
発売日:1963年2月25日
ジャンル:トラディショナル・ポップ、ショー・チューン、ジャズ・ヴォーカル、キャバレー、ブロードウェイ、スタンダード
概要
Barbra Streisandのデビュー・アルバム『The Barbra Streisand Album』は、1960年代アメリカン・ポップ・ヴォーカル史において極めて重要な作品である。1963年に発表された本作は、当時まだ20代前半だったStreisandが、すでに並外れた歌唱力、演劇的な表現力、楽曲解釈の知性を備えていたことを明確に示したアルバムであり、彼女の長大なキャリアの出発点としてだけでなく、ブロードウェイ、キャバレー、スタンダード・ソング、ポップ・ヴォーカルを結びつける作品としても高く評価される。
本作が登場した1963年という時代は、アメリカのポップ音楽が大きく変化する直前であった。ロックンロールはすでに若者文化を変えつつあり、翌1964年にはThe Beatlesを中心とするブリティッシュ・インヴェイジョンがアメリカのチャートを大きく塗り替えることになる。その一方で、Frank Sinatra、Ella Fitzgerald、Tony Bennett、Judy Garland、Peggy Leeといった歌手たちが築いてきたスタンダード・ヴォーカルの伝統も依然として強い影響力を持っていた。Streisandは、その伝統の中から登場しながら、単なる古典的なポップ歌手ではなく、ブロードウェイ的な演技力と現代的な個性を持つ新しいタイプのヴォーカリストとして現れた。
『The Barbra Streisand Album』の大きな特徴は、選曲の大胆さにある。デビュー作でありながら、当時の若い歌手に期待されがちな流行のポップ・ソングや分かりやすいロマンティック・バラードに偏っていない。収録曲には、ミュージカル由来の楽曲、古いスタンダード、ユーモラスなキャラクター・ソング、ドラマティックなバラードが並ぶ。しかもStreisandは、それらを単に美しく歌うだけではなく、それぞれの曲に登場人物、場面、心理、語り口を与えている。デビュー作の時点で、彼女はすでに「歌う女優」であり、「演じる歌手」であった。
Streisandの声は、若さに満ちていながらも驚くほど完成されている。明るく伸びる高音、豊かな中音域、言葉を明確に伝える発音、フレーズの終わりまで緊張を保つコントロール。さらに重要なのは、彼女の歌には強い意志があることだ。従来の女性ヴォーカルに求められる柔らかさや従順なロマンティシズムに収まらず、自分の解釈、自分のテンポ、自分の感情の起伏を明確に打ち出している。これは、1960年代初頭の女性歌手としては非常に個性的だった。
本作は、Streisandがブロードウェイで大きな成功を収める直前の記録でもある。彼女はすでに舞台『I Can Get It for You Wholesale』で注目され、独特の声と存在感によって業界内で評価を高めていた。やがて『Funny Girl』でFanny Briceを演じ、スターとして決定的な成功を収めることになるが、『The Barbra Streisand Album』には、その爆発直前の才能が凝縮されている。ここには、まだ大スターとして制度化される前の、鋭く、自由で、少し挑発的なStreisandがいる。
アルバム全体の音作りは、派手なオーケストレーションよりも、歌そのものを中心に据えている。ピアノ、ストリングス、管楽器、控えめなリズム・セクションが、Streisandの声を支えるように配置されている。録音は親密で、キャバレーの小さな舞台で歌われているような空気もある。一方で、楽曲によっては劇場的なスケールも感じられ、彼女が小さな空間と大きな舞台の両方を支配できる歌手であることが分かる。
『The Barbra Streisand Album』は、単なる新人歌手の紹介盤ではない。これは、歌詞を読み込み、楽曲の人物を立ち上げ、歌の中で物語を作るというStreisandの芸術性が、最初から完成度高く提示された作品である。後の『People』や『The Broadway Album』に続く彼女のヴォーカル美学の原型が、すでにここにある。
全曲レビュー
1. Cry Me a River
アルバムの冒頭を飾る「Cry Me a River」は、Arthur Hamiltonによるスタンダードであり、失恋と皮肉を歌う名曲である。Julie Londonのクールで官能的な解釈でも知られる曲だが、Streisandはそれとは異なる、より演劇的でドラマティックなアプローチを取っている。
