
1. 楽曲の概要
「Blackstar」は、David Bowieが2015年11月にシングルとして発表し、2016年1月8日にリリースされたアルバム『★』の冒頭に収録された楽曲である。アルバムの正式表記は黒い星印の「★」で、読みは「Blackstar」。Bowieの69歳の誕生日に発表された同作は、結果的に彼の最後のスタジオ・アルバムとなった。
楽曲の作詞・作曲はDavid Bowie。プロデュースはBowieと長年の共同制作者Tony Viscontiが担当している。演奏には、サックス奏者Donny McCaslinを中心とするニューヨークのジャズ・ミュージシャンが参加した。Jason Lindner、Tim Lefebvre、Mark Guiliana、Ben Monderらの演奏は、アルバム全体のサウンドを決定づけている。
「Blackstar」は約10分に及ぶ大作で、一般的なロック・シングルの構成から大きく外れている。前半は不穏なリズム、宗教的なイメージ、低く抑えたボーカルを中心に進み、中盤でテンポ感と和声が変化する。後半では別の曲に切り替わったようにメロディが開け、Bowieの声もより人間的な響きを帯びる。
この曲は、Bowieのキャリアの最後に位置するだけでなく、彼が長年扱ってきた変身、死、異物性、演劇性、宗教的イメージを総合した作品である。商業的な意味での分かりやすいシングルではないが、Bowieの最終期を理解するうえで避けて通れない楽曲といえる。
2. 歌詞の概要
「Blackstar」の歌詞は、明確な物語を一方向に進めるタイプではない。断片的なイメージが連なり、語り手の位置も安定しない。宗教的な儀式、死後の世界、名もない場所、権力者の交代、自己の消滅と再配置が混ざり合っている。
冒頭では、処刑や儀式を思わせる場面が示される。死体、孤立した町、何かを目撃する人々といったイメージが並び、聴き手は具体的な時代や場所を特定できないまま、不吉な空間に置かれる。Bowieは説明するのではなく、象徴を配置していく。
曲の中心にあるのは「自分はポップスターでも映画スターでもない、ブラックスターである」という自己定義である。ここで否定される「star」は、Bowie自身が長年背負ってきたスター性と関係している。Ziggy StardustからThin White Dukeまで、Bowieは複数のペルソナを作り、自分を変形させながらキャリアを築いた。「Blackstar」では、そのスターのイメージが光ではなく黒い星として提示される。
歌詞には死を連想させる要素が多い。ただし、単純な遺書として読むと、この曲の複雑さは失われる。死を前にした個人の告白であると同時に、Bowieが築いてきた自己像を解体し、新しい記号へ変える試みでもある。語り手は消えていく存在でありながら、最後にもう一度、自分を定義し直している。
3. 制作背景・時代背景
『★』は、Bowieがニューヨークで制作した最終アルバムである。録音は秘密裏に進められ、リリース当時、彼が癌を患っていたことは広く知られていなかった。Bowieは2016年1月10日に亡くなったため、アルバムは死の2日前に発表された作品として受け止められることになった。
Tony Viscontiは、アルバムをBowieからファンへの「parting gift」と表現している。この言葉は、作品の受容に大きな影響を与えた。リリース直後にBowieの死が報じられたことで、『★』と「Blackstar」は、通常の新作アルバムとは異なる文脈で聴かれるようになった。
ただし、制作面で重要なのは、Bowieが単に過去を振り返る作品を作らなかったことである。彼はロックの定型に戻るのではなく、ニューヨークの現代ジャズの演奏家たちと組み、複雑なリズム、即興性、電子音、アート・ロック的な構成を組み合わせた。これは、1970年代のベルリン三部作や1990年代の実験的作品ともつながる姿勢である。
「Blackstar」のミュージックビデオはJohan Renckが監督した。映像には、宇宙飛行士の遺骸、骸骨、儀式的な動き、目を覆われたBowieの姿が登場する。Bowieの過去作を知る聴き手にとっては、「Space Oddity」以降の宇宙的なイメージが反転している点も重要である。かつて宇宙へ向かった人物像は、ここでは遺物や信仰の対象のように扱われる。
アルバム『★』は、Billboard 200でBowie初の全米1位を獲得した。商業的な成功は、彼の死後に加速した部分も大きい。しかし、それだけではこの曲の評価は説明できない。「Blackstar」は、晩年のアーティストが安全な総決算を選ばず、最後まで未知の形式を選んだ作品として重要である。
4. 歌詞の抜粋と和訳
I’m not a popstar > > I’m a blackstar
和訳:
私はポップスターではない > > 私はブラックスターだ
この短い一節は、曲全体の自己定義を端的に示している。Bowieはここで、従来のスター像を否定している。ポップスターという言葉は、名声、商品性、分かりやすいイメージを含む。しかし「blackstar」は、それらとは異なる、解釈しにくい記号である。
「star」は本来、光を放つ存在として理解される。そこに「black」が付くことで、光る星ではなく、見えにくい星、死んだ星、あるいは吸収する星のような印象が生まれる。Bowieは自分を輝き続ける偶像としてではなく、意味が固定されない黒い記号として提示している。
この一節は、Bowieのキャリア全体とも関係している。彼は常に自分を一つのイメージに固定されることを避けてきた。「Blackstar」では、その変身の技術が最終段階に達している。死を前にした自画像でありながら、自己を閉じるのではなく、さらに謎として残す表現になっている。
なお、歌詞の引用は批評・解説に必要な最小限に留めている。原詞の権利は権利者に帰属する。
5. サウンドと歌詞の考察
「Blackstar」の最大の特徴は、曲が一つの安定した形式に収まらない点である。前半は不規則なビートと低音を軸に、暗い緊張感を作る。Mark Guilianaのドラムは単純なロックのバックビートではなく、細かく分割されたリズムを積み重ねる。Tim Lefebvreのベースは、低く歪んだ質感で曲の底を支え、サウンドに不安定な圧力を与えている。
