イントロダクション
INXS(インエクセス)は、オーストラリア・シドニーで結成されたロックバンドである。1977年に前身バンドとして始まり、1979年にINXSへ改名。ニューウェイヴ、ファンクロック、ダンスロック、ポップロック、ブルーアイドソウルを融合し、1980年代後半から1990年代前半にかけて世界的成功を収めた。
中心にいたのは、カリスマ的フロントマンのMichael Hutchence(マイケル・ハッチェンス)。そして、音楽面の核を担ったAndrew Farriss(アンドリュー・ファリス)をはじめ、Tim Farriss、Jon Farriss、Kirk Pengilly、Garry Gary Beersらによるバンド・アンサンブルである。彼らは、オーストラリアのパブロック的な熱気を出発点にしながら、MTV時代の視覚的魅力、ダンスフロアに対応するグルーヴ、ロックバンドとしての推進力を同時に獲得した。
代表曲「Need You Tonight」は、1987年のアルバムKickから生まれた世界的ヒットであり、1988年に米Billboard Hot 100で1位を獲得した。Billboardのアーティストページでも、同曲はHot 100で1位を記録したINXS最大級のヒットとして確認できる。(billboard.com) また、INXSは2001年にARIA Hall of Fame入りし、オーストラリア音楽史を代表するバンドとして位置づけられている。(en.wikipedia.org)
INXSの魅力は、ロックの荒々しさだけではない。セクシーなグルーヴ、都会的な冷たさ、ファンクの跳ね、ソウルのしなやかさ、ニューウェイヴの洗練が一体になっている。Michael Hutchenceの声は、低く甘く、危険で、どこか退廃的だった。彼は叫びで押し切るロックシンガーではなく、視線と沈黙で観客を引き寄せるタイプのフロントマンだった。
INXSは、オーストラリアから世界へ飛び出し、80年代ロックの国際的な地図を塗り替えたバンドである。
アーティストの背景と歴史
INXSの物語は、1970年代後半のシドニー周辺から始まる。Farriss兄弟を中心にしたバンドは、やがてMichael Hutchenceをボーカルに迎え、当初はThe Farriss Brothersとして活動した。その後、1979年にINXSへ改名する。バンド名は「in excess」、つまり「過剰に」という響きを持つ。これは、彼らの音楽が持つ肉体性と都市的な華やかさをよく表している。
初期のINXSは、地元オーストラリアのライブハウスやパブで鍛えられた。彼らは、単なるスタジオ志向のニューウェイヴバンドではなく、汗の匂いがするライブバンドだった。1980年のデビューアルバムINXS、1981年のUnderneath the Coloursを経て、1982年のShabooh Shoobahで国際的な注目を集め始める。ここから彼らは、オーストラリア国内の人気バンドから、世界市場へ向かう存在へと変わっていく。
1984年のThe Swingでは、「Original Sin」が大きな成功を収め、INXSはさらに洗練されたサウンドを手に入れる。1985年のListen Like Thievesでは、ロックバンドとしての強度とポップセンスが明確になり、「What You Need」がアメリカでもヒットした。
そして1987年、彼らは決定的なアルバムKickを発表する。「Need You Tonight」、「Devil Inside」、「New Sensation」、「Never Tear Us Apart」などを収録したこの作品は、INXSを世界的ロックバンドへ押し上げた。「Need You Tonight」は1988年1月にBillboard Hot 100で1位を記録し、INXSにとって唯一の全米No.1シングルとなった。(billboard.com, en.wikipedia.org)
1990年のX、1992年のWelcome to Wherever You Are、1993年のFull Moon, Dirty Heartsへと進む中で、バンドは巨大な成功の後の模索を続ける。しかし1997年11月22日、Michael Hutchenceが死去。彼の死は、INXSにとって決定的な喪失だった。Michael Hutchenceは1977年から1997年までINXSの共同創設者、リードシンガー、作詞家として活動した人物である。(en.wikipedia.org)
その後、INXSは複数のボーカリストを迎えながら活動を続け、2005年にはリアリティ番組Rock Star: INXSを通じてJ.D. Fortuneを新ボーカリストに選んだ。だが、Hutchenceの存在感はあまりにも大きく、バンドは2012年11月11日の公演を最後にライブ活動を終了したとされている。(en.wikipedia.org)
