アルバムレビュー:Ege Bamyasi by Can

Spotifyジャケット画像

発売日: 1972年11月**
ジャンル: クラウトロック、ファンク、サイケデリック・ロック


オクラ缶の中の宇宙——ファンクと実験精神が融合したCanの“最も開かれた”瞬間

『Ege Bamyasi』は、1972年にリリースされたCanの4作目のスタジオ・アルバムであり、バンドの実験性とポップ性が奇跡的にバランスした“異色の傑作”である。
トルコ語で「オクラの缶詰」を意味するタイトル、そして実際にオクラ缶をあしらったジャケットが示すように、
このアルバムには、謎と親しみやすさ、即興とグルーヴ、都市と辺境が同居する不可思議な魅力が詰まっている。

ここでは、前作『Tago Mago』のアブストラクトな狂気がやや後退し、よりファンキーでタイトなリズムと、短めの楽曲構成が主流となっている。
しかし、Can特有の予測不能な進行と音響的実験性はそのまま温存されており、むしろより洗練されたかたちで表出している。


全曲レビュー

1. Pinch

10分超のオープニングは、ヤキ・リーベツァイトの神業的ドラムが支配する、グルーヴの怪物。
ダモ鈴木の即興的な語り、アーバンかつ混沌としたキーボードの断片が交錯し、都市の深夜を疾走するようなサイケ・ファンクに仕上がっている。

2. Sing Swan Song

一転して、淡く水面を漂うようなドリーミーなトラック。
エレクトリック・ピアノと浮遊するギター、ささやくようなヴォーカルが織りなす、Can屈指の静謐な美しさ。
まるで幻の鳥の歌声が、霧の奥から聴こえてくるような感覚。

3. One More Night

軽やかなリズムと反復するベースラインが印象的なミニマル・ファンク。
「もう一晩だけ」——繰り返されるこのフレーズが、退廃的でありながらどこか幸福感すら漂わせる。
グルーヴの快楽を最もストレートに味わえる一曲。

4. Vitamin C

Can最大の“アンセム”にして、ポップでありながら奇妙さが際立つ名曲。
印象的なイントロのリフと、「She is losing her vitamin C…」というリフレインが強烈なインパクトを残す。
ヒップホップやサンプリング文化にも多大な影響を与えた、ポストロックの先祖のような存在。

5. Soup

アルバム中最も実験的なトラックで、ファンキーな前半と、ノイズと無調の後半が“異物の混入”のように切り替わる構成。
“スープ”というタイトルの通り、具材(音)が次々と投入され、やがて煮崩れていくような感覚。
Canの中でも特にスリリングな音響体験。

6. I’m So Green

明るくポップなテンションで進行する、意外性に満ちたキャッチーな一曲。
とはいえ、ギターのフレーズやドラムのタイム感は常に“外し”を含んでおり、ポップとアヴァンギャルドの綱渡りを成功させている。

7. Spoon

もともとはドイツのTVドラマ『Das Messer』の主題歌として制作され、本作からのヒット・シングルとなった異色のポップソング。
エレクトロニックなビートと冷ややかなヴォーカルが、Can流の“未来のポップ”を提示している。
のちのニューウェーブ〜エレクトロ・ポップの源流ともいえる重要曲。


総評

『Ege Bamyasi』は、Canという“制御不能な実験室”が、奇跡的にグルーヴと構造を手に入れた瞬間である。
『Tago Mago』が“精神の迷宮”なら、本作は“身体の祝祭”。
踊れるのに不安、ポップなのに異様——そんな二重性がアルバム全体を貫いており、結果として最も“アクセス可能なCan作品”となった。

この作品をきっかけに、Canは実験音楽から“踊れるアヴァンギャルド”へと進化し、
のちのファンク、ポストパンク、テクノ、ヒップホップに至るまで広範な影響を及ぼす存在となる。


おすすめアルバム

  • Talking HeadsRemain in Light
     ファンクと実験性が融合した“ポストCan的”ロックの金字塔。
  • The Pop Group『Y』
     政治的ファンクとノイズの交差点。『Soup』の精神的後継者。
  • Neu!『Neu! 75』
     よりストイックなミニマル・ロックの美学が光る。Canの兄弟的存在。
  • Beck『Midnite Vultures』
     ファンクと奇妙さを楽しむ90年代の異端ポップ。Vitamin C的DNAを継承。
  • Battles『Mirrored』
     変拍子とミニマル反復を駆使した現代の“脱構築グルーヴ”作品。

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