アルバムレビュー：Eight Arms to Hold You by Veruca Salt

発売日: 1997年2月11日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、パワー・ポップ、グランジ

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム（5枚）
歌詞の深読みと文化的背景

概要

『Eight Arms to Hold You』は、Veruca Saltが1997年に発表したセカンド・アルバムであり、前作『American Thighs』から一気にスケールアップした“メジャー・ロックバンド”としての彼女たちを捉えた作品である。

タイトルはビートルズの幻の映画タイトル（のちに『Help!』に改題）に由来しており、ビートルズへの愛情とポップセンスを感じさせる一方で、“八本の腕”というイメージには執着、混乱、愛情過多といった複雑な情念も含まれている。
本作では、Nina GordonとLouise Postのツインボーカルはより分厚く、ギターはより轟音的に、そしてメロディはよりキャッチーに進化。
プロデューサーにガービッジやスマッシング・パンプキンズで知られるBob Rockを迎え、サウンドの厚みとポリッシュされた質感が全面に出ている。

商業的にも本作は成功を収め、特にリード・シングル「Volcano Girls」はオルタナ・ロック・アンセムとして90年代後半を象徴する楽曲のひとつとなった。
しかしその一方で、バンド内の緊張は高まり、結果的にNina Gordonは本作を最後に脱退することになる。

つまり、『Eight Arms to Hold You』は、Veruca Saltの“絶頂と終焉”が共存する、まばゆくも痛みを孕んだロックアルバムなのである。

全曲レビュー

1. Straight

パワー・コードと鋭いボーカルで突き進むオープニング。
シンプルなタイトルに反して、感情は複雑で、曲が進むにつれて内的葛藤が浮き彫りになる。

2. Volcano Girls

バンド最大のヒット曲であり、前作の「Seether」をセルフ・リファレンスするリリックが話題に。
高速リフと爆発的サビが炸裂する、完璧な90sアンセム。
「I told you about the Seether before…」という一節は、自己言及と自己解体の入り混じったメタ的快作。

3. Don’t Make Me Prove It

怒りとフラストレーションが剥き出しのナンバー。
「証明なんてさせないで」というフレーズに、女性としてのプレッシャーと反発心が滲む。

4. Awesome

ややスロウなテンポとメロウなメロディ。
“Awesome”という言葉が反語的に響く、皮肉交じりのバラード。
表面的な明るさと裏腹に、深い空虚感が支配する。

5. One Last Time

別れの予感と未練が交錯する切ないポップ・ロック。
美しいメロディとハーモニーが、涙を誘う。

6. With David Bowie

タイトルが示すとおり、憧れと超越をテーマにしたナンバー。
グラムロック的な幻想と現実の乖離が歌われている。

7. Benjamin

このアルバムの感情的ピークのひとつ。
「ベンジャミン、どうして私を拒んだの？」という問いが反復され、執着と愛の痛みが生々しく迫る。

8. Shutterbug

ミッドテンポでダークなトーン。
“カメラのフラッシュ”という比喩を通じて、記憶、視線、暴露を描き出す。

9. The Morning Sad

アルバムの中でも最も内省的な楽曲のひとつ。
「朝の憂鬱」をタイトルにしながら、夜の終わりと光の始まりを思わせる抒情的ナンバー。

10. Sound of the Bell

不穏で少しスピリチュアルな雰囲気の楽曲。
“鐘の音”が象徴するのは、時間、死、覚醒——聴き手の解釈に委ねられる深さがある。

11. Loneliness Is Worse

タイトル通り、孤独の重さを肯定的に受け止めようとするナンバー。
しかしその分、リリックの一言一言が鋭く、心を突き刺す。

12. Earthcrosser

アルバムのクロージングにふさわしいスケール感を持った楽曲。
“地球を横断する者”というイメージは、自己超越のメタファーとも読める。
オルタナ・バラードとしての完成度が非常に高い。

総評

『Eight Arms to Hold You』は、Veruca Saltが音楽的にも精神的にも“限界点”に到達したアルバムである。
それは音の迫力、メロディの美しさ、歌詞の鋭さ、全てにおいて最も“強く”、そして最も“壊れそうな”瞬間が封じ込められている。

前作『American Thighs』で見せた生々しい初期衝動が、ここではメジャー・ロックとしての洗練と爆発力へと昇華されており、Veruca Saltというバンドの持っていた“二面性”——繊細と攻撃、甘さと毒、愛と怒り——が最大限に引き出されている。

しかし、この音楽的ピークは同時にバンドとしての破局をも意味していた。
このアルバムをもってNina Gordonは脱退し、黄金期のVeruca Saltは終焉を迎えることとなる。

だからこそ、この『Eight Arms to Hold You』は、単なる“良くできたロックアルバム”以上の意味を持つ。
それは、感情が飽和した先にある“美しさと破綻”の同居を、見事に音にした一枚なのである。

歌詞の深読みと文化的背景

『Eight Arms to Hold You』の歌詞群には、90年代後半の女性ミュージシャンが抱えていた内的葛藤と、ポップカルチャーの中での“自己定義”への抵抗が滲んでいる。

特に「Volcano Girls」における自己言及や、「With David Bowie」の偶像性、「Benjamin」の未練と執着には、恋愛というよりも“自己投影の崩壊”が描かれているようにも思える。

1990年代のオルタナ・ロックは、自己破壊と創造の循環の中にあった。
Veruca Saltの本作もその一環として、音楽そのものが“感情の渦”と化した時代の貴重な証言なのである。