音楽スタイルと影響
INXSの音楽は、ロック、ニューウェイヴ、ファンク、ダンスロック、ポップロック、ソウル、ポストパンクを融合したものだ。彼らの最大の特徴は、ギターロックのバンドでありながら、ベースとリズムのグルーヴが非常に強いことである。踊れるロック。それがINXSの核心である。
Andrew Farrissの作曲センスは、INXSの音楽的な背骨だった。シンセサイザーやサックス、鋭いギター、シンプルだが印象的なリフを組み合わせ、Michael Hutchenceの声が最も妖しく響く空間を作った。一方で、Jon Farrissのドラムは非常にタイトで、ファンクやダンスミュージックの影響を感じさせる。Kirk Pengillyのサックスやギターも、バンドにソウルフルな色気を加えている。
影響源としては、The Rolling Stones、Roxy Music、David Bowie、Chic、Talking Heads、The Doors、Duran Duran、Prince、U2などが考えられる。特に、ロックの肉体性とダンスミュージックのグルーヴを融合する点では、PrinceやTalking Headsに近い感覚もある。
しかしINXSは、単なる影響の集合体ではない。彼らには、オーストラリア特有の乾いた空気と、シドニーの都市的な開放感があった。アメリカやイギリスのロックとは違う、少し陽射しの強い、しかし夜になると危険な匂いを放つ音である。
Michael Hutchenceというフロントマン
INXSを語るうえで、Michael Hutchenceの存在は避けて通れない。彼は、80年代から90年代のロックにおける最も魅力的なフロントマンの一人だった。
Hutchenceの声は、叫ぶよりも囁くことで力を持つタイプだった。低く、柔らかく、少し湿っていて、危険な色気がある。彼はステージ上で大げさに動き回るというより、身体の小さな動き、視線、マイクの持ち方、髪の揺れだけで観客を惹きつけた。
彼の魅力は、ロックスター的な自信と、どこか壊れやすい影の同居にある。「Need You Tonight」では誘惑者のように、「Never Tear Us Apart」では運命的な恋人のように、「Disappear」では都会のロマンチストのように歌う。彼の声があったから、INXSの音楽は単なるファンクロックではなく、官能的なドラマになった。
1997年の彼の死後も、INXSの音楽が語り継がれる理由の大きな部分は、この声と存在感にある。
代表曲の解説
「Just Keep Walking」
「Just Keep Walking」は、INXS初期を代表する楽曲である。まだ世界的な成功を手にする前のバンドの、ニューウェイヴ的な緊張感とパブロックの勢いが感じられる。
この曲では、後年の洗練されたグルーヴよりも、若いバンドの荒削りな衝動が前に出ている。鋭いギター、やや硬質なリズム、Hutchenceのまだ若い声。INXSが最初から完成されたアリーナロックバンドだったわけではなく、地元シーンで鍛えられながら少しずつ進化したことが分かる曲である。
「The One Thing」
「The One Thing」は、1982年のShabooh Shoobahを代表する楽曲であり、INXSが国際的に注目されるきっかけの一つとなった。ミュージックビデオもMTV時代に合ったスタイリッシュな雰囲気を持ち、バンドの視覚的魅力を強く印象づけた。
この曲には、ニューウェイヴの硬質さとロックの色気がある。ギターは鋭く、リズムはタイトで、Hutchenceの声はすでに誘惑的だ。INXSが80年代ロックの中で独自の位置を築き始めた重要曲である。
「Original Sin」
「Original Sin」は、1984年のThe Swingを象徴する楽曲である。Nile Rodgersがプロデュースに関わったことで、ファンクとダンスミュージックの感覚がより明確に取り込まれた。
タイトルは「原罪」を意味し、歌詞には人種や禁じられた関係を思わせるテーマが含まれている。曲全体には、重いテーマを持ちながら、サウンドは非常にグルーヴィーで洗練されている。このバランスがINXSらしい。社会的なニュアンスを含みつつ、身体を動かすポップロックとして成立している。
「What You Need」
「What You Need」は、1985年のListen Like Thievesからのヒット曲であり、INXSがアメリカ市場で本格的に成功する足がかりとなった。ファンクロックの軽快なリズム、サックスのアクセント、Hutchenceの自信に満ちたボーカルが印象的である。
この曲では、INXSのバンドとしての一体感がよく表れている。リズムは踊れるが、ロックの力強さも失わない。Kickで完成されるサウンドの前段階として非常に重要な曲である。
