アルバムレビュー:emails i can’t send by Sabrina Carpenter

発売日: 2022年7月15日
ジャンル: ポップ、シンガーソングライター、インディー・ポップ


送れなかった“本音”の断片——Sabrina Carpenterが綴る言葉と沈黙の物語

emails i can’t sendは、Sabrina Carpenterにとって最も私的で、最も成熟した作品である。
まるで誰にも見せなかった下書きのメールを覗き込むように、そこには“誰にも言えなかったこと”が生々しく、時に残酷なまでに正直に綴られている。

これまでのポップ・アイコンとしての華やかさや演出された強さとは一線を画し、裏切り、怒り、未練、不安、そして許しといった感情が、丁寧に音と言葉に変換されている。
まるで日記のようでありながら、どのリスナーにも共鳴する“普遍的な私語”となって響く。

サウンド面では、ミニマルなアコースティック・ポップや、ベッドルーム・ポップ的な親密さが基調となっており、彼女のボーカルと歌詞が前面に出る構成が際立つ。
これは“演じる”のではなく、“伝える”ためのアルバムなのだ。


全曲レビュー

1. emails i can’t send

アルバムの扉を開くのは、ピアノと声だけで紡がれる極私的な回想。
家族への失望と、それでも愛さずにはいられない痛みが静かに描かれている。

2. Vicious

優しく始まりながら、怒りを帯びて炸裂する感情のカタルシス。
表面的には優しい“彼”が、どれだけ冷酷だったかを暴露するリリックが生々しい。

3. Read your Mind

アップテンポなエレクトロ・ポップ。
曖昧な関係性に対する苛立ちと混乱を、キャッチーなフックに包み込んでいる。

4. Tornado Warnings

セラピーで「まだ彼のことを引きずっていない」と嘘をついた、と始まる率直な歌詞が印象的。
感情の矛盾を、予測できない気象に例えた巧みなメタファーが光る。

5. because i liked a boy

リリース当初から話題を呼んだ楽曲。
恋愛によって巻き起こったネット上の中傷や“悪者扱い”を、アイロニーとともに告白する。
サウンドは軽やかだが、リリックは痛切そのもの。

6. Already Over

過去の関係にとらわれている自分を責めるようなナンバー。
“もう終わってる”と知りながらも感情が追いつかないというリアルな葛藤が胸に迫る。

7. how many things

日常の中での気づきや未練を、囁くような歌声で綴る。
「君が気づいてないこと、私はいくつ知ってるんだろう?」という問いが刺さる。

8. bet u wanna

挑発的なエレクトロ・ポップ。
“あの子より私のほうがあなたを知ってる”という自負と嫉妬が交錯する。

9. Nonsense

遊び心満載のセクシー・ポップ。
ふざけたようなラインの連続が、逆に彼女の余裕とウィットを感じさせる。

10. Fast Times

テンポの速い恋と現実のスピード感を描いた爽快なトラック。
時代の速さと自分の心のズレをユーモア混じりに捉えている。

11. skinny dipping

一見さりげない再会の描写に、かつての恋の余韻がたゆたう。
“もしもあの時…”という仮定と、それを飲み込む今が交錯する。

12. Bad for Business

恋に溺れることと、キャリアやセルフイメージとの板挟み。
「あなたはビジネス的には最悪」と言いながらも抗えない感情がにじむ。

13. decode

アルバムを締めくくるのは、愛の謎を解こうとする静かなバラード。
すべてを“理解しきれなかった”ことへの痛みと、そのままでもいいという受容が共存する。


総評

emails i can’t sendは、Sabrina Carpenterが“パブリックなイメージ”を脱ぎ捨て、自分自身の声で語った初めてのアルバムである。
それはただ感情的なのではなく、冷静に自らを見つめながらも、その率直さゆえに聴く者の心をえぐる。

歌詞の多くは特定の相手や出来事に紐づいているように感じられるが、それが普遍性を持つのは、彼女がそこに“加工されていない感情”を残しているからだろう。
まるで送信できなかったメールの下書きを見せられているような、覗き見のような、しかし確かな共感と痛みがある。

この作品は、現代のポップがどれだけ個人的になり得るか、どれだけ繊細な感情を扱えるかという点で、ひとつの到達点と言える。
ポップ・アイドルという仮面を外し、“語るべき物語”の語り手としてSabrina Carpenterが立っていることを証明する一枚だ。


おすすめアルバム

  • folklore / Taylor Swift
     静けさの中で感情の深層を描く、ストーリーテリングの極致。

  • Sling / Clairo
     ベッドルーム・ポップと内省の融合。生活と心の機微が繊細に描かれる。

  • Good Riddance / Gracie Abrams
     傷つきやすさをそのまま音にしたような、儚く美しい日常の記録。

  • Punisher / Phoebe Bridgers
     アイロニーと哀しみの交差点に立つ、鋭くも優しいオルタナ・フォーク。

  • Emails I Can’t Send Fwd: / Sabrina Carpenter
     デラックス版に収録された未発表曲を含む、さらなる感情の拡張。

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