タイトルの「Cry Me a River」は、「今さら泣いたところで遅い」という冷たい拒絶の言葉である。歌詞では、かつて自分を傷つけた相手が戻ってきて涙を流すが、語り手はその涙を受け入れない。ここには悲しみだけでなく、怒り、誇り、復讐心、そして傷ついた自尊心がある。Streisandはこの複雑な感情を、若い歌手とは思えないほど明確に演じ分ける。
彼女の歌唱は、単にムーディーに沈むのではなく、言葉ごとに鋭い表情を持つ。フレーズの中に皮肉を込め、声の強弱によって相手への軽蔑と過去の痛みを同時に表現する。特に、言葉を少し引き伸ばしたり、急に感情を強めたりする部分に、彼女の演劇的な感覚が表れている。
オープニングとしてこの曲が選ばれていることは非常に重要である。Streisandは、可憐で従順な新人女性歌手として登場するのではない。むしろ、自分を傷つけた相手に対してはっきりと言い返す、強い主体を持つ歌い手としてアルバムを始めている。この時点で、彼女の個性は明確である。
2. My Honey’s Lovin’ Arms
「My Honey’s Lovin’ Arms」は、1920年代に由来する軽快なスタンダードであり、本作の中でStreisandの遊び心とリズム感を示す楽曲である。前曲「Cry Me a River」が失恋と皮肉を帯びたドラマティックな楽曲だったのに対し、この曲では一転して、明るく、弾むような魅力が前面に出る。
タイトルは「私の恋人の愛の腕」という意味であり、愛する相手の抱擁に包まれる幸福を歌っている。歌詞の内容はシンプルだが、Streisandはそれをただ甘く歌うのではなく、軽妙なキャラクター・ソングとして処理している。彼女の発音は歯切れよく、リズムに対する反応も非常に鋭い。
この曲で重要なのは、Streisandがユーモアと愛嬌を備えた歌手であることだ。後年の彼女は壮大なバラードのイメージが強くなるが、初期のStreisandにはキャバレーやヴォードヴィル的な軽さも強く存在する。「My Honey’s Lovin’ Arms」では、その資質がよく出ている。声の表情を細かく変えながら、楽曲に小さな芝居を与えている。
演奏も軽快で、彼女の声の動きを邪魔しない。古い楽曲を扱いながら、懐古的に沈み込まず、若いエネルギーで再活性化している点が魅力である。この曲は、Streisandが単なるバラード歌手ではなく、テンポのある楽曲でも強い個性を発揮できることを示している。
3. I’ll Tell the Man in the Street
「I’ll Tell the Man in the Street」は、Rodgers & Hartによるミュージカル『I Married an Angel』の楽曲である。愛を隠さず、街の人々にまで知らせたいという内容を持ち、純粋な喜びと開放感が表現される。
この曲でのStreisandは、前曲の軽妙さを保ちながら、よりリリカルで透明な歌唱を聴かせる。愛を告白する歌ではあるが、彼女は過度に甘くせず、言葉に新鮮な驚きを与えている。まるで、自分の内側に生まれた感情を抑えきれず、周囲の世界に向けて話し始める人物を演じているようである。
歌詞では、愛は個人的な秘密ではなく、外へ広がっていくものとして描かれる。「街の男に伝える」という表現は、愛の喜びが社会的な空間へ溢れ出すことを示している。Streisandはこの感覚を、声の明るい響きと自然なフレージングで表現している。
音楽的には、メロディの優雅さと歌詞の率直さが魅力である。Rodgers & Hartらしい洗練された旋律に、Streisandの若い声がよく合っている。この曲は、本作の中で彼女のロマンティックな側面を示すと同時に、感情を演劇的に拡大する能力も示している。
4. A Taste of Honey
「A Taste of Honey」は、もともと舞台作品に由来し、後にジャズやポップのスタンダードとして多くのアーティストに取り上げられた楽曲である。タイトルは「蜂蜜の味」を意味し、甘さ、記憶、愛の余韻を象徴する。The Beatlesも取り上げたことで知られるが、Streisand版はより劇的で、成熟した解釈を持つ。
この曲のテーマは、愛の記憶と再会への約束である。蜂蜜の味は、愛の甘さであると同時に、すでに過ぎ去った時間の象徴でもある。Streisandは、その甘さを単なるロマンティックな感傷にせず、どこか切実で、遠くを見つめるように歌う。
サウンドは比較的抑制されており、Streisandの声のニュアンスが中心に置かれる。彼女はフレーズを大きく伸ばしながら、音の中に期待と孤独を同時に込める。若い声でありながら、歌の中に人生の遠近感を作る点が印象的である。
「A Taste of Honey」は、本作の中でStreisandのバラード解釈の深さを示す楽曲である。彼女はメロディを美しく歌うだけでなく、歌詞の中にある時間の流れを感じさせる。愛の甘さが、記憶の痛みに変わっていく瞬間を丁寧に描いている。