「Listen Like Thieves」
「Listen Like Thieves」は、同名アルバムの表題曲であり、INXSのロックバンドとしての鋭さを示す曲である。タイトルには「盗人のように聴け」という不穏な響きがある。
この曲のINXSは、単なるポップバンドではない。ギターとリズムには緊張感があり、歌声には挑発がある。彼らはポップチャートに進出しながらも、どこか危険な空気を残していた。それがINXSの強さだった。
「Need You Tonight」
「Need You Tonight」は、INXS最大の代表曲である。1987年のKickからのリードシングルで、Andrew FarrissとMichael Hutchenceによって書かれた。米Billboard Hot 100で1位を記録し、INXSにとって唯一の全米No.1シングルとなった。(billboard.com, en.wikipedia.org)
この曲のすごさは、極端にシンプルなリフにある。ギターリフは短く、乾いていて、無駄がない。そこに機械的なビート、低く囁くようなHutchenceの声が重なる。ロックでありながら、ほとんどミニマルなファンクであり、ダンスミュージックでもある。
「Need You Tonight」は、欲望の曲である。しかし、露骨に熱くならない。むしろ冷たい。Hutchenceは叫ばず、近距離で囁く。その距離感が危険なほどセクシーだ。80年代のロックが大きな音と派手な演出へ向かう中で、この曲は削ぎ落とされたリズムと声だけで世界を支配した。
「Mediate」
「Mediate」は、「Need You Tonight」とつながる形で語られることが多い楽曲である。ボブ・ディランの「Subterranean Homesick Blues」を思わせる、言葉遊びとプラカード的な映像表現が印象的だ。
曲はラップに近い語りと反復で構成され、INXSの実験精神が表れている。彼らは単なるヒットメーカーではなく、映像文化や言葉のリズムにも敏感なバンドだった。「Need You Tonight / Mediate」の映像はMTV時代のINXSを象徴する重要な作品である。
「Devil Inside」
「Devil Inside」は、Kickの中でもロック色の強い楽曲である。タイトルは「内なる悪魔」。人間の内側にある欲望、暴力性、誘惑がテーマになっている。
ギターは太く、リズムは粘り、Hutchenceの声は妖しく響く。この曲のINXSは、ダンスロックでありながら、ブルースロック的な暗さも持っている。Kickが単なるポップアルバムではなく、官能と危険のアルバムであることを示す曲だ。
「New Sensation」
「New Sensation」は、INXSの明るい側面を代表する曲である。高揚感のあるリズム、開放的なサビ、キラキラしたギターとサックスが一体となり、80年代後半のポップロックの輝きを凝縮している。
この曲には、夜明けのようなエネルギーがある。「Need You Tonight」が夜の欲望なら、「New Sensation」は朝の歓喜だ。INXSが暗さと明るさ、誘惑と祝祭の両方を持つバンドだったことがよく分かる。
「Never Tear Us Apart」
「Never Tear Us Apart」は、INXSのバラードの中で最も愛される楽曲である。ドラマティックなストリングス風のアレンジ、サックス、Hutchenceの深い歌声が一体となり、運命的な愛を描く。
この曲は、単なるラブバラードではない。どこか悲劇的で、映画的で、永遠を信じようとする切実さがある。Hutchenceの声には、恋愛の甘さだけでなく、喪失の予感も宿っている。彼の死後、この曲はさらに重い意味を持つようになった。
オーストラリアでは、INXSの代表曲として特別な位置を占め続けている。2026年のAPRA Music Awardsに関する報道でも、「Never Tear Us Apart」がTriple Jの「Hottest 100 of Australian Songs」で1位に選ばれた曲として紹介されている。(theaustralian.com.au)
「Mystify」
「Mystify」は、Kickの中でも特にロマンチックな楽曲である。軽やかなピアノ、メロディックなベース、明るいサビが印象的で、INXSのポップセンスが際立つ。
タイトルは「神秘化する」「魅了する」といった意味を持つ。Hutchenceの歌声には、まさにその神秘性がある。彼は恋愛を大げさな言葉で飾りすぎず、声の質感だけで魅惑を作り出した。
「Suicide Blonde」
「Suicide Blonde」は、1990年のXを代表する楽曲である。ハーモニカ風のリフ、ファンクロックのビート、挑発的なタイトルが印象的だ。
