1. 歌詞の概要
「Do It Again」は、Steely Danのデビューアルバム『Can’t Buy a Thrill』(1972)に収録された楽曲であり、彼らのキャリアの幕開けを象徴する一曲である。この曲はアメリカ国内外で高い評価を受け、Billboard Hot 100で6位を記録するなど商業的成功も収めた。タイトルの“Do It Again(またやるのさ)”が示す通り、この楽曲は人間が繰り返し陥る愚かさや習慣、欲望に対する冷静かつ皮肉な観察が主題となっている。
歌詞では、復讐に走る者、金と快楽を求める者、そして情熱に飲み込まれる者という三つの物語が描かれる。それぞれの人物が間違いや逸脱を犯しながらも、結局は元の場所へと戻ってしまう——すなわち、何度も「やり直す(Do it again)」という構造が、歌詞とリフレインによって繰り返される。
この“反復”のテーマは、人間の性(さが)、社会の閉塞感、そして逃れられないカルマのようなものとして描かれており、単なるストーリーテリングにとどまらず、人生や文化への鋭い批評性を帯びている。また、曲全体に漂うエキゾチックな雰囲気や中毒性のあるリズムが、“抜け出せないループ”を音楽的にも象徴している。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Do It Again」は、Donald FagenとWalter Beckerによる作詞作曲で、Steely Danとしての最初のヒット曲となった。この楽曲において彼らは、ジャズやラテン音楽、サイケデリック、エスニック要素をミックスさせた独自のサウンドを提示しており、それはのちの彼らの音楽性のプロトタイプとも言えるものだった。
楽曲の中心にあるクラビネット風のエレクトリック・ピアノ、アフリカンパーカッション、そして終盤に登場する電気シタールのソロなど、当時のロックバンドとしては極めてユニークな編成を用いている。Donald Fagenの気だるくも知的なボーカルスタイルも、この曲においてすでに完成されており、リスナーに“距離”と“深読み”を同時に促すような作りとなっている。
「Do It Again」は、Steely Danが“ロック”というジャンルの枠組みをどれほど柔軟に捉えていたか、そしてその音楽的野心がデビュー当初から際立っていたことを証明する作品でもある。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Do It Again」の印象的な一節とその和訳を紹介する。
“In the morning you go gunning for the man who stole your water”
朝になると、おまえは水を奪った男を撃ちに行く
“And you fire till he is done in, but they catch you at the border”
相手が倒れるまで撃ち続ける、だが国境でおまえは捕まる
“And you go back, Jack, do it again”
それでもまたやるのさ、ジャック、繰り返すだけさ
“Wheel turnin’ ‘round and ‘round”
運命の輪はぐるぐる回り続ける
“You go back, Jack, do it again”
また戻るんだ、ジャック、同じことを
このように、物語は“行動→失敗→繰り返し”という構造を繰り返しながら、人間の業の深さを暗示している。
歌詞引用元:Genius – Steely Dan “Do It Again”
4. 歌詞の考察
「Do It Again」の歌詞には、Steely Danらしい“醒めた視点”が貫かれている。殺人、裏切り、放蕩といった物語が、それぞれ一切の感情的描写を排した冷静な語り口で綴られることで、リスナーは“これはフィクションか?”“現実の縮図か?”と戸惑いつつ、そこに普遍的な人間像を見出してしまう。
繰り返される「You go back, Jack, do it again」というフレーズは、まるで“何をやっても結局は同じ場所に戻る”という人生の虚無を語る呪文のようであり、その音韻の美しさとは裏腹に、非常に冷酷な真実を突きつけてくる。
この曲の構造は、ある種の“音楽的メビウスの輪”とも言えるもので、物語も音もぐるぐると同じところを回り続けているように感じられる。その中で、登場人物たちは一歩も前に進めない。だがそれこそが、人間が本能や欲望に支配される存在であるという真理の表現であり、Steely Danはそれを知的かつ洗練されたスタイルで見事に描き出している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Dirty Work by Steely Dan
『Can’t Buy a Thrill』収録のもうひとつの名曲。男女の関係性をテーマにした切ないラブソング。 - Riders on the Storm by The Doors
サイケデリックとジャズが融合した浮遊感のある楽曲。Do It Againの耽美的雰囲気と共鳴。 - Low Spark of High Heeled Boys by Traffic
中毒性のあるリズムとメロウなジャズロックが魅力。Steely Danと通じる音楽的知性がある。 - Time by Pink Floyd
時間の循環と人間の無力さをテーマにした傑作。Do It Againの“反復性”とリンクする構造。
6. “やり直し”という哲学的ループ
「Do It Again」は、Steely Danがデビュー作にして早くも“哲学的ロック”というスタンスを打ち出した記念碑的な楽曲である。エキゾチックな響きとハイセンスなアレンジの裏にあるのは、“変わりたいのに変われない”という人間のジレンマ、そして文明社会が抱える反復的な暴力と快楽の構造である。
この曲がリスナーに残すのは、単なるメロディの記憶ではなく、「自分は今、何を繰り返しているのか?」という内省のきっかけだ。Steely Danは、“音楽を通して世界の構造を読み解く”という稀有な表現を成し遂げた。そしてこの一曲だけでも、彼らがなぜ“知性派ロック”の代名詞として長く語り継がれているのか、その理由がはっきりとわかる。
「Do It Again」は、甘美な旋律と冷徹な現実が交差するSteely Danの原点であり、聴くたびに“人間の本質”に向き合わざるを得ない知的なトリップである。その輪の中に、今も私たちは巻き込まれているのかもしれない。
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