アルバムレビュー：Blondshell by Blondshell

発売日: 2023年4月7日
ジャンル: オルタナティブロック、グランジ、シンガーソングライター

⸻

概要

『Blondshell』は、ニューヨーク生まれ・ロサンゼルス育ちのシンガーソングライター、Sabrina Teitelbaumによるソロ・プロジェクト“Blondshell”のデビュー・アルバムであり、2023年という時代において最も生々しく、鋭利で、痛みを恐れないロック作品のひとつである。

かつてインディーポップ路線で活動していた彼女が、COVID-19のパンデミック下で見つめ直した自身の内面と音楽性。
その転機の果てに生まれたBlondshell名義の本作は、PJ HarveyやLiz Phair、Fiona Appleといった“90年代女性ロック”の系譜にありながら、同時代の女性たちの怒り、混乱、そして諦めを、新鮮な文体で描き出している。

アルバムタイトルを自身の名前に冠したこの作品は、パーソナルな痛みと記憶をさらけ出すことで、普遍的な共感を呼び起こす。
自己破壊と回復のあわいを音にしたその内容は、単なる“エモ”や“告白”という枠を超え、誠実なポップの新しい可能性を示している。

⸻

全曲レビュー

1. Veronica Mars

TVドラマのタイトルを冠した本作のオープナー。
10代の記憶、虚構と現実の混濁、女性ヒーロー像に投影される自己像——そうした断片が、轟音ギターとともに吐き出される。
スタートからすでに痛みとユーモアが同居している。

2. Kiss City

性欲と寂しさ、都市と親密さをめぐる寓話的ロック・バラード。
「口づけの街で、私は誰かの幻想になりたい」と歌うその声は、自嘲的でありながらどこか切実。
静と動を行き来する展開が印象的。

3. Olympus

神話的タイトルを持つが、内容は極めて私的。
「オリンポス＝理想化された恋人像」への依存と幻滅が描かれる。
ノイジーな展開のなかに、少女的な幻想の死が息づく。

4. Salad

アルバム中でも異色のトラックで、殺意と裁きのイメージが大胆に描かれる。
不条理な暴力への報復ファンタジーという形で、女性の怒りをサイケデリックなサウンドで昇華。
リスナーに不穏さと爽快感を同時に残す。

5. Sepsis

“敗血症”というショッキングなタイトルが示す通り、愛が身体を蝕む感覚を比喩的に描いた一曲。
恋愛依存や関係性の中毒性を、肉体的苦痛として語るその表現は、リアルで暴力的ですらある。

6. Sober Together

“共依存的な恋愛関係”を、依存症からの回復と重ねる楽曲。
アルコールや薬物をやめたはずのふたりが、それでも離れられない理由を探す姿が、冷静に描かれる。
抑制の効いた演奏が、逆に感情の濃度を高めている。

7. Joiner

恋人と自分の“共依存性”を、淡々と綴るリリックとともに、緊張感あるギターが映える一曲。
「私はただ、何かに属したかった」という一節に、10年代以降の都市的孤独が凝縮されている。

8. Tarmac

“空港のターマック”を舞台に、旅立ちと逃避、別れの儀式が描かれる。
物理的な“場所”を感情のメタファーに変換するその手つきに、詩的センスが光る。

9. Dangerous

自己破壊的な恋の中で、「私は危険な女だ」というアイロニカルな自己イメージを描く。
フェミニズム的読解が可能なナンバーであり、あえて“悪女”として自己演出することで主体性を取り戻そうとする構図が見える。

10. Wheezy

ラストを飾る、囁くように始まる弾き語り調の曲。
不安と息苦しさ（＝喘鳴）を抱えながらも、かすかな希望を手繰るような展開が美しい。
エンディングとしての余韻が深い。

⸻

総評

『Blondshell』は、2020年代以降の“インディーロック再興”の中でも、とりわけ鋭く、正直で、感情に忠実な作品である。

このアルバムは、恋愛、依存、性、孤独、回復といったテーマを通して、ひとりの若い女性が世界と自分自身にどう向き合うかを音楽で語っている。
それは「誰かにわかってほしい」という叫びではなく、「まず自分で自分を解体してみせる」ような、誠実で過激な自己解放のプロセスなのだ。

サウンドは90年代オルタナへの明確なオマージュを感じさせながらも、決して懐古的ではない。
リリックとの親和性が非常に高く、すべての音が“言葉の延長”として鳴っているように思える。

BlondshellことSabrina Teitelbaumは、このデビュー作で明確に「私は今の時代に必要な声を持っている」と証明している。
その声はまだ震えているが、だからこそ信じるに値するのだ。

⸻

おすすめアルバム（5枚）

• Liz Phair『Exile in Guyville』
  　女性視点からの性愛と自意識を描いたオルタナ・ロックの金字塔。

• Snail Mail『Lush』
  　若さと痛みのリアリズムを、ギターとリリックでまっすぐに表現。

• PJ Harvey『Dry』
  　怒りと官能、暴力と詩情の同居するデビュー作。Blondshellとの精神的共鳴あり。

• Soccer Mommy『Sometimes, Forever』
  　グランジとポップの中間にある複雑な心情の表現が共通。

• Angel Olsen『Burn Your Fire for No Witness』
  　陰影ある歌声と自己開示の深さが印象的な、現代女性SSWの傑作。

⸻

7. 歌詞の深読みと文化的背景

『Blondshell』の歌詞は、「傷つくこと」と「その傷を物語ること」の間にある微細な距離を、冷静かつ鋭利に描いている。

たとえば「Sepsis」では、恋愛を“病”として描くことで、感情の暴走を身体的レベルで捉え、「Salad」では、暴力に対する怒りを“架空の殺意”として提示する。
これは、現代女性が抱える怒りや苦しみを、道徳的に整えることなく、ありのままに音楽として提示する試みともいえる。

また、アルバム全体に通底するのは、「正しさ」ではなく「正直さ」への執着である。
自分の中にある弱さ、だらしなさ、攻撃性——そうした“好ましくない感情”をあえて隠さず晒すことで、Blondshellはリスナーと“共犯関係”を築こうとしている。

この誠実な暴露の姿勢こそが、Z世代以降の女性アーティストたちに共通する、新しいリアルの提示方法なのだ。