Kickの巨大な成功の後、INXSは大きな期待を背負っていた。「Suicide Blonde」は、その期待に応えるような鋭いシングルであり、バンドの勢いを保った。Hutchenceのセクシュアルなイメージと、INXSのグルーヴがよく噛み合った曲である。
「Disappear」
「Disappear」は、Xの中でも特にポップな輝きを持つ楽曲である。恋人といることで世界の不安が消える、というロマンチックなテーマを、INXSらしい都会的なポップロックで描いている。
この曲には、Hutchenceの柔らかい魅力がよく出ている。危険なロックスターというより、少し夢見がちな恋人のように歌う。INXSがファンクロックだけでなく、洗練されたラブソングも得意としていたことを示す曲である。
「Bitter Tears」
「Bitter Tears」は、X期のINXSの成熟した側面を示す曲である。タイトル通り、苦い涙、つまり恋愛や人生の中にある甘くない感情がテーマになっている。
曲は大きなヒット曲ほど有名ではないが、Hutchenceの声の陰影とバンドの落ち着いた演奏が魅力的である。INXSのアルバム曲には、シングル以外にもこうした深みのある楽曲が多い。
「Heaven Sent」
「Heaven Sent」は、1992年のWelcome to Wherever You Areからの楽曲である。このアルバムは、INXSがKickの成功を単純に再現するのではなく、より実験的で多様なサウンドへ向かった作品だった。
この曲は、荒々しいロックの勢いを持ち、90年代初頭のオルタナティブロックの空気にも近い。INXSが80年代の成功に閉じこもらず、新しい時代の音へ向かおうとしていたことが分かる。
「Beautiful Girl」
「Beautiful Girl」は、Welcome to Wherever You Areの中でも特に繊細な楽曲である。外見や自己価値に悩む若い女性へのメッセージを持ち、Hutchenceの優しい歌声が印象的だ。
この曲では、INXSの社会的な優しさが見える。彼らはセクシーで都会的なロックバンドとして知られるが、こうした曲には深い人間味がある。「Beautiful Girl」は、派手さの裏にあるINXSの温かさを示す曲である。
「The Gift」
「The Gift」は、1993年のFull Moon, Dirty Heartsを代表する楽曲の一つである。より重く、暗く、90年代的なロックサウンドへ接近した曲である。
INXSはこの時期、グランジやオルタナティブロックの時代に直面していた。80年代的な華やかさは古びたものと見なされ始め、バンドは新しい表現を模索していた。「The Gift」には、その緊張が表れている。
アルバムごとの進化
INXS
1980年のデビューアルバムINXSは、若いバンドの出発点である。まだ世界的な洗練はないが、ニューウェイヴ、パブロック、スカ、ファンクの影響が混ざっている。
このアルバムのINXSは、粗い。しかし、その粗さの中に、後のグルーヴ重視のロックバンドとしての芽がある。ライブで鍛えられた勢いが、そのまま音に刻まれている。
Shabooh Shoobah
1982年のShabooh Shoobahは、INXSが国際市場へ踏み出した重要作である。「The One Thing」を収録し、バンドのニューウェイヴ的な鋭さとポップセンスが明確になった。
この作品では、INXSのサウンドが初期より引き締まっている。リズムはよりタイトになり、Hutchenceの声もフロントマンとしての存在感を増している。世界へ向かうための第一歩となったアルバムだ。
The Swing
1984年のThe Swingでは、INXSはさらにグルーヴと実験性を強める。「Original Sin」はその象徴であり、Nile Rodgersの影響もあって、ファンクとニューウェイヴがより洗練された形で融合した。
このアルバムは、INXSが単なるロックバンドではなく、ダンスミュージックやソウルの要素を自分たちの中に取り込めることを示した作品である。
Listen Like Thieves
1985年のListen Like Thievesは、INXSが世界的成功へ向かう前夜のアルバムである。「What You Need」のヒットによって、アメリカでも彼らの存在感が高まった。
このアルバムでは、バンドのロックとしての骨格が強くなっている。ファンクやニューウェイヴの要素を残しながら、よりアリーナ向けのスケールを獲得している。Kickの成功は、この作品なしにはあり得なかった。
Kick
1987年のKickは、INXSの最高傑作であり、80年代ロックの名盤である。「Need You Tonight」、「Devil Inside」、「New Sensation」、「Never Tear Us Apart」、「Mystify」など、代表曲が集中している。
