発売日: 2016年10月21日
ジャンル: シンセポップ、ドリームポップ、ノイズポップ
概要
『Dreamless』は、Crocodilesが2016年に発表した6作目のスタジオ・アルバムであり、
そのタイトルが象徴するように、これまでの暴力的ノイズや退廃的ガレージサウンドとは一線を画した、
夢を失った夜に漂う静かな哀しみと諦念を内包したエレクトロニックな転換作である。
プロデュースを手がけたのはMartin Thulin（Los Fancy Free）、録音は再びメキシコシティ。
だが今作では前作『Boys』のラテン的リズムや享楽性は控えめとなり、
代わって前面に出てくるのは冷たくも美しいシンセサウンド、抑制されたビート、そして湿った空気感である。
Crocodilesは本作で、かつての暴走するファズギターと奔放なラヴソングをいったん封印し、
都市の夜、孤独、内省、そして夢の喪失＝”Dreamless”というテーマに静かに向き合う。
その姿勢は、80年代ニューウェイヴや冷たいドリームポップの影響を色濃く感じさせる。
全曲レビュー
1. Telepathic Lover
クールなエレクトロ・ビートで幕を開ける新章。
“テレパシーで繋がった恋人”という表現は、物理的距離と精神的親密さのズレを象徴している。
ノイズは控えめながらも、感情の摩擦熱がじんわりと伝わる。
2. Maximum Penetration
ダークでメカニカルなリズムが支配するインダストリアル風楽曲。
タイトルの挑発性とは裏腹に、行き過ぎた親密さがもたらす孤独や不安をテーマとする。
冷たい音像と詩的イメージの対比が際立つ。
3. Welcome to Hell
淡々としたベースラインと儚げなボーカルが作り出す、静かな絶望の音像。
“地獄へようこそ”という言葉に、現代社会に対する皮肉と諦観が織り交ぜられている。
4. I’m Sick
80年代風シンセとパーカッションが特徴のダンサブルな一曲。
タイトルの通り、愛に疲れ、現実に飽きた心の叫びがリズムにのせて吐き出される。
メランコリーと皮肉のバランスが絶妙。
5. Go Now
シンプルなピアノと静かなボーカルで構成されたバラード。
“今すぐ去って”という切実な訴えは、別れの悲しみ以上に、感情が枯れた静かな拒絶として響く。
Crocodilesの楽曲中、最も繊細でナイーヴな瞬間のひとつ。
6. Jumping on Angels
幻想的なコード進行と薄く重なるシンセパッドが、霊的な浮遊感を演出。
天使に飛び乗るというファンタジックな比喩が、現実逃避の裏にある痛みと諦めを映し出す。
7. Time to Kill
退廃的なメッセージとスロウなリズムが絡み合う、現代版“退屈の美学”。
“殺すべき時間”とは、何もしないことの罪か、あるいは快楽か――その曖昧さがこの曲の核。
8. Alita
女性の名を冠した楽曲。
アルペジオと控えめなシンセに支えられた美しいメロディの中に、切ない憧れと手の届かぬ存在への追憶が漂う。
バンドの新たな叙情性が感じられる佳曲。
9. Not Even in Your Dreams
アルバム終盤にふさわしい深淵なドリームポップ。
“夢の中ですら叶わない”というリリックが、希望なきロマンスの悲哀を際立たせる。
まさにタイトル『Dreamless』の核となる一曲。
10. Living With a Hernia
George Clintonの楽曲名のパロディとも思えるタイトルを冠しつつ、内容は極めてシリアス。
“ヘルニアと生きる”という語感のグロテスクさが、肉体の痛みと精神の麻痺を象徴する。
アルバムを締めるにふさわしい、現実を受け入れた後の静かな闇。
総評
『Dreamless』は、Crocodilesがこれまで追い求めてきたラウドで退廃的なロックンロール像をいったん横に置き、
**静かで冷たい内面世界の表現に向かった“夜のアルバム”**である。
この作品には、ギター・ノイズも、カリフォルニア的享楽も、ユーモアすらも希薄である。
だがその代わりに、夢を失った者たちの漂流、愛の残響、都市の孤独といった現代的な情緒が、
ひんやりとした音像に織り込まれている。
まるでThe Cureの『Disintegration』、あるいはDepeche Modeの陰影的な楽曲群を彷彿とさせる、
“ノイズのないCrocodiles”の美学がここにはある。
それはまた、彼らが真に成熟したアーティストであることの証左でもある。
おすすめアルバム（5枚）
- The Radio Dept. – Clinging to a Scheme (2010)
ドリーミーかつ冷たいポップ。『Dreamless』との共鳴度が高い。 - The Cure – Faith (1981)
ポストパンク的内省と静けさ。Crocodilesの方向転換を予見するかのような作品。 - Cold Cave – Cherish the Light Years (2011)
冷たいエレクトロとエモーションの交差点。 - Beach House – Depression Cherry (2015)
夢のような音像の中に、静かな喪失感を内包する名盤。 -
Depeche Mode – Black Celebration (1986)
都市的メランコリーとシンセの硬質な質感。Crocodilesが向かった暗黒の原点。
歌詞の深読みと文化的背景
『Dreamless』に登場する言葉や比喩は、これまでのような愛と暴力の直線的表現ではなく、
**「愛されなさ」「希望の喪失」「感情の麻痺」「空白の夜」**といった、静的な絶望に焦点が当たっている。
“夢すら見られない”ということは、単に眠れないのではない。
それは、理想も幻想も失われた世界でなお目を開け続けることの苦痛を意味するのだ。
このアルバムは、享楽の残骸を拾いながら、なお音を鳴らすCrocodilesの悲しい美しさを記録した作品であり、
夜と孤独を知る者たちへの、静かで冷たいオマージュである。
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