発売日: 1990年5月1日
ジャンル: ハードロック、ダンスロック、ニュー・ウェーブ、グラムロック
生き残った男の“チャーミング”な狂気——90年代の幕開けとビリー・アイドルの変貌
1990年、Billy Idolはキャリア4作目となるスタジオ・アルバムCharmed Lifeをリリースした。
この作品は、彼が過剰なドラッグ使用と交通事故による瀕死の重傷という“現実の破滅”を乗り越えた直後に生まれた作品であり、その意味で非常にパーソナルである。
アルバムタイトル「魅せられた人生」は皮肉なのか、それとも再生の兆しなのか。
その問いが、全編を覆う影と光のコントラストに結晶している。
サウンド面では、80年代型のリバーブ多用サウンドから脱却し、より筋肉質でストレートなハードロック路線へと接近。
長年の相棒Steve Stevensの離脱後、新たなギタリストMark Younger-Smithが参加し、よりメタリックかつ攻撃的な質感が強まった。
この変化は、90年代へと突入したロックシーンの空気を敏感に察知しながら、ビリーが自らのアイデンティティを再定義しようとしていた証だ。
全曲レビュー
1. The Loveless
重く鋭利なギターリフが印象的なオープニング。
無愛想な世界を描きつつ、どこかナルシスティックな快楽を感じさせる“愛なき者”の歌。
ビリーのヴォーカルも冷たさと熱さを交互に行き来する。
2. Pumpin’ on Steel
メタリックなギターと機械的なビートが噛み合うインダストリアル・ロック寄りの一曲。
暴力と欲望が交錯するような退廃的エネルギーが全開。
3. Prodigal Blues
“放蕩息子のブルース”というタイトル通り、自己破壊からの再生をテーマにしたスロー・バラード。
誠実さと哀愁に満ちた名曲で、ビリーの内省的な側面が前面に出た異色の一曲。
ギターのトーンも穏やかで、霧の中を歩くような感覚がある。
4. L.A. Woman
The Doorsのカバーだが、原曲のサイケ・ブルース感をハードロック化し、ビリー流に再構築。
都市の女神=L.A.という存在を、より暴力的かつセクシーに描く。
ライブ映えする一曲。
5. Trouble with the Sweet Stuff
毒と甘さが同居するような、ファンキーなリズムを持ったダンスロック。
タイトル通り、魅惑的だが厄介なものへの中毒性を描写。
ビリーの“危険な色気”が光る。
6. Cradle of Love
本作最大のヒット曲で、映画『フォード・フェアレーンの冒険』の主題歌としても知られる。
キャッチーなリフと明快なサビで構成されたアリーナ向けのロックナンバー。
ミュージックビデオの官能的演出も話題を呼び、MTV黄金期を象徴する一曲となった。
7. Mark of Caine
旧約聖書の“カインの刻印”をメタファーにしたダークなトラック。
罪と罰、疎外と暴力。ビリーの文学的な側面が顔を覗かせる。
8. Endless Sleep
まるで夢の中を漂うような浮遊感あるミッドテンポ。
眠り=死、あるいは現実逃避を美しく、しかし不穏に描いている。
シンセの薄いレイヤーが印象的。
9. Love Unchained
タイトルとは裏腹に、どこか冷徹さの漂うラブソング。
「解き放たれた愛」というよりも、「暴走する感情」といった印象の強い一曲。
10. The Right Way
自己啓発風のタイトルながら、内容は皮肉と諦観が交錯するロックナンバー。
「正しい道なんてあるのか?」という根源的な問いを、ビリーらしい怒りの美学で提示する。
11. License to Thrill
ラストにふさわしい、挑発的かつスタイリッシュなトラック。
スパイ映画のようなスリル感と、都会的な退廃が混ざり合った世界観。
「快楽のためのライセンス」は、時代を駆け抜けた男の宣言でもある。
総評
Charmed Lifeは、Billy Idolにとって“リセット”のようなアルバムである。
80年代の耽美と過剰が終焉を迎えつつあった時代において、彼はハードロックの王道へと接近しながら、自身の中にある“反逆性”と“孤独”を再構築しようとした。
その結果生まれたのが、“魅せられた人生”という名の裏にある、不安、衝動、そして静かな希望である。
事故の後遺症を抱えながらも、なおステージに立ち、叫び続けるその姿は、もはや偶像ではない。
Billy Idolという人間の生き様が、そのまま音に宿った作品なのである。
おすすめアルバム
- Alice Cooper – Trash
80年代から90年代へと橋渡しを果たしたロックンロールの快楽主義。プロデュースはDesmond Child。 - INXS – X
90年代初頭のダンサブル・ロックの名盤。『Cradle of Love』と共鳴するグルーヴ。 - The Cult – Sonic Temple
攻撃性とメロディアスな要素を併せ持つハードロック。ビリーのハード路線と通じる。 - David Bowie – Tin Machine
ポップスターがバンドサウンドに回帰した異色作。Billyの変化と対比して興味深い。 - Def Leppard – Adrenalize
同時期のアリーナロック。サウンド面の豪華さと哀愁のあるメロディが好相性。
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