このアルバムの完成度は非常に高い。ロック、ファンク、ダンス、ソウル、バラードが、驚くほど無駄なく配置されている。Hutchenceの声とバンドのグルーヴが最も美しく噛み合った作品だ。
Kickは、ただ売れたアルバムではない。80年代後半のロックが、MTV、ダンスフロア、アリーナ、ラジオのすべてに対応し得ることを示した作品である。
X
1990年のXは、Kickの成功を受けたアルバムである。「Suicide Blonde」、「Disappear」などを収録し、INXSの勢いを維持した。
ただし、この作品には巨大な成功後のプレッシャーもある。Kickほどの革新性はないかもしれないが、楽曲の完成度は高く、バンドが世界的スターとしての地位を保っていたことを示す作品である。
Welcome to Wherever You Are
1992年のWelcome to Wherever You Areは、INXSの中でも再評価されるべきアルバムである。オーケストラ的なアレンジ、より重いギター、実験的な構成を取り入れ、Kick路線の単純な継続を拒んだ。
この作品は、商業的にはやや難しい位置にあるが、音楽的には野心的である。「Heaven Sent」、「Beautiful Girl」などを通じて、INXSが90年代へ適応しようとしていたことが分かる。
Full Moon, Dirty Hearts
1993年のFull Moon, Dirty Heartsは、より暗く、粗いロックサウンドを持つ作品である。90年代のオルタナティブロックの空気を意識しながら、INXSらしいグルーヴも残している。
しかし、この時期のバンドは、80年代の華やかなイメージと新しい時代のロック観の間で揺れていた。Full Moon, Dirty Heartsは、その揺れを記録した作品である。
Elegantly Wasted
1997年のElegantly Wastedは、Michael Hutchence存命時の最後のINXSアルバムである。タイトルは「優雅に荒廃した」とでも訳せる。まさにHutchence晩年のイメージとも重なってしまう作品だ。
アルバムには、バンドの復活を目指す意志も感じられる。しかし同年11月、Hutchenceが亡くなったことで、この作品は避けがたく悲劇的な意味を帯びることになった。
INXSとMTV時代
INXSの成功は、MTV時代の視覚文化と深く結びついている。彼らの音楽は、音だけでなく映像でも強かった。特にMichael Hutchenceのカメラ映えする存在感は圧倒的だった。
「Need You Tonight / Mediate」の映像は、80年代後半のミュージックビデオ文化を象徴する作品の一つである。シンプルな白黒の映像、切り替わるカット、スタイリッシュなメンバーの立ち姿。派手な物語がなくても、バンドの存在感だけで成立していた。
MTV時代において、INXSはサウンドとルックス、グルーヴと映像美を高い次元で結びつけた。これは、彼らが世界的成功を収めた大きな理由である。
オーストラリア音楽史におけるINXS
INXSは、オーストラリア音楽史において非常に重要な存在である。AC/DCがハードロックの象徴なら、INXSはニューウェイヴ以降の国際的ポップロックの象徴である。彼らは、オーストラリアのバンドが世界のチャートとアリーナを制することができると証明した。
INXSは2001年にARIA Hall of Fame入りしており、2026年にはRock & Roll Hall of Fameにノミネートされたが、同年の殿堂入りは逃したと報じられている。ABCは、INXSが2026年のRock & Roll Hall of Fame候補に入ったものの、最終的に選出されなかったと伝えている。(abc.net.au)
また、2026年にはAPRA Music AwardsでTed Albert Awardを受けることも報じられている。同賞はオーストラリア音楽への顕著な貢献を称えるもので、INXSの長期的な影響力が今も評価されていることを示す。(theaustralian.com.au)
影響を受けたアーティストと音楽
INXSは、The Rolling Stones、Roxy Music、David Bowie、Chic、Talking Heads、The Doors、Princeなどから影響を受けたと考えられる。特に、ロックとファンク、セクシュアリティと知性、映像性と音楽性を結びつける感覚は、これらのアーティストとの共通点がある。
Michael Hutchenceのフロントマン像には、Jim MorrisonやMick Jaggerの影も感じられる。だが、Hutchenceはそれらをそのまま真似たわけではない。より80年代的で、都会的で、滑らかな色気へ変換した。
