Barbra Streisand(バーブラ・ストライサンド)は、1940年代生まれのアメリカを代表する歌手、俳優、映画監督である。1960年代初頭にニューヨークで活動を始め、ブロードウェイ・ミュージカル『Funny Girl』で大きな注目を集めた。その後はレコード、映画、テレビへ活動を広げ、半世紀以上にわたって第一線で活躍してきた。
歌手としては、豊かな声量と長く伸びる高音、そして歌詞を物語のように伝える表現力が大きな特徴だ。ポップスからミュージカル、ジャズ、映画音楽まで幅広く歌っているが、どんな曲でも「歌の主人公が何を感じているのか」が伝わってくる。
さらに俳優としてアカデミー主演女優賞を受賞し、のちには監督やプロデューサーとしても映画制作に進出した。歌、舞台、映画を別々の仕事としてこなしただけではない。それぞれの経験を結びつけながら、自分自身で作品を作る力を持ったことが、Streisandの大きな特徴である。
Barbra Streisandの背景と歴史
Barbra Streisandは1942年、ニューヨークのブルックリンに生まれた。もともと彼女が強く望んでいたのは歌手ではなく俳優になることだった。高校卒業後にマンハッタンへ出て俳優を目指すが、思うように仕事を得られず、生活のためにもナイトクラブで歌うようになる。
転機となったのが、1960年に参加した歌のコンテストだった。そこで優勝したことからクラブで歌う機会が増え、独特の声とステージでの表現力が評判になっていく。Streisandは当時から、歌を単なるメロディとして扱わなかった。ミュージカルの登場人物を演じるように、歌詞の中にいる人物の感情を声で表現していた。
1962年にはブロードウェイ作品『I Can Get It for You Wholesale』に出演。同年にはColumbia Recordsと契約し、翌1963年にデビュー作 The Barbra Streisand Album を発表した。昔からあるスタンダード曲を中心にした作品だったが、若い新人とは思えない堂々とした歌唱で注目され、グラミー賞のアルバム・オブ・ザ・イヤーにも選ばれた。
決定的な転機は1964年の『Funny Girl』だった。実在したエンターテイナー、Fanny Briceを演じたStreisandはブロードウェイのスターとなる。劇中歌「People」も彼女を代表する曲になった。
1968年には映画版『Funny Girl』でも主演を務め、映画デビュー作でアカデミー主演女優賞を受賞する。その後は『Hello, Dolly!』『What’s Up, Doc?』『The Way We Were』などに出演し、映画スターとしても成功した。
1970年代になると、歌手としても従来のミュージカルやスタンダードだけにとどまらなくなる。「The Way We Were」や「Evergreen」といった映画主題歌をヒットさせ、1970年代後半にはディスコも取り入れた。1980年にはBee GeesのBarry Gibbと組んだ Guilty を発表し、現代的なポップ歌手としても大きな成功を収める。
映画制作にも深く関わり、1983年の『Yentl』では主演だけでなく監督、脚本、製作も担当した。その後も『The Prince of Tides』『The Mirror Has Two Faces』を監督している。
Streisandはその後も歌手活動を続け、2010年代にも全米1位となるアルバムを生み出した。1960年代から長期間にわたり、舞台出身の歌手という枠を超えてアメリカのエンターテインメント界で活動し続けている。
音楽スタイルと特徴
Streisandの歌を理解するうえで最も重要なのは、声の大きさだけではない。むしろ目立つのは、声量を細かく変化させる能力である。
静かな部分では言葉を置くように柔らかく歌い、感情が高まるにつれて少しずつ声を広げていく。そして曲の山場になると、一気に力強い声を響かせる。この強弱の幅が大きいため、バラードでも単調になりにくい。
発音の明確さも特徴だ。歌詞の言葉が聞き取りやすく、ひとつのフレーズの中でも重要な単語を少し強調したり、逆に声を弱めたりする。これはブロードウェイで培った演技感覚と深くつながっている。
彼女の代表曲にはオーケストラを使った大きなバラードが多い。ピアノやストリングスから静かに始まり、後半になるほど伴奏が厚くなる曲では、その歌唱力が特に分かりやすい。
ただし、壮大なバラードだけの歌手ではない。ジャズや伝統的なポップス、ディスコ、1980年代的なソフト・ロックにも対応している。曲調が変わっても中心にあるのは、メロディと歌詞をはっきり伝える歌い方だ。
代表曲
「People」
