発売日: 2014年2月11日
ジャンル: エレクトロロック、ドリームポップ、ウィッチハウス、ダークウェイヴ
概要
『Crosses(†††)』は、Deftonesのフロントマンであるチノ・モレノ(Chino Moreno)と、
Farのギタリストショーン・ロペス(Shaun Lopez)によるコラボレーション・プロジェクトCrosses(†††)が、
2014年に発表したセルフタイトルのデビュー・アルバムであり、
ポスト・メタルやオルタナティヴ・ロックの文脈とは異なる、耽美で夢幻的な音世界を構築した異形の傑作である。
このプロジェクトは、当初から“バンド”というより芸術的ユニット/儀式的コレクティブとして始まり、
音楽性もDeftonesのラウドさとは一線を画す――シンセ・ウェイヴ、ウィッチハウス、アンビエント、ドリームポップを含む静謐なもの。
アルバムは過去にEPとして発表されていた楽曲群を再構成し、未発表曲を追加したものとなっている。
全体を通して、夢と悪夢、快楽と罪、神聖と背徳といったテーマが詩的・映像的に描かれており、
チノのヴォーカルは耳元で囁くように、あるいは遠くから祈るように響く。
本作は、“夜にしか存在しない音楽”であり、
聴く者を現実から滑り落ちるような感覚へと誘う、幽玄な魅力を持った作品である。
全曲レビュー
1. This Is a Trick
アルバムの幕開けは、不穏なビートと美しいメロディが交錯する。
“これはトリックだ”という言葉は、現実と幻想の境界を攪乱する宣言のようにも聞こえる。
シンセ・ノイズが空間を歪ませながら広がっていく。
2. Telepathy
シンプルなリズムと浮遊感あるシンセに、チノの甘くミステリアスな声が溶け込む。
“テレパシー”という言葉が象徴するように、言葉にならない感情の共有と、孤独の中の接続を描く。
3. Bitches Brew
Miles Davisの名作を思わせるタイトルだが、内容はダークでエロティックな電子音の呪文。
サビの爆発力と、トラック全体の官能性は、本作のハイライトのひとつ。
4. Thholyghst
タイトルは“The Holy Ghost(聖霊)”の暗号的表記。
ゴスペル的な荘厳さと、ウィッチハウスの邪悪さが共存する異形のトラック。
宗教的言語と性的表現が交差する、神と肉体のグレイゾーン。
5. Trophy
冷たいエレクトロの中に、痛々しいほどのロマンチシズムが潜む。
「君は僕のトロフィー」――その言葉は、愛と所有、執着と崇拝の危うい関係を象徴している。
6. Bermuda Locket
ダウンテンポで幻想的なサウンド。
“バミューダ”と“ロケット(ロケット状のペンダント)”という夢想的イメージが重なり、
記憶と欲望が交差するトリップ感覚が生まれている。
7. Frontiers
最もアグレッシヴなギターが響く1曲。
とはいえ轟音ではなく、感情の内側からじわじわと溢れる焦燥感が、ノイズと共に描かれている。
タイトル通り、心の“境界”を超えていく音楽。
8. Nineteen Eighty Seven
ノスタルジックなタイトルに反して、サウンドはモダンで冷ややか。
1987年=冷戦末期の世界観と重ねて、終末感のあるエレクトロ・バラッドとなっている。
9. Option
アルペジオ的に反復されるシンセと、チノの静かな語りが美しい。
「選択肢」がない関係性の中で、自由と支配のあいだで揺れる愛がテーマ。
10. 1987 (Reprise)
先ほどのトラックのリプライズ。
インストゥルメンタルとして再構築され、過去の亡霊と踊るような感覚が広がる。
11. Blk Stallion
ビートは重く、暗く、地を這うように展開する。
“黒い種馬”というタイトルが示すように、抑圧された欲望や衝動が音に染み込んでいる。
12. Death Bell
エンディングは、まるで夢の終わりを告げる“死の鐘”のよう。
静かで切ないメロディとエコーが、このアルバムがどこにも属さない“夢の教会”であったことを証明する。
総評
『Crosses』は、ロックの延長線上にある作品ではなく、
神秘と快楽、宗教と倒錯、エレクトロとアンビエンスの交差点に立つ音の儀式である。
チノ・モレノというカリスマ性を帯びたボーカリストが、
Deftonesとはまったく異なる文脈――内省的で耽美、そして静かに病んだ世界を提示したことは、
オルタナティヴ・ロックにおける一つの重要な転回点ともいえる。
夜の都市、儀式、夢、涙、沈黙。
これらすべてを内包するこのアルバムは、聴く者を静かに浸食し、
やがて逃げ場のない美しさの檻へと導いていく。
おすすめアルバム(5枚)
- Deftones – White Pony (2000)
チノ・モレノの代表作。Crossesの感性の源流がここにある。 - How to Destroy Angels – Welcome Oblivion (2013)
トレント・レズナーによる幽玄エレクトロ。夜と夢と人工美。 - Purity Ring – Shrines (2012)
ウィッチハウスとドリームポップの中間。『Crosses』と音像の親和性が高い。 - Team Sleep – Team Sleep (2005)
チノが参加するもうひとつのプロジェクト。夢遊病的な音の迷宮。 -
Zola Jesus – Conatus (2011)
神秘主義と電子音の美的融合。宗教的モチーフとポップの交差が魅力。
歌詞の深読みと文化的背景
Crossesの楽曲には、カトリック的イメージ、夢幻的モチーフ、性愛と宗教の対比が多用されている。
「Thholyghst」「Death Bell」などは明らかに宗教的儀式や教会空間を想起させ、
そこに性的な言葉や身体的メタファーが混ざることで、“聖なるもの”と“汚れたもの”の交錯が意識的に演出されている。
また、“†”というプロジェクト名・装飾の使い方からもわかる通り、
Crossesは一貫して視覚的にも聴覚的にも、信仰と倒錯を同時に扱うユニットである。
それは単なるダークウェイヴやウィッチハウスではなく、
**“現代の無神論的感性における最後の祈り”**としてのポップミュージックなのかもしれない。
コメント