影響を与えたアーティストと音楽シーン
INXSは、後のオーストラリアのロック/ポップバンドに大きな道を開いた。Silverchair、Savage Garden、Jet、The Temper Trap、Empire of the Sun、Tame Impalaなど、世界へ進出したオーストラリアのアーティストたちの背後には、INXSが切り開いた国際的成功の道がある。
また、ロックとダンスミュージックを結びつける方法論は、後の多くのバンドにも影響を与えた。The Killers、Maroon 5、Franz Ferdinand、The 1975など、グルーヴとロックを組み合わせるバンドを聴くと、INXSの遺産を感じる瞬間がある。
同時代アーティストとの比較
INXSは、U2、Duran Duran、Simple Minds、The Police、Tears for Fears、Depeche Mode、Prince、The Rolling Stonesなどと同時代的に比較できる。
U2が政治性と精神性を大きなロックアンセムへ変えたのに対し、INXSはより身体的で、セクシーで、ダンスフロアに近かった。Duran Duranがファッション性とニューウェイヴの華やかさを持っていたなら、INXSはそこにもっとロックの汗とファンクの低音を加えた。
The Policeとは、白人ロックバンドがレゲエやファンク的なリズムを取り込む点で共通するが、INXSの方がより80年代的なダンスロックへ進んだ。Princeと比べると、INXSはロックバンド形式を保ちながら、Prince的な官能性とグルーヴを部分的に取り込んだ存在といえる。
ファンや批評家からの評価
INXSは、商業的成功と長期的な影響力の両方を持つバンドである。世界的なセールスは非常に大きく、2026年時点で7500万枚以上を売り上げたオーストラリア有数の音楽アクトとして紹介されている。(en.wikipedia.org)
批評的には、Kickがバンドの最高傑作として評価されることが多い。シングルの強さ、アルバム全体の流れ、ロックとファンクとポップの融合、そのすべてが高い完成度を持っているからである。
一方で、Michael Hutchenceの死後のINXSについては評価が分かれる。複数のボーカリストを迎えた活動は、バンドを存続させる試みではあったが、Hutchenceの不在は埋めがたいものだった。それでも、INXSの楽曲そのものは今も生き続けている。「Need You Tonight」、「Never Tear Us Apart」、「New Sensation」は、80年代を越えて聴かれ続けるクラシックである。
INXSのユニークさ
INXSのユニークさは、ロックバンドでありながら、ダンスミュージックの身体感覚を完全に理解していたことにある。
彼らの音楽は、ギター中心でありながら、リズムが主役でもある。ベースが跳ね、ドラムがタイトに刻み、ギターが隙間を作り、Hutchenceの声がその上で滑る。この構造が、INXSを他のアリーナロックバンドとは違う存在にした。
また、INXSには過剰なドラマがありながら、音の作りは意外なほどスマートだった。「Need You Tonight」のように、少ない音で最大の効果を生むことができた。これは、80年代ロックの中でも特に洗練された才能である。
まとめ
INXSは、オーストラリアが生んだロック界のレジェンドである。シドニーのライブシーンから出発し、ニューウェイヴ、ファンク、ロック、ソウル、ダンスミュージックを融合しながら、世界的なバンドへ成長した。
「The One Thing」で国際的注目を集め、「Original Sin」でファンクと社会性を結びつけ、「What You Need」でアメリカ市場へ突破口を開き、Kickで世界的成功を決定づけた。「Need You Tonight」は欲望をミニマルなファンクロックへ変え、「Devil Inside」は内なる悪魔を妖しく鳴らし、「New Sensation」は祝祭の高揚を描き、「Never Tear Us Apart」は永遠の愛を悲劇的な美しさで歌い上げた。
Michael Hutchenceの死は、INXSにとって取り返しのつかない喪失だった。しかし、彼の声とバンドのグルーヴは今も残っている。INXSの音楽を聴くと、80年代のネオン、夜のクラブ、巨大なスタジアム、そしてオーストラリアから世界へ向かう若いバンドの野心が立ち上がる。
INXSは、ロックを踊らせたバンドである。そして、ダンスフロアにロックの危険な色気を持ち込んだバンドでもある。その音は今も、夜の街に低く鳴り続けている。


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