『Funny Girl』を代表するナンバーであり、Streisandの初期を知るうえで欠かせない曲である。静かに始まりながら、曲が進むにつれて声とオーケストラが大きく広がっていく。
派手な技巧を最初から見せるのではなく、歌詞の感情に合わせて少しずつ熱量を上げていくところに彼女らしさがある。舞台俳優としての表現とポップ歌手としての歌唱が、早い段階ですでに結びついていたことが分かる。
「Don’t Rain on My Parade」
同じく『Funny Girl』を代表する曲だが、「People」とはかなり印象が違う。テンポが速く、前へ前へと進むオーケストラに乗って、Streisandが力強く歌い切る。
ここで聴けるのは繊細なバラード歌唱よりも、舞台全体を自分のものにするような勢いだ。言葉をリズミカルにはっきり発音しながら声量を保つ歌唱から、彼女がなぜブロードウェイでスターになったのかが理解しやすい。
「The Way We Were」
1973年の映画『The Way We Were』の主題歌として知られる代表的なバラードである。Marvin Hamlischによる柔らかなメロディに乗せて、過去の恋愛と記憶を振り返る内容が歌われる。
Streisandは最初から感情を大きく爆発させない。思い出を静かにたどるように歌い、曲が進むにつれて声に力を加えていく。この「抑える部分」と「広げる部分」の使い分けが、彼女のバラード歌唱の魅力をよく表している。
「Evergreen」
1976年の映画『A Star Is Born』で使われたラブソングで、Streisand自身がメロディを作曲した。柔らかなギターを中心とした伴奏は、初期の華やかなブロードウェイ作品とはかなり違っている。
歌声も必要以上に大きくせず、親密な雰囲気を保っている。1970年代のStreisandが、舞台的な大きな歌唱だけでなく、当時のポップスに合った自然な表現を身につけていたことがよく分かる。
「Woman in Love」
1980年の Guilty に収録された世界的なヒット曲で、Barry GibbとRobin Gibbが作曲した。Bee Geesらしい滑らかなメロディと洗練されたスタジオ録音に、Streisandの大きな声が重なる。
サビでは長い音を力強く伸ばすが、メロディそのものは非常に親しみやすい。ミュージカルや映画音楽のスターだった彼女が、1980年代のポップ市場でも自然に存在感を発揮できた理由が分かる曲である。
アルバムごとの進化
The Barbra Streisand Album(1963年)
デビュー作でありながら、Streisandの基本的なスタイルはすでに完成している。収録されているのはスタンダードや舞台曲が中心で、派手なスタジオ制作よりも歌そのものを前面に出した作品だ。
特に重要なのは、一曲ごとに登場人物を作るような歌い方である。ジャズ的な柔らかさを見せる場面もあれば、舞台俳優のように言葉を強調する場面もある。若い歌手のデビュー作というより、ステージで経験を積んだパフォーマーの記録に近い。
People(1964年)
『Funny Girl』での成功と重なる時期の作品で、「People」を収録している。初期Streisandの人気を決定的にしたアルバムの一つだ。
デビュー作にあった親密なクラブ歌手の雰囲気に加え、より大きなオーケストラを背景にしたスターらしい歌唱が目立つようになる。ブロードウェイでの成功が、そのままレコードの世界へ広がっていった時期を伝える作品である。
The Way We Were(1974年)
1960年代のStreisandをブロードウェイと結びつけて考えるなら、この時期には映画とポップスの比重が大きくなっている。
タイトル曲では、舞台の客席まで届かせるような強い歌唱より、マイクを通した細かな感情表現が重要になった。大きな声を出せることは変わらないが、「どこまで抑えるか」が以前より重要になっている。
Guilty(1980年)
Barry Gibbとの共同制作によって生まれた、Streisandのポップ歌手としての代表作である。「Woman in Love」「Guilty」などを収録している。
Bee Geesにつながる滑らかなコーラス、柔らかなキーボード、整ったリズムが使われ、1970年代末から80年代初頭のポップスらしい音になった。それでもStreisandの声は埋もれない。時代に合わせて伴奏を変えながら、自分の歌唱の強みを残した作品である。
The Broadway Album(1985年)
ポップ路線で大きな成功を収めた後、Streisandがブロードウェイ音楽へ本格的に戻った作品である。Stephen Sondheim作品を中心に、ミュージカルの名曲を取り上げた。