5. Who’s Afraid of the Big Bad Wolf?
「Who’s Afraid of the Big Bad Wolf?」は、ディズニー映画『三匹の子ぶた』で知られる楽曲であり、本作の中でも最も意外性のある選曲である。童謡的でユーモラスな曲を、Streisandはキャラクター・ソングとして大胆に解釈している。
この曲の面白さは、子ども向けの明るい歌が、Streisandの手にかかることで、皮肉と演劇性を帯びる点にある。「大きな悪い狼なんて怖くない」という歌詞は、恐怖に対する強がりとしても、無邪気な自信としても読める。Streisandはその両方を意識しながら、声色やリズムを巧みに変えて歌う。
本作にこの曲が含まれていることは、Streisandの初期の個性を理解するうえで重要である。彼女は美しいバラードだけを歌う歌手ではなく、奇抜な選曲を自分の表現に変える大胆さを持っていた。童謡的な素材であっても、彼女はそこに人物、ユーモア、舞台的な動きを与える。
この曲は、アルバム全体に軽さと意外性を与える。デビュー作の時点で、Streisandは自分を安全なスタンダード歌手として売り出すのではなく、少し変わった、個性の強い、舞台感覚を持つ歌手として提示している。その姿勢がこの曲に表れている。
6. Soon It’s Gonna Rain
「Soon It’s Gonna Rain」は、ミュージカル『The Fantasticks』からの楽曲であり、本作の中でも特に詩的で繊細なバラードである。雨が降りそうだという自然の変化を通じて、愛、避難、親密さ、未来への不安が描かれる。
この曲では、Streisandの歌唱が非常に柔らかく響く。彼女は大きな声量を見せつけるのではなく、静かに言葉を置き、曲の持つ親密な空気を大切にしている。雨が降る前の空気の湿り気、二人だけで小さな場所に身を寄せるような感覚が、声の中に表れている。
歌詞では、雨は単なる天候ではなく、外の世界の不確かさを象徴している。その中で、二人は自分たちの小さな世界を作ろうとする。Streisandはこの感情を、若々しい希望と静かな不安の両方を含めて歌っている。
「Soon It’s Gonna Rain」は、本作の中でもStreisandの繊細な抑制が光る楽曲である。後年の壮大なバラード・シンガーとしてのイメージとは違い、ここでは小さな劇場の中で語りかけるような親密さがある。彼女の表現力の幅を示す重要な一曲である。
7. Happy Days Are Here Again
「Happy Days Are Here Again」は、本作を代表する楽曲であり、Streisand初期の重要なレパートリーである。もともとは明るく祝祭的な楽曲として知られ、1930年代には政治的キャンペーン・ソングとしても用いられた。しかしStreisandはこの曲を大胆にスロー・テンポへ変え、全く新しい意味を与えている。
この解釈の革新性は非常に大きい。明るい歌を遅く歌うことで、タイトルの「幸せな日々がまた来た」という言葉が、単純な喜びではなく、失われた幸福への祈りや、過去を思い出すような切なさを帯びる。Streisandは、歌詞の表面と音楽のムードをずらすことで、楽曲の奥行きを生み出している。
彼女の歌唱は、静かに始まり、徐々に感情を広げていく。声には希望があるが、その希望は無邪気ではない。まるで、悲しみを知った後に、それでも幸せな日々を信じようとする人物の歌である。この若さでこのような複雑な解釈を提示していることは、Streisandの非凡さを示している。
「Happy Days Are Here Again」は、彼女の代表的な解釈の一つであり、本作の核心にある楽曲である。古いスタンダードを、単なる懐メロではなく、新しい心理劇として再構築する能力がここに表れている。
8. Keepin’ Out of Mischief Now
「Keepin’ Out of Mischief Now」は、Fats Wallerらによるスタンダードであり、軽快なジャズ感覚を持つ楽曲である。タイトルは「もういたずらはしないようにしている」という意味で、恋愛によって落ち着こうとする人物の気分がユーモラスに描かれる。
Streisandはこの曲で、スウィング感とキャラクター表現を巧みに組み合わせている。彼女の歌い方には軽さがあり、言葉のリズムが非常に生きている。ジャズ・シンガーのように自由に崩すというより、演劇的な明確さを保ちながらリズムに乗る点が彼女らしい。
歌詞では、相手への愛によって、以前のような浮気や気まぐれな行動を控えるようになった人物が描かれる。これは深刻な愛の誓いではなく、軽いユーモアを含んだ自己観察である。Streisandはその語り口を、少し茶目っ気を込めて表現する。
この曲は、アルバムにジャズ的な軽快さを加える。Streisandがバラードだけでなく、スウィングする小品でも鋭い感覚を持っていることが分かる。彼女の声の運動性と発音の明快さがよく出た楽曲である。
