
1. 楽曲の概要
「Be All Things」は、アメリカのシンガーソングライター、Chelsea Wolfeが2019年に発表した楽曲である。収録作品は、同年9月13日にSargent Houseからリリースされた6作目のスタジオ・アルバム『Birth of Violence』で、アルバムでは5曲目に配置されている。シングルとしてはアルバム発売に先がけて公開され、ミュージック・ビデオも制作された。
作詞作曲はChelsea Wolfe。『Birth of Violence』全体のクレジットでは、Wolfeがボーカル、アコースティック・ギター、プロダクション、録音を担い、長年のコラボレーターであるBen Chisholmが複数楽器やミックス、プロダクションで関わっている。楽曲単体としても、Wolfeの声とアコースティックな響きが中心に置かれ、過去作に比べて音数を抑えた構成が特徴である。
Chelsea Wolfeは、ゴシック・ロック、ドゥーム、インダストリアル、フォーク、エクスペリメンタル・ミュージックを横断してきたアーティストである。2017年の前作『Hiss Spun』では、重いギター、低域の圧力、メタル的な質感が強く出ていた。一方、『Birth of Violence』ではアコースティック・ギターを中心に、より内省的でフォーク寄りのサウンドへ向かっている。
「Be All Things」は、その転換をよく示す曲である。曲名は「すべてのものになる」と訳せるが、歌詞は単純な自己肯定ではない。すべてになりたいという衝動と、それを手放さなければならないという認識が同時に存在する。欲望、変容、解放、女性性、動物的な力といった要素が、簡潔な言葉と抑制されたサウンドの中で重なっている。
2. 歌詞の概要
「Be All Things」の歌詞は、古い道を歩くこと、死へ向かう感覚、夜明け、鳥、獣、戦士、新生児、女王といったイメージを通じて、ひとつの固定された自己から別の状態へ移っていく過程を描いている。物語としては明確な筋を持たないが、歌詞全体には「変化したい」「複数の存在を引き受けたい」「しかし執着を手放す必要がある」という流れがある。
中心になるのは「I want to be all things」というフレーズである。これは、あらゆる役割や存在を自分の中に取り込みたいという願望として読める。歌詞には「warriors」「newborns」「queens」という言葉が登場し、戦う者、生まれたばかりの者、支配する者が並べられる。ここでは、弱さと強さ、始まりと成熟、個人と象徴が一つの身体の中に同居している。
同時に、歌詞は「I’ve got to let go」とも歌う。すべてになりたいという欲望は強いが、その欲望自体を手放さなければならないという矛盾がある。この矛盾が曲の核心である。Wolfeは、力を得ることを単純な拡張として描かない。むしろ、力を求めることと、執着を燃やして捨てることが同時に必要だと歌っている。
歌詞の語り手は、自己を一つの名前や立場に固定しない。人間、動物、象徴的な存在、霊的なイメージが混ざり合う。これはChelsea Wolfeの作品にしばしば見られる特徴であり、現実の心理状態を、神話的・身体的なイメージに変換する書き方である。
3. 制作背景・時代背景
『Birth of Violence』は、Chelsea Wolfeが長年のツアー生活から距離を置き、自身の生活と制作を見直す時期に生まれたアルバムである。Wolfeはアルバム発表時のコメントで、長期間にわたる移動や演奏、新しい場所や人との出会いが成長をもたらした一方で、自分の一部を失い始めていたと語っている。そのため、ツアーから離れて心身を整え、書き、録音する時間が必要だったという。
この背景は、「Be All Things」の内省的な性格と深く関係している。前作『Hiss Spun』のように外へ向かって音圧を放つのではなく、『Birth of Violence』では内側へ降りていく感覚が強い。音楽的にも、重いディストーションや巨大なリズムより、アコースティック・ギター、余白、声の層が中心になる。
アルバム・タイトルの『Birth of Violence』も重要である。Wolfeは「violence」という言葉を、単純な暴力ではなく「感情の強さ」として捉える視点に触れている。女性の怒り、傷、回復、変化といったテーマが、アルバム全体に流れている。「Be All Things」もその中で、抑え込まれた欲望や力をどう扱うかを歌う曲と考えられる。