ここでは流行に合わせるより、歌詞と人物の感情を伝えるという原点が前面に出ている。1980年代のポップスターとして成功した後でも、彼女の歌唱の土台が舞台にあることをはっきり示したアルバムだ。
Partners(2014年)
長いキャリアを経たStreisandが、Billy Joel、Stevie Wonder、John Legendなど男性歌手とのデュエットを中心に制作した作品である。
若い頃ほど声量そのものを前面に出すのではなく、フレーズの置き方や相手との声の組み合わせを重視している。発売時には70代だったが、全米アルバム・チャート1位を記録した。1960年代から活動してきた歌手が、世代の異なるアーティストと共演しながら大きな人気を維持していたことを示す作品である。
映画と舞台での活動
Streisandの場合、音楽と俳優活動を完全に分けて考えることは難しい。そもそも本人は俳優を目指してニューヨークへ出ており、歌うときにも「役を演じる」という感覚を持っていた。
その特徴が最も分かりやすく表れたのが『Funny Girl』である。舞台版でスターとなり、映画版でも同じFanny Briceを演じた。映画初出演でアカデミー主演女優賞を受賞したことで、歌手と映画俳優の両方でトップクラスの存在となった。
さらに『Yentl』では監督、脚本、製作、主演を兼任した。女性が学問を自由に学べなかった社会を舞台に、自分の望む人生を求める主人公を描いている。Streisandは同作によってゴールデングローブ賞の監督賞を受賞した。
その後も『The Prince of Tides』などを監督している。歌手が映画に出演するという範囲を超え、自分で企画を動かし、作品全体を作る立場へ進んだことが彼女のキャリアを特別なものにしている。
影響を受けたアーティストと音楽
Streisandの土台には、1950年代以前から続くアメリカのスタンダード曲とブロードウェイ・ミュージカルがある。George GershwinやHarold Arlenといった作曲家につながる楽曲を若い頃から歌い、メロディと歌詞を中心にした伝統を身につけた。
歌手ではJudy Garlandとのつながりが分かりやすい。二人とも舞台、映画、ポピュラー音楽を行き来し、歌を演技のように表現するタイプだった。Streisandは1963年にテレビ番組『The Judy Garland Show』へ出演し、Garlandと共演している。
また、ジャズ・スタンダードの歌唱法も初期の重要な要素だった。ただしStreisandは純粋なジャズ歌手になったわけではない。ジャズの自由なフレーズ感覚、ブロードウェイの演技性、伝統的なポップ歌手の明瞭な歌唱を組み合わせ、自分のスタイルへ変えていった。
後世への影響
Streisandが後の歌手に残したものの一つは、「大きな声で歌う女性シンガー」という単純な型ではない。静かな部分から大きなクライマックスまで、一曲の中で感情を段階的に変化させるバラード歌唱の方法である。
舞台とポップスを行き来するキャリアも後の歌手を考えるうえで重要だ。ミュージカル出身者がレコード市場で成功することも、ポップ歌手が映画へ進むことも珍しくなくなったが、Streisandはその両方で非常に早い時期から大きな成果を残した。
さらに映画では出演だけでなく、監督や脚本、製作まで担当した。とりわけ女性が大規模な映画制作の中心に立つことが現在ほど一般的ではなかった時代に、自分で作品を動かした点は大きい。
Lady Gagaのように音楽と映画の両方で活動する後世のスターを見ると、活動内容そのものは異なっていても、一人の表現者が歌手や俳優という一つの肩書きに収まらないという点でStreisandにつながる流れを見ることができる。
まとめ
Barbra Streisandの最大の特徴は、優れた声を持っているだけでなく、その声を使って「演じるように歌える」ことである。小さな声から力強い高音までを使い分け、歌詞の人物や物語を伝えてきた。その表現力はブロードウェイから始まり、ポップス、映画音楽へ広がっていった。
同時に、彼女は歌手として成功した後に俳優へ進んだ人物ではない。舞台、レコード、映画を早い段階から行き来し、やがて監督や脚本、製作まで担当するようになった。The Barbra Streisand Album から Guilty、そして後年の作品まで時代に合わせて音を変えながら、歌詞と感情を中心に置く姿勢は変わっていない。歌、演技、映画制作を一つの長いキャリアの中で結びつけた、アメリカのエンターテインメント史を代表する存在である。


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