発売日: 1978年9月
ジャンル: アートポップ、レゲエポップ、ソフトロック
旅するポップ、彷徨うアイデンティティ——10ccが描いた“観光者”たちの肖像
『Bloody Tourists』は、1978年に発表された10ccの6作目のアルバムであり、エリック・スチュワートとグレアム・グールドマンの新体制が本格化した作品である。
本作では前作『Deceptive Bends』のポップ路線を踏襲しながら、“ツーリズム=観光”を中心テーマに据えた、より国際的かつ風刺的なアプローチが試みられている。
ジャケットには、顔を覆う地図に飲み込まれた観光者の姿が描かれ、アイデンティティの喪失と文化の表層化といったメッセージが込められている。
音楽的にも、レゲエ、ラテン、トロピカル、フォークといった多様なスタイルを取り入れながら、10ccらしいアイロニーと洗練されたメロディが貫かれている。
全曲レビュー
1. Dreadlock Holiday
本作最大のヒット曲にして、10cc流レゲエ・ポップの金字塔。
ジャマイカ旅行中の英国人の視点から、カルチャーギャップとスリル、誤解と魅了を描く。
「I don’t like cricket, I love it!」というフレーズが痛快で、軽快ながらも白人視点の観光的まなざしを皮肉る力も持つ。
2. For You and I
エモーショナルなバラードで、愛と孤独をテーマにした一曲。
壮麗なシンセとストリングスが映画的なスケールを生み出し、終盤にかけての盛り上がりが感動的。
3. Take These Chains
ビートルズ譲りのポップ感と、フォーキーな質感が融合した佳曲。
解放への願いをテーマに、淡々とした口調の中に心の叫びが滲む。
4. Shock on the Tube (Don’t Want Love)
ロンドンの地下鉄で起きる唐突な出会いと拒絶の物語。
緊張感のあるビートと都会的なサウンドスケープが、10ccにしては珍しく尖った印象を残す。
5. Last Night
ジャズやラテンの影響を感じさせるミッドテンポのトラック。
旅先での曖昧な恋や一夜の関係を思わせる、メランコリックなムードが心地よい。
6. The Anonymous Alcoholic
アルコール依存とその孤独を描いた、10cc流“社会派ポップ”。
スティーリー・ダンを思わせるクロスオーバー感のあるアレンジが秀逸で、歌詞の重さを巧妙に包み込んでいる。
7. Reds in My Bed
冷戦期のヨーロッパを舞台に、政治と個人の交錯を描く。
メロディは優しいが、内包する不安や諷刺は鋭い。「赤(共産主義者)がベッドにいる」とは、過剰な妄想と恐怖の象徴だ。
8. Lifeline
浮遊感のあるバラードで、孤独な夜を泳ぐような感触がある。
シンセの使い方が美しく、10ccらしい繊細さが表現された佳作。
9. Tokyo
異国の都市「東京」をテーマにしたポップナンバー。
エスニックな要素はあえて抑え、むしろ“観光者のフィルター越しに見た日本”をユーモラスに描いている。ステレオタイプな視点と、10cc流の観察眼が交差する。
10. Old Mister Time
時間の経過と老いをテーマにした、やや幻想的なバラード。
静かに忍び寄る不安と、過去への郷愁が交錯する抒情的な構成。
11. From Rochdale to Ocho Rios
タイトル通り、イギリス北部の町からカリブ海までの“移動”を描く旅情ソング。
コーラジュ的なサウンドと軽妙な語り口が特徴で、文化の摩擦と融合を10ccらしく描いている。
12. Everything You Wanted to Know About!!!
謎めいたタイトルと、断片的な情報の羅列が印象的なクロージング曲。
情報過多社会を風刺しているようでもあり、アルバム全体を「観光ガイド」的に締めくくる視点がユニーク。
総評
『Bloody Tourists』は、10ccの中でも最も「グローバル」な視点を持ち、文化的な摩擦や誤解をユーモアと哀愁で描き出した作品である。
ツーリズムというテーマは、一見すると軽やかだが、その裏には文化の表面的な消費、異文化への浅い理解、そして現代人のアイデンティティの空洞化といった鋭い問題意識が隠されている。
音楽的にはレゲエ、ソウル、ラテン、バラードと非常に多彩でありながら、常に「観察者としての10cc」の目線が貫かれている。
その意味で本作は、「世界を旅する10cc」がたどり着いた“観光”の終着点であり、同時に彼ら自身の在り方を再確認する鏡でもあったのだろう。
ポップであること、そして“よそ者”であること。
その二つをこれほど深く、かつ軽やかに描いた作品は他に類を見ない。
おすすめアルバム
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Steely Dan『Aja』
洗練された都会的アレンジとアイロニカルな視点が共通。 -
Roxy Music『Avalon』
ラグジュアリーな音像と異国感の演出が共鳴する。 -
Paul Simon『Graceland』
異文化との出会いをテーマにした旅するポップの名作。 -
David Byrne & Brian Eno『My Life in the Bush of Ghosts』
観察者としての立ち位置と文化的サンプリングの先駆的作品。 -
Prefab Sprout『Jordan: The Comeback』
物語性とスタイルの多様さ、そして知的なポップ性で10ccの後継的存在。
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