9. Much More
「Much More」は、『The Fantasticks』からの楽曲であり、若い女性の夢、期待、人生への憧れを歌うナンバーである。タイトルは「もっとたくさん」「もっと大きなもの」を意味し、現在の狭い世界を越えて、より豊かな人生を求める気持ちが中心にある。
この曲は、若きStreisandの存在そのものと強く響き合う。デビュー作の彼女は、すでに非凡な才能を持ちながら、これから広大なキャリアへ踏み出そうとしていた。「もっと」を求める歌詞は、舞台の登場人物のものでもあり、Streisand自身の野心や可能性の表れとしても聴こえる。
歌唱は明るく、澄んでいて、希望に満ちている。しかし、単なる可憐な少女の夢ではなく、そこには強い意志がある。Streisandは、夢見る人物を受け身に描かない。彼女の「もっと」は、誰かに与えられるものを待つのではなく、自分で取りに行くような力を持っている。
「Much More」は、本作の中で若さと未来への憧れを象徴する楽曲である。後のStreisandが持つ大きなキャリアを知っている現在の視点から聴くと、この曲には特別な予言性も感じられる。
10. Come to the Supermarket in Old Peking
「Come to the Supermarket in Old Peking」は、Cole Porterによる楽曲であり、本作の中でも特にエキゾチックでコミカルなキャラクター・ソングである。タイトルからも分かるように、古い北京のスーパーマーケットへ誘うという奇抜な内容を持つ。
現代の視点では、この曲が持つ東洋趣味や異国表象には注意が必要である。20世紀前半から中盤のアメリカのミュージカルやポップ・ソングには、アジアを幻想的で奇妙な場所として描く表現が多く存在した。この曲もその文脈にあり、実際の中国文化というより、西洋から見た想像上の「東洋」を題材にしている。
Streisandは、この楽曲を深刻にではなく、コミカルなショー・ピースとして歌っている。早口の言葉、変化する声色、芝居がかった表現によって、曲に舞台的な活気を与える。彼女の技術は見事だが、同時にこの曲の文化的背景を批判的に意識することも、現代のリスナーには必要である。
アルバム内でこの曲は、Streisandのキャバレー的な大胆さを示す役割を果たしている。安全な美しい曲だけでなく、癖の強い素材を自分の芸に変える能力がある。ただし、その面白さは、時代的な表象の問題と切り離せない。そうした複雑さも含めて、本作の歴史的な位置を示す楽曲である。
11. A Sleepin’ Bee
「A Sleepin’ Bee」は、Harold ArlenとTruman Capoteによるミュージカル『House of Flowers』の楽曲であり、本作の中でも特に洗練されたバラードである。眠る蜂を手にした時、その蜂が刺さなければ恋が真実であるという、詩的で少し幻想的なモチーフを持つ。
Streisandの歌唱は、この曲の夢のような雰囲気を非常に美しく表現している。彼女は声を柔らかく使い、メロディを丁寧に広げる。歌詞の中にある自然、予感、愛の不確かさが、繊細なフレージングによって描かれる。
この曲の魅力は、愛を直接的な告白としてではなく、象徴や迷信のような形で表現している点にある。蜂が刺すか刺さないかによって恋の真実を測るという発想は、素朴でありながら神秘的である。Streisandはその雰囲気を壊さず、曲を小さな幻想譚のように歌う。
「A Sleepin’ Bee」は、彼女の初期バラード解釈の中でも重要な楽曲である。声量やドラマ性よりも、詩的な空気を保つ力が問われる曲であり、Streisandは若くしてその難しさに応えている。
総評
『The Barbra Streisand Album』は、デビュー・アルバムとして非常に完成度が高く、Barbra Streisandというアーティストの本質を最初から明確に示した作品である。ここには、後年の彼女を特徴づけるほぼすべての要素が含まれている。圧倒的な歌唱力、言葉への鋭い感覚、演劇的な解釈力、ユーモア、バラードにおける感情の深さ、そして既存の楽曲を自分のものへ変えてしまう大胆さである。
本作の最も重要な点は、Streisandが単なる「声の美しい歌手」としてではなく、「歌を演じる解釈者」として登場していることである。「Cry Me a River」では傷ついた女性の皮肉と誇りを演じ、「Happy Days Are Here Again」では明るい歌を静かな祈りへ変え、「Who’s Afraid of the Big Bad Wolf?」や「Come to the Supermarket in Old Peking」ではキャラクター・ソングとしての芝居心を発揮する。「Soon It’s Gonna Rain」や「A Sleepin’ Bee」では、親密で詩的な世界を声だけで作り上げる。