2010年代後半のChelsea Wolfeは、重い音楽と静かな音楽の間を行き来していた。『Abyss』や『Hiss Spun』ではドゥームやインダストリアルの質感が強まり、身体を圧迫するようなサウンドが目立った。それに対して『Birth of Violence』は、初期のフォーク的な要素へ戻りながらも、単なる原点回帰ではない。過去の重さを経験した後だからこそ、静けさの中に緊張が残っている。
「Be All Things」は、アルバムの中盤に置かれている。前半で「The Mother Road」「American Darkness」「Birth of Violence」「Deranged for Rock & Roll」といった曲が提示したアメリカ的風景、身体性、怒り、ロックへの意識を受けて、この曲ではより象徴的で内面的な変容が描かれる。アルバム全体のテーマを凝縮した位置にある楽曲といえる。
4. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の引用は、批評・解説に必要な範囲に限る。以下の歌詞の権利は各権利者に帰属する。
I want to be all things
和訳:
私はすべてのものになりたい
この一節は、曲の中心となるフレーズである。ここでの「すべてのもの」は、単に多くの役割をこなしたいという意味ではない。人間の中にある矛盾した状態、強さと弱さ、破壊と再生、獣性と神聖さを同時に引き受けたいという欲望として読める。
I’ve got to let go
和訳:
私は手放さなければならない
この言葉は、前のフレーズと対になっている。すべてになりたいという欲望は強いが、その欲望にしがみつくことはできない。曲は拡張と放棄を同時に歌っており、そこに緊張がある。
Warriors, newborns, and queens
和訳:
戦士たち、新生児たち、そして女王たち
この並びは、曲の象徴性をよく示している。戦士は闘争、新生児は始まり、女王は権威や成熟を連想させる。語り手は、ひとつの立場に収まるのではなく、複数の存在の状態を自分の中に呼び込もうとしている。
5. サウンドと歌詞の考察
「Be All Things」は、音数を抑えたアコースティックなサウンドが中心である。ギターは強くかき鳴らされるというより、暗い響きを保ちながら曲の土台を作る。ディストーションによる圧力は少ないが、和音の選び方や声の配置によって、曲全体には緊張感がある。
リズムは大きく前に出ない。ドラムが曲を強く牽引するというより、声とギターの揺れを支える役割に近い。これにより、聴き手の注意は自然に歌詞とボーカルの細部へ向かう。前作『Hiss Spun』のような重いギター・ウォールとは異なり、この曲では空間そのものが重要になる。
Chelsea Wolfeのボーカルは、曲の最も大きな焦点である。彼女の声は、強く叫ぶのではなく、抑えられた息づかいと伸びのある音で歌詞を運ぶ。声の響きには距離感があり、近くで語られているようでありながら、儀式的な場から聴こえてくるようにも感じられる。この距離感が、歌詞にある変容のテーマとよく合っている。
コーラスで「I want to be all things」と歌われるとき、曲は一気に開ける。ただし、明るい解放感ではない。むしろ、抑え込んできた欲望が静かに表面へ上がってくるような開き方である。音量や速度で高揚させるのではなく、声の重なりとメロディの上昇によって、内面的な強さを示している。
歌詞には、動物的なイメージも登場する。ライオンや狼を思わせる言葉は、Wolfeの作品に多い身体性や獣性とつながっている。彼女の音楽では、女性性は柔らかさだけでなく、怒り、牙、傷、持続力と結びつくことが多い。「Be All Things」でも、優美さと獰猛さが同じ線上に置かれている。
「Be All Things」を『Birth of Violence』の他曲と比較すると、曲の役割が見えやすい。「The Mother Road」は広いアメリカの道と放浪の感覚を持ち、「American Darkness」はより直接的に暗いフォーク・ロックとして響く。「Be All Things」はそれらよりも内面の象徴性が強く、風景よりも変容の感覚に焦点がある。
前作『Hiss Spun』の楽曲と比べると、音の暴力性は後退している。しかし、テーマの強度は弱まっていない。むしろ、音が静かになったことで、言葉の鋭さや声の揺れがよりはっきり聴こえる。Chelsea Wolfeの音楽において、重さは必ずしも歪んだギターの大きさだけで生まれるわけではない。この曲はそのことを示している。
