Bull Believer by Wednesday(2023)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Bull Believer」は、ノースカロライナ州アシュビル出身のバンド、Wednesdayが2023年にリリースしたアルバム『Rat Saw God』のハイライトにして、バンド史上最も圧倒的なエモーショナル・クライマックスを迎える楽曲である。8分を超える長尺の構成は、静寂と轟音、詩と絶叫、観察と崩壊という相反する要素を巧みに往復しながら、痛みの極地へとリスナーを導いていく音楽的な旅路となっている。

タイトルの“Bull Believer”とは、闘牛を信じる者、あるいは痛みに取り憑かれた信仰者を象徴するかのような言葉であり、楽曲全体を貫くテーマは、喪失、依存、解離、そして絶叫としての愛の不可能性に集約される。とりわけ後半の「Finish him!」という反復は、ビデオゲームの言葉であると同時に、誰かに終わりを与えてほしいという自己破壊的衝動の象徴として鳴り響く。

この曲は、単なるオルタナティブロックでも、単なるエモでもない。**ジャンルを越えた“情動の塊”**として、現代のロックミュージックに新たな物語を刻み込んだ傑作である。

2. 歌詞のバックグラウンド

Wednesdayのボーカリストであり詩人でもあるKarly Hartzman(カーリー・ハーツマン)は、この曲について「これは死にゆく友人に向けての歌でもあり、自分自身の痛みと感情の暴走を許した曲でもある」と語っている。実際、前半部分は繊細な語りと情景描写が中心で、まるで詩を読み聞かせているかのような親密さがある。しかし後半では、それが制御不能な感情のうねりとなって噴出し、絶叫、歪んだギター、反復される命令文によって構成されるカタルシスの爆発へと突入していく。

「Bull Believer」は、『Rat Saw God』というアルバム全体の流れの中でも、もっとも強烈な痛覚と演劇性を伴った楽曲であり、ライブでも観客とバンドのエネルギーがぶつかり合う“儀式的な瞬間”として機能することが多い。特に後半の絶叫は、録音された音源以上にライブで強烈なインパクトを放ち、感情の身体的な表出として観客を巻き込んでいく。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「Bull Believer」の印象的な一節とその和訳を紹介する。

“Comfort fools us into faith / Then fate pulls us away”
安心は人を信仰へと誘う でも運命は私たちを引き裂いていく

“I can’t do this again / I can’t feel this again”
もうこんなことはできない この痛みをもう一度味わうなんて耐えられない

“Finish him / Finish him / Finish him / Finish me”
やつを終わらせて やつを終わらせて 終わらせて 私を終わらせて

“I’m the bull, believer / You are the red flag”
私は信じて走る雄牛 君はその赤い旗

“And I charge / And I charge / And I charge”
私は突進する 何度でも突っ込んでいく

歌詞引用元:Genius – Wednesday “Bull Believer”

4. 歌詞の考察

「Bull Believer」の世界観は、依存と破壊の渦中にある“自分”を見つめ続ける視線から成り立っている。ここでの「bull(雄牛)」は、自らを痛みの源に向かって突進し続ける存在として描かれており、それを煽る「red flag(赤い旗)」=愛や執着の対象は、傷つくとわかっていながらやめられない関係の象徴である。

「Comfort fools us into faith(安心は人を信仰へ誘う)」というラインに見られるように、この曲には人間関係の中で安心を求めた結果、むしろより深い依存や破壊に巻き込まれてしまうという現代的な病理が鋭く表現されている。そしてその信仰は、後半の「Finish him / Finish me」という絶叫へと変貌する。これは明確な暴力の命令文であると同時に、“誰かが自分を終わらせてくれ”という哀願にも近い祈りとして響く。

興味深いのは、この楽曲が**Mortal Kombat(モータルコンバット)**という格闘ゲームの「Finish him!」という決まり文句を引用している点である。これは単なるポップカルチャーの引用ではなく、痛みをゲームのように再生産し、そこから抜け出せない自分自身をメタ的に見つめる行為なのだ。

曲のラストに向かって反復される「I’m the bull, believer」というラインは、自分こそが加害者であり被害者であり、終わらせることもできずに突進し続ける者であるという強烈な自己認識を伴っており、聴く者に深い余韻と衝撃を残す。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Your Best American Girl by Mitski
     アイデンティティの断絶と自己否定を爆発的に表現した、現代の愛と自我の歌。

  • Body by Julia Jacklin
     体と心の乖離を静かに、しかし鋭く描いたフェミニズム的バラード。

  • Aneurysm by Nirvana
     愛と憎しみが交錯するグランジ・アンセム。破壊的な愛の構図が共通。

  • Shaking the Can by Duster
     荒涼とした音のなかにある崩壊寸前の情動が、「Bull Believer」に呼応する。

6. “痛みを信じる者=Bull Believer”

「Bull Believer」は、感情の描写を超えて、“痛みそのものを信じること”がもたらす陶酔と地獄を、そのまま音にしたような作品である。この楽曲の真価は、ただ激しい、長い、叫ぶだけではない。むしろその構成の巧妙さ、抑制と解放のバランス、そしてカーリー・ハーツマンの詩的な視点と圧倒的な身体性の共存が、リスナーに強烈な体験をもたらしている。

Wednesdayはこの曲で、感情を正確にコントロールすることを拒み、むしろそれが制御不能であることを肯定し、さらけ出す勇気を選んだ。それは不安定で、暴力的で、醜くて、それでも美しい。現代のロックにおいて、これほど“誠実な叫び”は他にない。


「Bull Believer」は、痛みと愛と依存の地獄を突進し続ける魂の讃歌だ。叫びが終わった後、あなたはきっと、自分の奥底にある“終われない感情”と対面することになるだろう。

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