選曲も、彼女の個性を強く反映している。デビュー作でありながら、無難なヒット狙いに徹していない。ミュージカル、スタンダード、コミック・ソング、ジャズ寄りの楽曲が混在しており、まるで一人の新人歌手が自分の名刺代わりに小さな舞台を構成しているようである。この多様性は、Streisandが最初からポップ市場の型に収まる存在ではなかったことを示している。
歌唱面では、彼女の声の若々しい輝きが大きな魅力である。後年のStreisandはより円熟し、声に深みと重みが増していくが、本作では声そのものが非常に鮮烈である。高音はまっすぐ伸び、中音域には芯があり、発音は明瞭で、フレーズの細部まで意識が行き届いている。すでに高度なコントロールを備えているが、同時に若さゆえの大胆さもある。この両方が、デビュー作ならではの魅力を生んでいる。
また、本作は1960年代初頭のアメリカン・ヴォーカル・アルバムとしても興味深い。ロック時代が本格的に到来する直前、Streisandはブロードウェイとスタンダードの伝統を背負って登場した。しかし彼女は、単なる過去の継承者ではなかった。古い楽曲を現代的な感性で解釈し、自分自身の個性を強く刻み込んだ。これにより、トラディショナル・ポップやショー・チューンは、若い世代の表現として再び新鮮に響くことになった。
日本のリスナーにとって本作は、Barbra Streisandという歌手を理解するための非常に重要な入口である。後年の『The Broadway Album』や『Guilty』、映画主題歌で知られるStreisandとは異なり、ここにはキャバレーとブロードウェイの空気をまとった若き歌手の姿がある。大スターになる前の彼女の声には、すでに強烈な個性と完成度がありながら、同時に未知の可能性も感じられる。
『The Barbra Streisand Album』は、デビュー作でありながら、すでに一つの完成されたステートメントである。Streisandはここで、自分がどのような歌手であるかを明確に示した。美しく歌うだけではない。楽曲を読み、人物を演じ、言葉に意味を与え、古い歌を新しくする歌手である。その意味で本作は、彼女の長いキャリアの原点であり、20世紀アメリカン・ヴォーカルの重要な名盤である。
おすすめアルバム
1. The Second Barbra Streisand Album by Barbra Streisand
1963年発表の2作目。デビュー作の路線を受け継ぎながら、Streisandの選曲の幅と表現力をさらに広げた作品である。ショー・チューン、スタンダード、コミカルな楽曲が並び、初期Streisandのキャバレー的な魅力をより深く知ることができる。
2. People by Barbra Streisand
1964年発表の代表作であり、タイトル曲「People」を収録した重要作。『Funny Girl』での成功と結びつき、Streisandをブロードウェイとポップの両方で大きなスターへ押し上げた。デビュー作の個性が、より大きなスケールへ展開していく過程を確認できる。
3. Funny Girl: Original Broadway Cast Recording
Streisandのキャリアを決定づけたミュージカル『Funny Girl』のオリジナル・ブロードウェイ・キャスト録音。Fanny Brice役としての彼女の演技力と歌唱力が記録されており、『The Barbra Streisand Album』で示された演劇的な歌唱が、舞台上でどのように発揮されたかを理解できる。
4. The Judy Garland Carnegie Hall Concert by Judy Garland
1961年録音の伝説的ライヴ・アルバム。Judy Garlandの劇的な歌唱、舞台での存在感、観客との一体感は、Streisandのブロードウェイ的表現を理解するうえでも重要な比較対象である。アメリカン・ヴォーカルにおける演劇性と感情表現の伝統を知ることができる。
5. Ella Fitzgerald Sings the Harold Arlen Song Book by Ella Fitzgerald
Ella FitzgeraldによるHarold Arlen作品集。『The Barbra Streisand Album』にも「A Sleepin’ Bee」が収録されているように、Arlenの楽曲はアメリカン・スタンダードとミュージカルの重要な柱である。Streisandとは異なる、ジャズ・ヴォーカル的な解釈を聴くことで、同じスタンダードでも歌手によってどれほど表情が変わるかを理解できる。



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