1. 歌詞の概要
「Bonnie and Clyde（ボニー・アンド・クライド）」は、Lunaが1997年にリリースした4作目のスタジオ・アルバム『Pup Tent』に収録された楽曲であり、1930年代の実在の犯罪者カップル、ボニー・パーカーとクライド・バロウを題材にしながらも、彼らを単なる歴史上のアイコンとして描くのではなく、Lunaらしい冷静で詩的なアプローチで“共犯的ロマンス”の心象風景を描き出している。
この楽曲の面白さは、語り手がボニーとクライドに“なぞらえる”かたちで、どこか危うく、そして逃避的な愛の姿を語っている点にある。ここで歌われるのは、正義や道徳から外れた愛の形、あるいは世間に理解されない絆の感覚であり、それはLunaの持つ“愛の異形”に対するまなざしと深く共鳴する。
サウンドはしっとりとしていながらも不穏な揺らぎを湛えており、ギターはささやくように、ベースラインは静かに緊張感を漂わせる。Warehamのヴォーカルはいつも通り乾いていながらも、どこか憂いを帯びており、その声に乗せられたボニーとクライドの影は、聴き手の記憶のどこかに染み込んでいく。
2. 歌詞のバックグラウンド
ボニーとクライドは、1930年代のアメリカを逃亡しながら各地で銀行強盗を繰り返し、最終的には銃撃戦の末に命を落とした伝説的なカップルである。彼らの人生は無法と浪漫が入り混じった物語として語られ続け、多くの映画や楽曲の題材となってきた。中でも有名なのはセルジュ・ゲンスブールとブリジット・バルドーによる「Bonnie and Clyde」（1968年）であるが、Lunaの「Bonnie and Clyde」はそれとはまったく異なる角度から描かれている。
Lunaはこの題材を、“愛と共犯”の寓話として引用している。つまり、暴力や犯罪そのものを歌っているのではない。社会のルールの外でのみ成立する親密さ――その独特の閉鎖空間の中でしか育たない感情。それをDean Warehamは、静かに、淡々と紡いでいく。
「Pup Tent」というアルバム全体が、逃避、幻想、孤立をテーマにしており、その中で「Bonnie and Clyde」は、最も文学的で象徴的なトラックのひとつとして機能している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I never dreamed
That you would be my Bonnie
まさか思いもしなかったよ
君が僕のボニーになるなんてAnd I never thought
That I would be your Clyde
僕が君のクライドになるなんて
そんなこと、考えたこともなかったBut now we’re riding
Down this dark, dark road
でも今、僕たちは走ってる
この暗くて、果てしない道をAnd there’s no place left to hide
もう、どこにも隠れる場所なんてないんだ
※ 歌詞引用元：Genius – Luna “Bonnie and Clyde”
ここで描かれるのは、“逃避行”そのものではない。“逃避するようにしか成立しない関係”の緊張感と甘美さである。語り手は、当初はそんな展開を予想すらしていなかったが、気づけばすべてを投げ打って一緒に“道を外れた場所”にいる。それは現実的には破滅に向かう道なのかもしれないが、彼らにとってはそれが“正しさ”なのだ。
この「No place left to hide（もう隠れる場所がない）」という一節は、恋が周囲から隔絶されていることへの実感であると同時に、“覚悟”の表れでもある。もはや戻る場所も、正当化する余地もない。ただ、一緒にいるしかない。それがボニーとクライドの本質であり、この曲の中でもその感覚が強く漂っている。
4. 歌詞の考察
「Bonnie and Clyde」は、“共犯関係としての恋愛”を詩的に描いた楽曲である。Dean Warehamの視点は決して情熱的でも激情的でもない。むしろ、危険な関係を静かに肯定しているような、奇妙な落ち着きがある。
この曲で重要なのは、語り手が“自分たちが何者になったのか”を認識しながらも、それを美化するのではなく、“これが自然な帰結だった”と冷静に受け止めていることだ。彼らはヒーローにも、反逆者にもなろうとしていない。ただ、「あなたがボニーで、僕がクライドだった」――それが事実であり、それを言葉にすることで物語は終わる。
また、音楽的にもこの曲はLunaらしいミッドテンポのグルーヴに乗せて、浮遊するギターとゆるやかなリズムが、“逃避の物語”を現実と夢のあいだに漂わせる構造を作っている。そのアンビバレントな質感こそが、Lunaの最も洗練された美学の証である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Bonnie and Clyde by Serge Gainsbourg & Brigitte Bardot
禁断の逃避行をシャンソン的な語り口で描いた原典的名作。 - Henry Lee by Nick Cave & PJ Harvey
運命に導かれるような恋と破滅を描いたダークなデュエット。 - Slow Show by The National
感情を隠しきれない男の、不器用な愛と記憶の再訪。 - Sea of Love by Cat Power
淡いメロディと乾いた歌声で“失われた親密さ”を描く繊細なラブソング。 - Sleep the Clock Around by Belle and Sebastian
日常の違和感とふたりの逃避願望を、浮遊感のあるポップに包んだ作品。
6. 愛と逃避、その境界線で
「Bonnie and Clyde」は、Lunaが描く恋愛のなかでも特に“社会との断絶を受け入れた愛”の物語である。
それは美化でも、悲劇化でもない。ただ、現実からこぼれ落ちた二人の“自然なかたち”として、この比喩が選ばれている。
Lunaはここで、歴史的な逸話を借りながら、都市の孤独と愛の異端性を照らし出している。
静かなギターの旋律、低く響くベース、抑えたボーカル――
そのすべてが、「この愛が正しくなくても、もう戻れないんだ」と語っているように響く。
この“静かな覚悟”の歌を聴きながら、あなたは誰と、どこに向かって走っているだろうか？
それがボニーであり、クライドであるなら、たとえ終点がなくても、美しいのかもしれない。
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