。
総じて『Empires and Dance』は、Simple Mindsがポップな成功へ向かう前に到達した、冷たく鋭いアート・ロックの重要作である。帝国の影の中で踊る身体、都市を移動する視線、歴史とメディアに切り刻まれる感覚。それらが硬質なベースとシンセサイザーの反復の中で鳴っている。本作は、後年の輝かしいSimple Mindsとは異なる、より暗く、より知的で、より危険な魅力を持つアルバムである。
おすすめアルバム
1. Sons and Fascination/Sister Feelings Call by Simple Minds
1981年発表。『Empires and Dance』の硬質なポストパンク/クラウトロック的な方向性を受け継ぎつつ、より洗練されたグルーヴと広がりを獲得した作品である。Steve Hillageのプロデュースもあり、反復的なリズム、シンセサイザー、ベースの推進力がさらに整理されている。『New Gold Dream』へ向かう過渡期として重要なアルバムである。
2. New Gold Dream (81–82–83–84) by Simple Minds
1982年発表。『Empires and Dance』のヨーロッパ的な冷たさと反復美学を、より美しく、ポップで、シンセサイザーの輝きに満ちた形へ昇華した代表作である。「Promised You a Miracle」「Glittering Prize」などを収録し、Simple Mindsがニューウェイヴの実験性からメインストリームへ進む決定的な転換点となった。
3. Lodger by David Bowie
1979年発表。Bowieのベルリン三部作の一角であり、旅、都市、異文化、政治的な不安をテーマにした作品である。『Empires and Dance』に見られるヨーロッパ的な移動感覚や、アート・ロックとポストパンクの接続を理解するうえで重要な参照点となる。Simple Mindsの初期の美学にも強く影響している。
4. Fear of Music by Talking Heads
1979年発表。ポストパンク、ファンク、都市的な不安、反復的なリズムが結びついた重要作である。Simple Mindsとは文化的背景が異なるが、ダンス可能なビートと現代社会への不安を同時に扱う点で『Empires and Dance』と関連性が高い。ポストパンクが身体性を獲得していく流れを理解できる。
5. Vienna by Ultravox
1980年発表。シンセサイザー、ヨーロッパ的な美意識、ポストパンク以降の冷たいロック感覚を融合した作品である。『Empires and Dance』よりも劇的でニュー・ロマンティック寄りだが、1980年前後の英国バンドがヨーロッパ的な音響とイメージをどのように取り込んだかを理解するうえで関連性が高い一枚である。

コメント