Donny McCaslinのサックスは、メロディを飾る装飾ではなく、曲の空間を拡張する役割を持つ。ジャズ的な即興性はあるが、自由に散らばるのではなく、Bowieの構成意識のなかに組み込まれている。Jason Lindnerのキーボードも、和声の明るさを作るより、揺らぎや影を加える方向で機能している。
前半のBowieのボーカルは、低く、儀式の語りのように配置されている。歌としての感情表現を前面に出すのではなく、声そのものが場面を作る。歌詞の宗教的、終末的なイメージと結びつき、聴き手に説明不能な場面を想像させる。
中盤に入ると、曲は大きく変化する。リズムは整理され、メロディはより開かれたものになる。ここでのBowieの声は、前半よりも近く、人間的に聞こえる。暗い儀式のような前半から、自己告白に近い後半へ移ることで、曲は二部構成のような印象を持つ。
この変化は、歌詞の意味とも対応している。前半では、語り手は儀式や象徴のなかに埋もれている。後半では、「自分は何者ではない、自分はブラックスターである」という否定と定義が前面に出る。曲は外部の不気味な光景から、自己の核心へ移動していく。
プロダクション面では、音の余白が重要である。『★』全体にいえることだが、楽器の数が多いにもかかわらず、音が過密になりすぎない。ドラム、ベース、サックス、キーボード、ギターがそれぞれ不穏な動きを見せながら、Bowieの声の周囲に空間を作っている。この余白が、歌詞の謎を説明しすぎない状態で保っている。
「Blackstar」をBowieの過去作と比較すると、いくつかの線が見えてくる。「Station to Station」の長尺構成と変化する楽曲展開、「Low」や「Heroes」の実験性、「Outside」の暗い物語性、「The Next Day」の晩年の切迫感が、この曲には別の形で接続されている。ただし「Blackstar」は、それらの再現ではない。過去の語法を素材にしながら、現代ジャズの演奏と終末的な歌詞によって、新しい作品として成立している。
また、「Lazarus」との関係も重要である。「Lazarus」はより直接的に死や解放を連想させる曲であるのに対し、「Blackstar」は象徴性が強く、解釈の余地が大きい。アルバムの冒頭に「Blackstar」が置かれていることで、『★』全体は個人の死を超えた儀式的な入口を持つことになる。その後に続く楽曲は、この入口を通過した後の断片として聴こえる。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Lazarus by David Bowie
『★』収録曲であり、Bowie最晩年の表現を理解するうえで「Blackstar」と並ぶ重要曲である。歌詞は「Blackstar」よりも直接的で、死、身体、解放のイメージが明確に出ている。サウンド面でも、ジャズ・ミュージシャンの演奏がBowieの声を支える構造が共通している。
- Station to Station by David Bowie
1976年のアルバム『Station to Station』の表題曲で、長尺構成と劇的な展開を持つ。「Blackstar」と同様に、曲の途中で質感が大きく変わる。Bowieが一つの曲のなかでペルソナ、リズム、空間を変化させる手法を知るうえで重要である。
- Warszawa by David Bowie
『Low』収録曲で、Bowieの実験的側面を代表する作品である。歌詞の意味を明確に伝えるより、声と音響によって空間を作る点で「Blackstar」とつながる。Brian Enoとの共同制作期の音響感覚を知ることで、「Blackstar」の背景も理解しやすくなる。
- Sue (Or in a Season of Crime) by David Bowie
『★』にも再録された楽曲で、ジャズとの接近を示す重要な作品である。Maria Schneider Orchestraとの関係を含め、Bowieが晩年にロックの外側へ進んでいたことが分かる。「Blackstar」のサウンドへ至る前段階として聴く価値がある。
- The Stars (Are Out Tonight) by David Bowie
2013年のアルバム『The Next Day』収録曲で、スター性そのものを題材にした楽曲である。「Blackstar」がスターの終末的な再定義だとすれば、この曲は名声と視線の不気味さをよりロック的な形で扱っている。晩年のBowieが、自分の神話をどう見直していたかを考える手がかりになる。
7. まとめ
「Blackstar」は、David Bowieの最後の時期を象徴する楽曲である。約10分の構成、現代ジャズの演奏、宗教的で断片的な歌詞、映像作品と連動したイメージによって、通常のロック・シングルとは大きく異なる作品になっている。
この曲の重要性は、Bowieが最後に自分の過去を分かりやすく整理しなかった点にある。彼は「ポップスター」という名札を拒み、「ブラックスター」という解釈困難な記号を残した。これは、キャリアの総括であると同時に、最後まで変化を選ぶ姿勢の表明でもある。
『★』はBowieの死と切り離して聴くことが難しい作品である。しかし「Blackstar」は、死を感動的に飾るだけの曲ではない。むしろ、死を含む自己の消滅を、音楽、映像、言葉の複合的な形式へ変換した作品である。Bowieのキャリア全体を振り返っても、この曲は最も挑戦的な最終章の一つといえる。
参照元
- David Bowie公式サイト「★(Blackstar)」
- David Bowie公式サイト「David Bowie ‘Blackstar’」
- David Bowie公式サイト「★ Album Available For Pre-Order Now」
- David Bowie公式サイト「About」
- Billboard「David Bowie’s ‘Blackstar’ Album Debuts at No. 1 on Billboard 200 Chart」
- The Independent「Tony Visconti discusses the ‘parting gift’ that was Blackstar」
- Sony Music Japan「ダニー・マッキャスリンが語るデヴィッド・ボウイ」

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