また、「Be All Things」は、フォーク・ソングとしても聴くことができる。アコースティック・ギター、反復されるフレーズ、自然や動物のイメージは、伝統的なフォークの語法に近い。ただし、Wolfeはそれを牧歌的な方向には向けない。彼女のフォークは、森や道や夜明けを描いても、常に暗い心理と結びついている。
プロダクション面では、音の余白が重要である。多くの楽器を詰め込むのではなく、声が響く場所を確保している。これは、歌詞にある「手放す」という主題ともつながる。すべてになりたいと歌いながら、サウンドは過剰にならない。むしろ削ぎ落とすことで、欲望の輪郭を浮かび上がらせている。
この曲の聴きどころは、ドラマティックな展開ではなく、矛盾を抱えたフレーズが何度も戻ってくるところにある。「すべてになりたい」と「手放さなければならない」という二つの方向が、曲の中で解決されないまま共存する。そこに、Chelsea Wolfeらしい深さがある。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- The Mother Road by Chelsea Wolfe
同じ『Birth of Violence』の冒頭曲であり、アルバム全体の音楽的方向性を示す楽曲である。アコースティックな響きと暗いアメリカーナの感触があり、「Be All Things」の背景を理解するうえで重要である。
- American Darkness by Chelsea Wolfe
『Birth of Violence』からのシングル曲で、同作のフォーク寄りの側面がわかりやすく出ている。「Be All Things」よりも曲の輪郭が明快で、Chelsea Wolfeの暗いメロディ感覚を聴き取りやすい。
- Carrion Flowers by Chelsea Wolfe
2015年のアルバム『Abyss』に収録された楽曲である。「Be All Things」と比べるとインダストリアルで重く、圧迫感が強い。Wolfeが静けさではなく音圧によって暗さを表現する場合の代表例として聴ける。
- 16 Psyche by Chelsea Wolfe
2017年の『Hiss Spun』に収録された楽曲である。重いギターと不穏なボーカルが前面に出ており、『Birth of Violence』以前のヘヴィな方向性を知ることができる。「Be All Things」と比較すると、彼女の音楽的振れ幅がわかりやすい。
- O Children by Nick Cave & The Bad Seeds
暗いフォーク/ゴシック的な雰囲気と、宗教的・象徴的な言葉の使い方に共通点がある。Chelsea Wolfeの内省的で儀式的な側面が好きな人には、Nick Caveの重い物語性も響きやすい。
7. まとめ
「Be All Things」は、Chelsea Wolfeの2019年作『Birth of Violence』を象徴する楽曲のひとつである。前作『Hiss Spun』の重いギター・サウンドから距離を置き、アコースティックな音像と声の緊張感によって、内面的な変容を描いている。
歌詞の中心には、「すべてのものになりたい」という願望と、「手放さなければならない」という認識がある。この二つの言葉は矛盾しているが、曲はその矛盾を解決しない。むしろ、欲望と放棄が同時に存在する状態を、そのまま音楽として提示している。
サウンドは静かだが、弱くはない。アコースティック・ギター、余白、声の重なりが、重いギターに頼らない強度を作っている。Chelsea Wolfeのキャリアにおいて「Be All Things」は、暗さや重さを別の形で表現した重要曲であり、『Birth of Violence』の核心を理解するうえで欠かせない一曲である。
参照元
- Chelsea Wolfe Official Lyrics – Be All Things
- Sargent House – Chelsea Wolfe / Birth of Violence
- Pitchfork – Chelsea Wolfe Announces New Album Birth of Violence
- The Line of Best Fit – Chelsea Wolfe unveils “Be All Things”
- Audiofemme – Chelsea Wolfe Reflects on Birth of Violence
- Discogs – Chelsea Wolfe – Birth Of Violence
- Varyer – Conversations: Chelsea Wolfe

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